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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
23/136

再び空へ 1

ラクダに揺られ、砂漠の乾いた風を受けながら僕は考えていた。


思えばここ一週間、色々な出来事が起こっては、ずっと考えさせられている。それも、つい最近まで僕の人生とは無縁だと思っていたような事柄ばかり、考えさせられている気がする。


無性にタバコが吸いたかった。できればウイスキーも飲んで頭をほぐしたい気分だ。

またもや、僕の理解を越えることが次々と起きたのだ。そう思うのも仕方ない。でも、ここは砂漠の真ん中だった。もとよりウイスキーなんてないし、とても酒なんて飲んでいられない。大事なのは水分なのだから。


まぁ、しかし、あのキミが案内してくれた場所に関しては僕がいくら考えたところで、何か明確な答えが出るなんてことはないだろう。

当然、色々と引っかかるところはあったが、それよりも僕は当面の身の振り方を考えねばならなかった。


そう。僕は考え続けねばならない。


結局のところ、一介の郵便飛行機乗りに過ぎない僕が、巨大な何かと戦う時にできるのは、それくらいのものだった。

よく考え、賢明な選択をし、実際に行動すること。それこそが、やはり僕に残された唯一の道なのだ。

そうやって、コツコツと少しずつでも前に進もう。それが、やがて突破口となる日がくる。僕にはそう思えた。


「僕が手紙を隠してしまったとわかったら、トカゲやKはどう動いてくるだろう?」

僕はキミの背中に向かって言った。


「うん?さぁ、どうするのかしらね。やっぱり追いかけてくるんじゃないかしら?」

「でも、そもそも僕が手紙を隠したとわかるまでに、時間が掛かりそうだね」

「それはそうね。ラシェットがKとの約束の日に姿を見せなかった時に、初めておかしいって気がつくわけだから」

キミは前を向いたまま言った。

「やろうと思えば、姿を見せることもできる。それで堂々と取引することも」

僕が言うと、

「うーん…そうだけど、危険だと思うわ。せめて一人で行くのでなければ、話は別だけど」

とキミは答え

「あ、でも私は行かないわよ」

と振り返って付け加えた。

「ははは。わかってるよ」

僕はキミの怪訝そうな顔を見て笑った。


キミと話していると、スムーズに思考が流れていく気がする。そういう相手と話すのは実に気持ちがよかった。

「ま、いいんじゃない?ラシェットの好きにすれば」

キミはまた素っ気なく言い、前に向き直った。

「好きにね……」

僕はつぶやいた。

実は、それが一番難しい。好きなようにしたくとも、つい後先のことを考えてしまうからだ。



ミリト集落に着くと、日は一番高い位置まできていた。

僕は昼食のカレーとパンを食べると、早速キミの案内に従い、サンドバギーが置いてあるという倉庫まで来た。

大きな両開きのドアを開けると中には、確かに古いサビだらけのサンドバギーが置いてあった。倉庫の中には他にも、様々な工具やスペアのタイヤなどがあちこちに置かれている。

僕はその中にあった、サンドバギーの予備のバンパーに目をつけた。

「これを、うまく加工できれば十分足りるかもしれない」

僕は今度は適当な工具を探し始めた。

「どう?使えそうなものはあった?」

入り口のドアに寄りかかり、見ていたキミが言った。

「うん。これだけあれば大丈夫だと思う。ありがとう」

僕は作業の手を休めて答えた。

「そう。ならよかった。じゃあ、私は家で出掛ける準備してるから、もし手伝うことがあったら呼んでちょうだい」

「うん。わかった」

僕が言うと、キミは手をひらっひらっとして、家の方へと帰って行った。


大がかりな工具がなかったために、少し手間取ったが、バンパーの加工は無事に終わった。これでレッドベルの左主翼を修理するための板金は手に入ったわけだ。

僕は時間が余ったから、サンドバギーの様子を確かめてみることにした。そのために、まずはキーを探さねばならなかったが、キーは結局ダッシュボードの中に転がっていた。

キーを回してみる。が、何も反応がない。

僕はボンネットを開け、エンジンルームを点検してみた。うむ。どうやらエンジンの故障というよりは、電気系統の劣化らしかった。

僕は倉庫の中を探し回り、バッテリーとコード類の予備、オイルなどをかき集めた。どれもこれも現在積まれているものと型が違ったが、これでやれるだけやろうと思った。

一時間程掛けて、電気系統の交換とオイルの交換を終わらせ、ついでに軽くエンジンの掃除も終わらせた。

「これで、かかるかな?」

僕は再び運転席に乗り込み、キーを回してみる。


ガガッ、ガガガガガガガ


と耳障りなうるさい音が鳴った。先ほどはエンジンが反応さえしなかったのに、大きな進歩だ。燃料はメーターを見る限り、まだ半分はタンクに残っていた。そうとう古くはなっているだろうが、使えないことはないはずだ。

僕はしつこくキーを回し続けた。


ガガガガガガガ、ブロォンッ!


