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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
12/63

第12話 乱晶

 反乱軍の洛陽(らくよう)占拠から半年後…西方のとある預言者が生まれて七五六年経った六月のこと。

 洛陽(らくよう)を占拠した反乱軍の指導者・安禄山(あんろくざん)は、自らを『大燕聖武(だいえんしょうむ)皇帝(こうてい)』を名乗り、「(えん)」の建国を宣言した。


 同日の夜、洛陽(らくよう)の兵舎には一万の兵士が隊を成して整列していた。胡人風の兵士、漢人の兵士、さらに西方に祖を持つ民族の兵士など、あらゆる異色の血が、殺戮と略奪の快感…偽りの正義のために一つとなっている。

 彼らの目線の先には、一つの大きな天幕(野営用のテント)があった。

 その時、天幕から一人の鎧を着た大男が現れた。熊のように毛深く、牛のように大柄な男だ。一万の兵士はその姿を見ると、大歓声を夜空に響かせた。勇ましくも、何かに従順な大歓声。

 そう。歓声を受けるこの大男こそ、安禄山(あんろくざん)である。

 安禄山(あんろくざん)は周りの兵士たちを見渡すと、彼らの歓声の二倍はある大声で叫んだ。


「いいかっ!野郎ども!俺は、国賊ジジィの楊国忠(ようこくちゅう)をブチのめし、皇帝陛下を"唐"と"燕"の両国の皇帝に据える!腐った中華を一掃させてやろうじゃないかぁぁ!!」


 安禄山(あんろくざん)の猛々しく豪快な声が洛陽(らくよう)内に響く。


安禄山(あんろくざん)安禄山(あんろくざん)安禄山(あんろくざん)安禄山(あんろくざん)!」


 兵士達による「安禄山(あんろくざん)」連呼が止まない。

 太鼓や銅鑼が鳴り響いたような空気の中、安禄山(あんろくざん)は腰に帯刀している巨大な曲刀を抜き、月に向かって掲げた。刃は月光を反射し、兵士一人一人の目に月光を刻む。


「三ヶ月後、全軍で長安(ちょうあん)へ本格的に攻め込む!俺らに従わねぇ民は腐った国を望む腐った人間だ!容赦なく殺せ!」

「ウオォォオオオォォオオオ!!」


 安禄山(あんろくざん)が声を発する度に、兵士たちは勢いをまして歓声を上げる。

 兵士たちは、槍を上げ、剣を上げ、刀を上げ、拳を上げる。戦意はこれ以上ないほど高揚していた。


「それじゃあ、今夜の集まりは終わり!解散だァ!」


 安禄山(あんろくざん)は右に置かれていた太鼓を力強く鳴らすと、兵士たちは「安禄山(あんろくざん)さま、バンザーイ!」と、叫びながら、各々の兵舎に帰っていった。


安禄山(あんろくざん)様。このあと、お食事の時間です。乱晶(らんしょう)の皆様がお待ちしておりますので、すぐに参りましょう」


 参謀が灯篭(とうろう)を持って現れた。


「おう。俺も腹が減っていた!今すぐ行くぞ!」



 洛陽(らくよう)内城ないじょう(城の中心にある城主の館)の食事の間では、楕円形の長机に十三の椅子が並べられていた。

 既に中央を除いた十二席を、思超家(しちょうか)たちが座っている。十二人の思超家(しちょうか)は皆、灰色の軍装に白い燕の尾のような首巻きを巻いている。

そう、彼らは反乱軍直属の思超家(しちょうか)たちだ。彼らは元々、思超(しちょう)を悪用した極悪人で、国や、他の思超家(しちょうか)に追われていた。結成は五年前。それまでは個々に殺戮や略奪をするのみだったが、反乱を起こす少し前、安禄山(あんろくざん)の傘下となり、本格的に中華の脅威と化し始めた。


 その思超家(しちょうか)集団の名は



 "乱晶(らんしょう)"



