第12話 乱晶
反乱軍の洛陽占拠から半年後…西方のとある預言者が生まれて七五六年経った六月のこと。
洛陽を占拠した反乱軍の指導者・安禄山は、自らを『大燕聖武皇帝』を名乗り、「燕」の建国を宣言した。
同日の夜、洛陽の兵舎には一万の兵士が隊を成して整列していた。胡人風の兵士、漢人の兵士、さらに西方に祖を持つ民族の兵士など、あらゆる異色の血が、殺戮と略奪の快感…偽りの正義のために一つとなっている。
彼らの目線の先には、一つの大きな天幕(野営用のテント)があった。
その時、天幕から一人の鎧を着た大男が現れた。熊のように毛深く、牛のように大柄な男だ。一万の兵士はその姿を見ると、大歓声を夜空に響かせた。勇ましくも、何かに従順な大歓声。
そう。歓声を受けるこの大男こそ、安禄山である。
安禄山は周りの兵士たちを見渡すと、彼らの歓声の二倍はある大声で叫んだ。
「いいかっ!野郎ども!俺は、国賊ジジィの楊国忠をブチのめし、皇帝陛下を"唐"と"燕"の両国の皇帝に据える!腐った中華を一掃させてやろうじゃないかぁぁ!!」
安禄山の猛々しく豪快な声が洛陽内に響く。
「安禄山!安禄山!安禄山!安禄山!」
兵士達による「安禄山」連呼が止まない。
太鼓や銅鑼が鳴り響いたような空気の中、安禄山は腰に帯刀している巨大な曲刀を抜き、月に向かって掲げた。刃は月光を反射し、兵士一人一人の目に月光を刻む。
「三ヶ月後、全軍で長安へ本格的に攻め込む!俺らに従わねぇ民は腐った国を望む腐った人間だ!容赦なく殺せ!」
「ウオォォオオオォォオオオ!!」
安禄山が声を発する度に、兵士たちは勢いをまして歓声を上げる。
兵士たちは、槍を上げ、剣を上げ、刀を上げ、拳を上げる。戦意はこれ以上ないほど高揚していた。
「それじゃあ、今夜の集まりは終わり!解散だァ!」
安禄山は右に置かれていた太鼓を力強く鳴らすと、兵士たちは「安禄山さま、バンザーイ!」と、叫びながら、各々の兵舎に帰っていった。
「安禄山様。このあと、お食事の時間です。乱晶の皆様がお待ちしておりますので、すぐに参りましょう」
参謀が灯篭を持って現れた。
「おう。俺も腹が減っていた!今すぐ行くぞ!」
洛陽内城(城の中心にある城主の館)の食事の間では、楕円形の長机に十三の椅子が並べられていた。
既に中央を除いた十二席を、思超家たちが座っている。十二人の思超家は皆、灰色の軍装に白い燕の尾のような首巻きを巻いている。
そう、彼らは反乱軍直属の思超家たちだ。彼らは元々、思超を悪用した極悪人で、国や、他の思超家に追われていた。結成は五年前。それまでは個々に殺戮や略奪をするのみだったが、反乱を起こす少し前、安禄山の傘下となり、本格的に中華の脅威と化し始めた。
その思超家集団の名は
"乱晶"
長はおらず、すべての構成員は、食事のときの席で立場が決められる。
全員が対等な関係であり、そこに上下関係はない。
「ガハハハ!先に集まっていたか!こりゃ参った!」
安禄山が豪快に笑いながら、中央の席に座った。
「改めて、始めようじゃねえか。食事を」
乱晶の構成員は12名。
右一席・魏匠。
右二席・呂辛。
右三席・公孫雨。
右四席・姜疫。
右五席・空凶。
右六席・史思明。
左一席・物部 苦死羅。
左二席・孟寧。
左三席・徐刀。
左四席・周起。
左五席・天上王真理公子。
左六席・楚器。
席の名は食事の時の座る席であり、彼らの組織番号である。
安禄山は右席と左席に挟まれた中央の席に座る。彼が、乱晶の統率者であるかのように。
「うめぇ!やっぱ馬の肉はうめぇ!」
中央右に座る、筋骨隆々の大男。右一席の魏匠がガツガツと肉を食う。
「おい魏匠!俺の肉を食うな!」
その右に座る、黒髪を後ろへ結び、前には目元まで流した、やや吊り目な若い男。右二席の呂辛が、流星のような鋭い眼差しで魏匠を睨む。
魏匠は呂辛に人参を放り投げた。
「お前は野菜でも食ってろ!」
「ふざけるな!俺が人参嫌いなこと分かってやってんのか!あぁ!?」
呂辛は怒りで拳が震えている。食事中だが、今にも二人は衝突しそうだった。
