Bパート
Bパート
5
光源のない闇の部屋――、そのはずなのに円卓のデスクと、それを囲む五の男女の姿だけは輪郭すらはっきりと見える。
これは幻影。
各世界からビジョンを飛ばして、あたかもそばにいるかのような通信会議である。
バグフィルタ計画の実行部隊・イノベーションズの最高責任者は、〈スーパシー〉傘下の第二世界からそれぞれ一人ずつ選出されている。〈思念の世界テンペスト〉代表CEOは、〝嵐の頭脳を持つ男〟と称されるドクタ・プロスペロであった。
彼の冷徹な瞳は、警戒すべき男を映している。やつの名は、〈鍛冶の世界ムーライト・セレネード〉代表CEO、ハムレット・セブンスソード。
「さて皆様お集まり。今宵の舞踏会、メーンキャストは〈テンペスト〉に決定したわけだが……、ドクタ・プロスペロ、配役を伺いたい」
「聞いてどうする。こちらのキャスティングまで意見される権限はない。我々は対等な立場のはずだが」
ハムレットは舞台役者よりもずっと芝居がかった口調で告げた。
「正直に言おう。負けていただきたい」
思わぬ宣言に、全員が言葉を詰まらせた。プロスペロも例外ではなく、眉間に皺を寄せ思った。やはりこの男に傾向するのは危うい、と。
「おいおい、負けてどーすんだよ。ハム」パックは椅子をずれ落ちる。表情豊かな少年だが、全身で感情を表現するかのようにリアクションも大げさだ。
「そうです。なんの理由があって」乙女のようなフィディーリは、ハムレットの言葉に神経を触られたような顔をする。
「仕事はしました、と実績作りは必要だ。だが、まだ時期でない」
「その時期とやらが成熟するのはいつなの」コーディリアは、美しい金髪のサイドを丁寧に編み束ねている。会うたびに変化する彼女の髪型に気づいたのは、つい先日のことである。
「それは灰炎のジュリエットしだい。我々はただ待つのみ」
「ハムハムはなーにを待ってるのさ」
「氷結の焔を溶かす焔、か」プロスペロは静かに、しかしはっきりつ呟いた。
察しの通りだ、とでも言わんばかりにハムレットは口の端を持ち上げる。
「いいだろう。こちらも実戦データをとりたい新兵器がある。その演習に使わせてもらう」
「理解が早くて助かるよ、ドクタ・プロスペロ」
「どゆこと。ね、どゆこと」
「そうか、ロミオを封印する氷結の焔に、まだ灰炎のジュリエットは対処できない。評決の炎を上回る、より高度な魔法を構築し終えたところで彼女を捕らえたほうが……」
「あるいは……」コーディリアは細い指先を口元に当てながら言う。「あるいは、灰炎のジュリエット以上の使い手……」
「そんなんいるわけないじゃん。超通信技術は第一世界が独占してるんだぜ。ゲートが塞がれたいま、ジュリジュリ以外に魔法使いは存在しない」
「ベロナ事件以前に、第一世界を離れた魔法使いがいるのかもわからないわ」
「その可能性はまっさきにつぶれたはずです」フィディーリが否定する。「ゲート復興のため、こちら側に取り残されたすべての第一世界出身者の経歴をあたりましたが、ウィザード・クラスの技術者はただ一人だっていなかったのです。もともと超通信技師は、出国に著しい制限が掛けられているのですから」
「本当に、そうかしら」思惑気なコーディリアの瞳の奥に光が見える。「なにか、お忘れでなくって」
「なにかって……」
「ふん。いずれにせよ、灰炎のジュリエットをただ捕らえるだけならそう難しい話でない。いつだって可能である――、このハムレットが出会えばな。だから待とう。どうせ捕らえるのなら、獲物は充分に肥えてから」
ハムレットはなにかを隠している。狡猾なやつのヴァイオレッド色の瞳は、野心的な眼光を放っている。しかし、どうだっていい。だれがなにをたくらみ、銀河舞踏会にはせ参じているのかなど小事である。それは、こちらとて同じなのだから。
