第8話 石コロ進入
翌朝、真面目に聞いていなかったことに対する説教を受ける二人をそのままにして、コロコロと街中を転がるフラギル。
結局探索した結果、フラギルには味覚と思わしきものは存在し、それに付随する嗅覚のようなものも一応、存在するということが分かった。
もしかすると、知覚する機能がないだけで、他の五感なども存在するのかもしれない。体を自由自在に変形させるフラギルにとっての痛覚が、そのいい例だ。
そして陽が高く昇っても、フラギルの転がりは止まらなかった。
勇者が帰還したために、街は思わず目を見張るような程の活気に満ち溢れていた。
そんな町でフラギルが見たものは、勇者の聖剣を模したキーホルダーのようなグッズを販売する店、みずみずしい野菜や果物を取り揃えた八百屋、騎士団の装備とはまた異なる、厳つい鎧武器を装備した人が群がる酒場のようなものなど、多岐にわたった。
どれも活気と喧騒に満ち溢れ、人々の口の端々には笑顔が見えていた。
『あぁ〜』
そんな光景を目にし、低音の機械のような声におよそ似つかわしくないような締まりのない声を出すフラギル。
『うう〜、うう〜、おおぉ〜』
へにゃりとした饅頭のようになってしまったゼルも、締まりのない声を出す。
『あっ、あっ、あ・・・』
ペルギムは言わずもがなである。
『700!! 〜〜〜!! 701!! 〜〜〜!!』
ティナはもはや二人の様子を斟酌することなく、ただただありがた〜い教えを説くロボットと化していた。
『703!! ふるふるん、ふり、ふるぎんあがった!!』
もはや、フラギルの内側での翻訳が仕事を放棄するレベルで。
そもそも、説教を再度受ける羽目になった原因は、二人とも暗唱はできていたのに、息の吸い方、間の取り方などあらゆる箇所をティナに指摘されてしまったからだ。
二人は少なくとも1000年以上、フラギルの中にいた。それでもなお、メイヘネ教の真奥には至っていない。
フラギル一行は転がり続け、石畳の広場に出た。
その広場の端全体に立派な石柱が等間隔で建てられている。石柱をぐるりと見まわした先にある、ちょうど切れ目のところには、白く美しい柱と屋根で構成された、荘厳な神殿のようなものが見えた。
『おや? 神殿ですか』
人に戻ったティナが右人差し指を自分の唇にあて、腕を組むような格好でフラギルを見る。
『これはちょうどいいです、入ってみましょう。私めがどのように信仰していたのかを主がイメージするのに役立つことでしょう』
『別にこの国で信仰されておるとは限らんじゃろ』
ごもっともな指摘がゼルから入る。が、しかし
『良いのです。存在しない神に祈りを捧げるような、愚かなことを行っているのですから』
この国の聖職者が聞けば卒倒し、発狂のあまり聖書を食いちぎりそうなことを、ティナは平気で言ってのけた。
『ささ、主よ、入ってみましょう』
フラギルとしても、新しい場所へ行ってみるというのは大賛成であった。
コロコロコロ〜と転がり、神殿の中に入るフラギル。
『ほぅ?』
『『『おぉー』』』
フラギル一行は感心したような声を出す。
彩色豊かなステンドグラスのようなものに彩られた窓から入ってくる、極彩色の光。その光が、光に照らされていない箇所を、ちょうど光の道のようにくっきりと分断している。
放射上に広がった光の道は、信徒のために設置された長椅子、受付のカウンターのようなものにかかっていた。
その光の道の中でも特に太く、七色に煌めく光の道を辿った先に見えたのは、二段ほど上がった祭壇のようなものと、縁に金色の装飾をゴテゴテとあしらった、荘厳な洞穴であった。その洞穴の四方を囲うように、この国の神であろうと思わしき像が配置されている。
『随分と厳ついやつが多いな』
ペルギムが訝しげにそう言う。