6回目でようやくエンジンがかかってくれた。

「よし」

僕はサイドブレーキを外し、ギアをファーストに入れてゆっくりとアクセルを踏んでみた。するとギギギギギーっと、やかましい金属音を発し、車体が軋んだ。さらに前進させてみたが音は止まない。

一旦サンドバギーを駐め、運転席から降りた。そして、僕は車体の下に潜り込み点検してみた。

「あちゃー。だいぶやられてるな……」

見ると、シャフトも軸も何もかも、錆びついていて、どこから手を付けてよいのかも、わからない状態だった。まぁ、走れなくもないが、このままではかなり不安だ。この倉庫にまだ油や予備のパーツはあるのだろうか。

そうやって、僕が車体の下をいじりながら、あれこれ思案していると、

「ねぇねぇ、さっきから何やってるの?」

と入り口の方からキミの呆れた感じの声が聞こえた。

僕は車体の下から顔を出した。

「うわっ、顔真っ黒じゃない」

「え?」

僕は顔を擦った。

「あーあー、もう余計に汚れるから、やめなさい」

キミは僕の顔を覗き込んで言う。

なるほど、手で汗を拭っていたら、手にべったり付いた古い油が顔に付いてしまったようだった。

「今、このサンドバギーを修理してたんだ」

僕が言うと

「そうみたいね。見ればわかるわ」

とキミは頬杖をついて言う。

「で、直りそうなの?」

「うん。まぁ、不安は残るけどいい線まではいけそうだよ」

僕がそう言うと、キミはため息をついた。

「あのねぇ、どうせ不安が残るなら止めなさい。砂漠でそんな物に頼るのは自殺行為よ。ケムとローの方がよっぽど信頼できるわ」

キミはにべもなく言う。

「あ、そ、そうだね」

僕はそう答えるしかなかった。

「材料はできたんでしょ?」

「うん。それは、お陰様でね」

「なら、もう準備は出来てるから出発するわよ。早くしないとレッドベルが砂に埋もれちゃうわ」

そう言うとキミは立ち上がった。僕もそれを聞き

「そうか。それもそうだね」

と、車体の下から這い出た。

「と、その前に顔と手を拭いた方がいいわね。ちょっと待ってて。今、タオル持ってくるから」

僕を見てキミは言った。その時、僕はふと

「ありがとう。そういえばさ、キミはいつもお風呂はどうしてるんだい?」

と疑問に思ったので聞くと、キミは怪訝な顔をして

「なんで、そんなこと聞くわけ?」

と声色を変えて言った。

「え?いや、ただ、なんとなく」

僕は言った。

「ふーん」

キミは怪しそうな目で僕を見る。べ、別にそんなつもりじゃあ……と僕は思う。

「まったく、ほんと砂漠のこと何にもわかってないのね。お風呂なんて入れるわけないでしょ。いつも水を汲む時に、オアシスで水浴びをするだけよ。まったく、くだらないこと言ってないで、さっさと準備しなさい」

そう言うとキミはズカズカとした足取りで倉庫を出て行った。見るからにちょっと怒っているようだ。

僕は「変な意味で言ったんじゃないのに……」と、その後ろ姿を見送りながら思っていた。



ケムとローは餌をもらって満腹なのか、とても眠そうな顔をしている。まぁ、ずっとそんな顔をしているとも言えるが、僕にもだんだんと表情の変化がわかってきたのかもしれない。