プロスぺロは静かにつぶやいた。
「フィラメントを突破するのは、我々イノベーションズだ」
6
エントランスにはいつもの三人が並んでいる。
燃えさかる赤い髪を束ねた美しい少女ジュリエット。野戦服よりもタキシードが似合う若き兵士・駿河少尉。民間協力者であり理科学の天才・観月博士。
銀河舞踏会の門として機能するハゴロモには、膨大な電力が供給されている。この状態で出発座標と目的座標を定立することでハゴロモは起動する。このプロセスを可能にする一連の技術体系が超通信技術であり、またそのウィザード級の技師を指して〝魔法使い〟と呼ぶのである。
ジュリエットは起動したハゴロモを背後に、従者の二人に問いかけた。なんだか二人とも様子がおかしい。
「ねえー、なんかやる気ないの」
「え、なんだって」観月博士が大きな目をぱちくりさせて露骨に動揺する。
「出撃前の新兵は、いつだって平静を装えない。それどころか、彼は民間人なのですから」すかさずフォロウに入った駿河少尉だが、ジュリエットからすれば駿河の態度だって不自然なのだ。
「んー、なんか、急によそよそしくなったって言うか……」
観月と駿河は顔を見合わせる。
「そんなことはありません」
「なに言ってんだよ。おかしなやつだなジュリエットは。アハハ……」
「そーおう」疑問系でジュリエットは頭を傾けた。「二人とも、なんかぼくに隠し事してない」
「それはジュリエット嬢とて同様でしょうに」
「まそっか」
「我々は利益を求め合うため提携した相乗関係でしかありません。リスクを分担するような、すくなくとも仲間ではない。お忘れなく」
「少尉はまったくビジネスライクだね。いいけど。このジュリエット、赤の魔女とまで呼ばれた人物なのだから、わざわざお友達になりたいなんていうのはおしとよしもいいとこだ」ふん、とジュリエットはすこし不機嫌そうに一呼吸。「そう、女の子はだれだって、月の裏側にだって隠し切れない秘密があるんだしっ」
「デヴにだってあるんだしっ」
「ロンゲにだってあるんだしっ」
「銀河舞踏だしっ」
三人は光の中に飛び込んだ。
7
まばゆい閃光を通り過ぎ、目を開いたその先は、天地に銀河を敷き詰めた幻想的な舞踏会場。その周囲をぐるりと囲む観客席には、期待を裏切らないイノベーションズの面々が腰を下ろしていた。
観月博士、駿河少尉、およびジュリエットの三人にとっては、舞踏会場というよりも闘技場。
三人の入場に合わせ、今回の対戦相手のメインホストが声を上げた。〈思念の世界テンペスト〉代表CEO――、縁なし眼鏡に銀髪・長身・白衣姿の男、ドクタ・プロスペロだ。
「早い再会だな。もう少し間隔をあけてもらえると助かるが」
「天邪鬼だね、ドクタ・プロスペロ。普通、こーんな美少女には毎日だって会いたいもんでしょ」
「そのとーり」と遠くからオフィーリアの黄色い声に、「いきなり大声を出すな」と叱咤するハムレットのやり取りが聞こえてくる。
「……こほん。さあ、舞踏会をはじめよう。今宵、そなたの相手を務めるのはこの男」ぱん、とプロスペロが両手を叩くと、一人の青年が天上から降ってきて、会場のちょうど中央に降り立った。
どうやって上空に待機していた。
その疑問が、まずジュリエットの頭脳に浮上した。
彼もプロスペロと似たようなスーツに白衣姿だったが、健全で清潔感のある雰囲気はまるで印象が異なる。その彼は登場するなり、深々と頭を下げた。
「俺の名はファーディナント。はじめに謝っておこう、君にはこちらの利権のため存分に利用させてもらう」
「ああ、それならお構いなく。ぼくも割りと他人の迷惑とか考えないほうだから」へらへらー、っと軽く笑うジュリエット。半分冗談のつもりだが、振り回される側の彼らのブーイングは間髪いれず飛んでくる。
