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後編

 なんだか現実感のないまま、俺は寮の自室のベッドに寝っ転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。


 王家の影。前世の創作でよく見た。

 監視や諜報、隠れた護衛から暗殺なんかの汚れ仕事まで請け負う。

 嫌だな、暗殺とかしたくねぇ。そもそもそんな大した剣の腕でもなし、暗殺スキルが磨けるとも思えないんだが。

 俺に務まるのか?

 それに普段は何してんだろ。暗殺案件が毎日のように出て来るほど国内が殺伐としてるとは思えないんだが。


 あれか、王様とかが呼ぶと天井裏とかからスッと出て来るやつ。


 ……天井裏?


 まあ、王様の部屋なら最上階か。

 じゃあ、それ以外の場所は? 多層階構造の階ごとに天井裏なんかねぇぞ? どこに潜むんだ? そもそも潜んでるのか?


 その疑問は思わぬところで解消された。


 部屋の隅、灯の届かない影から、突然にゅっと人が生えてきたのだ。


「うわあああ!?」


 思わず悲鳴を上げてベッドから跳ね起きる。

 え? 今生えてきたよな? 地面から人が生えてきたよな??


「君が新人か」


 出てきたのは俺よりは少し年上に見える若い男だった。黒い服を纏っているが、顔は至って普通。特に陰があるとかニヒルな表情を浮かべているわけでもなく、その辺にいそう。俺と同類。

 俺はまだバクバクしている心臓のあたりに手を当てて、ため息をついた。


 俺が驚愕のあまり何も言えずにいると、男は手に持っていた鞄から何冊かの本を取り出し、寮備え付けの机にドサリと置いた。


「俺は……一応君の上司ってことになる。よろしく頼む」

「え……上司? 上司って床から生えてくんの?」


 訳わからなすぎて、丁寧な言葉が家出してる。


「業務上使用魔道具については第二条第五十二項により説明できない」

「いや魔道具ってことは開示してるし」


 何も考えられないのに無意味なツッコミだけが口から出て来る。なんでだよ。


「すでに契約魔法実施済みの者への開示は第五十二項第十五号細則一から五により段階的に一部開示が可能だ」

「契約してるのに全部じゃないんかい」

「君の現在の階級では当該情報の全てについて全ての開示資格がない」

「インストールされてもコンパイルされてなかった……」

「……いんすとーる?」


 いや、コンパイルはともかく。

 なんだよこの契約魔法、インストールしといて開示制限かけてんじゃねえよ!


「それで、今日はどんなお話でしょう」


 ようやく気持ちが落ち着いてきた、というか、もうどうにでもなぁれ〜な気分だちくしょう。


「今後の予定を伝えにきた」

「あ、はい」


 上司は机に置いた何冊かの本に目を向ける。


「君には来年度採用の行政官試験を受けてもらう。必ず合格するように」

「はぁ!?」


 なんで、俺就職決まったんじゃないのか!?


「行政官として表向きの仕事をしながら、こちらの仕事もしてもらう予定だ。採用部署は確定しているが、合格してもらわなければ始まらない」

「そこは縁故採用とか……」

「……影であると、他の行政官に知らしめるわけがないだろう?」


 残念な子を見るような目で見ないでください。

 試験受けなきゃならないのか。まあ、受けようとは思ってたんだけど。就職決まったら受けなくていいと思うじゃん。ぬか喜びかよ。


「そういうわけで、行政官採用試験用教科書がこれらだ」


 テキストは用意してくれるらしい。


「それとは別に、影になるための基礎学習と訓練も並行して行う」

「マジすか」


 試験勉強以外の勉強もあんのかよ。

 最終学年、めちゃくちゃ忙しいんじゃね?