 (おさ)はおらず、すべての構成員は、食事のときの席で立場が決められる。

 全員が対等な関係であり、そこに上下関係はない。


「ガハハハ!先に集まっていたか!こりゃ参った!」


 安禄山(あんろくざん)が豪快に笑いながら、中央の席に座った。


「改めて、始めようじゃねえか。食事(はなしあい)を」



 乱晶(らんしょう)の構成員は12名。


 右一席(ういっせき)魏匠(ぎしょう)

 右二席(うにせき)呂辛(りょしん)

 右三席(うさんせき)公孫雨(こうそんう)

 右四席(うしせき)姜疫(きょうえき)

 右五席(うごせき)空凶(くうきょう)

 右六席(うろくせき)史思明(ししめい)


 左一席(さいっせき)物部(もののべの) 苦死羅(くじら)

 左二席(さにせき)孟寧(もうねい)

 左三席(ささんせき)徐刀(じょとう)

 左四席(さしせき)周起(しゅうき)

 左五席(さごせき)天上王真(てんじょうおうしん)理公子(りこうし)

 左六席(さろくせき)楚器(そき)


 席の名は食事の時の座る席であり、彼らの組織番号である。

 安禄山(あんろくざん)右席(うせき)左席(させき)に挟まれた中央の席に座る。彼が、乱晶(らんしょう)の統率者であるかのように。


「うめぇ!やっぱ馬の肉はうめぇ!」


 中央右に座る、筋骨隆々の大男。右一席(ういっせき)魏匠(ぎしょう)がガツガツと肉を食う。


「おい魏匠(ぎしょう)!俺の肉を食うな!」


 その右に座る、黒髪を後ろへ結び、前には目元まで流した、やや吊り目な若い男。右二席(うにせき)呂辛(りょしん)が、流星のような鋭い眼差しで魏匠(ぎしょう)を睨む。

 魏匠(ぎしょう)呂辛(りょしん)に人参を放り投げた。


「お前は野菜でも食ってろ!」

「ふざけるな!俺が人参嫌いなこと分かってやってんのか!あぁ!?」


 呂辛(りょしん)は怒りで拳が震えている。食事中だが、今にも二人は衝突しそうだった。

 その時、凍り付いた飛矢のような視線が二人を刺した。


「いい加減にしろ。私たちは思超家(しちょうか)である以前に思想家。その知性は捨ててはいけない」


 赤紫の髪をした、若い女。左三席(ささんせき)徐刀(じょとう)が二人へ冷たい声で呟く。二人はフンとそっぽを向いた。


「んで、何スか?俺らを集めたのは、何用で?」


 左四席(さしせき)周起(しゅうき)安禄山(あんろくざん)に問う。かなり無礼な態度だ。だが、他の乱晶(らんしょう)の面々も、安禄山(あんろくざん)(しか)めた顔一つしない。


「お前たちに来てもらったのは他でもない。長安(ちょうあん)攻めに参加してほしい」


 安禄山(あんろくざん)は酒をドンと机に置いた。

 その一言に利益があると感じたのか、乱晶(らんしょう)の全員が鋭い視線を向けた。


長安(ちょうあん)攻め?…思超家(しちょうか)の我々に従軍しろと?」


 右三席(うさんせき)公孫雨(こうそんう)が静かに水を飲む。


「あぁ!乱晶(らんしょう)のほとんどは俺に付いてきて貰おう!」


 公孫雨(こうそんう)とは対称的に、安禄山(あんろくざん)はグビグビと酒を飲んで答えた。

 そして、彼は孟寧(もうねい)、続いて魏匠(ぎしょう)に勢い良く指を差すと、


「ただし!左二席(さにせき)孟寧(もうねい)右一席(ういっせき)魏匠(ぎしょう)!お前らは先に長安(ちょうあん)に侵入して、都市を荒らしてやれ!」


 乱晶(らんしょう)一同が唖然とする。だが、魏匠(ぎしょう)孟寧(もうねい)は欲望に満ちた笑みを見せた。


「もちろんだ!安禄山(あんろくざん)の旦那!俺が(おとこ)として惚れたアンタの指示は絶対に成し遂げてやるよ!」


 彼は(みなぎ)るような声を上げ、熱い視線を安禄山(あんろくざん)に送る。安禄山(あんろくざん)そっくりの、力強く、たくましい声。

 周起(しゅうき)が隣で軽く笑う。


(くくッ、性格も体格も被ってやがるなぁ)