確かに、この神聖な場所に似つかわしくない、使い込まれた革鎧や、鈍く光る刃を収めた木製の鞘、挙げ句の果てには、おどろおどろしい骸骨と苦悶の表情をあしらった赤くくすんだ本、などを身につけた人たちがちらほらと見える。
『このような者でもきっと、信心深いのでしょう。今すぐにとはいきませんが、この者たちを改宗させたい・・・』
ティナが獲物を見るような目で、この場にいる人たちを見回す。
・・・どちらがこの場所に似つかわしくないか、明記するのは避けておこう。
そのまましばらくフラギル一行は、神殿内の様子を眺めていた。
『おい、あいつら洞穴の中に入っていっているぞ? 入っていいのか?』
ペルギムが驚いたように指差した。
確かに、大きな盾を背中に背負った重装備の人を先頭とした四人の集団が、飾り立てられたアーチのようなものを潜り、洞穴の中に入って行くのが見える。
『後に続くのはどうじゃ? 人が入っていっておるのだし、まぁ大丈夫なのじゃろ』
『それもそうだな』
そう言ってフラギルは、白くすべすべした石床や赤いふかふかのカーペットの上を通って洞窟の中に入っていく。
ちなみに、段差の部分はその段差に沿うような、吸い付くような動作で転がり、踏破した。
『この国の神々・・・』
ティナは洞穴の四方に設置された神像に、意味深な目をやる。
神像はそれぞれ、青、赤、黄色、緑に光る宝玉を掲げていた。
『フッ・・・フラギル様は虹色よ』
ティナはそう言ってニヤリと笑い、スッと口元を右手で隠した。
どうやらただ見下していただけらしい。
◇ ◇ ◇
フラギル一行が洞窟内に入った後、受付のカウンターらしき場所にいた二人の男性が喋っていた。
「なんか静かですね〜」
一人は若い男性だ。
「今日はなんと言っても勇者様が帰ってこられた日じゃからのう」
もう一人は恰幅の良い体に白い髭をたくわえた、初老の男性だ。
どちらも白い布地をベースとし、青い蔦のような刺繍がなされた祭服を纏っている。
「冒険者の皆さんも勇者様のパレードを見にいっているんですかね〜」
「それもそうじゃがのぅ、勇者様が魔蟲王と戦っておられる間、こちらも襲撃を受けておったからの。その時に討伐した魔蟲を見せびらかす、という冒険者の催しもあるんじゃよ」
「時期をズラさなかったんですか?」
「冒険者がそんなことをするように思うのかの?」
「そうですね〜」
「まぁ、こんな日にこのケジュン迷宮に挑もうとしとるのは、よほど暇な者か、生活に困った者か、戦闘狂か・・・」
そこで初老の老人は言葉を止め、ハタ、と目を洞窟の周りにいる者たちに向ける。
「まぁ、今は暇人しかおらぬようじゃな」
「迷宮探索も立派な神事ですよ? それに、魔蟲の侵略で作物を育てることが難しいから、ダンジョンから食料を調達するじゃないですか」
「じゃのう・・・。たまに冒険者が取ってくるワインは、見かけたら絶対に買うようにしとるわい・・・」
老人は自然と上がる口角を下げるように、白髭を手でしごきながら目を細めた。
「平和になったんですね・・・」
「そうじゃのぉ」
「さっき入って行ったのは戦闘狂の部類でしょうかね・・・」
「さぁのぅ・・・」
その後も、極彩色の光柱に照らされながら、二人は取り止めのない会話をしていた。
ーーダンジョン
それは世界において未知の世界。
人々の生活を支え、時に欲望を満たし、時には牙を向く。
まさにダンジョンこそ、ロマンの宝箱。
そしてこの国が魔蟲王相手に、最後まで耐えることができた理由でもある。
フラギル一行が入った洞窟は、この国ではケジュン迷宮と呼ばれ、一般にはダンジョンと呼ばれるものであった。
そう、神殿内にはダンジョンがあったのである。
神殿内にダンジョン・・・。某死にゲーなんたらソウルかな?