 という予想は当たり、俺はこの上司に勉強を教わり訓練を施され、ヘロヘロになって卒業を迎えることになったのだった。


 なんだよこれ。罠じゃん。



      §



 行政官試験は無事合格。こちらはテキストを覚えればなんとかなったのでまだ良かった。


 問題は影としての訓練である。


「剣を使うより逃げる方が大事」


 ということで、俺もあの影からにゅっと出るやつをやることになったのだが。


「……気持ち悪い」


 影の中というのがものすごく不快な場所だった。恥ずかしながら最初は吐いた。

 乗り物酔いを酷くした上に謎の不安感がのしかかってくる。

 もう入りたくねえ。


「長居できるような空間では、おそらくもっと広まっただろうからな」


 影魔法や魔道具は国のトップシークレット、もちろん情報は制限されている。あ、俺は訓練が始まって第五十二項の細則制限が少し緩んだ。いちいちめんどくせぇ。


 それでも存在する限り、仮想敵国や犯罪組織が何か掴む可能性はある。が、俺がそうなったように不快感と不安感は体を鍛えたところでどうなるものでもないらしい。

 ということは。


「ひたすら慣れるしかない」

「嘘だろ?」


 その後一年間、ひたすら影空間に突っ込まれました。

 慣れたかって?

 慣れはした、だが不快や不安が消えたわけではない。

 なんとかそれを押し殺して十分程度過ごせるようになっただけだ。

 それで合格なんだそうな。


「ずっと影の中に潜むのかと思った……」

「それは死ねるな。でも三条で死ねない」

「じゃあ、王族の影の護衛とかいないんですか」

「普通に侍従から掃除婦までいるが」

「そっちか」


 呼ばれたらどこからともなく出て来るわけではなかった。


「なぜ秘匿している人物を呼び出す必要がある? 極秘命令であっても伝達系統がないわけがないだろう?」


 なんというか夢がない。

 だけど考えたら当たり前なんだよなぁ。

 国王が直接暗殺や調査を命じるシチュエーションってなんだって話だ。国政に関わるなら少なくとも側近と相談するだろうし、その中に俺の所属の長がいる。


 とすると私怨か。個人的な理由による命令の遂行についても二条に引っかかる項目がある。しかし個人的と判断する根拠は通常分かりにくいので、かなり怪しいと思った時に留保できる細則がある。


 ほんっとうに、めんどくせぇ。



 とにかく、そんな風に一年間過ごし、とうとう俺も卒業式を迎えたのだった。



      §



 さすがお貴族様の学校(俺も貴族の息子だが)、卒業式の後は謝恩会ではなく華やかな晩餐会と舞踏会が行われる。


 俺も、一応卒業に合わせてあつらえた礼服に袖を通しての参加だ。

 俺と同じように行政官になるやつ、騎士団に入隊予定のやつ、嫡男なので領地に戻り親と共に領地経営をするやつ、士業や商会に入るやつ。

 それぞれの道を歩む友人たちと気軽に会えるのも今日が最後だ。行政官や騎士であっても地方配属なやつもいる。


 別れを惜しんだり手紙のやり取りを約束したりしながら友人たちと談笑していたときだった。



「ヴェスナ! 本日をもって、お前との婚約を破棄する!」



 なんだって——!?

 まさかの婚約破棄だと!?


 前世で見た。ネット上に何万とありそうなやつ!


