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銀河舞踏会 ガンマ・ジュリエット  作者: やまなし
第四話 「貫け 焔の刃 : vs. Ferdinand」
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アバンタイトル

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 ジュリエットの両頬に、そっと色白の手が添えられた。

 ひんやりとした、そしてやわらかい感触。

 彼女は息を殺して目を瞑った。

 すると流れ込む、相手から流れ込む抽象情報。受け手のジュリエットは、それを自分の感覚質によって代替し、アナロジを利用して論理化する。

 人類普遍の集合無意識をプロトコルした、コンセプト・コミュニケート。

 超通信現象の、超A級技術の一つである。ジュリエットにすら、これは不可能な技だった。

 冷たい指先が離れると、ジュリエットはゆっくり目を開いた。

 床まで届く白い髪を持つ彼女は、逸らしたくなるほどまっすぐな視線でジュリエットを捉えていた。

 いっさいの起伏を排除した表情。

 なんの感情も読み取れず、ただあるものをあるがままに見据える焦げ茶色の瞳。

 ジュリエットはなにか話しかけようと口を開きかけるが、掛ける言葉を探すうちに、彼女は前触れもなく背を向けてしまった。まるで遊び飽きたおもちゃを床にぽろりと投げるような、そんな自然な動作で。そのまま、その髪と同じくらい透き通る白のドレスを引きずる衣擦れの音だけを残して、彼女はそっと部屋の置くに隠れてしまった。

「ワルキューレ様……」結局この一言しか、ジュリエットはまともに発せなかった。

 コーヒーやジュースのサーバが並ぶ休憩室の一角に腰を下ろして、ジュリエットは辛気臭くため息をはいた。その姿は、どう見ても可憐な乙女などではなく、残業あがりで疲れ果てた金曜日あたりのおっさんか、あるいはニュートラル・コーナで真っ白になったボクサに見えた。

「ふぇえー……」肺の空気をすべて出し切るような、途方もなく、重いため息。

 ぼくの知ってる美少女と違う――。

 通り過ぎる隊員たちは、男がすくなからず抱いている幻想の女子中高生とリアルの不一致を目の当たりに、苦そうな顔をして立ち去っていった。

「ふぇふうー……」もう一度ため息。その拍子に手から紙コップが滑り落ち、中のコーヒーが床に広がった。「ああぁ……。三秒ルール……」

「いや飲む気かよっ」だれもがスルーするなか、親切にもツッコミを入れてくれたのは観月博士(かんげつはくし)である。

「どうされました、ジュリエット嬢」ともに現れたのは駿河少尉(するがしょうい)。こぼれたコーヒーをティッシュで拭きながら、思案気に上目遣いで彼女を見上げてこう言った。「便秘そうですね」

「そこ女子に言う。それ女子に言う。少女マンガなら背景にキラキラのスクリーントーンを張るような場面に、それ聞いちゃうかな」

「男女関係ない悩みです、博士」

「いやそうだとしても」

「あのねー」二人の不毛なコントは捨て置いて、ジュリエットは軽くいきさつを語りかける。「かくかくしかじか。うんぬんかんぬんでさあ……」

「わかんねー……」

「なるほど。地下庭園で面会した天女様から、また難題を出されたのですね」

「わかるのかよ少尉」

「うん、そうのとおりでさあ」

「正解かよ……」

「どうしてもワルキューレ様の……、ああ、君たちの言う天女様の力を借りたいんだけど、難題すぎて」

「前回の逆探知作戦も失敗だったしね」言いながら、観月はコップにオレンジジュースを注ぐ。「少尉は。なにか飲む」

 駿河少尉は手を開いて、ノーサンキューの意を示す。

「あのお方になにを願いました」至極まじめな顔つきで、駿河少尉が質問する。

「恋人のロメオさんを探す方法、あるいはストレートに居場所じゃなくて」観月が首をかしげる。すでにコップは空だ。二杯目を注ぎにボタンを押す。

「それだけのために、天女様のお力が必要とは、自分には考えられんのですよ。いかがですかな、ジュリエット嬢」

「そりゃあ教えてくるなら、だれからだって歓迎さ」ジュリエットは肩をすくめて片手を挙げる。

「左様で……」駿河少尉は、わずかに不興そうな顔をする。彼にしては珍しい表情だ。

「しっかし、今回の難題はあのワルキューレ様を楽しませることなんだけど、どーしたもんかと悩んでね」

「ああ、悩みってそれね」観月のコップはすでに三杯目。「前翼龍の化石よりは、いくぶんイージーモードじゃない」

「楽しませること、楽しませること……。んー、彼女、コメディで爆笑ってタイプじゃないよね」

「じゃないね」

「ありません」

 男二人から反対意見。

「ぼくの魔法を使って、リアル・マジックショウとか」

「たぶんシカトされるよ」

「ノースマイルでフィニッシュです」

「そんなもんで悩んでさあ……。人を喜ばせるとか、ぼくはそういうの苦手でさあ」ジュリエットは腕組みして、スカート姿に関わらず長椅子の上にあぐらをかく。

「相変わらず、ジュリエットって君は不思議だな」観月は眉をたらして優しく笑う。「ただ、そばにいればいいんじゃない」

「この顔が、笑えるほど不細工だと」けっこう本気で怒るジュリエット。

「どうしてよっ」とりあえずツッコミ調で手を伸ばす。「あのね、人を喜ばせるのが苦手って言うけど、ジュリエットはさ、悪い機運も好転させるムードメーカな気質があるよ。君の世界の事情は知らないけど、たとえばここの世界で普通に高校生をやってたら、きっとクラスでも部活でも、友達多そうだ。そう思わない、少尉」

「悪意のないナチュラル系イラッと美少女。毎日だれかを小さく殺意させ、大きな幸福をみんなにわける。それがあなたです」

「褒めてるんだか、なんなんだか……」

「そっか。なるほどね。二人に相談してよかったよ」ジュリエットは曇った顔を晴れやかにして立ち上がる。「つまり、ぼくも学校に通って、いまハヤリのネタをしこんでこい、と」

「来るなよ。ぜったい来るなよ」

「前振りですか、博士」

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