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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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石の部屋 人工生命

その女性は服を着ていなかった。


裸だ。


でも、ナーウッドはそんなことは全く気にする様子もなく、プレートに書いてある文字の解読に夢中である。


それを横目に見ながらミニスは

「きっと、リー少尉なら喜んでマジマジと眺めただろうな……」

と思う。

が、ミニスも今はマジマジと眺めている。もちろん、いやらしい意味ではなくてだ。


そのケースに入れられた裸の女性は、眠っているように見えたが、立ったままの姿勢で入れられていた。

足は宙に浮いている。

どうやって支えてられているのだろうか?

そんなことさえも見た目だけでは判断できそうにない。


顔は目を閉じていても美形だとわかった。

髪は赤く長い。

身長は160センチほどだろうか?ミニスよりも少し高い程度だ。だが、その体型は……


「……やるわね」


なかなか男ウケしそうな体型だった。

細く引き締まった体に、出ているところはちゃんと出ている。ミニスはそういう体型を見ると、反射的にクラブ・スウィートのマリアちゃんを思い出す。そして、意味もなくイラッとしてしまう。


「ねぇ、何かわかった? この女の人のこと」


ミニスの前、そこで先ほどからずっと黙っていたキミがナーウッドに声を掛けた。それにナーウッドは


「いや、悪いが俺にはさっぱりわからない。色々と説明書きがされているみたいなんだが、読めない箇所が多すぎる」


と応え、申し訳なさそうな顔をする。やはり、裸のことなんかよりも、文字の方が気になるらしい。ナーウッドって、なんというか真面目だよなと、ミニスは思う。


「そ。じゃあ、さっき言ってた「アンドロイド」ってなんのこと?」

キミは別の質問をした。が、それにもナーウッドは

「すまないが、意味はわからない。ただ、そう読めただけだ」

としか答えられなかった。

「名前かしらね?彼女の」

ミニスは予想を言う。


「その可能性もある。が、なんにせよわからないな。それにしても……なんでこんなふうにされてるんだ?」


それには三人とも首をひねった。


「そもそも、生きてるのかしら?」


ミニスがまた、ふと疑問に思ったことを口にした。

でも、そういえばそうなのだ。


ミニスはこの女性の顔色や肌のツヤが良かったから、てっきり生きているものだと思い込んでいたが、普通に考えてみれば生きているはずがない。点滴も酸素マスクも、なにも付いていないのだから。

それに、この部屋に並んでいる様々な動物の剥製が余計にそんな印象を三人に抱かせていた。


「……そうね、でも生きているようにしか見えないわ」


キミは答えて言う。

それもそうなのだ。確かにそう見える。いったいどっちだろう?


