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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
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少女 4

その階段はずっと下まで続いていた。

しかし、明かりはなく真っ暗なので、太陽の光が届く範囲までしか把握はできない。

すぐ近くの何段目かまでは、砂がかかり、気をつけなければ足を滑らせてしまいそうだ。


「さ、行きましょ」

キミは慣れた様子で荷物からランプを取り出すと、火を点けて持ち、階段を降り始めた。

「ちょ、ちょっとキミ」

どうやら僕に質問させる気すらないらしい。僕は恐る恐るあとを追いかけた。


中は砂の下に埋もれていたのに、不思議とひんやりしていた。僕はキミの歩くあとを正確についていった。


ここは一体なんなんだ?


僕は思った。しかし、僕にはそんなことわかるわけがなかった。

壁も石版と同じ黒い石でできている。触ってみると熱くもなく、冷たくもなかった。


僕は思っていた。やっと自分の意思で行動しようとしていた矢先に、これだと。今度はキミの歩く後ろを歩いている。

どうやら、僕の人生の歯車はどこかのタイミングで決定的に狂ってしまったらしい。

それはいつだったのだろうか?軍を辞めた時か?サマルの手紙を受け取った時か?トカゲの依頼を引き受けた時か?それとも……もっとずっと以前から?


「よし、ここにしましょ」

僕がぼーっとして歩いていたら、キミは突然立ち止まりそう言った。

僕は考えごとをやめ、慌てて立ち止まった。そして、キミを見て

「え?ここって、どこに?」

と言った。僕は周りをぐるりと見てみる。と言っても、見えるのは僕達の上下に続く、階段だけだ。ということは、まさにここの階段に手紙を置いていくということなのか?

まぁ、確かにここに手紙を置いていっても誰にも見つからないだろうし、失くなりもしないだろう。先ほどの様子を見る限り、この階段を出現させることができるのはキミくらいしかいないのだろうから。

すると、もはやこれは手紙を「隠す」というよりは「封印する」と言った方が正しい気が僕にはした。


「ここに置いていくのかい?」

僕は聞いた。本当は他にもっとたくさん聞きたいことがあるのだが、キミの雰囲気からして、話してくれそうにはなかったので、とりあえず諦めることにしたのだ。すると

「まさか。こんな所に置いていったら、わからなくなっちゃうわ」

とキミは言い、おもむろに壁に手を当てて、またなにやら囁き始めた。


階段に置いていったら、わからなくなる?


僕には、キミの言っていることの意味がまるでわからなかった。どうしてわからなくなるのか?階段はずっと一本道だったのだ。ここに置いていったとしても、次に来た時に気がつかない訳がない。

ますます不可解なことだらけだった。


少しするとキミは

「来たわ」

と言い、壁から手を離して、一歩下がった。すると、次の瞬間、壁に突如として木製の扉が現れたのだ。

「なっ」

僕はまた混乱した。なんで、何もなかった壁に扉が?

「ここよ。この部屋に隠しましょ」

目を白黒させている僕を見ても、キミはなんとも思っていない感じだった。

僕は扉に手をかけ、中へと入っていくキミをいよいよ不思議な目で見るようになっていた。彼女は本当は何者なんだ?なんでこんなものを知っているんだ?


守人。緋色の瞳。……サマル。古代文明?


色々なキーワードが頭に浮かんでは消えた。


仮にキミがもし、僕の予想通り、何かの秘密を守っているのだとしたら、おそらくここのことだろう。こんなもの以上に重要な秘密なんて、あってたまるものか。だとすると、ひとつだけどうしてもわからないことがある。


なんで、僕にここを見せたのかだ。


僕は昨日会ったばかりのただの通りすがりだ。そんな素性も知れない男にやすやすと秘密を見せるなど、キミみたいにしっかりした子がするだろうか?いや、するわけがない。

キミは昨夜僕のことを良い人だと「見ればわかる」と言った。しかし、たったそれだけの理由で僕をここへ案内したと考えるのは、さすがの僕にもできなかった。とすると、どういうことになるのか……


もう僕には、わざと僕に見せているとしか思えなかった。わざとじゃなくても、きっと何か確信みたいなものがあるのだ。僕に見せても大丈夫だという確信が。それだけは僕にもわかった。


「ねぇ、びっくりする気持ちはわかるけど、早く用事を済ませちゃいましょ。私だってあんまり長くは、ここにいたくないのよ」


その場に立ち尽くす僕の様子を見て、キミは部屋の中から手招きをした。

「あ、ごめんごめん、そうだね。今日はまだたくさんやることあるし、急がないとね」

僕はとりあえず問題を棚上げにして、扉に手をかけた。古い扉だった。一枚の大きい木の板でできている。表面には見事な木彫が施されており、蛇、葡萄、武器、幾何学模様などが見て取れた。他にも見たことのない動物が何体か彫られていた。


その重い扉を開けると中は、意外にもログハウスのような感じになっていた。壁は細い丸太で組んであり、床も木材で出来ている。上を見上げると天井は高くにあり、太い立派な木の梁まであった。

僕の見る限りどこにも、あの階段や台に使われていた黒い石材は見当たらない。このギャップはどういうことなのだろうか?


