アバンタイトル
アバンタイトル
「で、これはなんなの」眼前の友人をジト目で睨みながら、天宮羽衣は背後の一群を親指で指した。
とある陽気な昼休みのことである。
のどかな田舎高校にはなんてことのない昼休みの日常は、洋画の世界から飛び出してきたような少女の期間限定の留学により、世界観がひっくり返ってしまった。たとえ宇宙人が侵略してきた、なんてニュースが流れようが、今日、この日は、インデペンデンスなデイよりも特別な日であろう。
燃えるような赤い髪に、青いおっきな瞳が特徴的な世界水準の美少女。
話題の留学生――いつしか『赤の天使』なんて呼ばれ始めている始末――、ジュリエット・キャピュレットを中心に、羽衣のクラスには二重三重の取り巻きの壁ができあがっていた。その人間の壁が、ほぼ男子であるからむさ苦しいことこのうえない。
一番の被害者は、隣の席の羽衣であろう。
いまもこうして、ごった返した教室内で、肘やら膝やらがゴツゴツぶつかる。満員電車や花火会場だって、こんなに他人からフルボッコにはされはしない。
イライラっと額の血管がしきりに疼く。
「あの子、なにしに来たの。あんたと同じ学者さん」羽衣は目を細めながら、〝この惨劇を手引きした男〟に尋ねる。
羽衣の普段より低い声色を敏感に感じ取ったのか、観月智一は目を逸らして答えた。
「あまりつっこまないでくれ……」
「あのさ。あたしだってそれとなく察してるつもりよ。軍事機密とかなんだとか。聞きたいことは山ほどあるけど黙ってる」
「ああ……、うん。助かるよ」
「あんただって、ホントはすでに海外の大学卒業してるのにもかかわらず、高校生をやっているわけだとか」
「なんで知ってるの」
「自分で偉そうに言ってた」
「……スルーしてくれて助かる」
「中島の基地に勤務していることだってさ」
「ぐっ……、それもスルーして……」
「だからジュリ恵の留学とやらも知らんふりするつもりだったけど――」
胃に重りを抱えるような心境の羽衣をよそに、無邪気な少女は声を掛ける。
「ウイー、お昼ご飯食べに出かけよう」
「まだ昼じゃねえよ自由だなっ」取り囲むギャラリから手を伸ばし叫ぶジュリエットに対する羽衣のツッコミ。「現に迷惑かかるようじゃ、ちょっとくらい事情話してくれったていいじゃない」
「やぁ……」観月は視線を泳がせ、困り果てたあと小さい声で「なんか、笑わせたい人がいるとか……」
「は」と驚愕・疑問系。
「中高生受けする流行りの笑いを入手したいとか、なんとか……」
沈黙。
羽衣の瞳に闇が淀んだ。
「ウイー。お腹へっ――」
「痛ってーな。いま横っ腹小突いたやつどいつだっ」
「ごめん天宮。やっぱりとめるべきだったよな……」
そこへすかさず、なぜか親指を立ててサムズアップする美形軍人がいた。
「うん、本当、なんで少尉も学校にいるんだか……」
駿河少尉の存在は、学園中の女子を浮かれさせるには充分な魅力だった。
増えてしまった不安要素に、観月智一は頭を抱えて机に突っ伏した。