「ま、試してみればわかるかしらね」

「た、試すって?」


ミニスはよくわからずに聞く。

すると、キミはおもむろにケースの横に付いていた二つの穴、そこを覗き込むように顔をあてた。そうするとケースから


チキチキチキッ、チー、チキチキチキ


と、小さな機械音が鳴り始める。

なるほど、原理はわからないが、どうやらあの穴が、このケースのスイッチか何かのようだ。ミニスは腰を屈めて覗き込むキミをじっと見守りながら思う。

ナーウッドも文字の解読を止め、今はキミの様子を見ていた。

と、やがて


ピーーー


という長い音がしたかと思うと、ケースがプシューと音を立て少し開いた。

キミも顔を上げ、ケースの方を見上げる。


「あ、開いた……」

呆然とするミニス。

「しっ、ちょっと待て。こいつ……動くぞ 」

そんなミニスを腕で庇いながらナーウッドは警戒するように鋭い視線を送った。


するとその女はナーウッドの予想通り、ゆっくりと目を開け動き出したのだ。


足をゆっくりと地に着け、手をケースの扉に掛ける。その仕草はなんというか、とても優雅で綺麗に見えた。


「い、生きてる…本当に? って、あっちょっと、キミちゃん!? あ、危ないわよっ」


そんな声を上げるミニスを尻目に、横を通ってキミはその女の前に出る。

そして、キミとその女性は向かい合い、見つめ合った。

皆無言だ。しばしの沈黙。

でもナーウッドはいつでも援護できるよう、銃に手を掛けていた。


すると……

「あなたは誰?」

と、やがてキミが最初に声を発した。

その声に反応し女も、口を開く。が、その言葉は三人には聴き取れなかった。新アストリア語ではないのだ。


「ナーウッド、なんて言ってるかわかる?」

「いや……せめて文字にしてくれれば……おっ?」


とその時、キミは何かを察したようにケースの扉を開けるのを手伝うと、女の手を取る。そして、


「言語が違うわよ。もう一度よく私の目を見て」


と言った。


すると女はしばらくキミの目を見つめたかと思うと、突如として


「言語、音声、調整いたしました。ありがとうございます。マスター」


と、なんと普通に喋ったではないか。

これには、ナーウッドもミニスも驚いた。

それに……


「マ、マスター?」


そんなふうにキミのことを呼んだことにも引っ掛かった。


「マスターってどういうこと?」

ミニスが恐る恐るキミに聞くと、


「……それは私が起動したからみたい。起動っていうのは、つまり……その…この人、人間じゃないらしいの。全身機械でできているそうよ」


キミは二人にそう、なんでもないことのように説明した。

そうして、また女の方を見る。


「ね?」

「イエス、マスター。私は人型アンドロイド。2A385KタイプCです。この部屋のサンプルとして作られました」


女は簡潔にそう言った。

自己紹介にしても、キミの言っていることにしても、ミニスにはわけがわからなかった。

アンドロイドと言ったか? でも、単語の意味もわからなければ、起きている現象もわからない。

だって、目の前で動く彼女は、どこからどうみても普通の人間にしか見えないし、声も普通の人間の声にしか聞こえないからだ。


「ほ、本当に機械なの?」

ミニスは言う。そして、それを確かめるために近づくと、思い切って女の腹部を指で押してみた。プニプニしている。やや冷たいが紛れも無い、人の肌の感触だ。ミニスは背中がゾクッとした。


「嘘でしょ!? これが偽物のはずないっ!」

「ノー。これは人工的に作られた樹脂です。感触はとてもよく似ていますが」


女は言う。まぁ、ちょっと信じられないが、本人がそう言うのなら、そうなのだろう。切って確かめるというわけにもいかない。


「ゴムみたいなもの?」

「イエス。正確に言うと、ゴムではありませんが、そう理解していただいて構いません。それ以外の私のスペックを知りたいのでしたら……」


そう言うと女はキョロキョロと辺りを見渡し、

「ここには見当たりませんが、PCもしくは付属の端末をご参照ください。ミニスさん」


と言った。

それに、ミニスはあっと思う。たぶん彼女もウルク王子の時と同じようにキミの記憶から自分のことを知ったのだろう。だとしたら、やっぱり彼女は、どうやら普通の人間ではないようだ。


「端末だって!?」

と、ミニスが色々と混乱する中、ナーウッドが突然、血相を変えて言った。

「あれが、ここにあるのか!?」

こちらに近づいてくるナーウッドの、なにやら慌てている様子に、ミニスは

「端末って、なんの?」

と聞く。


「あのスーパーコンピューターってやつのさ。ショットはあれを持っていた。そして、それで皆を眠らせてしまったんだっ…」


それにナーウッドは真剣な目で言った。

だから、ミニスはとりあえず頷くしかない。端末とは、とにかく危険なものらしいぞ、と。そんな理解で。

ナーウッドの言葉には女も反応し


「端末をお探しなら、おそらくPCルームにあるはずです。私が探してみましょう」


と言った。そして、キミに目配せするとさっさと他の場所へと歩き出した。

だから、三人はそれにひとまずついていくことにする。よくわからないが、端末というものがナーウッドの言う通り危険なものなら、一応把握しておいた方がいい。ミニスもそう思ったからだ。

