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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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ひとり

右腕の冷んやりとした感覚で僕は気がついた。


ここは……どこなんだ?


目を開ける。でも、何も見えない。確かに目を開けているはずなのに、目の前は真っ暗だ。ということは、ここはどこか暗い場所なのだろうが、本当にそうなのかは自信が持てない。なにせ、物音ひとつしないのだ。いまいち現実感が湧かない。


「痛つつっ……」

すると今度は首筋に激しい痛みがあることを知った。それで僕はやっと思い出すことができた。そうだ、僕は情けないことに、捕まってしまったんだと。


「あっ」

そして大事なことをもう一つ思い出した。


それは僕の帰りを待っているはずのキミのことだ。


僕はすぐさま起き上がった。

寝ていた時の感触から、床は石畳だとわかる。手を伸ばすとすぐ近くに壁があった。それを伝っていくと、次に鉄格子に当たった。


なんてこった……


僕はそんなことだろうとは思ってはいたが、いざ確認が済むと少し落胆した。念のため扉を探り当てガチャガチャと揺らしてみたが、鍵はビクともしなかった。まぁ、当然と言えば当然だ。

他の壁も探ってみる。

すると、案外狭い空間だということと、部屋全体が石材で出来ていることがわかった。たぶん、ここは軍の施設内にある独房か何かだろう。僕も軍人時代に、捕まえた空賊や規律違反をした後輩をこういった独房にぶち込んだことがあるからわかった。もちろん上官に命令されてだ。しかし、それでもあまり気持ちのいいものではなかったなと僕は思い出した。


そんなことを思いながら、もう少し壁を探っていると、僅かに空気が流れているのを発見した。それも冷たく新鮮な感じの空気だ。僕は耳をすませ、匂いを嗅ぎ、慎重にその空気の流れを辿る。そして、どうやらそれは一番奥の壁、その上の方から来ているらしいことを突き止めた。


「よっ」

と僕はジャンプする。すると、確かにそこにはレンガ一つ分ほどの小さな穴が開けられていた。が、そんな小さい穴にさえ鉄格子が嵌められ、逃げれないようになっていた。たぶん、採光と通風孔を兼ねたものだろう。でも、まだ夜なために光はちっとも入ってきていないのだということも推察できた。ということは、おそらく僕が捕まってからそれほど時間は経っていないということだ。


でも、それがわかったからなんだと言うんだ……


「キミ……」

僕は壁にもたれかかり座り込んだ。

そして、思い立ち、もう一度

「キミッ、ここにはいないのか?キミッ」

と何も見えない暗闇に問いかけてみた。

しかし、返事はなかった。これは良かったと取っていいのだろうか?

少なくともここには閉じ込められていないようだが、無事かはわからない。部屋でじっとしててくれればいいが……


「まぁ、あのキミに限って、じっとしててくれるってことはないな」


僕はそう思い呟く。

それは確信に近い推察だった。

しかし、そのあとのことはわからない。いくら、あのいつも予想外の言動で僕を驚かせるキミとはいえ、あの子はまだ13歳と幼いのだ。


正直、心配で堪らなかった。


今すぐ彼女を助けに行きたい。


きっと困っているはずだ。相手はクラスのいじめっ子や、街の不良とはわけが違うのだ。

トカゲの仲間が一体、どんな奴らなのかはわからなかったが(トカゲの口ぶりからしてキミを見張っている仲間がいるはずだ)プロには違いないだろう。そんな奴らを相手にキミは戦えないし、戦わせたくもない。


とすると、やはり一刻も早くここから脱出しなければ。


しかし……どうやって?


僕は気分を落ち着かせるためにタバコを吸おうと思い、懐を探った。しかし、そこにタバコはなかった。そうだった、キミと一緒に行動するようになってから、やはり子供の前でタバコはよくないと吸うのをやめたのだった。

「やれやれ」

僕はため息をついた。本当に長年の習慣というのは恐ろしいものである。


と気がつくと、そういえばライターもない。

僕はよくよく体を探り、部屋の中も改めた。すると、思った通り僕は服と靴以外何も持っいなかった。リュックも小型のリボルバーも財布も免許証も郵便飛行協会・会員証も、何もかもだ。

それを知り僕はまた

「やれやれ」

と言ってしまった。


しばらくぼーっとした後、僕は

「おーい!誰かいないのかっ!?おーいっ!」

と叫ぶ。無駄だとは思ったが、何もやらないよりはマシだ。でも、いくら叫んでも、いくら挑発的なことを言っても何一つ反応がない。たぶん本当に誰もいないのだ。

そうすると、今のうちに何か策を練ったり、例えば今着ている服を裂いて絞殺用のロープを拵えてみるとかした方がいいのだろうが、僕はそれ以上何もしなかった。


何もすることがないと、こんな暗闇では暇でしょうがない。すると、僕は自然と思考をする方向へと頭を傾けていった。


そして、先ほどのトカゲとの会話とあの手紙のことをなんとなしに思い出していた。


「あの手紙は処分しない限り、いつか表に出てきてしまうと言っていたな……」


僕は頭の上で腕を組み、そして考えた。

それはどういうことなのか?僕には全く理解ができなかった。そして、トカゲはなぜ、そう言い切ることができるのか?それは何を根拠に言っているんだ?


