八話 ダメもとで言ったことが採用される時もある
「あ、ちょっと待って、叶君!」
声のした方へ叶は振り返る。
そこには一人の女性が立っていた。
艶のある黒髪の一つ結びで、綺麗な瞳を叶に向けている。
「あ、真奈美さん。お久しぶりです」
叶は軽く頭を下げる。
大神真奈美。
恵の母だが、なんも言われなければ姉妹だと勘違いされるほど若い見た目をしている。
叶も最初そう思い「恵のお姉さん」と言ったとこ、気に入られてしまった。
「叶君、かっこよくなったね~、おばさんのこと覚えてくれてたんだ」
真奈美はぱっと目を輝かせている。
「はい、にしても真奈美さんは全然変わってないですね。相変わらず美人さんだ」
「やだ、もう叶君たら~」
かっこよくなった叶に言われ、真奈美はまんざらでもなさそうだ。
「叶君ご飯食べた?」
「まだ食べてません」
「じゃあ、一緒に食べよう、うん、それがいい」
どうやら叶に拒否権はなさそうなので、お言葉に甘えることにした。
「おじゃまします」
叶はそういい、玄関で靴を脱いだ。
恵は着替えてくるらしく自分の部屋に行ってしまった。
ちなみに料理は恵が作ってくれるらしい。
必然的に叶はリビングで真奈美と叶の二人きりになった。
すると真奈美がソファの横をたたいた。
すこし間隔を空けて隣に座る。
甘く、酔いそうな大人の香りを叶は感じた。
「正直、恵ちゃんとどこまでいった?」
「男子高校生みたいですよ、真奈美さん」
「まだまだ若いからね、それで?」
恵と似た綺麗な目、叶はこの目に弱い。
「……一応手は繋ぎました」
「きゃー、青春だね、アオハルだね~」
真奈美はクッションを掴みオーバーリなアクションをする。
「もしかして酔ってますか?」
「いや、シラフだよ。あ、もしかして叶君酔ってる子が好きなんだぁ、今度恵に教えてあげよ」
「そうですね、真奈美さんの酔ってる姿は少し興味ありますね」
冗談交じりで返答した。
真奈美とはこういう会話がやりやすい。
「最低」
とてつもなく冷たい声が後ろからして、思わず叶はびくっとした。
声のした方向を見るとそこには、見るものすべてを凍てつかせるような眼をした恵が立っていた。
「恵、これには事情があってだな」
「人のお母さんのこと何口説いてんの?」
どうやら状況は最悪らしい。
「違う、ただ俺はやりやすいように───」
「お酒を飲んでヤりやすいようにね。完全に黒じゃない」
自分の力では弁解できない、そう悟った叶は真奈美に助けを求めた。
(真奈美さん。頼む……)
「恵ちゃん!叶君は真っ直ぐな子だから性欲の対象は恵ちゃんにしか向かないと思うよ!」
「真奈美さん!あんたやっぱ酔ってんだろ!」
「うん。酔ってる」
あっさり認めた。
どうやら叶が感じた甘い匂いはワインの匂いだったらしい。
「あ、でも避妊はしてね、子供は二人が社会人になったら作っていいから」
「お母さん!」
恵の顔は羞恥心で染まっていた。
そして、ちらちらと叶の目を見ながら、恵はおそるおそる聞く。
「……その、君は私とそういうことしたいの……?」
「お前も酔ってんのか……」
「ち、違うから!今のは私の母に手を出す君が悪い!」
「だから誤解だって!そうですよね!真奈美さん!」
すると、服が少しはだけた真奈美が言う。
「叶君は、こういう状態の私が好きなんだよね」
どんどん恵の目が冷たくなっていく
「真奈美さん!お願い!お願いだから、これ以上俺の冤罪を難解にしないで!」
言った直後、真奈美はいびきも立てずに眠ってしまった。
叶は起こさないように優しく真奈美の頭をクッションの上に置く。
確かに第三者から見ると少し発言が悪かったかもしれない。叶だって自分の母親が誤解だとしても、口説かれていたら不快だ。
「恵、ごめん。俺の発言が悪かった」
叶は目を見て恵に謝る。
恵はしばらく冷たい目で見ていたが、やがてほほ笑んだ。
「君のそういう真っ直ぐなとこが私は好き。君が口説こうとしてないことなんて最初からわかってたよ。これはヤキモチの八つ当たり。でも、本当に悪いと思ってるんだったら……ぎゅっとして」
ゆっくり近づき、叶は恵を優しく抱きしめた。
「……ダメもとでも言ってみるもんだね」
一瞬驚いた恵が嬉しそうに言う。
(ダメもとだったか……てっきり真っ直ぐなとこを試されてるのかと)
「君の匂いがする」
「マジで可愛すぎだろ……あ」
「……え?君、今、なんて……」
(これは……試されてるのか?)