それに、このアンドロイドという女の方には、どうやら危険がないと雰囲気でわかったから、ついて行く気にもなれた。


しかし、なんだかまた話がおかしい方向へと進んでいる。それも、ミニスにはわけのわからないまま……



「ねぇ、PCってなに?」

キミが歩きながら女に聞く。それはミニスも是非知りたかったので、聞き耳を立てた。


「PCとはパーソナルコンピューターの略称です。そして、パーソナルコンピューターとは、電子演算機器のことです。いわば人間の脳みたいなものでしょうか」


「人間の脳?」

その言葉を、今度はナーウッドが繰り返す。


「イエス。しかし、ここにあるスーパーコンピューターは人間の脳よりも遥かに優れた機能を持っています。それ故に、様々なことが可能なのです」

「ふーん、ただの計算機なのに?」

「マスター。それは誤解です。PCはただの計算機ではないのです。万能な力を持つ、様々な思考実験の場なのです。だから、古代の人間はPCに実に様々なことをやらせました。そして、それは最終的に人間や、この世界そのものを作らせるに至ったのです」


女はそう言った。

しかし、その言葉の言っている意味はわかったが、それがどういうことになるのかは、三人には想像もつかなかった。


「人間を作っただと?」

「イエス。ナーウッドさん。いささか不完全ではありますが、私もそんな作例の一人です」


「で、世界も作った、と。土を作れるということ?海も山も空も?」

「ノー。それはそういうことではありません、ミニスさん。実在の世界ではなく、人間の持つ脳の中に、もう一つの世界を作ってしまったということです。言わば……意識だけの世界とでも言いましょうか? 私にも、うまい言葉が見つかりませんが」


女は苦しそうにそう答えた。


「それって、想像の世界ってこと?」


キミは聞いた。が、それにも女は

「イエス。似たようなものでしょう。人間は想像の世界と現実の世界の境界を無くそうとしました。そして、それこそがここにあるPCというものの、一番重要なファクターなのです。が、やはり私にはそれ以上は説明できかねます」

と、説明が苦しそうだ。


「なんで説明できないの?」

「私は人間ではありませんので」

キミの疑問に女は苦笑した。でも、キミはなおを質問する。


「でも、人間を作ったんでしょ?それがあなた」

と。


「イエス。が、先ほども言いました通り、私は不完全なのです」


「ふーん……そ。じゃあ、その世界ってやつもきっと不完全なのね」

「ふふっ。イエス。マスターは理解がよろしいですね」


キミのその言葉に、女は初めて愉快そうに笑った。


その笑顔にミニスはドキッとする。

そして、他の二人にも、それはとても素敵な笑顔に見えた。なんだか、裸のままにしているのが、申し訳ないくらいに。

本当にこの人が人間ではないだなんて信じられない。

だから、ミニスは咄嗟に


「あの……アンドロイドさん?」

と口を開いた。


「イエス。ミニスさん」

「アンドロイドさんでいいのよね?お名前……」

「ノー。アンドロイドとは私のような存在の総称です。私に名前などありません。型番ならありますが」

女はミニスにそう言った。

それで、キミもナーウッドにもミニスの意図がわかった。だからキミが助け船を出して

「だったらミニスさんに名前をつけてもらったらいいわ。ね、ミニスさん?」

と言う。

けど、ミニスは予想外のことを振られてしまい、

「えっ? わ、私が!? い、いいのかしら?」

と、焦ってしまった。

「いいわよ。ね?」

キミはそんなミニスを横目に女を見る。すると女は


「イエス。その方が呼びやすいのであれば。是非」


と言うから、話は決まってしまった。

益々ミニスは焦った。

そして、ミニスには一つのアイデアしか、どうしても浮かんで来なかった。


「えっと、じゃあ、マリアさんで……」

と。



「ありましたね。これがここのメインPC。そして、これがその端末です」


マリアは二つのヘルメットのようなものを手に言う。


ナーウッドとミニスの予想通り、そのメインPCとやらは先ほどナーウッドが調べていたものだった。そして、端末はその機械の下部の方に仕舞われていた。ナーウッドが気がつかないのも無理はない。