 声を張り上げたのは、この国の第一王子、アレクセイ殿下だ。ご本人の学友を従えるように、公爵令嬢のヴェスナ様と対峙している。

 隣には、男爵令嬢である……確か、リリア嬢。淡いピンクの髪に、同じく桜色のドレスを身に纏って、アレクセイ殿下に寄り添っている。

 やはりピンク頭。

 婚約破棄王子の浮気相手はピンク頭でなければならない。

 すげえ、お約束そのまんま。

 彼女も男爵家だし、ちょっと可愛いと俺たち下位貴族の間で話題になったことはある。


「理由をお聞かせいただけますか、アレクセイ殿下」


 ヴェスナ嬢はあくまでも冷静だ。

 婚約破棄された令嬢は取り乱してはならない、まではいかないか。以前の関係によっては対応は様々だが、このケースでは冷静沈着令嬢が採用されたらしい。

 いや、他にケースねえよ。


「白を切っても無駄だ。お前がリリアにしたことはわかっている」


 殿下は一歩前に出た。ヴェスナ様からリリア嬢を隠すように。


「お前はリリアに、身分を笠に着て嫌がらせを続け、取り巻きまで使って彼女の持ち物を損傷させた」

「そのようなことをした覚えはございません」

「白々しい。さらに彼女の悪評を流し、遂には先日、リリアを階段から突き落としたそうだな!」


 ……ここ最近の学内傷病人記録にリリア嬢はなかったような気がするが、いつの話だ?

 あ、定期的に見てます。学内治安に関する業務訓練で。


「本当にリリア嬢が階段から突き落とされたのだとしても、それは私ではございませんわ」

「見え透いたことを。お前以外に誰がいる」

「お怪我もなく、お元気そうではございませんか。そちらにいらっしゃる全員とダンスを踊れるくらいには」


 リリア嬢、殿下だけではなく殿下の学友全員と踊ってる。それは俺も見てた。

 ちなみに治癒魔法という便利魔法はない。影魔法はあるのに。この世界の魔法理論は前世から見るとよくわからん。

 いや、魔法自体前世から見たらおかしいものではあるな、すっかり慣れてるな、俺。


「たまたま大きな怪我がなかっただけだ!」

「……アレクさまぁ、もう、いいんです。仰る通り、大きな怪我はしなかったのですから……わたしさえ我慢すれば……」


 ここでリリア嬢が口を挟む。


「君が我慢する必要などない!」


 それに対して強く断言する殿下。まあ、事実ならその通りだよなぁ。事実なら……。いや待て、俺。前世に引っ張られてるが、実際にヴェスナ様がリリア嬢を突き落とした可能性はゼロではない。テンプレ悪役令嬢が悪役ではない、という保証はないのだ。

 もっとも、この学校、殿下が在籍してるのでそこそこ影がいる。リリア嬢を助けるのは影の仕事ではないが、仕事に影響がない範囲の人道的救護等は三条に規定されている。なぜ三条、二条じゃないのか。


 それはともかく、話はまだ続いていた。


「身分が低いというだけで虐げるような冷徹な女を王族に迎えることはできない!」

「殿下はリリア嬢の言葉のみをもって、わたくしがそれらを行ったと仰るのですか」

「リリアが嘘をついてるとでも言うのか!」

「事実を確認なさったのかと申し上げているのです」


 うーん、やっぱりテンプレだなぁ。見てる分にはヴェスナ様に非はないように見える。

 俺は会場を見回した。

 上司が給仕の格好をして、状況を見守っていた。

 じゃあいいや、俺も静観以外することナシ!


「言い訳など見苦しい!」


 殿下はリリア嬢を引き寄せ、その腰に手を回した。


「私はヴェスナとの婚約を破棄し、リリアを妃に迎える!」


 再度の婚約破棄宣言はまあ知らんけど、リリア嬢を妃にするのは王家としてどうなんだ?

