1.可笑しな男に出会った
「〜」
ラジオから曲が流れてくる。
苛立って投げたラジオがガンと壁に当たって落ちる。壊れた音がした。
「愛で強くなんてならねえよ!」
今度は陶器のカップを投げる。ガチャンと割れる音がした。
「俺の何がいけねえんだよ!」
ガンッ、机を蹴る。
「ピアスか!」
さらに机を蹴る。
「髪色か!」
ミシッと嫌な音がする。
「それをなくせば笑ってくれるってのかよ!」
蹴り上げると、ベキッと机が割れた。
ハァハァと肩で息をしながら窓を殴る。パリンッと割れたガラスの破片が手に刺さっていた。
血だらけの手を見て、そこでようやく俺はやりすぎたことに気がついた。
手に包帯を巻いて彼女に会いに行ったらまた怖がられてしまう。
どうしてだか俺はいつも彼女に引き攣った笑みをむけられる。顔が青ざめているのだから、余程怖いのだろう。それを思い出してまた苛立ちがぶり返してくる。
それを逃すように壁を殴った。血が飛び散る。
視界に入った手にはさっきよりも深くガラスが刺さっていた。
ああ、早く抜かなければまた面倒なことになる。痛みを感じないというのも不便なものだ。戦闘中は便利なのだけれど。
何もかもが嫌になって近くにあった椅子に雑に座って脱力する。
ぼんやりと天井を見ていると、誰かが部屋に入ってきた。目だけをそちらにやると、長身の男がいた。
鍵は閉めていたはずだ。だから、ここに他人がいるなんてあり得ない。けれど、俺は警戒心など皆無で、ただただダルさに身を任せていた。
「誰だよ」
「英雄になってみませんか」
「英雄ぅ?」
どうやら相手は頭が可笑しいらしい。人の部屋に勝手に入ってくるなんて常識がなっていないのもいいところだ。
それに、英雄だなんて馬鹿馬鹿しい。
「そろそろ隣国との戦争が始まるので、私のバディになってほしいのです」
「嫌だね。俺にメリットなんてないだろ」
そもそも戦争なんかに行ったら彼女に会えなくなってしまう。
「英雄になれば愛しい人も振り向いてくれますよ」
「ありえねえ。強い人が好きって聞いたから冒険者になったのにビビられてばっかりだ」
冒険者になったと聞いた時の彼女を思い出して貧乏ゆすりをする。
あの時の絶望したような表情の理由が俺にはわからない。
「英雄は冒険者なんて荒くれとはわけが違う。感謝されて好かれるものですよ」
言われて男の方に顔を向ける。
男に揶揄いの色はなく、至って真面目だった。
「……本当か?」
「もちろん。命をかけたっていい」
男は大きく言い切って、柔和な笑みを浮かべた。
「どうですか?私のバディになってくれますか」
「何で俺なんだ」
嘘には聞こえないのに、どうにも胡散臭い。
俺は男を睨みつける。これで、大抵の者は逃げていく。けれど、男は軽く肩をすくめるだけで逃げるようには見えなかった。それどころか、殺されたいとしか思えないことを口にした。
「理由を気にするなんて案外人間らしいところもあるのですね」
「あ"あ"?」
ドスの効いた声を向けると、男は両手を前に突き出し、苦笑を浮かべ、緩く首を振った。
「褒めているのです。あなた、自分がどう呼ばれているか知らないのですか?殺しを楽しむ殺人鬼と呼ばれているのですよ」
どうせ碌でもない名だろうとは思ったけれど、まさか殺人鬼だなんて。
俺はただ依頼を忠実にこなしているだけだ。多少血の匂いに酔うことはあるが、見境なくなるほどではない。甚だ遺憾だ。
「何でそんな奴に声をかけたんだ。そんなに人手不足なのか?」
「まさか。僕はあなたがよかったのですよ。僕は魔術師なのに戦場に突っ込んでいきますから、嫌がられているのです」
はぐれ者ははぐれ者どうしで、ということか。
「俺はお偉方の戦い方なんか知らねえ」
冒険者に魔術師なんて滅多にいない。俺は聞いたこともなければ、見たこともない。
ただ魔術師とバディを組んだ相手は魔術師が被弾しないように立ち回ることだけは知っている。絵本になるほど有名な話だ。
「別に構いません。言ったでしょう。僕はバディの後ろに隠れるのではなく、突っ込んでいくと。守ってくれる相手よりも連携が取れる相手がいいのです」
頭沸いてんのか、と思った。殺人鬼と呼ばれている人間が誰かと連携を取れると本気で思っているのだろうか。
この男は突っ込んでいくことより、思考回路が可笑しいからハブられているのだと俺は理解した。
「納得してなさそうですね。なら、一度依頼をこなしてみましょう。きっとわかってもらえるはずです」
その後すぐ、俺は男の言う通りに依頼を受けた。そして、一緒に戦闘して、男が言っていたことがわかった。
男の戦闘スタイルは俺が思っていた魔術師のものとは違った。言葉通り本当に最前線に出る戦い方で、隙をつかれないためにバディを欲しているようだった。と言っても男の隙なんて微々たるもので、正直普通の人間なら魔術師でなくてもそれくらいの隙はある。そして、その隙を過不足なく埋めるには、余程合わせるのに長けているか、敵が意識を向けざるを得ないくらいヤバい奴かだ。
きっと近くについていける人間がいなかったのだろう。お綺麗な顔をしている癖にとんだ化け物じゃねえかと俺は心の中で思った。
そして、そう思った後で認めるのは嫌なのだけれど、俺と男はとても相性がよかった。まるで生まれた時から一緒にいる半身かのようだったのだ。
俺も化け物だと言っているようで本当に嫌な事実なのだけれど。
◆◆◆
依頼をこなして黙り込む俺に男は言う。
「シアと呼んでくださいね、フェイ」
「なんだよそれ。俺はフェイスだが?」
シアと名乗る男に嫌々返事をする。
俺はまだこのシアと名乗った男と同じ化け物かもしれない事実から立ち直っていないのだ。
正直、酒を浴びるほど飲んで忘れてしまいたい。下戸だけれど。
「愛称ですよ。かわいいでしょう?フェイって。ゆくゆくはフィーなんて呼べる仲になれたら嬉しいですけど、きっとそこまで親しくなるのには時間がかかるでしょうから」
「はあ?意味わかんねえ」
シアが何か言っているけれど、頭に血が上っていて上手く回らない。
「現実的な話をするなら、戦場で呼び名は短い方がいいのです。名前を呼んでいる間に殺されてはたまったものではありませんから。けど、一番はやっぱり可愛いからです。ということで、よろしくお願いしますね、フェイ」
口がよく回る男だ。自分の周りでは見たことないタイプで反応に困る。
俺は舌打ちをして、差し出された手を打った。握手なんて形式ばったこと、なんとなくしたくなかった。
けれど、そんな失礼な態度の俺に、シアは笑っている。俺が叩いた手をギュッと胸の前で握って、まるで彼女が近くのパン屋の兄ちゃんを見るように、目を輝かせていた。彼女がすれば可愛いけれど、正直綺麗な顔をしていると言っても男がそれをすると気持ちが悪い。
俺は静かにそっと視線を逸らした。
あれよあれよという間に俺は男とバディを組むことになっていた。