 左側では、少しだけ顎髭(あごひげ)を生やした男・左二席(さにせき)孟寧(もうねい)が顎髭を撫でている。


「ほぅ…私もか」


 彼もまた、魏匠(ぎしょう)と同じように、野望に駆られたような目をしていた。


「いつ向かうかはは自由だ!俺達が長安(ちょうあん)に着くまでに長安(ちょうあん)内部を荒らしてくれればそれでいい!」

「承知した。即座に落としてご覧に入れよう」

「ちょ、ちょっと待て…お前ら、いつ向かうつもりだ?」


 慌てて訪ねる周起(しゅうき)の視線に映る二人は、軽く下を向く。その顔は暗闇がかかったように見えなくなる。

 そして、二人は周起(しゅうき)を見上げ


「今」


 と、答えた。


「健闘を祈る!」


 安禄山(あんろくざん)の言葉を合図にするように、二人は突然、離席した。

 月光が禍々しく地上を照らす中、野望と殺戮の快感を求め、二人は洛陽(らくよう)を旅立った。


________________________


 そして現在 長安(ちょうあん)


夕時…それも夜寸前といったところか。辺りに暗がりが刺す。赤い光は徐々に赤紫へ、赤紫は紫へ、紫は黒みを増し、闇へと変わり、空を侵食する。

三人が歩いている最中、何かを思い出したかのように、李光(りこう)は道中で司馬章(しばしょう)に訊ねた。


司馬章(しばしょう)天理(てんり)に復讐するって言ってたな」

「あぁ」

「その、お前の復讐相手・天理(てんり)は、洛陽(らくよう)でじーさんを殺したのか?」

「あぁ…」

「つまり、そいつは反乱軍の思超家(しちょうか)ってことでいいんだな」


 李光(りこう)は一息置く。


「いいか。天理(てんり)を倒すつもりなら、衝突を避けられない奴らがいる」


 外に響き渡る談笑や子どもの遊びの声は徐々に静まり、人影は家の中へ消えてゆく。

夏の蒸したような温かさから一変し、精神を震わせるような冷ややかな風が長安(ちょうあん)を覆い、三人の皮膚に差し込む。

李光(りこう)の荒く広がる金髪、蒼々とした服の端が揺れる。


「その名は"乱晶(らんしょう)"。思超(しちょう)を使って惨劇を繰り返す思超家(しちょうか)集団。つい最近、知り合いから情報を得たが、お前が天理(てんり)と呼ぶ男…天上王真理公子てんじょうおうしんりこうしも、乱晶(らんしょう)の一員となったようだ」


 李光(りこう)は拳を握って、そう言った。


「僕も知ってるよ…多くの思超家(しちょうか)が犠牲になっているそうだね…」

「あぁ。揚州(ようしゅう)の巨大な思超家(しちょうか)組織の者が奴らの討伐を試みているが、未だに討伐を遂行したことはない」

司馬章(しばしょう)…どうやら、僕らは天理(てんり)一直線という訳にはいかないようだね」

天理(てんり)はともかく、いつ襲ってくるか分からない王明(おうめい)に、乱晶(らんしょう)か…」

「奴らは何を目的にしているかが分からない。反乱が起こる前は思超(しちょう)を悪用した名のある数多の悪事を行っていたが、反乱以降は安禄山(あんろくざん)の下に付き、戦争にも積極的になっている」


 長安(ちょうあん)から見える夕日は沈み、夜闇が空を満たした。

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