 当たり前だが、王族の婚姻の是非について影に口を出す権利はない。だが、その婚姻が王家にとって害になる可能性があれば、一条に抵触する恐れもある。

 現時点では判断できる材料がない。

 上司も動いてない。上司以外の誰かは動いたかもしれんが、知らん。


「承知いたしました」


 ヴェスナ様はそういい、綺麗なカーテシーを見せると、殿下に背を向け優雅に会場を後にした。


 後には喜びに湧く殿下とリリア嬢、それに殿下の学友たち。

 そして微妙な空気のパーティー参加者が残されたのだった。


 どーすんだ、これ。



      §



 パーティーが終わった夜。

 荷物はあらかた片付けて物寂しくなった学生寮の部屋に、上司がにゅっと現れた。とっくに慣れた。プライバシーとかないんかい、というツッコミも過去のものだ。


「今日はなんだったんですか」

「何だったと思う?」


 質問で返すなよ。なんだったと言われれば、アレクセイ殿下がヴェスナ様に婚約破棄を告げ、リリア嬢を新たな婚約者にすると告げた。ヴェスナ様はそれに承知したと返答した。


「殿下の婚約について……殿下のご意志で変更がありました」


 起こったことはそれだけだ。その後どうなるのかはわからないが。

 それより気になることがある。


「この件について、影が何も掴んでいなかったとは思えないのですが」


 伊達に一年近く研修していたわけではない。

 学園に配置されている全ての影を知っているわけではないが、とにかく今年度までは王族が在籍していたのだ。

 目の届く範囲に必ず誰かがいただろうし、殿下に近づくリリア嬢に調査が入っていないわけがない。

 それなのに今日、婚約を破棄することが宣言された。


 これ、殿下は泳がされてたよな?


「当たり前だ。公爵家を含め、とっくに各所に伝達済みだ。関係者で知らないのは殿下周辺のみ。そして、影で知らないのはお前だけだった」

「マジすか」


 まあ、下っ端というか、正式配属ではないしなぁ。まだ訓練中だし。訓練内容:書類の見方。いや、それ以外にもあるけど、特に暗殺術とかは仕込まれてない。


「卒業前の最終試験にちょうど良かったからな」

「最終試験……」

「そうだ」


 俺と同じく地味な顔をした上司はふっと笑った。


「王家の危機になり得る事態を前に、お前がどこまでを『王家の危機』と判断するかだ。まあ、殿下に対しては何もできなかっただろうが」

「意味がわからないんですが」

「契約魔法は行動を制限することはできるが、行動する判断は自分だ。今回の件は、考え方によって王族の未来を左右することになる。王家の危機に、我々は介入する権利を与えられている」


 俺は頷いた。緊急事態などに命令を待っていて動けないのも困る。状況によっては自らの判断で動いて良い。ただしそれが三原則に縛られるため、過去にバグり散らかしたんだが。


「よくあるんだよ。影となって王族を守る。尊い仕事だ。だから、何かあると勇み足になる。王家の危機だ、俺が守る!ってね。君なら心配はなかっただろうが、今回の件は君がどう反応するかを見せてもらった。結果は合格だ」

「ありがとうございます……?」


 落ちたらどうなってたんだろう。研修期間が長引くだけだった気がする。


『第一条第八項 第三十二号の細則 第十一

 予見される将来的危害のみを理由とする強制介入には、危害の具体性・切迫性・重大性が客観的に証明されない限り、第二条の服従義務を優先し、直接介入を禁ずる。』


 まあ、介入の必要がないなと見ていたら、これが頭に浮かんだのもある。便利と言えばいいのか、うるさいと言えばいいのか、そこは考えないことにする。



 なお、アレクセイ殿下とご学友については、特にざまぁなどはなく、謹慎と再教育となったとのこと。


「学生のうちの失敗で廃嫡にしてどうする」


 ですよねー。あとは彼ら次第、と言ったところだ。

 リリア嬢にも特にお咎めナシ。ただ彼女は今後社交界では厳しい目で見られるだろう。


 そして、ヴェスナ様とアレクセイ殿下の婚約も解消されていない。解消した方が双方に不利益、との判断だったそうだ。

 ヴェスナ様は少し気の毒だが、今後の二人のことはアレクセイ殿下次第で変わるだろう。



 まあ、こんな感じで学生生活は終わり、俺の所属は表向き「王宮文書局第三記録課」となった。


 王家の影。

 王家を陰から守る、秘密の存在。


 その実態は、行政官試験を受け、規則を覚え、書類を読み、たまに気持ち悪い影の中に潜る仕事だった。


 思ってたのと違うけど、でも。



 まあ、いっか。


AI直接使用について

「第一条第八項 第三十二号の細則 第十一」は、AIが生成したものをそのまま使用しております。


また、婚約破棄シーンについてはAI間接使用となります。「完全なるテンプレ婚約破棄を書いて」と生成させたシーンを元に書いております。

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