「間違いない……これだ」


ナーウッドはマリアから端末を渡されると恐い目つきをした。そして、グッと手に力を入れたかと思うと、思い切りそれを振り上げたのだが、


「ストップ!」


と言うキミの声になんとか手を止めた。


「ど、どうして!?」

ナーウッドは言う。でも、このキミの判断にはミニスも賛成した。


「だって、私達はまだこの機械がなぜ、どういうふうに危険か知らないんだもの。それに、せっかくここに詳しく知ってそうなマリアさんがいるんだから、いずれ壊すにしてもそれを聞いてからでも遅くはないと思うわ」

「そ。そういうこと」

「うっ……」

これにはナーウッドも反論の余地がなかった。


キミはナーウッドからそのヘルメットのようなものを片方だけ受け取ると、マリアの方に向き直る。そして、

「ねぇ、これはどうやって使うものなの?」

と聞いてみた。


「これは被って使うものです。マスター。しかし、その前に少しお待ちください。どうやらPCの調子がおかしいようです」


が、PCをいじっていたマリアは一旦そう言って、本格的に調べ始めてしまった。


「調子が悪い? 壊れちゃったの?」

「ノー。壊れてはいません。が、どうやらPCのネットワークが物理的に切断されてしまっているようなのです。そのせいでログ同士のリンクも切れてしまっています」

マリアはそう言った。そう言えばウルク王子も似たようなことを言っていた気がする。


「そのネットワークとやらが切断されていると、どうなるんだ?」

ナーウッドがマリアの隣に座り、言う。マリアは裸だというのに相変わらず、及び腰になる様子もない。やっぱり鈍いのだろうか?


「データベースにアクセスできなくなるので、調べものができなくなります。しかし、それだけならいいのですが、同時にデータの蓄積もできなくなってしまいますので、それではここの施設の存在意義がなくなってしまいます」


「存在意義?」

「イエス。……ナーウッドさん、その端末を貸してください」


そう言うとマリアはナーウッドの方へ手を伸ばした。それをナーウッドは警戒するように見る。


「こ、これをどうするつもりだ」

「端末の無線ネットワークはまだ使える可能性があるので、それを確かめたいのです。ですが、ナーウッドさん。ナーウッドさんは先ほどからその端末の何を恐れているのですか?」

