不変的な物
手紙の話が全然出てこないなぁ……
話が進まない(ノ)ω(ヾ)
そんな僕の元に届いた変化の兆し。
多変的種を備えた1枚の手紙は、本来ならばとうに捨てているはずの物であって、取っておくなんて選択肢は有り得ない行動なのだ。
そして、この手紙を読まなくてはならないという義務感や読むことも出来ずにもやもやしながら保管しているこの状態を思うと、安らかな眠からも一瞬で冷めてしまう程嫌気がさすのだった。
僕は、吐き溜めみたいなこのベッドから這い出でることにした。
僅かばかりの前進である。
傍の椅子に掛けられた厚手のガウンを着て、白い吐息を流れる空気に乗せながら台所へと入って行く。
その目的は、より一層の覚醒へと近づくためだ。
薬缶に火をかけて水を沸かし、誰よりも熱くなったその液体を、珈琲の粉が沈んだマグカップの底へと巡らせる。
湯気に運ばれた珈琲の芳ばしい香りだけでもう、意識という意識が格段に鋭くなって行くのが分かる。
両手を添えたマグカップで体温を上げようと試みながら、廃れたリビングへと戻り雑誌の山を掻き分けて座るスペースを得てからソファに腰を下ろす。
柔らかに体を包み込む布地の感触に気を惹かれながら、前のデーブルからテレビのリモコンを手に取り、早朝のニュースを見るべくテレビの電源を入れる。
機会の箱に映りこんだ別の世界は、僕の世界と同じく下らない大雪の映像を延々と流し、何に注意すればいいのか分からない注意予報や天気の予報をいつまでも繰り返し繰り返し訴え続ける。
彼らもまた準不変的な物の一種だ。
毎日流すニュースは違えど、内容としては僕が生まれてきた人生の中で、幾度ともなく繰り返されてきた行為達を同じように訴え続けているに過ぎず、そこには真新しい発見は特に見られない。
強いていえば、科学技術くらいなものか───
本当に新しい変化というものは。
悲しい歴史は悲劇的に繰り返されるし、喜ばしい歴史も奇跡的に繰り返されていくのだ。
人間というものは一体何をする為に生まれてきたのだろう。
これはよく他の誰かが口にする常套句だ。
これもまた───不変的な物。
この質問の答えを、幸いにして僕は見つけ出している。
僕にとってそれは、何の変わりも無く毎日3食食事を取って決まった時間に寝る事───である。
生きていくことが、生きている必要性を満たす。
生きていくことが、生きる為の理由を充たす。
逆に僕にとってそれ以外の答えは見出すことが出来なかった。
小さい時の僕は、よく周りの大人から他人の事を考えて行動しなさい、他人の為に生きる人間になりなさい、と言われて育ってきた。
当時も今も、この発言の意味するところがよく理解できなかった。
この僕の人生において、僕がもし存在しなかったとしたら周りの大人達も、他の全ての人間も僕にとって存在しないものになるのに、どうして彼らを配慮して生きなければならないんどろうかと、いつも分からないでいた。
他人の為に生きる人間というものは、ただ僕が生きていれば、僕の中の世界で彼らは生きて行ける訳だから、そっちの発言に関しては同意していたけども───
気が付けば下らないニュース番組が終わって、不気味なキャラクターが非常に下らなく巫山戯た事をやって子供達を笑わせるコメディアニメが流れていた。
同じく下らないにしても、こっちの方がまだマシだ───僕は、そう思った。
いつの間にかカップの珈琲からは熱が逃げていて、ぬるいというよりも若干冷たくさえなってしまっていた。
時間というものはいつも、僕を置き去りにして行ってしまう。
あの時の父のように───
僕は冷めきった珈琲を胃袋へと流し込んで、サッと立ち上がりかけ、心の勢いを付けるために座り直してから再び立ち上がって、台所へと入った。
小腹が空いてきたのだ。
幾ら陰鬱な気分にいる時でも、きっとこれから自殺しようとして左の手首に剃刀を当てている時でも、腹は減るものなのである。
食パンをを三枚、黄金色にトーストしてから簡単な卵のサラダを作り、昨日の残り物を冷蔵庫から取り出して電子レンジで温めた。
陰鬱な青年一人分には、これくらいが丁度いいのだ。
これくらいの重さが───