「自覚あるの。ねえ自覚あんの」と観月。
「そのうち〝ゆとりのジュリエット〟と呼ばれます」とは駿河少尉の希少なぼやき。
「え、えーと……。あぁ、そうそう、それでぼくはなにに利用されちゃうのかな。もしかして、君がたったいま、空から降ってきたことと関係あったりなかったり」顎を引き、ジュリエットは注意深く目を細める。
「さすが我々の手を三度も払いのけた魔法使いだけはある。察しがいい。ただの娘ではないわけだ」ファーディナントが水平に右腕を構えると、その腕に止まる鷹のように天空から機械仕掛けの羽が飛来した。
「〈テンペスト〉出身者が相手ならば、と覚悟はしたけど……。お出ましか、エアリエル――」
「我が〈思念の世界テンペスト〉の国家基幹技術は、拡張脳神経技術〝バイオネットワーク〟。頭脳の処理機能の一部をエレクトロニクスネットワークの共有リソースとして提供することで、外部装置をマスタスレーブしたサーキットを構築する。その典型がこれ。エーテル通信の約三百倍の通信速度を誇る〝攻撃情報出力飛翔体・エアリエル〟」
ファーディナントが自慢げに語るエアリエルは、彼の身長の半分ほど長さがある、万年筆のペン先に似た兵器だった。
「なんなんだ、あれは。浮いてるぞ」観月が不思議そうに問いかける。無理もない。異世界人の観月からすれば、エアリエルは未知のアイテム。形状から使い方が想像できるようなものでもない。「ジュリエット」
「テンペスト発祥の球技スポーツがあってね、テニスとクリケットを混ぜたようなもんなんだけど、そのラケットさ」
「ラケット」観月の声が裏返る。
「そそっ。ただし、彼がたったいま説明したように、軍用通信サンダクラップを搭載した、れっきとした兵器だね。ていうか、エアリエルの軍用性をオミットして民間にスピンオフした、ってのが正しいのかな」
「付け加えるのなら。エーテル通信――」ファーディナントが右手を伸ばす。そこに青白い光が燈り、エアリエルがさらに二機現れる。三機のエアリエルを周囲に浮遊させながら、彼は自慢げに宣言した。「従来のエアリエルとは比較にならない制空支配能力を獲得した新世代・青銅のエアリエルだ」
「なるほど。その新型兵器の試し切りの相手ってわけね、ぼくは」
「ほんとうに君は察しがいいな。頭のきれる女は嫌いじゃない。こんな出会い方が恨めしいぜ」ファーディナントは白い歯を見せてから表情を一変――、顔に暗い影を落とす。「だから、逃げないでくれよ。俺のかわいいラットちゃん」
「だれが逃げるもんか。圧倒的不利は圧倒的有利に変わりやすいってことを教えてやる。それでこそ、ジュリエット・メアリ・キャピュレットじゃないか。ライドー」
これは開演の拍手。
ジュリエットは情報という概念の兵装をダウンロードする。
束ねる髪留めは外れ、燃えさかる焔のようにグラデーションがかかる長い髪。
赤を基調としたドレスは全身を包み込む。
踵の高いヒールをピンと履きこなし、胸におっきなリボンが花開く。
瞳に星が光るのは最後のおまけ。
そして決まりのセリフで締めくくる。
「不屈の光は赤の焔。魔法男子、ベータ・ジュリエット」
兵装をダウンロードし終えたジュリエットが一歩踏み出そうとしたそのとき――、
「ちょっと待った」声を掛けたのは駿河少尉だった。「一つお伺いしたい。イノベーションズは多様な人材を広く束ねた組織だと見受けるが、ファーディナントといったそなた。専門はなにか。よもやそのエアリエルとやらを使用したスポーツ選手ではありますまい」
「さあ踊り始めようというやさき、水を差してなにかと思えば……。ああ、そのとおり、スポーツマンではないよ」