マリアは聞いた。

すると、ナーウッドは


「何を恐れているかだと? お前はこれのことを知っているんじゃないのか? これを頭に着けたら最後、もうこの世へは、戻って来られなくなるかもしれないんだぞ!?」


そう言った。

その言葉にマリアはナーウッドを見つめ、しばし考え込んだあと、思い当たる節があったのかふっと笑って


「なるほど……そういうことですか」


と言った。そして、ナーウッドの手からさっと端末を奪ってしまった。


「あっ!」


ナーウッドが言い、キミとミニスの二人も止める間もなく、マリアはヘルメットをかぶり、側面のスイッチを入れた。


すると、今まで半透明だったヘルメットがすぅっと綺麗に透明になり、目の部分だけが鮮やかな赤色に光り始める。


「……やはり。端末の方は生きていますね。これならデータベースにも転移装置にもアクセスできるでしょう」


そう言うとマリアはおもむろに立ち上がり、ピシッと腕を広げた。

キュッと引き締まったヒップに長い脚、くびれたウエストが見ようとしなくても目につく。


が、次の瞬間。


「えっ!?」


それには誰もが驚いた。


なんと、マリアが腕を広げてすぐに、黄色い光が彼女の体を包んだかと思うと、あっという間にその光は服となり、靴となり、彼女の体を隠してしまったのだ。


「この、光……転移ってやつ?」

ミニスはキミに聞いた。それにキミは驚きつつもこくっと頷く。さすがに人が使えるなんて初めて知ったのだろう。それはそうだ。こんなことは常軌を逸している。


気がつくと目の前には緑色のワンピースのような民族衣装を身に纏い、革の靴を履いたマリアがいた。

その美しさは、服を着たほうがより神秘的に見え、大人の美しさをありありと感じさせる。やっぱりとても機械とは思えない。


「な、なんだ……今の。どうやって……」


ナーウッドは絞り出すように言った。するとマリアは何食わぬ顔をして、


「転移装置にアクセスして、貯蔵庫から衣類を取り寄せただけです。何も驚くことはないはずなのですが……やはりそうですか。こういった基本的なことも既に忘れ去られて久しいのですね」


と言った。


それはマリアがキミの記憶を見せてもらったり、彼女にナーウッドとミニスがPCについての基礎的な質問をしてきたことから、既に察していたことだった。


が、やはりなんとなく寂しい。


もう再起動することはないだろうと、スリープしながら夢見てきて、せっかくまた起動する機会を得たのに……ここにはもう知り合いなどいないのだと。


「それを使って? それはそんなことをするための物なのか?」

ナーウッドはマリアにまた一歩近づいて聞く。

その歩調に合わせて、キミとミニスも思わずマリアに近づいた。

「でも、それってマリアさんだからできるんじゃないの? その……マリアさんは機械だから…」

ミニスも遠慮がちにだが聞いた。すると、マリアはまた微笑して


「いいえ。むしろ私のようなアンドロイドは、この端末がないと転移は使えないのですが、普通の人間ならばこの端末なしでも転移が使えるようになるはずです」


そうきっぱり言った。


「なっ?」


そんなバカな。


それが少なくともミニスの率直な感想だった。

キミは何かを考えるように黙っているし、ナーウッドもなんとか情報を整理しようと思っているようだが、ミニスには全然理解できなかった。


「そ、そんなのできるはずがないわ。だって…そんなの見たこともなければ、聞いたことも……」

「イエス。そうだと思います、ミニスさん」


マリアはまるで慰めるかのようにそう言った。そして、ヘルメットを取ると、それをミニスにそっと渡す。そして、


「なぜなら、あなた達はこれを使ってデータベースにアクセスしたことがないのですから。その認識は当然なのです」


と言った。さらに彼女は続ける。


「転移装置を使うためには、これを使って一度データベースにアクセスをし、個人のログを手に入れないといけないのです。そして、それは私の知る時代では常識でした。そうすることで、皆、転移を使えるようになり、いつでもデータベースを閲覧できようになり、そうやって今度は人類全体の経験を共有し集める。そうやって代々、遺跡のデータベースの強化を図ってきたのですから」


と。


それもわけのわからない話だった。


少なくともウルク王子はそれについて、なんとも言っていなかった。それとも言えなかったのか? 当然知っているものと思ったのか…いや、それはない気がした。それよりは言っても仕方がないことだと思ったのかもしれない。ネットワークというものが切断されていることにも何か関係があるのかもしれないが、なにせ三人の想像を遥かに超える話だったからだ。


