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鳴り止む独奏(ひめい)

 

 

 見たいと思っていた少年のかおを初めて見た少女は、少しも嬉しくなかった。くしゃくしゃな顔を見られてしまい、初対面がこれだなんてあんまりだ、と思ってしまえば、もう、ダメだった。

 うわーんと声を上げて、大泣きしてしまう。ぎょっとした少年が、慌てて駆け寄って来る。

 何泣かせてるのよ、と谷本が小突くが、彼は其れに構うどころではない。顔を見て泣かれて、少しショックを受ける。目が合ったら泣かれる様なかおじゃない筈、と自分を慰めつつ、ポケットに手を突っ込み、ドロップの缶を出して少女に差し出した。

「甘いもの食べると落ち着くよ」

 ティッシュで顔を隠しながら、上目遣いにちらっと伺う目の、零れそうな涙が実に少年の胸をえぐる。怖がっている様に少年には見えたのだ。

 実際には、酷いかおを見られて少女は恥じらい、飴玉でご機嫌になる子供に見られるなんて、と更に落ち込んでいるのだが。

 少女としては、レディがキャンディでご機嫌を取られるわけにはいかない。そんなのは幼稚園で卒業なのだ。

 だが。少年が善意で差し出してくれる物を受け取らない事も、出来ない。

 笑顔でプレゼントしてくれるなんて、きっともうないんだわ、と思えば、小さな手をおずおずと伸ばさずにいられない。

 格好よく身を退いて二人を祝福すると言う決意もまた、飴玉の様に脆く溶けて消えた。未練でいっぱいだ。

 しなやかでほっそりした指の形がきれいで、小さなピアニストの指に少年は何となく感動した。

 しかし、取りあえず差し出された手にほっとして、一粒飴を落とす。

 手に受けるとき、ドロップが陽の光でちかりと光った。

 宝石みたいに少女には見えた。食べるのがもったいないと思いながら大事そうに受け取るが、笑顔の少年に促され、細い指で摘まんで口に入れる。

 甘い。

 少年の顔が滲んでしまい、少女は慌ててティッシュで顔を拭う。

 飴を口に含んで、確かに笑顔が広がったのに、また少女が泣き出して、少年は困ってしまった。

「ねえ、どうかした? どっか痛い?」

 少女は首を振る。

「何か、哀しい事があったの?」

 少女は大きな目に涙をためて少年を見た。そして、其の隣の谷本を見て、しゅんと肩を落として俯いてしまった。少女は飴玉を口の中で転がして自分を宥める。おかしいな、甘いのに少ししょっぱい。

 事情が解らず少年は益々眉を下げるが、谷本は少女の様子にピンと来た。女の勘というヤツだ。

「ねえ、ひびき。あんた毎日此処でこの子のピアノ聞いてたのよね」

「え?そうだけど」

 唐突な谷本の問いに面食らい、少年、響は首を傾げつつも頷いた。俯いた少女の肩がぴくりと反応する。聞いてくれていた。それだけで少女は何だか救われる気がする。

 少女が少しだけ浮上したのを見て、谷本がにんまりと笑った。

 少年はそんな谷本を見て不気味そうに少し距離を取る。何だろう、何か嫌な予感がする、と。

「ねぇ、あたしね。響と同じ部活……クラブ活動をしてるんだけど、毎日こいつはサボって此処にピアノ聞きに来てるものだから、部長に言われてあたしが連れ戻しに来てたわけ」

 説明台詞にきょとんとしている少女に、部長はクラブのリーダーね、と谷本は説明する。

「因みに、其の部長はあたしの彼氏です」

 少女がぽかんとしているので、響は其の様子を誤解して谷本を窘めた。

「何でいきなり惚気話始めるんだ」

「あら、コイバナは女の子の嗜みよ?」

 ね、と谷本は少女にウインクをした。

「つきあって、ないの? だって、手、つないでた」

 少女の囁く様な声が、おずおずと問いかける。

「手? 谷本はガサツだから人の腕掴かんで捻りあげるくらいするし、第一、部長の筋肉に惚れ」

 みなまで言わせず谷本は響の口に飴を突っ込んで黙らせる。

「響はタイプじゃないの、OK?」

 少女のかおが、雲間から陽が差した様にぱあっと明るくなった。飴の比ではない。

 筋肉の話でこんな小さな可愛い子が喜ぶなんて、と誤解した響は反対にかおを曇らせる。

「さてと。しょうがないから、今日のところはあたしから部長にうまく言っといてあげるわ。響、うまくやんなさいよ? 泣かせるんじゃないわよ? いいわね?」

「? ああ、わかった」

 ベランダに押し込まれて、手荒い扱いに思うところはあったが、流石の谷本も子供には優しいんだな、と響は解釈した。

「サボらなくて済む様に、時間の相談しなさいって事。サボリはダメだからね!」

 念を押して、ニヤニヤ笑う谷本は部長のもとへ駆けて行った。

 

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