「では……」少尉が睨む。
「研究者だが」
「ほう」
「少尉。もう、いいかな。オケ」走り出そう、という体勢で硬直していたジュリエットが質問する。
「いらぬ間を取らせて申しわけない」
「よーし。じゃあいってみようか。ピンヒールブースト、イグニッションっ」
「試させてもらうぞ。ゆけっ、エアリエル」
点火したピンヒールは、火花を散らしながらジュリエットを舞台上を滑らせる。接近戦で優勢を確保するジュリエットの戦法にとって、爆発的な加速度で間合いを詰めるピンヒールブーストは要となる技だ、が――
「トリプルハンド・ストローク」
エアリエルの剣先が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間、ジュリエットの足元で爆発が起こる。
「砲撃――」観月博士が驚きの声をあえた。
「飛翔砲台といったところでしょうな。これはまずい。ジュリエット嬢にとっては、相性が悪すぎる」
「どういうことだ、少尉」
「ご覧のとおりですよ」眉間に皺を寄せる駿河少尉の瞳には、懸念そのものが映っていた。
エアリエルの光の砲撃に構うことなく、ジュリエットは距離を詰める。だが、さすがの彼女も一直線には進めない。容赦なく降り注ぐ光の刃に、彼女はジグザグに撹乱しながら跳躍する。
それすらも狙い定めて三機のエアリエルの獰猛な閃光が、それも連続的に放たれる。
苛烈を極める砲撃が、舞台上に雨のように突き刺さる。
細かく砕け散った破片は、粉塵となり視界を覆う霧のように舞い上がった。
その霧を突き抜けて、ジュリエットが突進。
ピンヒールがひときわ大きく燃焼炎を噴射。
それでも――、
「くっ、詰め切れない」
小さく舌打ち。
「どうかな灰炎のジュリエット。よもやこのエアリエルの光の砲撃は、マジックハンドではさばききれまい」
「嫌味だねっ」ジュリエットは態勢を整えようと大きく後方に跳躍。
「下がったな。ピッチエンドアプローチ」ファーディナントは機を逃さず、三機のエアリエルを分散。正面、左右のスナイプポイントに移動を指示。
主人に忠実に従うエアリエルは、素早く、直線的に飛翔。
銃口をジュリエットの着地予測地点に向け、照準。
一瞬の間もおかず、一斉掃射を命ずるファーディナントが叫んだ。
「撃ぇー」
三機のエアリエルの攻撃は、容赦なくジュリエットに放たれ続けた。
さきほどとは比べる必要もないほど大きな粉塵が上がる。
耳をつんざく破壊音が、その場のすべての鼓膜を刺激する。彼女の身を案じる観月博士の叫び声は、そのなかでかき消されてしまった。
執拗ともいえる長い長い砲撃の嵐の果てに、やっとファーディナントは攻撃命令を撤回する。従順な猟犬よりも従順に、三機のエアリエルは主人の周囲に舞い戻る。まるで自らの仕事を褒めてもらいたがっているようだった。
舞台を囲む客席からは、文字通り高みの見物をするイノベーションズの面々がこれまでにないジュリエットの苦戦にぶりに、歓喜のため息を漏らしている。
それは代表CEOとて同様だ。
「へえ、テンペストもやるじゃん」パックは愉快そうに頭の後ろで両手を組んで評価した。
「相性は抜群、ですからね」フィディーリは仲間の優勢に小さく頷いた。
「左様。ジュリエットの最大の弱点」ハムレットはニヤリ口を斜めにする。「それは、スターバーストという貯め技しかないことでも、近接戦闘しか有効打がないこでもない」
「〝防御手段がない〟こと。わかりきってはいたのだが」プロスペロは新兵器の性能評価に満足しているようだった。
そんな中、イノベーションズ陣営でただ一人、〈エレガントキメラ〉の美しい第三王女だけは細い指先に金髪を絡め、つまらなそうに目を細めていた。
コーディリアは呟く。
「だとよいのだけれど」
