夜風と鉄の本当の重さ
ギルドで無事にハンスの護衛依頼の完了報告を済ませ、報酬の銀貨10枚を受け取った俺たちは、六日ぶりのカランドラ、そして『赤猫亭』へと帰還した。
皆が疲労で早々に眠りにつく中、俺はどうしてもベッドに入る気になれず、一人で宿の裏口にある木箱に座って夜風を浴びていた。
立てかけた槍の穂先を、月明かりが鈍く照らしている。血の汚れは街道の川で念入りに落としたはずなのに、どうしてもあの時の生々しい感触が手にこびりついて離れなかった。
「……眠れねえか、アル」
ギィ、と裏口の扉が開き、ガンテツが二つの木杯を持って現れた。中にはマーサから買ったらしい、少し温められたエールが入っている。
アル「ガンテツ……。ああ、なんだか目を閉じると、あの盗賊の顔が浮かんできてな。……俺、農夫だった頃は、魔物ならともかく、同じ人間を刺す日が来るなんて思ってもみなかったよ」
ガンテツは俺の隣にドカッと腰を下ろし、エールの入った木杯を一つ差し出した。
ガンテツ「……鉄ってのは重い。だが、本当に重いのはその『素材』の質量じゃねえ。それを使って奪う命の重さだ。今日、お前はその本当の重さを知ったんだよ」
ガンテツは自分の分厚い掌をじっと見つめ、夜空に向かって小さく息を吐いた。
ガンテツ「わしは昔、戦場で何度も同族や人間を叩き潰した。最初は吐いたし、手が震えてハンマーを落としたこともあったさ。……だがな、アル。その重さから目を逸らし、何も感じなくなっちまった奴から順番に、ただの『人殺し』のケダモノに堕ちていくんだ。今日お前が貫いた、あの盗賊どものようにな」
アル「……何も感じなくなったら、終わり……」
ガンテツ「そうだ。震える手で、吐き気を堪えながらでも……お前はハンスの命と、わしらの仲間を守るために槍を振るった。その『理由』がある限り、お前は立派な冒険者だ。胸を張れ、アル。その重みに耐えられなくなった時は、わしのこの大盾が支えてやるわい」
温かいエールと一緒に飲み込んだガンテツの言葉は、ハンスの薬草茶よりもずっと深く、俺の冷え切った胃の腑に染み渡った。
俺はもう一度、自分の手にある鉄の籠手と槍を握り直す。この重さを背負ってでも、俺には買いたい「家」があり、守りたい仲間がいるのだと、夜風の中で静かに覚悟を決めた。
サイドストーリー
食堂では、夜食をつまみながらザインが一人で不満を漏らしていた。
ザイン「おお、神よ! 全く、あの盗賊どものせいで、カランドラへ戻る私の清浄なる足取りが台無しです。……おい、エルフ。私の足元にパンの欠片を落とすな。不浄だろうが」
フィオ「なんだい、ザイン! ボクの食べるペースについてこれないパン屑たちが、重力に負けて落ちていっただけさ! 怒るならパンの脆さに文句を言いなよ!」
ザイン「屁理屈を! ミラ、お前からもこのエルフに言ってやって……ひぃっ! なぜ無言で短剣を研ぎながら私を睨むのですか! 私は神の教えに従って正しい指導をしているだけですよ!」
セシル「……二人とも、お願いだから少し静かにして。頭痛がしてきたよ……」
ザインの小言とフィオの口答え、そしてミラの殺気。いつものやかましい日常が戻ってきたことで、セシルの青ざめていた顔色も少しだけ生気を取り戻しているようだった。




