前編
異世界転生ってあるじゃん。ネット小説や漫画、アニメにもなってるやつ。
男だと俺TUEEEとか日本の知識で領地経営とか、女だと悪役に生まれ変わってピンチをひっくり返す、みたいなのが多いじゃん。
はっきり言うよ。あれ、選ばれた一部の人の話だ。
世の中、成功して「物語の主人公」になるやつなんてごく一部。基本は俺のように、特にイケメンでもなく、特に優れた能力もなく、その他大勢に埋没している。人口比を考えたらわかるだろう。
それでも貴族に生まれただけ、俺はマシな方だと思う。
たとえ中堅貴族で特に国に大きな影響を与えるような家柄でもなく、四男で家督相続からは遠く離れて成人後は平民になることが決まっていたとしても。
人口比を考えたら、かなりマシな転生であると言えるだろう。
俺が生まれたこの世界、元の世界と違うのは魔法があることで証明済みだ。
何かの作品の世界かどうかは知らない。この世界が何かのストーリーをなぞっているのかそうでないのかはともかく、俺は学園入学後から俺の物語を綴り始めていたのだ。
ちょっとかっこよく言ってみた。
現実として、学園生活は悪いものではなかった。
そこそこ勉強してそこそこの成績を取り、それなりに鍛えてそれなりの剣の腕。交友関係も悪くない。こいつは生涯の友だ!と言えるほど深い関係とは言えないが、卒業後もたまには連絡を取りたいと思える友人は複数できた。
お互いに深く知っているわけではない。お互いモブ。でも気のいい奴らだ。
転機は学園生活も残り一年となった辺りのことだった。
俺は卒業後は親から独立資金をもらって平民になることが確定していたので、職を探さなきゃなぁと思っていたところ、教員から仕事の面接を受けてみないか? と声をかけられたのだ。
その教員の授業を取っていたわけでもなく、親しくもなかったので訝しんだ。
「君の評価表を見てね」
という教師にさらに首を傾げる。
俺の成績は平均よりは良い、という程度だ。
苦手科目だと平均よりは下がるかもしれない、でも概ね平均よりは上、得意教科はもう少し上なので、全体としても評価はその辺り。その評価を見てわざわざ声をかけてくるのはなんだろう? 俺程度の成績ならそれこそその辺にいくらでもいるはずだ。
「それなりにできる、大きな苦手分野がないというのは意外に少ないものだよ」
という教師の言葉を信じて王宮近くにある建物に面接に行ったのがその一週間後。
面接の後、その場で採用が決まった。
なぜなら、俺の学生時代をその教師がずっと観察していたからだそうだ。ほぼ採用は決まっていたらしい。
何それ怖い。
「君は三年間、一度も首席になっていない」
「はい」
首席などという主人公属性はない。
言語は違うから国語はこの世界だけの知識だし、地理や歴史もそう。数学とか含めて普通に難しいぞ。物理法則は元の世界とあまり変わらないように見えるが理系科目は前世でも得意じゃなかった。さらに魔法系の勉強がある。前世より勉強すること増えてるんですが。
むしろよくある「こんなことわかるのすごい!」と言われる世界、建築とか物流とかどうしてたのか気になる。
「一度も問題を起こしていない」
「そのつもりです」
清々しいほどモブ属性。問題起こす時点でモブから外れます。
「主要な派閥のどこにも属していない」
「……はい」
正確には交流する貴族は限定されてはいるが、深くその貴族の一派と目されてはいない。地方貴族あるある。
「しかし各派閥の人間と普通に会話している」
「まあ……」
俺の周り、みんなそうなんですけど。
「君の顔を知っている者は多い」
「はい」
「では君について詳しく説明できる者は?」
「…………」
友達いないみたいに言うな。気の置けないやつなら結構いるぞ。ちょっと傷ついた。
「素晴らしい」
なんで褒められてるのかわからないのが怖いんですが。
俺が恐怖に震えている間に、ここから先を聞くなら引き返せないとか念を押された。
帰った方がいい気がしてきた。
それでも、と、チラリとテーブルに置かれた用紙に書かれている——この世界、普通に紙が流通している——条件を見てしまう。
かなり、報酬がいい。
てことは、なんかヤバいことではありそう。
そして、雇用元は王宮関係部署らしい。
報酬のいい公務員とは見て取れる。仕事内容は秘密。
正式に契約してしまうと引き返せないのは怖い。
しかし、親からまとまった金がもらえるとはいえ、平民になった貴族のその後は本人の才覚次第のところはある。
俺個人は王宮勤めを目指そうとは思ってたので、希望の範囲ではある。
しばらく悩んで、俺は結論を出した。
ま、いっか。
仮にも転生者、どんな仕事になったってなんらかの問題は抱えることに違いないなんてわかりきっている。
なら、ここは報酬に目が眩んでもいいじゃないか。
俺は腹を括った。
「お願いします」
頭を下げると、面接官はにっこりと笑う。
「では、契約に移ろうか」
そう言って取り出したのは、一冊の本。厚手のどっしりとした表紙に金箔で飾ってある。
『契約書』とだけ書いてあるのが地味に怖い。
待て。『契約書』? 本だよな?