そう思ったので叶は真っ直ぐに言った。
「……マジで可愛すぎるって言ったけど、それがどうかしたか?」
恵は顔を赤くした後、消えそうな声で
「ありがと……」
と言った。
(うん、俺今日死ぬかも)
叶はご飯の準備の時、包丁を持つ手の震えが止まらなかった。
───1時間後
ゆっくりと漂う美味しそうな匂いで真奈美の目は覚めた。
「あれ、私寝てた?」
どうやら酔いはもう醒めたようだ。
「真奈美さん、もうご飯ですよ。食べましょう」
テーブルの上にはグラタンが三つおかれていた。
「恵ちゃん、これって……」
「うん。お母さんが食べたいって言ってたやつ」
「ありがとう、恵ちゃん」
真奈美は綺麗な笑顔を恵に送る。
「ほら、熱いうちに食べよ」
照れ隠しのように恵は自分の席に着いた。
「「「いただきます」」」
「美味しい!これ叶君も作ったの?」
「いや、俺は材料切っただけでほとんど恵が作りました」
叶も一口すくって食べる。
「……美味しい」
自然にそう言葉がこぼれた。
「そりゃあ、恵ちゃんの愛情が入ってるからね、天下一品でしょ」
「確かにそれなら納得です」
「そうね、私が作ったんだから当然よ」
(よかった、叶に美味しいって言ってもらえた)
真奈美は気づいていた。
確かにこれは真奈美が食べたいといったものだ。
しかし恵は叶の食べる瞬間まで、ずっと叶のことを見ていた。
つまりこれは叶のために作られたものなのだと。
(叶君も幸せ者だね)
───叶帰宅後
「そういえば、なんでお母さんお酒飲んでたの?普段飲まないのに」
「ああ、なんか恵ちゃんが帰ってこないから寂しくなっちゃって、ゆうすけ全然帰ってこないし」
「お父さんもう半年帰ってきてないよね」
「もう私も海外行こうかな……」
ふてくされた表情で真奈美はそういった。
恵の父、雄介は世界的な学者で、今尚新たな発見をしている天才だ。
だが、世界的ともなるとなかなか帰ることができず、年に数回しか帰ってこれないのだ。
「ああ、そういえば私が寝てるとき、叶君と何かあったでしょ」
サラッと真奈美が言う。
「別に何もないよ」
「もしかして、あの短時間で大人の女に───」
「そこまではしてない!」
「ってことは何かはあったんだね、ふふ。それだけ分かればいいかな」
「もう、カマかけないでよ!」
恵がそういうと真奈美は満足そうに笑う。
「お母さんの目から見て叶は私のことどう思ってる風に見えた……?」
少し心配そうに真奈美の方を恵は見る。
真奈美は恵の頭にポンっと手を置き、なでながら言った。
「大丈夫。叶君も恵ちゃんのことが好きだと思うよ」
「でも、手つないだりとかは私からなんだけど……これって一方的じゃないかな?」
真奈美は少し考え、口を開く。
「多分ものすごく大切な存在だと思ってるんじゃない?だから自分からは手をあまり出せない。恵ちゃんのお願いを叶君が断ったことあった?」
「……ないと思う」
「じゃあそういうことだと思うよ」
真奈美は優しく微笑む。
もう恵の顔に不安は残っていなかった。
「もう夜遅いから、お風呂入っちゃいな」
「うん、ありがとう!お母さん!」
恋に全力な娘の姿に、真奈美は昔の自分を思い出し、雄介へ電話をかけるのだった
だんだん近づく二人の距離───
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