「眠いとこ、ごめんな。またよろしく頼むよ」

僕はローに荷物を引っ掛けながら話しかけた。ローは聞いているのか、いないのか、ずっと口をムチョムチョと動かしている。

「よいしょっと、これで全部ね。そっちは?」

キミが尋ねてきた。

「こっちも大丈夫。もう積み込んだよ」

そう僕が答えると、キミはじゃあさっさと行きましょと言い、ケムに跨った。僕もローに乗せてもらう。

「方角は南南西ね」

「そう。僕はずっと北北東に向かって歩いていて、それであの遺跡に行き着いたから。まぁ正確にはわからないけど、大体あの遺跡からまっすぐ南南西方向だとは思うんだ」

僕はコンパスと地図を見ながら言った。

「わかった。それだけわかれば十分よ」

キミは自信ありげに言い、ケムを出発させた。ローは、その後ろをついていく。

僕はまた砂漠に繰り出すことに、少し怖さがあったが、今回はキミがついている。そう思うと心強かった。まさか、自分が13歳の女の子のことをこんなに心強く思う日がくるなんて思わなかった。


荷物には十分な食料と水、簡易テント、寝袋、ランプやナイフ、スコップ、工具など色々なものが詰め込まれている。

にも関わらず、ケムとローは重くもなんともなさそうに、ゆっくりゆっくりと砂漠を進んで行った。

「本当にありがとう。なにから何まで」

僕は改めて思った。そして、全てが終わったら、ここに絶対に恩返ししに帰ってこようとも。キミはそんなこと望まないかもしれないけれど、僕にも何かできることがあるはずだ。だから、それまでにキミには僕に何をして欲しいか、考えておいてもらわなければ。

しかし、それを伝えるのも、とりあえずレッドベルの修理を終えて無事、再び空へ旅立てるようにしてからだ。


僕達は大きな砂丘を越え、遺跡を越え、なにもない遥かなる砂漠を黙々と行った。

キミはどうやら、正確に南南西へは向かっていないようで、少し方角をずらしてラクダを進めている。僕がそのことを聞くとキミは

「大丈夫。砂漠での探し物は得意って言ったでしょ?任せておいて」

ときっぱりと言うので、僕は言われた通りキミに任せることにした。

砂漠の乾いた風は相変わらず砂を巻き上げ、太陽はギラギラと照りつける。

僕は水筒のコップに一杯だけ水を飲んだ。


僕はあのキミが案内してくれた「遺跡」について考えた。僕はあの場所を「遺跡」と呼ぶことにしたのだ。

理由は、まず大理石の巨大な柱が埋まっていた、あの古代遺跡が近くにあったこと。次にサマルの手紙に使われている技術のことを、トカゲが古代科学技術と呼んでいたこと。

主にそのふたつが、あの「遺跡」とどうしても僕の中で切り離せないような感じがしていたからだった。

僕は「遺跡」に足を踏み入れて思ったのだ。

トカゲの言っていたことと、今目の前に広がる光景との奇妙な一致を。そして、そのことがトカゲの言っていたことの可能性を裏付けさえするのではないかと。


きっとトカゲは推測であんなことを言っていたのではないのだ。僕にはそれがやっとわかった。


トカゲは事の真相をある程度までは知っている。


僕はバカだ。なにも情報を握っているのはKだけではなかったのだ。僕はあの場でトカゲを締め上げれば良かったのかもしれない。

それでどのくらい奴が正直に話したかはわからないが、今の様に、奴に踊らされることはなかったはずだ。今更悔しがっても仕方ないが、腹を立てずにはいられなかった。


僕は気持ちを和らげるために空を見た。雲ひとつない青空だ。空気は乾いて埃っぽい。

僕は視線を落として砂漠を見渡す。


世界は僕の気持ちを癒して余りあるほど広大だった。


僕は「まぁ、いい」と思えた。

僕は僕なりに精一杯やってきた。これからもそうすればいいだけの話だ。


僕の心の些細な苛立ちや悩み。僕の頭脳の浅はかな考え。そんなものはこの広大な世界に何も影響など与えはしないのだ。

結局なるようになるしかない。それでも、考え、悩んでしまうのは人間の業というものだ。それだって、仕方ない。人には色々な理由がある。そういう僕にだって、この世界よりも大事な友達がいるのだ。


「ちょっと、寄り道していいかしら?」

3時間くらいずっと無言でラクダを操っていたキミが突然言った。

しばらく前から考えることも止め、ぼーっとしていた僕は急に我に帰り

「あ、うん。もちろんいいけど、一体どこに?」

と言った。周りはにいつも通り何も見当たらないのだ。

「大したことじゃないのよ。ただ、この辺りに昔から、私達の集落が管理してきた井戸があるから、その様子を見たいのよ。しばらく誰も手入れしてないから」

キミはそう答えた。


10分ほどで確かに井戸に着いた。

それは、何もない砂漠の地面に突然ぽつんと現れた。直径1メートルほどの穴が石垣によって補強され、水を汲むための皮袋とロープが吊り下げられている。かなり簡易な造りだった。