僕の見立てでは、あの手紙はあの遺跡に入れられたのだから、僕とキミさえ気をつければもう二度と表に出ることはないはずなのに……


「近い将来、僕かキミがあの手紙を取り出してしまうのか?」


可能性はある。でも、それにしたってなんでそんなことがわかる?わかりはしないはずだ。

「だけど……」

トカゲにとってあの手紙は、僕やショットを動かす武器にもなったが、それと同時に自分達の「何か」をも脅かすことになる、言わば諸刃の剣だということもわかった。

それは大きな収穫だった。だからこそ、手紙を隠した僕達に多少のアドバンテージができたのだ。この力関係をうまく利用すれば、きっとキミも大丈夫なはずなのだが、もし相手方が強行手段に出たり、僕が思っている以上にキミの情報を知っていたとしたらその時はキミが危ない……


「いや」


僕はネガティヴな考えを、頭から振り払った。

何もできないのに気分まで落ち込ませてしまったら、僕はもう本当に何もできなくなってしまう。そんな気がしたからだ。


ここはキミを信じよう。


僕は思った。残念ながら今の僕にはそれしかできない。そして、隙あらば脱出。その心構えは忘れないようにしなければならない。


僕は立ち上がり体操をした。そうして冷えて強張った筋肉を少しずつ伸ばしていく。僕はネガティヴな考えを吹き飛ばすには体を動かすのが一番だとよく知っていた。そしてできれば、よく水分も摂ること。しかし、ここには水一滴ありはしかなかった。


「そう言えば」

僕にはもう一つ引っ掛かっていることがあった。それはトカゲが口にした「オリハルコン」という言葉だ。僕は前屈をしながら考える。

きっとオリハルコンとはサマルの手紙とトカゲの手紙両方に使われていた、あの技術の名前だろう。確か、トカゲはそう言っていた。そして、あの封はショットでも破れなかっただろうと。それは純度がどうとか言っていた。


つまり、どういうことなのだろう?

僕は少なくともショットはあの技術のことを知っているのだと理解した。しかし、その技術はまだまだ未熟で、トカゲやサマルが使ったものよりも質が悪いらしいとも。そして、その質に純度とやらが関わっているようだ。


「純度」と聞くと僕はすぐに金を思い浮かべる。金にとって純度は重要な要素だからだ。なにせ、それによって価値が大きく変わってくる。

でも、丈夫さという意味では純度が高いほど硬くなるわけではない。

これは金属全般に言えることだが、一つの物資の純度が高いことよりも、数種類の金属との適切な配合によって作られる合金の方が遥かに強度は増す。


だから「純度」と聞いて、僕はオリハルコンというものは何かの金属の一種ではないかと直感したのだが、考えれば考えるほど自信が持てなくなってきていた。


僕はニコの言葉も思い出してみる。


それによれば、やはりサマルはオリハルコンのことを知っていて、さらにはリッツまで知っていたみたいだ。


ということは、あの手紙のオリハルコンを作ったのはきっとサマルなのだろう。


でも、いったいどこで、そんな知識を?


僕はそれをおよそ人外の技と受け止めていた。なにせ、あれがもし金属だったとしたら、軽すぎるからだ。それに手触りも匂いもおよそ金属とは思えなかった。それであのバカみたいな強度。とても人間技とは思えない。

しかし……


「古代文明の知識なら……」


僕は自然にそう思考する自分の頭が恐ろしかったが、キミにあんなものを見せられては仕方がない。僕はともすればオリハルコンなんかよりも、もっとすごいものを見てしまったのかもしれないのだ。


「オリハルコンねぇ」


僕はなんだかバカらしくなって考えるのをやめた。どうやらまた僕の知らない世界が、無遠慮に僕に知ることを迫っているようだったからだ。


僕はそんなこと知らなくてもいいのに。


でも、それこそ僕の我儘というものかもしれない。まともに世界に付き合えば、誰しも少しくらいは嫌な目に遭う。そんなものだ。それに、世間的に見れば僕は軽傷も軽傷の方なのだ。


「なんか、嫌な考え方だな」


僕は仕上げの深呼吸をする。

ちょっと気分は軽くなったが、暗闇ではどうしても思考は暗い方へと引っ張られてしまう。

僕は眠れそうにはなかったが、座って目を瞑ることにした。


…………


「オリハルコン。海底のクレーターから僅かに取れる隕石性鉱石を溶かし、そこからオリハルコンの成分だけを蒸留、抽出した液体状の擬似完全金属。蒸留、抽出の際の温度のコントロールが非常に難しく、一定になっては不純物まで精製してしまい、その分、強度がおちてしまう。最初にこれを発見し、抽出に成功したらのは、ユーグリッド暦……ん?」


僕はそこまで考えて思考を止めた。


そして、思わず目を開けて、空中を見つめる。


なんだ……今のは?


