借り物競走
お久しぶりです!緋絽です!
ジリジリと照りつけてくる日差しに目を細め、俺は溜め息を吐いた。
俺の前には由輝、茜、朝弥が列をなして座っている。
今、俺達は借り物競走でグラウンドの所定の位置で待機している状態だ。
一走の由輝が名を呼ばれコースに立つ。
…………この借り物競走、要求する内容がえげつないらしいけど…。大丈夫だろうな。変態とかロリコンとか、そんなん書いてないだろうな。
「始まるぞ!」
朝弥がそう言って俺はつられるように地面から顔を上げる。
『位置に着いて』
由輝がグッと体を倒した。
クラウチングスタートはしないらしい。
『よーい…パン!』
空砲の音が響いて由輝が飛び出した。
少し離れた場所まで行って体育委員の持つ箱を探る。
そして出した紙を見て、由輝はホッと息を吐いた。
そんなに変なことは書いてなかったらしい。
「なんだったんだろ」
茜が興味津々に体を乗り出す。
由輝はキョロキョロ周りを見渡すと、ある方向にザカザカと歩いていった。
そして一言。
「平方ぁ!!ちょっと来い!」
「えっ!?」
大声に平方がギョッとして振り返る。
由輝は平方を数回指を曲げて招き寄せた。
「お前を貸せ。行くぞ」
「え……っ」
強く平方の腕を引っ張って由輝が走り出す。
「お、由輝早ぇ」
朝弥が目をパチパチさせながらそう行った。
由輝は今、もうほとんどゴール手前までに迫っている。その後ろで平方が歩幅の合わないまま不安定に走っているが。
「あー、でも、由輝よ。スピードもうちょっと落とした方が…」
俺がそう言った瞬間、平方が足をもつれさせてこけかける。
思わず、手が出そうになった。
「ほら言わんこっちゃねー!!」
ほらな!!
慌てて由輝が平方の体を抱き留めて───ビシリと固まる。
「「「…………え?」」」
由輝はゴール手前で、その腕の中に平方を抱え込んだままだ。
「由輝何やってんの!早く走って!」
茜がゴールを指差し、大声で由輝に向かって怒鳴る。
けれど、由輝は動かない。
聞こえてないようだ。
その隙に他のランナーがゴールし、由輝は結局動かず最終的に平方に引っ張られぶっちぎりのビリでゴールした。
『北村選手の借り物は、“女友達”でした!判定に認められます!』
判定係がマイクを持ってそう言った。
4位の旗を持った由輝が俺達の列の隣に並ぶ。
「ちょっと、あんたどうしたの?」
平方が由輝を覗き込む。
それに由輝は弾かれたように後ろに下がった。
「んなっ、なんだよっ」
みるみる顔が赤くなっていく。
…………はーはーはー。なーるーほーどー?
「由ー輝ーさーん」
振り返った由輝にニヤリと笑ってみせる。
「ま、真実」
俺は列を離れて由輝の隣に座り、肩を組んだ。そして、こっそり耳打ちする。
「平方は、柔らかかったですかぁ?」
俺のニヤニヤした声に、声にならない叫びを出して由輝が飛び上がった。
「~~っな、ななな何でっ」
耳を押さえて狼狽える由輝にさらにニヤニヤ笑ってみせる。
「由輝…変・態」
「止めろ!」
すぱーんと叩かれた。
「いってぇ!」
「ほら!次茜が走るぞ!」
はぐらかされた!
不審がっている平方に由輝が曖昧に笑ってごまかしていると、茜がスタートした。
意外に早いペースで箱にたどり着き、紙を引く。
───途端に地面にガクッと膝をついた。
「なんだ?」
朝弥が首を傾げる。
「もしかして、えげつねーこと書いてあったのか!?」
ワクワクしている朝弥の隣で俺もワクワクする。
一体、何が書いてあったんだ!