手渡されたそれをめくると、一枚の白紙の次に、目次もなく大きな文字が書いてある。
『我々はこの原則を遵守する
第一条 王家への危害禁止
第二条 王家からの命令への服従(第一条に反する場合を除く)
第三条 自己防衛(第一・第二条に反しない限り)』
……。
待てやコラ。
これ、あかんやつ。
どう見ても、ロボット三原則じゃねーか! 人間を王家に変えただけ!
これ導入したやつ絶対転生者だろ! しかも三原則の上っ面だけ知ってたやつ! これがどんな悲劇を生むかは全く無知だろ!
俺が頭を抱えていると、面接官が感心したような声を上げた。
「それを見ただけでその反応とは、君はなかなかに慧眼だね」
「えーと、それは、どういう……」
戸惑う俺を前に、面接官はどこか遠くに目をやった。
「続きを読んでごらん」
言われてページをめくっていく。
最初のページのような大きな文字ではなく、普通のフォントサイズには戻っていた。
そして、何条何項何号……と続いていく。
面倒になってページを飛ばして後半を開いたが、内容的には変わらない。
『第三条 第四十八項 第十二号の細則 第四
但し当該状況において、第一条の解釈に関し、王位継承順位第三位以降の王族が関与する可能性がある場合は、王家の存続に資する合理的判断の下、一時的な第三条の適用を留保し、第二条第七項の特例に基づき行動することができる。』
「……あの。なんですか、これ」
面接官はまだどこか遠くを見たままだった。
「約三百年前に初代が作った基本原則なんだが……正直、そのまま運用したら解釈の隙だらけで不具合や事故が多発してね。歴代の担当者が『この場合はどうする』『こういう例外はどうだ』と項や号、細則や例外細則を継ぎ足し続けた結果、四百ページを超える大作になってしまったのだよ」
三原則、しっかりバグ発生しまくってた。
いや、捨てろよその原則!
なんで継ぎ接ぎ修正して運用し続けてるんだよ!