その部屋はどうやら書斎のようだった。窓際には大きな机と椅子があり(なんと、窓があるのだ)、暖炉の側にはロッキングチェアが置いてある。そのチェアの肘掛けには暖かそうなひざ掛けがかかっていた。部屋の真ん中には背の低いテーブルと、2人掛けであろうソファ。壁際は全て書棚になっていた。書棚に納まっている本はどれも堅牢な皮装丁で、鍵の付いているものまである。そして、どの背表紙にも古代アストリア文字や、その他の古代文字が書かれていた。


僕は思わず、一歩踏み出した。

暖かな、火の香りがした。暖炉の火がまだ燻っているのだ。ソファや机やテーブルの上には様々な本が読みかけのまま伏せられ、色々な大きさの紙があちこちに置いてある。そこには何かのメモらしい走り書きがされてあった。コーヒーカップと軽食を食べたのだろう皿もテーブルの上に残されている。

僕はもっと奥まで入ってみた。

机の上には、小さなグラスと灰皿が置いてあった。甘い煙の匂いがした。たぶん、すっかりタバコの匂いが家具に染み込んでしまっているのだ。羽根ペンとインクも置いてあり、何かを書いている途中なのか、書きかけの紙が広げてあった。よく見てみると、インクはまだ完全には乾き切っていなかった。


どういうことだ?

この部屋の様子は、まるでまだ誰かが住んでいるような感じじゃないか。


僕は窓の外を見た。

そこには厳しい冬の雪山と白く染まった深い森があった。


僕は寒気がした。

おかしい。ここは地下ではなかったか。砂漠のど真ん中ではなかったか。


この部屋は、この場所は、一体なんなんだ!


僕は窓を開けて確かめようと思い、取手に手を伸ばした。その時、


「開けてはダメっ!!」


キミが叫んだ。とてもするどい、有無を言わさぬ叫び方だった。


お陰で僕は我に帰った。


僕は手を下ろし

「ごめん、勝手なことをした。謝るよ」

と俯いて言った。


それを聞いてキミは、緊張を解き微笑む。

「ううん。いいのよ。ここに誰かを入れたの初めてだったから、反応がわからなかったの。私の説明不足のせいよ」

そう言うと、キミも窓際まで近づいてきた。

僕達は二人で窓の外の雪山を眺めた。

「ここはキミの部屋なのかい?」

僕は聞いた。

「まさか。違うわ」

キミは笑って答えた。

「じゃあ、誰の?」

「わからない。知らないのよ。母は知っていたみたいだけど、私に教える前に死んでしまったから」

キミは遠くを見ながら言う。キミの両親について、詳しく聞くのは躊躇われたが、僕は聞いた。

「ここは、お父さんに教えてもらったの?」

「そう。あの階段の出し方と、部屋の出し方もね」

キミは視線を僕の方へ向けて

「でも、それだけよ。父はほとんど何も知らなかった」

と言った。私もこれ以上のことは何も知らないのよという風に。

「そっか」

僕はつぶやいた。僕もこれ以上何もキミに聞こうとは思わなかった。


それでいいんだ。

キミがたとえ何を意図して僕をここへ連れてきたのだとしても、そのことがどんな風に作用しようとも、キミが僕を悪い方向へと導くはずはない。だから平気だ。


僕はそう思った。


僕はキミの遠くを見る時の、悲しそうな目を見て、やっとそんな当たり前のことに気づいたのだった。


「最初に言うべきだったけど、この部屋にあるものは、何ひとつ、少しでも動かしたらダメよ」

キミは言った。

「うん。わかった」

僕は疑問を挟まずそう言った。

「よろしい。じゃあさっさと用事を済ませましょう。さ、手紙を出して」

キミが手を差し出したので、僕は懐から手紙を取り出しキミに手渡した。

手紙を受け取るとキミは、すぐ後ろにあった机の上に手紙を置いた。

「はい。これでよし」

作業はあっけなく終わったようだった。なにせ、机の上に無造作に手紙を置いただけなのだから。まぁ、しかしここまで来る過程を考えてみると、やはりこれだけでも封印したようなものだった。


「あ、ありがとう。でもさ、何ひとつ動かしちゃダメなのに、何かをこの中に置いていってもいいものなの?」

僕は性懲りもなく聞いた。どうも、僕はすぐに疑問を口にしてしまう性分らしい。

「うーん……」

それに対して、キミは視線を落とし考え込んだ。まさか、それを考えていなかったのか?僕は嫌な予感がした。

「わかんない。だって、そんなことしたことないし」

予想通りの答えが返ってきた。

僕はもう、どう言っていいかもわからなかった。そんな僕をよそに、キミは

「まぁ、大丈夫よ。きっと向こうからは見えてないから」

とまた意味深なことを言う。

だから、僕もまぁ大丈夫だろうと思うことにした。あとは野となれ山となれだ。


僕達は部屋を後にした。

木の扉を閉めると、扉はあっと言う間に消え失せ、黒い壁になった。

置いてあったランプを手に取ると、僕達は階段を登り、地上に戻った。地上には相変わらず、ギラギラとした太陽が輝き、砂の海があった。もちろん、雪山などなかった。

キミが石版に手を当て、何かを言うと、階段はまた低い音を響かせて元どおりに、砂の中に隠れた。それと同時に石版と石の台もまた砂に埋もれていった。


「これで、終わったわね」

キミはふーっと息をついた。

「ああ、ありがとう。じゃあ急いで集落へ帰ろうか」


ケムとローはちょっと離れた所で、大人しく座って待ってくれていた。


僕達はそれぞれケムとローに跨ると、まだまだ数え切れない程の疑問を抱えたままだったが、一路また集落を目指し、帰るのだった。


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