舞い上がった粉塵の雲が徐々に薄くなる。
視界が晴れ始めると、床板に使われている人間大のキューブが穴だらけの姿を見せた。
「器用な女だぜ」ファーディナントが視線の先で、赤髪を埃まみれにした少女が現れる。「キューブを盾にしたか」
「いい加減さ。この床板のキューブ構造どうにかしたらどうだい。ぼくに利用されっぱなしじゃない」先ほどまでの苦戦も忘れたように、ジュリエットは肩をすくめておどけている。
「関係ないさ。ここで君は終わりなんだから」
「そうかい」
「自分のみすぼらしい姿を見直してから口にしてくれよ。エアリエルの攻撃に、君はなすすべもなくただ逃げ惑うだけじゃないか」
「その新型、レーテンシが恐ろしく高性能に改修されているね」
「わかるか。こいつなら第一世界の魔法使いにだって引けを取らない。最高だぜ、エアリエルってやつは」ファーディナントは客席のプロスペロに顔を向けた。「なあ、親友」
「それは同感だ」プロスペロは縁なし眼鏡を持ち上げ、そして誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。「使い手がお前では負けるがな」
「さあ、あきらめておとなしく捕まってくれよ。俺はいままでの奴らよりは紳士のつもりだぜ」
「冗談。あきらめる要素なんてこれっぽちもありゃしないのに」
「負け惜しみを。なにか勝機でも」
「ぼくの知ってるエアリエルはさ、もっと優雅に飛ぶもんなんだけど」
「充分優雅さ」声色を不機嫌そうに、ファーディナントは応じた。
「ぼくもエンジニアだからわかるよ。やっぱ本職にはかなわないよね」
「なにを言いたい」
「ファーディナント。君は一歩だって動いちゃいないよね」
「逃げ惑うのは君の仕事。俺は動く必要もないからな」
「いいや違うね」ジュリエットは強く指さした。「できないんだろう。そいつを三機操作するのがやっとで、自分の躰を動かすまで頭の容量が足りないんだ。もっと言えば、標準だって定まっちゃいない。派手な攻撃に見えるが、その実、一発だってかすりもしない。下手な鉄砲もかずうちゃあたるって、限度あるじゃん」
やれやれ、と肩をすくめるジュリエットを遠目で眺める仲間二人は、
「煽りよる煽りよる……」
「博士、きっとあれは天然です」
「ああ、少尉もそう思う」
と哀れなファーディナントに同情する。普段からああやって人を天然でイラッとさせるのが得意な赤髪少女だ。
「アスリートたちは、エアリエルと同時操作で攻撃を流れるように繰り出すのに。ちがうかい」
「……正直に答えれば。が、なにを言おうと、君の劣勢は覆せない。その諦めの悪さじゃ、せっかくの美人も台無しだぜ」
「動けない君の間合いにさえ入れば、それだけで勝利確定」
「だからそれをどうやって――」
「こういうことさ。得意技を一つ、解禁してやろう」
なにもない空間にジュリエットは手を伸ばし、ぎゅっと拳を握ると一息に引き抜いた。
そして現れる、彼女のための焔の刃。
「焔の決意を刃に変え」
細身の刀身に、
グリップを覆う円形のナックルガード。
見間違うことはない。
刺突専用片手剣・レーピア。
それも彼女の焔の赤髪のように赤いレーピア。
「貫け、焔の刃。〝ジュリエット・レーピア〟」
「熱凝固だと」
「焔の、刃」駿河少尉が興味深そうに目を見開く。
「系の増加分のエネルギーを、なんのパラメータに振ったらああなるんだよ」観月博士は自分の額を叩く。「まったく魔法使いって奴は、確率的にありえないことを平気でやってのける」
ざわめきが一瞬で場内を飲み込んだ。
ハムレットは強く膝を叩き、珍しく喜びを隠そうともせず声をあげて笑った。
「灰炎のジュリエットも刀剣使いか。このハムレット・セブンスソードを前に剣技を披露するとはおもしろい」