しかし、ナーウッドにとってみれば、重要なことはそこではなかった。

彼はマリアの語ったことをもう一度噛みしめるように、口の中でブツブツと言うと、


「その端末を使ったアクセスというやつをすると、その人間はどうなる?」


と、ゆっくりとした口調で聞いた。


「それはデータベース上の仮想空間に意識だけ行くため、一時的に眠ったような状態になります」


そのマリアの簡潔な答えにナーウッドはピリッと肌が焼けるように熱くなったのを感じた。


やっと、聞きたいことが聞けるのかもしれないと。


「でも、マリアさん。あんたは今眠ったような状態にならなかった。それはあんたがアンドロイドとかいう機械だからか?」


「ノー。それは確かにそうなのですが、正確には違います。私がデータベースにアクセスできるのは、生まれつき、といいますか最初からアクセスキーをプログラミングされているからです。そして、それは人間には生まれつき備わってはいません。だから人間はまず一度、意識を持って行き、アクセスキーを使って、ログを取得しないといけないのです。が、最初に取得さえすればそれでいいのです。そうすれば、もういつでも転移装置にアクセスできるようになります」


マリアは一気に説明した。

そして、その中にナーウッドが求めていたものがあった。 それは


「アクセスキー……鍵か?」


「イエス」


「それがあれば意識は戻ると?」


「イエス」


「その鍵とはなんなんだ?」


「暗号文です。アンドロイドには型番により、共通した暗号文が設定させているのですが、人間の場合は血筋により、その暗号文は異なります。しかし、それは代々伝えられるものですので、意識が戻らないままになることはまずありません。もし、そんな事態になるとしたら……」


「そんな伝承はとっくの昔に廃れてしまったから……とかか?」


「イエス。ナーウッドさん。残念ながら……」


残念ながら。マリアはそう言った。

彼女はナーウッドの言っていることと、端末を必要以上に怖れる態度から、事態を察していたのだろう。だから、ナーウッドもその言葉に反発する気にもなれなかった。本当に残念だったから。が、それがわかっただけでもいい。ナーウッドはマリアに感謝した。


「そうか……じゃあ、もし、意識が戻らないやつがいたとしたら、そいつに合った、その暗号文とやらが、わかればいいんだな?」


「イエス。そして、それを知らせるために誰かが、同じ仮想空間にアクセスをすればいいのです。それは私でも誰でも構いません」


キミとミニスもやっと二人のやり取りを理解した。

つまり、ナーウッドは捕まっている彼の仲間達を救出できるかもしれない情報を得たのだ。でも、それは雲をつかむような話だったと。今からそれぞれの血筋と暗号文を調べるというわけにもいかない……


「ん? 調べる?」


そこまで考えてミニスは思った。


「ね、マリアさん。その情報はその端末では調べられないの?」

と。

しかし、その希望は

「ノー。それはできないのです。不正アクセスを防ぐための処置です」

という言葉にあえなく途切れてしまった。

「そっか……そううまくはいかないものね。ナーウッドはどう思う?」

ミニスはナーウッドに言った。

すると、


「じゃあ……サマルはなんなんだ?」


と、その時ナーウッドが独り言のように呟いた。


その顎に手を当て考え込む姿には、異様な迫力さえある。

そうして、ナーウッドは確かめるように


「俺の仲間に一人だけ意識を取り戻したやつがいるんだ! そいつはじゃあなんで? どうやって、その暗号文を?」


とマリアに言った。それを聞いたマリアの答えは


「おそらく、その方は古代人なのでは、ありませんか?」


ということだった。


「……な、なんだって?」


狼狽えるナーウッド。


「あくまで一番可能性の高い推測です。偶然知っていたという可能性も、ちゃんと家系で鍵を伝承していた可能性も残されます」


そう言うと、マリアはまた端末をミニスから借り、装着した。

そして、またPCに向き直ると、

「少し、調べてみましょう」

と言いなにやら、いじり始めた。


そんな後ろ姿をナーウッドは熱い頭で眺める。


「ナーウッド……」


ミニスは声を掛けた。でも、返事はない。

そんなナーウッドのことをミニスとキミは心配だった。


しかし、それよりもラシェットの親友だというサマル・モンタナという人物について、自分達はあまりにも知らな過ぎたのではないかと、今更ながら不安に駆られる思いがして仕方がなかった。


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