キミはラクダから下りると、近づいて中を覗いた。そして、おもむろに皮袋を井戸の中に放り込んだ。すると、チャプッと微かに水に落ちた音がした。ロープで引っ張り上げると皮袋には少し水がついていた。が、かなり砂で濁っているようにみえた。

「うーん。これじゃダメね。ほとんど砂に埋まってるわ」

キミは手入れも諦めた様子で、ラクダに戻った。

「僕が砂漠を彷徨った時は、こんな井戸なんて見つからなかったけど、こういう井戸はたくさんあるのかい?」

僕が聞くと

「うん。砂漠の民にとって井戸は命の次に大事なものだから。でも、昔よりは少なくなっちゃったの。内戦で砂漠に住んでいた、多くの部族や少数民族が殺されちゃったから、管理できる人がいなくなっちゃったのよ。だから、この井戸みたいにみんな砂に埋もれちゃうの」

キミは寂しそうに言った。

「そっか……」

「うん。でも、いつまでもクヨクヨはしていられないじゃない?砂漠の砂は待っていてくれないもの。そうやって頑張ってる部族の人もいるのよ。まぁ、私の集落は私一人になっちゃったけど」

キミは一転して気丈にそう言ってみせた。僕にはそれがキミの本心だとは感じた。しかし、やっぱりもっと素直に寂しがってもいい気がした。だから、


「キミはあの集落で、誰かが帰ってくるのを待っているのかい?」


と僕は思いきって聞いた。

それはずっと聞きたくて、聞けなかったことだった。


「え?」


キミはその質問に少し戸惑った。

今まで僕が避けて通ってきた質問だと気がついている。キミは今僕がそんなことを聞いてくるなんて思わなかったようだ。


僕はキミの返事を待った。

「それを聞いてどうするわけ?私を集落から連れ出してくれるの?」

キミが口を開いた。

「うん。それがキミの望みならね」

僕は言った。

「でも、ラシェットは大事な旅の途中じゃない。それも危険な」

キミは僕を試すような口調で言う。

「そうだけど、キミが望むなら僕がどこにでも連れて行くよ。危険なことは確かだけど、僕の腕は信じてくれていい。もし、危険なのが嫌なら、旅が終わってから迎えに来るよ。それまで集落で待つのもいいかもしれない」

僕は一気にそう答えた。それは正直な答えで、ずっと考えていたことだった。たとえ、キミに拒否されようとも、言っておきたい僕の気持ちだった。本当ならレッドベルを修理してから言うつもりだったが、話の流れから、今言ってしまっても良い気がしたのだ。

しかし、僕の言葉はキミを複雑な気持ちにさせてしまったようだった。

「ありがとう。気持ちは嬉しいわ。でも、私は別に誰かを待っているわけではないの。あそこにいなきゃいけない理由が他にあるのよ。もうわかるでしょ?」

「うん」

僕は言った。

「でも、僕はそれも承知で聞いてるんだ」

なおもしつこく僕は言う。

しかしキミは苦笑いをするだけで、もうこれ以上は答えてはくれなかった。


その日は結局レッドベルへは辿り着けず、テントに泊まることにした。

ケムとローを休ませ、焚き火をおこした。

僕達は火を囲み、パンを食べ、コーヒーを飲んだ。とても美味しかった。体験したことのない雰囲気がまたコーヒーの味を変えたようだった。

しかし、先ほどの会話以来、僕とキミの間には少しチグハグした空気が流れていた。


僕はキミが決して怒ってなどいないことはわかっていた。僕だってもちろん怒ってない。それはキミにだってわかっているはずだ。

それでも、こんな状態になってしまっているのは、たぶんお互いに気を使い過ぎているせいかもしれない。だとしたら、ここで話を切り出すのは年上の僕の役目のはずだった。しかし、先に話を切り出したのはキミの方だった。

「ごめんなさい。さっきは。せっかくああ言ってくれたのに」

「いいんだよ。それに謝らなきゃいけないのは僕の方さ。君があそこを離れられない理由をわかっていたのに、意地悪な質問をした。キミを傷つけるかもしれないともわかってた」