「ハムレット様」人形のように慎ましやかに控えるオフィーリアが窘めの声をかける。
「いいじゃないか。いかに高度な魔法だろうと、そいつは近接武器であることにはかわりなく、近づけさせなければどうということはない。ちがうか、ファーディナント殿」
「ああ……、そう。そのとおりです」自分に暗示かけるように大きくうなずく。「そう、結局、このエアリエルの包囲網を突破しなければ、俺の勝利は揺るがない。エアリエルっ」
「ピンヒールブースト。行っくよーう」
再び突進するジュリエットと、その彼女をロックオンする三機のエアリエル。
構図はさきほどから変わりない。しかし、焔の刃がこの戦況に劇的な変化をもたらした。
「撃てぇー」
「突撃ぃ、かーらーのぅ」ジュリエットは速度を落とさない。それどころか軌道も変えず直進する。
エアリエルから射出された不可避の光の刃を、彼女は真正面から、
「フレッシュ」
叩き落した。
「なにぃ」
光の刃があらぬ方向に飛ばされ、遠く彼方で床を爆ぜる。
「いっくぜー」
「エ、エアリエルっ――」
エアリエルの高速掃射。
三方位から放たれる砲撃を、ジュリエットは最小の回避挙動ですり抜けて、残りすべてをレーピアで弾き返す。
固定砲台と化したエアリエルの砲撃は、初心者向けバッティングセンタよりも打ちごろだだ。
もしファーディナントに、プロのアスリートの半分でもエアリエルの操作に長けていれば、飛翔しつつ、ポイントを変えながら攻撃を加えられただろう。だが、本職でない彼には、エアリエルの科学的技術的構造を知りつくしても、その性能を百パーセント発揮できるわけでない。
その結末、嵐の砲撃を潜り抜けたジュリエットの焔の刃を、ファーディナントは逃げることもできずエアリエルで受け止めることとなった。
ジュリエットのレーピアがエアリエル本体を貫いた。
横なぎに一閃。
爆発。
エアリエルが一機落ちる。
爆風に乱暴にあおられて、ファーディナントが目を瞑る隙に、さらに二機撃破。
「信じられない。俺のエアリエルが全滅、だと――」
「勝利確定。さあって、好き放題『ジュリエット探査装置』を探査させてもらおうっかな」
「そうはいくか」ファーディナントが右手を前に振りかざす。「エーテル通信」
「嘘ぅ。それってありかよ」ジュリエットはバックステップで後方に距離を置く。「無限装備とか反則じゃんか。だったらもう終わりだよ。燃えあがれ、大志の焔」
「まだか。まだ転送されないのか。エーテル通信」焦りに嫌な汗を垂らしながら、ファーディナントは何度もコマンドを送信する。
その間、ジュリエットの大技は順調に整う。
拳を胸に、
すると生まれる灼熱の焔。
二本指で銃を作ると、蓄えた大量の焔を解き放つ。
「銀河の産声。スター・バースト」
「エアリエルー」最後まであがき続けたファーディナントの断末魔は、焔の渦と区別なく融合されていった。
「レーピアか」桜色の唇を三日月にして、コーディリアは小さく笑う。「どこの猿に師事すればあんな野蛮な剣技を身に着けるやら。ねえ、剣の王子さま」
「我々、宮廷剣術とは武術の源流からして異なるのでしょう。いやはや、しかし……」ハムレットは立ち上がると、舞台を見下ろしながら珍しく機嫌よさそうに指示を出す。「ふん、今日は収穫だ。いつか俺がお相手しましょう、焔のレーピア使い殿。トラフィック・コンジェション。撤退する」
光が舞踏会場が光で包まれた。
8
銀河舞踏会は閉会した。
集まったバグフィルタ計画の紳士・淑女は、自分達の世界へいったん戻っていた。聖なる王領シコラスク島の神殿もいまは照明を落とし、薄闇のなかしんと静まりかえっている。
残るのは、たった二人。
