5.台無しなプロポーズ
夜、俺はシアと散歩に出ていた。シアが言った森に行くほどの時間はないので、近くの森林公園でのんびりと。
月が綺麗な夜だった。もしかしたら、高揚しているからそう思うのかもしれないけれど、相手の表情がくっきりわかるほど明るいので悪くはないだろう。シアもそう思ってくれていると嬉しい。
歩いている俺とシアの間に会話はなかった。別に気づまりではないけれど、シアが話さないのは珍しい。
二人で夜の散歩なんていつもとは違う行動に何か思うところがあるのかもしれない。普段はリュシーも含めた三人かリュシーと二人かだから。
この公園の並木道は昼間は光を受けてキラキラと輝いている。夜はどうだろうかと思っていたけれど、優しい月明かりに照らされていた。
シアとこんなに風に穏やかに過ごせるようになるなんて、出会った時は思わなかった。一緒に暮らすようになってからも多分そうだった。俺は学校に入って寮暮らしだったし。
「なあ、シア」
歩きながら声をかける。なんでもないような声で。
これは日常の延長だ。口に出さないだけでずっと抱いている気持ち。だから、特別なことではない。そう言い聞かせる。
「はい」
シアは静かに返事をする。
その声が固い気がして、ドクンと心臓が跳ねた。
「……覚えてるか?俺が何か一つ選ぶならシアだって言ったこと」
シアが唾を飲み込む音が聞こえた気がした。俺はシアに聞こえないように小さく息を吐く。
「忘れるわけありません」
嬉しかったですからとシアはポツリと言う。
その割には悲しそうな表情をしていた気がするけれど、今はつっこまないことにした。
そのまま口を閉ざして歩いていると、並木道を抜けた先にある噴水まで来た。
俺は足を止めてシアに向き直る。
「じゃあ、あれが嘘偽りのない真実だって信じてくれるか」
シアは答えない。ただ、黙って俺を見つめている。
「なあ、俺はそんなに信用ないか?」
「……別にフェイのことを信じていないわけではないのです。ただ、らしくなく怖気付いていて。同じ気持ちが返ってくることは想定していなかったので、よくわからないのです。願いは叶わないものですから」
シアは眉を下げて、それでも笑った。
俺は初めてシアの弱い部分を見た気がした。
シアはいつも飄々としていて、その癖他人のことをよく見ている。きっとどう見られているか計算して動くことなんて容易いだろう。
俺はシアに聞こえるように大きく溜息を吐いた。
「お前馬鹿だな」
「え……」
「これはお前の願いが叶うんじゃねえ。俺の願いが叶うんだ」
俺の言葉にシアは言葉を失っている。
けれど、これは事実だ。シアの考えなんて知らない。俺は俺がシアといたいと思ったからここにいる。
「……フェイはすごいですね」
「はあ?」
「僕はフェイに救われてばかりです」
意味がわからない。思わず眉を寄せる。シアが訳のわからないことを言うことはよくあるけれど、今は嫌だった。
俺がシアを救ったとは一体なんのことだろうか。
「僕はフェイに命を助けられました。色々あってボロボロに痛めつけられて捨てられて。死んでもいいかなって思って殺されるのを受け入れたのです。そうしたら、フェイが僕の前に立っていて、相手をぐちゃぐちゃに殺していて。それが嬉しくて、キュンとしてしまいました」
シアは柔らかく笑っている。
俺はそれを覚えていない。あの頃は血を見るだけで暴走していたから、その時に殺した誰かがそうだったのだろう。
「それからずっとフェイを見ていました。そして、タイミングよく戦争が起きたものですから、あなたを連れていきました」
悪い大人でしょう?とシアが真顔になる。
それどうしようもなく悲しくなって、シアの腕引いて抱き込む。
「俺が満足してんだから、そんなことどうでもいいんだよ。俺はシアの側にいることが幸せだ。そう思わせた癖に今更逃げて捨てようだなんて許さねえ」
腕に力を込めるとシアが肩口に顔を埋める。鼻を啜る音が聞こえた。
「……そんなこと言われたら一生離れられませんよ」
「それでいい。……離れたら殺せ。俺もそうするから」
シアは嗚咽を漏らす。抱きしめる力が強くなった。
俺はシアが落ち着くまでそのまま抱きしめ続けた。
泣き止んだシアを腕から解放する。そこで、ピアスを用意していたことを思い出した。
「これやる」
ケースごとシアに突き出す。シアは反射的に受け取ってキョトンとしている。
動かないシアに居た堪れなくなって、目を逸らす。
「えっと、開けてもいいですか?」
言われて頷く。開けたシアは困った顔をしていた。
「なんだよ」
「いえ、流石に月明かりだけでは綺麗に見えないなと思って」
言われて、確かにと気がついた。
どれだけ月が明るくても、光源としては万全ではない。そこまで考えられていないのは締まりがないなと恥ずかしくなった。
凹んでいるとシアは魔術で明かりを灯してくれた。
「ふふ、可愛いピアスですね」
シアは手にとってまじまじと観察してから、つけてくれますかと俺に頼む。俺はそっとシアの両耳にそれをつけた。
「ありがとうございます。フェイのもつけましょうか?」
言われてつけてもらう。お揃いの持ち物なんて何気に初めてかもしれない。
「嬉しいです。幸せですね」
にこにこしているシアに大きく頷いて、もう一つ渡す物があったことを思い出す。
「あとこれも」
一枚の紙をシアに渡した。シアは灯した光を頼りに紙を見る。
「婚姻届……」
「シアが書いたら出せる」
シアはそれを見ながら笑い始める。
「なんだよ」
「ふふふふ……いえ、帰ったら書きます」
シアは帰りましょうかと俺の手を取った。色々気になるところはあるけれど、シアがとても楽しそうでどうでもよくなってしまった。
のんびり歩いていると、シアが子供のように手を引っ張る。
「フェイ、早く!」
そんならしくないシアに笑ってしまう。そして、揶揄うように問うてみる。
「ふっ、フィーって呼ばないのか」
初めて会った頃に呼びたいと言っていた愛称。もう解禁したっていいだろう。
シアは足を止めて驚いたように振り返った。
「覚えていたのですか」
「あんな強烈な出会い忘れるわけねえだろ」
「……フィー」
「なんだ」
「あなた私のことが好きなのですねえ」
そんな当たり前のことをしみじみと言われて、口を尖らせる。シアは馬鹿だ。
「当たり前だろ。ほら行くぞ」
今度は俺がシアを引っ張って歩き出す。
シアの笑い声が後ろから聞こえて俺も笑ってしまった。
早く帰ろう。リュシーの待つ俺たちの家へ。
「パパ、ママおかえりっす!言った通りだったでしょ!」
「そうですね。プロポーズでした」
てっきり俺に声をかけているのかと思ったのだけれど、どうやらリュシーはシアに今日のことを話していたらしい。
「リュシー……」
俺は静かにリュシーの頭を掴む。
通りでシアが変だったわけだ。
「俺は言うなって言ったよなあ?」
「ごめんなさいっす!けど、パパが最近のママが変だって心配してたから!」
「言い訳は聞かねえ!」
痛いっす!と叫ぶリュシーにお仕置きをしながら、俺たちは日常に戻っていくのだった。
俺たちはずっとこんな日々を過ごしていくのだろう。