キミは僕の方を見た。

「じゃあ、なんであんなことを聞いたの?」

「わからない。たぶん、キミがまだ13歳の女の子だってことを、つい忘れちゃうからかもしれない」

僕はコーヒーを飲んで言った。

キミはくすっと笑い

「そんなの言い訳だわ」

と言った。まぁ、その通りだった。


「でも、本当にそう思うから言ったんだ。キミはいつまでも、あんな「遺跡」の「守人」なんてのに縛られなくてもいいんだよってね」


僕はきっぱりと言った。自分でも意外な程きっぱりと。キミはまた笑った。

「ふふ。遺跡と守人って言ったわね。守人なんて言葉どこで聞いたの?」

「バルスの本さ」

「バルス?」

キミは首を傾げた。

「ひと昔前の大冒険さ」

「ふーん」

キミは興味ありげに言う。

「そんな人いるのね。ラシェットはラクダに乗ってる間ずっと黙ってたけど、そんなこと考えてたわけね」

キミは今度は棘のある感じで言った。

「キミだって黙ってたじゃないか」

「私はラシェットが、何かまた楽しいお話してくれるのを待ってたの」

そう言ってキミは膨れた。

「え?あ、そうだったの?」

僕は驚いた。それならそうと言ってくれれば良かったのに。しかし、気が回らなかった僕も悪い。

「もー。ラシェットって言わなきゃやってくれないわよね。まぁいっか。でもね、遺跡とか守人とか、確かに関係あるけどね。それ以上に私にはあそこで待っていた本当の理由があるのよ」

そうキミは悪戯っぽく言うと、眠たそうにあくびをした。そして、立ち上がりテントに入って寝袋の中に寝転んだ。もう寝るつもりらしい。

これはどうやら先ほどの仕返しのようだった。

僕はキミの言う本当の理由というものが気になって仕方がない。もはやキミの思う壺だ。

「その理由っていうのは僕には教えられないのかい?」

僕は聞いた。すると、キミは顔をこっち向けて別にもう、教えてもいいわよ言った。さらに、私はもう選択しちゃったしとも言った。


もう教えてもいい?選択?


僕には意味がよくわからなかった。

しかし、そんなの御構い無しにキミは言った。


「私はあそこで、あなたが倒れているを知っていたの。だからずっと待ってたのよ」


と。僕にはその意味もよくわからなかった。

僕があそこに倒れているのを以前から知っていた?キミは話を続ける。


「で、助けることも、助けないこともできたの。でも、私は助けることを選択した。それがどういう影響を及ぼすのかはまだわからないけど……とにかく、それは私が決めていいことだったの」


僕は益々わけがわからなくなってきていた。


僕は確かに自分の意思で砂漠を歩き続けたのだ。飛行機が砂漠に不時着したのも偶然だ。そもそもトカゲの依頼を受けたのだって、郵便飛行機乗りになったのだって、サマルと友達になったのだって、みんな偶然だ。しかし、その偶然が重ならなければ、僕はあそこで倒れることなんてなかっただろう。

それを……知っていた?

そして、キミは僕の命を選択により助けた?


「もちろん、それだけの理由で待ってたんでもないんだけどね。まぁいいじゃない?そんなことは。あ、あと、その後したアドバイスはただの親切心からよ?それはわかってよね。じゃ、おやすみなさい。ラシェットも明日は早いんだから、いつまでも考えてないでさっさと寝なさいね」

「え?あっ!ちょっと!」

僕に色々質問させる隙も与えず、キミは目を瞑ってしまった。

さすがに無理矢理起こすのは躊躇われた。

しかし……


どういうことだ?


早く寝ろと言われても、そうやすやすと寝られそうにはなかった。


選択?影響?


僕は今まで、自分の存在が何か世界に影響を及ぼすなんて、そんなバカげた大袈裟な話はないと信じていた。

しかし、ここにきて状況は大きく変わってしまったのかもしれない。


キミは何かを選べると言う。それは、少し考えてみれば当たり前のことだ。皆少なからず、毎日毎日色々な選択をしている。それは世界中で数えきれないほどだ。その中には、確かに重要な選択となり得ることも含まれているだろう。でも、大概の場合は、取るに足らない極個人的な影響に留まるものが多いのではないのか?僕もそんな取るに足らない一員なのだと信じてきた。そして、そのことが誇りですらあったのだ。


それが……いつから?どの時点から狂い始めたんだ?


僕は焚き火を見つめた。

後ろでは、キミがすーすーと可愛い寝息を立て始めている。


僕はまたこの砂漠の真ん中で、自分の深いところまで降りていくような、そんな不思議な考えを巡らせていた。


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