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Story.13 カピジャ

 気持ち良く風を切りながら、空を進む。最初の頃はおっかなびっくりでベルに乗っていたが、だいぶ慣れたものだ。


 ラコスデント神殿を飛び出してきて、真直ぐにエプリサテナへ向かったクォーツは、上空から懐かしくも見慣れたカピジャを見つけると、嬉しそうに笑った。


「あー久しぶり。母校訪問って感じだなー」

≪あそこに通ってたのか≫


 ベルが意外そうに問い掛ける。外見はとても立派な建物なので、ガイアのような優美な女性であれば相応しい印象だが、クォーツのような平凡な人間には似つかわしくなく思えたのだろう。


「おう。ガイアともここで会ったんだ。カピジャは国がやってる教育施設でさ。ちょっと入学試験は難しいんだけど、ちゃんと合格すれば誰でも入れるんだ」

≪魔力が貧弱でもか≫

「……ウン、貧弱でも」


 否定ができないので、泣きそうになりながら頷く。魔力が上手く引き出せるのならそれに越した事はないのだが、知識で補えれば入学はできる。その点、クォーツは秀才の域だ。

 立派で美しい装飾が施された柵に囲まれたカピジャを見下ろしつつ、ベルは、門はどこだと探した。ところが、


「どうした? 早く降りようぜ」


 至極不思議そうに言われて、はあ? と返事をする。


≪降りるにも、門の前が良いだろうが≫

「え、何で? このまんま庭に下りちまおうよ」


 ベルは瞠目した。この主は今一体何と言った。聞き間違いでなければ、彼はカピジャの敷地内に下りるよう命じている。門も潜らず、乗り越えてはならない柵を無視したも同然ではないか。そんなのは不法侵入と大して変わらない。

 対して、ベルの思うところを察したらしいクォーツは、気楽な調子で、


「大丈夫じゃね? 俺卒業生だし」

 これである。

 ベルとしては、自己責任でどうぞ、と思いながら命令に従った。



 ……その結果、



「それではもう一度聞こう。このカピジャに一体何をしに来た?」


 学長室でソファに座ったまま、真正面にいる学長に鬼の形相で聞かれながら、クォーツは遠い目をした。ソファの横で座っている大鷲など、そら見たことかとこの上ない呆れ顔のまま、状況を眺めるばかりである。

 案の定不審者扱いを受けたクォーツは、教員たちによる魔法であっさりと拘束され、あっと言う間に学長室に連れていかれ、尋問を受ける事態となった。


「ですから! 俺はただカピジャで広まってるって言う噂を直接聞きに来ただけで! 俺はここの卒業生です!! 名前もあるでしょ! ほらここ!」


 卓上に開いた状態で置かれた、分厚い過去の生徒名簿を指さしながら、必死に訴える。きちんとそこには、〝クォーツ・ゾイロ〟と名前が書かれているのだが、学長から自分に注がれる視線は非常に厳しいものだ。


「本当に卒業生なら、普通に門をくぐってくればいいだけだろう。空から侵入した時点でやましいことがあるんじゃあないのかね」


 超がつくほどの正論である。だが、どうせ中に入るなら門から入ろうが空から入ろうが同じことだろう、と思ったクォーツとしては、ここまで言われるとは完全に想定外だ。問題視されたとしても、卒業生だと言えば済む話だと思っていた。


「そうだ、ええと、じゃあ、ガイア・モナーコスは覚えてますよね、学長! 俺、ガイアと同級生です! クラスメイトでした! ガイアのことよく知ってます! つーか今も縁あって、なんならガイアの頼みでここにいる、みたいな!」

「ガイア・モナーコスは歴代のカピジャの卒業生の中でも神童だ。しかも今は神殿の巫女だろう? 知らない方が稀だ。あと、かなり前にはなるが、モナーコスがここに来たときは門をくぐってきたぞ」


 クォーツは頭を抱えた。ガイアに至ってはカピジャの在学中、入学時点からホノオを従えていた天才であり神童。インパクトは申し分なく、カピジャとしても彼女が卒業生であることは誇れるものだろう。しかもガイアはカピジャに用があれば、ちゃんと門をくぐってくる。自分と違って。


 敷地に直接入るなんて、あんた馬鹿?


 頭の中のガイアまでもが蔑んだ目を向けて来た。ぶんぶんと頭を振り、他に自分が怪しいものではないと証明する何かはないだろうか、と必死に思考を巡らせる。

 だが、何も思いつかないまま時間が経過し、今度は職員会議に駆り出される事となった。


 そして。


「…………いや、何でお前さんがここにいるんだよ、クォーツ・ゾイロ」


 がっくりと項垂れていたクォーツの目の前に現れたのは、昔担任であった恩師だ。本格的に職員会議が始まる直前に、授業を終えて職員室に戻ってきたその教員は、眼鏡越しに金髪の彼を認めるや否や、微かに切れ長の瞳を見開いた後、真顔でそう言い放ったのである。


「知ってるんですか、カタギダ先生」


 学長に頷き、ディオ・カタギダは肩を竦めた。


「私の教え子です。……何したんだ、ゾイロ……」


 半泣きのまま、懸命に両手を合わせて懇願の姿勢を見せてくる教え子に、ディオは深い――非常に深い溜息を吐いて、テキストや出席簿を全てデスクに置くと近寄って行き、隣に並び立った。学長もディオのことは信頼しているようで、すんなりとクォーツの傍から離れる。

 教え子の頭に手を乗せ、強引に下げさせる。前触れもなくやられたクォーツは「痛ぇ!」と悲鳴に近い叫びをあげた。だが、何故頭を下げているのか分からないほど混乱もしておらず、上げようとはしなかった。


「教え子がすみません。何したか知りませんが、こいつドジなんです」


 クォーツの身体は九十度どころか百二十度ほど折れており、苦しそうに呻いている。

 ディオが、クォーツの横にいる黒い大鷲に目を向けた。


「お前さんも頭下げな」


 有無を言わせない調子に、渋々と言った様子で嘴を床につけるようにしながら、ベルも頭を下げる。

 学長はまだクォーツとベルには不信感を抱いているようであったが、ディオが繰り返し頭を下げてくれたおかげで、厳重注意を受ける形で話は落ち着いた。本当に卒業生で後ろめたいことも何もないのなら、ちゃんと門から入り正規の手続きをした上でカピジャ内を歩くようにとお叱りも受けた。他の教職員からは完全に話のネタとして受け入れられてしまい、不名誉な形で今の生徒たちにクォーツの存在が知れ渡ることになりそうだ。


「は~~ぁ……先生、ありがとうございました。すげー助かりました」

「そうか。私は凄く疲れたぞ」


 応接室のソファに座ったまま言うクォーツに、煙草の煙をくゆらせながらケトルで紅茶を入れるディオが答える。


「大体な、何で空から直接カピジャに入った? 門以外から入ったら結界魔法が作動して即刻バレることくらい分かるだろう」

「すみません、結界魔法のことすっかり忘れてました。懐かしさで」

「お前さんって勉強はできんのに何でそんなアホなの……」


 ディオは教え子の前にティーカップを置くと、向かいのソファに腰かける。天井に向けて煙を吐き出した。

 紅茶の香りと煙草の香りが入り混じる中、クォーツは有難くティーカップに口を付ける。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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