その時、凍り付いた飛矢のような視線が二人を刺した。
「いい加減にしろ。私たちは思超家である以前に思想家。その知性は捨ててはいけない」
赤紫の髪をした、若い女。左三席の徐刀が二人へ冷たい声で呟く。二人はフンとそっぽを向いた。
「んで、何スか?俺らを集めたのは、何用で?」
左四席の周起が安禄山に問う。かなり無礼な態度だ。だが、他の乱晶の面々も、安禄山も顰めた顔一つしない。
「お前たちに来てもらったのは他でもない。長安攻めに参加してほしい」
安禄山は酒をドンと机に置いた。
その一言に利益があると感じたのか、乱晶の全員が鋭い視線を向けた。
「長安攻め?…思超家の我々に従軍しろと?」
右三席の公孫雨が静かに水を飲む。
「あぁ!乱晶のほとんどは俺に付いてきて貰おう!」
公孫雨とは対称的に、安禄山はグビグビと酒を飲んで答えた。
そして、彼は孟寧、続いて魏匠に勢い良く指を差すと、
「ただし!左二席の孟寧!右一席の魏匠!お前らは先に長安に侵入して、都市を荒らしてやれ!」
乱晶一同が唖然とする。だが、魏匠と孟寧は欲望に満ちた笑みを見せた。
「もちろんだ!安禄山の旦那!俺が漢として惚れたアンタの指示は絶対に成し遂げてやるよ!」
彼は漲るような声を上げ、熱い視線を安禄山に送る。安禄山そっくりの、力強く、たくましい声。
周起が隣で軽く笑う。
(くくッ、性格も体格も被ってやがるなぁ)
左側では、少しだけ顎髭を生やした男・左二席の孟寧が顎髭を撫でている。
「ほぅ…私もか」
彼もまた、魏匠と同じように、野望に駆られたような目をしていた。
「いつ向かうかはは自由だ!俺達が長安に着くまでに長安内部を荒らしてくれればそれでいい!」
「承知した。即座に落としてご覧に入れよう」
「ちょ、ちょっと待て…お前ら、いつ向かうつもりだ?」
慌てて訪ねる周起の視線に映る二人は、軽く下を向く。その顔は暗闇がかかったように見えなくなる。
そして、二人は周起を見上げ
「今」
と、答えた。
「健闘を祈る!」
安禄山の言葉を合図にするように、二人は突然、離席した。
月光が禍々しく地上を照らす中、野望と殺戮の快感を求め、二人は洛陽を旅立った。
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そして現在 長安
夕時…それも夜寸前といったところか。辺りに暗がりが刺す。赤い光は徐々に赤紫へ、赤紫は紫へ、紫は黒みを増し、闇へと変わり、空を侵食する。
三人が歩いている最中、何かを思い出したかのように、李光は道中で司馬章に訊ねた。
「司馬章、天理に復讐するって言ってたな」
「あぁ」
「その、お前の復讐相手・天理は、洛陽でじーさんを殺したのか?」
「あぁ…」
「つまり、そいつは反乱軍の思超家ってことでいいんだな」
李光は一息置く。
「いいか。天理を倒すつもりなら、衝突を避けられない奴らがいる」
外に響き渡る談笑や子どもの遊びの声は徐々に静まり、人影は家の中へ消えてゆく。
夏の蒸したような温かさから一変し、精神を震わせるような冷ややかな風が長安を覆い、三人の皮膚に差し込む。
李光の荒く広がる金髪、蒼々とした服の端が揺れる。
「その名は"乱晶"。思超を使って惨劇を繰り返す思超家集団。つい最近、知り合いから情報を得たが、お前が天理と呼ぶ男…天上王真理公子も、乱晶の一員となったようだ」
李光は拳を握って、そう言った。
「僕も知ってるよ…多くの思超家が犠牲になっているそうだね…」
「あぁ。揚州の巨大な思超家組織の者が奴らの討伐を試みているが、未だに討伐を遂行したことはない」
「司馬章…どうやら、僕らは天理一直線という訳にはいかないようだね」
「天理はともかく、いつ襲ってくるか分からない王明に、乱晶か…」
「奴らは何を目的にしているかが分からない。反乱が起こる前は思超を悪用した名のある数多の悪事を行っていたが、反乱以降は安禄山の下に付き、戦争にも積極的になっている」
長安から見える夕日は沈み、夜闇が空を満たした。