精神的大ダメージを受けたように膝をついていた茜が、ようやく立ち上がって周りを見渡した。
そして弾かれたように走って、吉野のところへ行った。
去ろうとしていたらしい吉野の手を掴んで茜が引き留める。
「───えっ…」
息を荒くした茜が吉野に持っていた紙を見せた。
途端に吉野が───見たことないくらい、赤面する。
それに気づいてない茜が隣にいた吉野の友達の方を向いた。
「そういう訳だから。吉野さん、借りてくね」
「あっ、うん」
その言葉を聞いて茜が吉野を引っ張っていく。
吉野は引っ張られるがままだ。
判定係が紙を見てOKサインを出す。
『西川選手の借り物は“美女”です!判定が認められます!』
茜が2位の列に並ぶ。
その瞬間、こんな会話が聞こえた。
「ねぇ、ちょっと!なんでいつまでも照れてんの!?美女なんか言われ慣れてるでしょ!」
「む、無理無理無理!言われ慣れてても無理よ!に、西川が私のこと、び、美女って」
「大きな声で言わないでよ!仕方ないじゃん!吉野さんしか思いつかなかったんだから!」
「う……うぅぅぅ~っ」
顔を押さえて屈み込んでいる吉野と同じく若干顔の赤い茜が何かを繰り広げていた。
……………何やってんだ、あいつら。
「おっしゃあ!行くぞ!」
やる気満々の朝弥が空砲の音でダッシュする。
紙を引いた瞬間、朝弥はガッツポーズを取った。
そして大きく息を吸って一言。
「飛鳥ぁ!!こーい!!」
小森ちゃんのクラスに向かって怒鳴り、出てきた小森ちゃんの手を引いて走った。
『南沢選手の借り物は“小動物”!これは…えーと…』
判定係が朝弥に撫でられてホワホワしている小森ちゃんを見て大きく頷いた。
『認められます!』
えぇぇえええ!?いいんだ!小森ちゃん、小動物なんだ!
帰ってきた朝弥が小森ちゃんを撫でる。
あれ?なんか今日は…虫歯になりそうな雰囲気が、薄くね?いやまぁ、十分濃いけど。
なんか、朝弥がぎこちねぇなぁ。
『第4レーン、東山真実君』
とうとう俺の番になって立ち上がる。
空砲の音で飛び出した。
一番に箱にたどり着き、紙を引く。
ここでもう一度確認すると、この借り物競走は要求がえげつないことで知られている。
そのことを忘れていた訳じゃない。
俺が引いた紙は───“好きな人”。
───え!?
急速に手に変な汗が滲んだ。
思い浮かんだのは、中元。
でも、彼女を選ぶわけにはいかない。
あ、そうだ!好きな人であって、好きな異性じゃないんだから、由輝達でも…!あぁダメだ!競技に参加している人は選べないんだった!
や、ヤバい。これはヤバいぞ。
ふと、クラスの応援席にいる中元と目が合った。
一瞬で、頭が真っ白になる。
え…えぇえ!?どうする?好きな人、って。だって、中元を、選ぶわけに、は…。
脳裏に、中元の笑顔がよぎった。
「───……」
何故、迷う。
自分の好きな人なんて、とうの昔にわかっていただろう。
フラリと足が中元へ向かう。
応援席の中元に近づき、乱入禁止用に張ってあるタイガーロープを跨いで中元の手を掴んだ。
「えっ…」
無言のまま中元の手をつないで走ってゴールに向かう。
「はい」
判定係の人に紙を渡す。
「あっ、はい」
「ひ、東山く…」
中元がまだつながったままの俺の手を離そうとした。
つい、強く握り直す。
「ごめん」
「え?」
嘘を吐き続けられなくてごめん。
でも、やっぱり好きなんだ。
『東山選手の借り物は…』
そこで判定係が息を呑んだ。
『目玉の借り物、“好きな人”です!認められます!』
周りが興奮で湧き上がっている中、俺は中元の目を見つめていた。
驚いたように固まっていた中元は何か言いたげに口を開き、そして、閉じた。
次回はようやく宝岳祭の終盤に入ります!
次は、夕さん!