〈テンペスト〉のドクタ・プロスペロ、ファーディナント。
ファーディナントは奥歯をかみしめ、強い憎悪の視線で目の前の男を睨んだ。
「なぜだ、なぜ戦わせてくれなかった。わかっているぞ。お前がエアリエル転送の妨害をしていたんだろう」
「それが」
全身に浴びせられる怒りを、しかしプロスペロはまるで粉雪のように軽く振り払う。
「イノベーションズの面々で、恥をかかせやがって」
「当然の判断だ。貴様では灰炎のジュリエットには敵わない。みすみす貴重な青銅のエアリエルを失うこともないだろう」
「だとしても」
「なにより」はじめて、プロスペロは感情らしい感情の断片を見せる。それにファーディナントが気おされて黙った。「目的は果たせた。それで満足だろう」
「目的……、だと。はっ、なんのことだよ。親友。灰炎のジュリエットをとらえられなかったのに。俺はなにも果たせちゃいな――」そこで、ファーディナントの言葉が喉で詰まる。彼は息をするのも一瞬忘れ、容易には受け入れ難い現実の処理に追われた。
それは、プロスペロの背後で絶望的な神々しさで輝いていた。
「黄金のエアリエルだと――。それも、八機」
「帰って貴様の主人に伝えるがいい。このプロスペロは、まだまだ利用価値がある男だと。捨てるのは、存分に甘い汁を吸出し干からびてからでも遅くはない。だが、捨て際を誤るなよ。こちらとて貴様の玉座を破壊する力を日々蓄えているのだからな」
何にも侵されない黄金のエアリエルが、まるで下等な生物を嘲笑するようにきらり輝いた。
「俺から奪い去ったすべて、思い出させてやる。キング・アロンゾ」
9
基地内部の一室。
自室のベッドに腰を下ろし、駿河少尉は自分の仮説に思考を浸らせた。
今回の戦闘も、やはり相手は戦闘のプロでなかった。
あれはやはり、八百長なのだ。
天女さまに度々面談するジュリエットは、『氷結の炎』を溶かす魔法を聞き出しているに違いない。その新たな武器の獲得を目論むジュリエットと、その後、天女様が用済みになる機会を伺うイノベーションズ。
最終的に、ジュリエットは天女様と引き換えに自分の恋人を救う算段だ。
そうすれば、わざわざイノベーションズと面倒な戦闘の合間の恋人探しもせずにすむ。
まったく合理的。
そしてなんて悪魔的。
下手に動いてでもみろよ。
いつだって撃ってやる、灰炎のジュリエット。
天使の微笑みの裏で滾る灼熱の修羅を確信する駿河少尉は、愛用の自動拳銃を虚空に定め、そこにジュリエットを想像してトリガを絞る。
空撃ちした拳銃が、棘のような金属音を静かな部屋に響かせた。
10
「今日から一週間、留学という名目でお世話りなります。ジュリエット・メアリ・キャピュレットです。よろしく」
赤髪少女がニコッと愛想よく微笑むと、クラス中の男子がほぼ一斉に奇声と拍手で歓喜して、女子は女子で『きゃあ可愛い』だの『うっせえぞ男子』だの応戦する。クラスは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図(誤用)。
教壇で自己紹介するジュリエットは、特徴的な赤髪を三つに編み込んで、それを尻尾のように左右に振っていた。
丈の短い上着からは白いインナがちらりと見えて、長めのスカートが宙を舞う。なぜだか、彼女が着ると見慣れたセーラ服が上等なドレスに錯覚する。
そんな仕草や、あんな仕草、少女のすべてがとんでもなく可愛くて、そんじょそこらのアイドルなら、真夏のアスファルトのアイスのように溶けて消えることだろう。
それとはまた別の意味で、溶けそうな娘が一人いる。
天宮羽衣は古い少女漫画のように白目を向いて現実から逃避しつつも律儀にツッコミだけは忘れない。
「名目って、素直かっ」
第5話「学園ジュリエット」に続く