僕は背筋が寒くなるのを感じた。

頭の中は混乱している。


なぜだ、なぜそんなことを知っている!?


僕は心の中で叫び、頭を抱えた。

みるみる、自分の体から血の気がひいていくのも感じた。


「オリハルコン……つい、昨日まで知らなかったのに。今ならはっきりとわかる。僕はそれを知っている……その歴史も、その作り方も、特徴も……」


僕は震えながら呟いた。誰に言うでもないのに、やたらとはっきりした口調だった。まるで誰かに喋らされているようだ。


「なぜだ?なぜ、今まで知らないと思って……いや、違う。なぜ今まで思い出さなかったのかだ!こんなにも確かな知識があるのに!」


僕はそこで言葉を切った。

そして最後に、最も考えなければならないことに気がついた。それは


「僕はいったい、いつ、どこでこの知識を手に入れたんだ!?」


という疑問だった。

しかし、そんなことに心当たりなどあるはずもない。


強いて言えばキミの目を見たときに流れ込んできた記憶の中にその知識があったのかもしれないが、その時に見た記憶は僕の頭には定着しないとキミは言っていたし、もし定着しているのだとしても、キミがオリハルコンの手紙を見て何も気がつかないのはやはりおかしい。


だとしたら、なんで……


僕は考えた。

しかし心当たりのないことをいくら考えたところで、次から次へと生まれてくるのは答えではなく、新たな疑問ばかりだった。




その少し前。


ショットは自室に戻る途中に部下から連絡をもらった。どうやら、ラシェット・クロードをニコ・エリオットの部屋で捕獲したらしいと。


「ほう、なるほど。ラシェットくんはあっちに行っていたのですか。いやいや、ご苦労様です。まさか、ナーウッドくんより先にラシェットくんが捕まってしまうとは思いませんでしたが、まぁ、いいでしょう」


ショットは無線機に向かってそう言う。

ショットとしてはナーウッドを捕まえるために張っていた罠にラシェットが掛かったのはよかったが、そのタイミングがどこか気に入らない気がした。

部下がまた口を開く。

「それと、現場にはトカゲもいたとのことです。どうやら、トカゲにはうまく逃げられてしまったようですが……」

「へぇ、トカゲがねぇ……」

ショットはそれを聞いて興味深そうに呟く。

「どうしますか?追いますか?」

「うーん、まぁそうだね。一応、追っ手を出しておいて。彼も放っておくと後々面倒なことになりそうだから」

ショットはそう命令した。そして、部屋に戻ろうとしていた足を止め


「じゃあさ、僕が迎えに行くから。ラシェットくんはそのままそこに置いといてちょうだい。くれぐれも逃がさないようにね」


と言って無線を切り、踵を返した。

「ふふふっ、また面白そうな話相手が増えましたねぇ」

そうして足早に城を出ると、側近の部下に向かい、


「この間作ったヘリを出してください。あれで行きましょう」


と言い、その緋色の目で前方に鋭い視線を送った。




「僕はいったい何者なんだ?」


そんな今までに一度も考えたことのなかったことが僕の頭の中を掻き乱していた。


あの小さな窓からは微かな光が射し込み始めている。

結局、眠れぬまま朝が来たのだ。


僕は今までの人生において自分のこと、自分の存在や自分の過去のことを疑問に感じたことなどなかった。

それは僕が大した人生を送っているわけでも、特に不幸な人生を送ってきたわけでもないと考えていたからだった。だからもともと疑問など挟む余地はなかったと言っていい。


が、それもまたここにきて大きく変わってしまったみたいだ……


思えば、この旅に出た時から少しずつ、僕の周りに存在していたはずの常識というやつが、ボロボロと剥がれ落ちていっている気がする。そして、それによって僕の今まで思い描いていた世界が、まるで嘘物のように僕の目には映り始めている。そんな気がした。


気づけば僕はため息をつくことも、キミのことを考えることもできなくなっていた。


そしてひとり、新しい朝の独房でただ座っている。


これは悪い傾向だ。早く、早くなんとかしなければ。

しかし、そうは思っても、今回ばかりはなかなか「まぁ、いいか」とは思えそうにない。


「サマル……」


僕は呟いた。


僕は今、無性にあの懐かしい親友と話がしたかった。


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