面接官が遠くから帰ってこない。ここまで膨れ上がった条項を一から作り直すのも大変なのはわかる。日本でも同じだよなぁ。付け足していって全容が見えなくなっていく制度やシステム。動いてるからヨシ! がここでも見られるとは。
そうか、俺が入るのはお役所仕事の世界だよな……。
「……これ、読み終わらないとダメなんですか?」
「いや、それは契約魔法の魔法書でもあるからね。……契約するかい?」
まあ、条件はいい。
俺は自分に言い聞かせた。
「はい、お願いします」
面接官はようやく視線と意識がここに戻ってきたらしく、俺を奥の部屋へと案内した。
それほど広くもない部屋の中央に魔法陣が描かれている。
本を持ったままその中央に立つように促され、言われるがままにそこに立つと、面接官が呪文を呟き始めた。
魔法陣が光りだし、手元の本がふわりと浮き上がる。
おお、なんかファンタジーだ。
授業で習う魔法とは少し系統が違う。
個人で大きな魔法陣を使うこともあまりないので、その方面に進むものしか魔法陣学は履修しないのもあって、俺はもの珍しく次に何が起こるのかと眺めていた。
「あつっ!?」
魔法陣の一部が強く輝いたと思ったら、背中が急に熱をもつ。なんだ?と見たくても当然ながら、自分の背中は見えない。
痛くはないが、妙にむず痒いような感覚と少し熱いな、くらいの温度がしばらく背中に残っていたかと思うと、浮いていた本がひとりでに開く。
そこに書かれている文字が、金色に光って本から踊り出た。
「……すげえ」
これはいよいよ知ってる魔法とは全然違う。
契約魔法はこんな複雑なものではない。もっと単純に、お互いの魔力を交換するような感じだ。
……などと、余裕を持って眺めていられたのはそこまでだった。
本から飛び出した金色の文字はそのまま宙を舞い、俺の背後に流れていく。
途端に体全体が熱くなり、頭の中に情報が溢れ出した。
本のページがパラパラと勝手にめくられ、次々に俺の中に入ってくる文章に目眩を覚え、歯を食いしばる。
そんなちっぽけな努力は、あっさりとモブな脳みそのキャパシティを超えて、俺はうずくまり——そのまま意識を失った。
気がつくと、俺はどこかのベッドの上だった。
なんだか怖い夢を見た気がする。
なんだっけ、そうだ、俺はなんかの面接に来て——
「おや、目が覚めたかい?」
声をかけられて飛び起きた。
人がいることに気が付かなかった。
そのまま声がした方へ顔を向けると、ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けている面接官と目が合った。
「……夢じゃなかったのか……」
俺の言葉に面接官は吹き出した。いや、まあ、今のは失言だ。まだ現実感がなかったんだ。
誰に言い訳しているのかわからない思考に顔が熱くなる。
「っ、いや、すまない。大丈夫かい?」
「あ、はい。あの、俺はいったい……」
面接官は愛想のいい顔を浮かべて立ち上がった。
「動けそうなら場所を移そう。立てるかい?」
「はい、大丈夫です」
靴はベッドのそばに揃えられていた。
制服の上着も脱がされていて、ベッド脇のハンガーにかけてある。妙に用意がいい気がする。
身支度を整えると、面接官は部屋のドアを開けた。
後に続いて出ると、そこはもともと面接をしていた部屋だった。テーブルの上にはまだ湯気の立っている紅茶と、ビスケットの小皿が置かれていた。
「かけたまえ。とりあえずお茶を飲んで落ち着くといい」
「ありがとうございます」
お茶はまだ熱い。俺が目覚めるのを知って用意したみたいだ。しかも室内には誰もいない。
気味が悪いというより、純粋に居心地が悪い。
なんだこれ、と今日何度目かしれない疑問を心の中でつぶやいた。
俺がゆっくりとお茶を飲んで一息つくのを見届けると、面接官は口を開いた。
「君は結局なんの仕事に就くのかわからない、そう考えているね?」
「……ええ、まあ」
曖昧に答えたのは、疑問が多すぎてそこだけじゃない、という気持ちの表れだ。状況自体が不可思議過ぎる。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、面接官は満足そうに頷いた。
「君には、これから表向きは一市民として過ごしてもらいつつ、裏では我が国のために働いてもらう」
「裏では……?」
疑問系で返す俺に、面接官は笑顔になった。
「おめでとう。今日から君は、『王家の影』だ。よろしく頼む」
「——は?」
聞いてねぇ。
俺、なんか知らんけど、王家の影になりました。
「それで、だ。今夜、君の部屋に上司となる者が行くので待っていたまえ」
「は、はい。上司、ですか」
さっきまで面接してたと思ったらあっという間に採用決まってもう上司……ってことは配属の話。展開が早い。内定辞退はできないっすよね。
「そうだ。今後、その者の指示で動いてもらうことになる。……あとは、お茶をもう一杯飲んで、そのビスケットを食べたいだけ食べたら帰っていい」
微妙に強制なのか勧められたのかわからないお茶のお代わりをもらって、もそもそとビスケットを咀嚼し(美味かった)、俺はその場を辞したのだった。
なお、俺は約二時間寝ていたらしい。
大丈夫か、この契約魔法。
AI直接使用について
「第三条 第四十八項 第十二号の細則 第四」はAIに生成させた物をそのまま使用しております。
後編は明日の朝投稿します。




