第19話 爆進の蟲軍
「ふむ、案外座り心地は良いのだな」
人間の回収部隊を殲滅したサバニキスが、そこから生成した甲虫兵団を動員して築かせた城。その城の最上階に鎮座する玉座の上で、サバニキスは一人思案していた。
城から見える広間に目をやれば、今までにサバニキスが生み出した蟲兵がひしめいている。その蟲兵一体一体の外骨格を、夕焼けが撫でるように妖しく照らす。
そんな光景を見たサバニキスが満足したように腕を組み、言った。
「では、行くか。総力戦だ」
すると、タイミングを計ったかのように玉座の前方の空間がゆらめき、そこからバフリーが出てきた。
バフリーは笑みを浮かべ、サバニキスの前で跪く。
「ついに攻め込むのですね。そこそこ距離がありますが、期日までにどうやってこの軍を動かすおつもりなので? ハッ!! もしや愚かなる人間どもと交わしたゴミクズのような約束など最初から守る気はないと? さすがはサバニキス様です!!」
「? そんなことはないぞ。明日には人間どもの本拠地に殴り込む。今決めたからな」
サバニキスは足を組み替えながらバフリーの方をチラ、と見る。
そんなバフリーは、サバニキスの泰然とした様子に、まさか行軍にかかる時間のことをサバニキス様は考えていなかったのか、と内心で冷や汗をかいた。そして、サバニキスが激昂して自分を手にかけることも覚悟の上でバフリーは恐る恐る口を開いた。
「こ、これだけの数ですと、行軍に相当な時間がかかりそうですが? あー、ですが幸いにも、兵士全員が翅持ちですので、飛んでいけば少しは、いやしかし重甲兵達は・・・う〜ん」
「ーーその必要はない」
「はい?」
そんなバフリーを、サバニキスが手を振って制止した。
サバニキスは指4本のうちの人差し指にあたる箇所を伸ばし、チッチッチと交互に振っている。
「全員運べば良い」
「・・・? もしや兵士全員を運ぶ手段がある、と?」
「ついでに城も一緒に運ぼう」
「はいぃぃい?」
サバニキスはゆっくりと玉座から立ち上がり、困惑しているバフリーを尻目に歩きだした。
そして、玉座とその部屋を仕切る大扉のちょうど中間あたりで足を止め、その両手をスパァン!と打ち合わせ、天を仰ぎながら両手を挙げた。
「来い、<城塚合蟲>」
詠唱と同時に、サバニキスの体から禍々しいモヤのようなものが出てくる。が、しかしそのまま広間の床に留まったかと思うと、すぐに溶け込むようにして消えてしまった。
シ〜ンと静寂が広間に広がる。サバニキスは詠唱をした時の体勢のままであり、背に生えた翅もダラ〜ンと垂れ下がっている。
バフリーはそんな静寂に耐えかねたのか、サバニキスに向かって口を開いた。
「あ、あの〜? サ、サバニキス様、失礼ですが・・・」
そして固まったまま動かないサバニキスを揺り動かそうと、バフリーがおずおずと立ち上がったその時。
ーーズドォォォ!!
「ナニゴト!? きゃあー!?」
地面が地響きを立て、バフリーが思わずバランスを崩すほど盛大に揺れた。
地面から競り上がるように土煙を上げながら出てきたのは巨大な甲虫。そして、その背にサバニキスの城が乗っていた。
地面がシェイクされている中で、サバニキスが体勢を戻しながらバフリーの倒れている方へ歩を進め、バフリーの目の前で手を伸ばす。
「すまぬ、先に言っておくべきだったな。この<城塚合蟲>は巨大な虫と城が一体化したものなのだが、今回は先に城ができていたからな。コストが安く済んだ。して、大丈夫か」
バフリーの目には、サバニキスの開かれた手と、尾を引きながら揺れる目の光が映った。
「だ、大丈夫でございます!! そんな滅相もない!!」
バフリーは顔を真っ赤にして、倒れた状態から背面宙返りのような、よく分からない挙動をしてサバニキスの前で土下座する。その跡にはキラキラとした鱗粉が散乱しており、さらにバフリーの白い顔を赤くさせた。
(キャー!! 私のバカぁー!)
「そうか。ならば我は寝る。後は任せたぞ」
「・・・え」
「え、ではない。我は昼行性だ。なんなら今でも活動時間外だ」
サバニキスが昼行性である事に驚くバフリー。バフリーは自身を含むほぼ全ての蟲兵が夜行性であるため、自然とそれを統べるサバニキスも夜行性であると思っていた。
(まぁ我、厳密に言えば夜行性なんだけどねー)
「ともかく、蟲兵の部隊編成などはバフリー、お前に任せたぞ」
「承知いたしました!」
グイ、と伸びをするかのような動作をサバニキスが行う。そして寝室へ向かおうと、数歩進んだところで立ち止まり、思い出したかのように振り返ってバフリーに言った。
「あと、そこの掃除はやっておけよ?」
「へ?」
そしてそのまま、奥の部屋に消えてしまった。
サバニキスが歩き去った後に残されたバフリーがスッ、と立ち上がる。
(そこの掃除はやっておけよ? とけよ? トケヨ? けよ? ケヨ? けよ けよ けよ・・・)
バフリーの頭の中では、サバニキスの言葉が何度も何度も繰り返されていた。
「ッ〜〜〜!!」
そして、ボン!と頭が爆発しそうなほど顔を真っ赤にして、バフリーは床に後頭部から倒れ込んだ。
「きゅう」
広間一帯にキラキラと鱗粉が舞い散る。しかし、これらを掃除するのは案外簡単だったらしい。
ーーそして今現在。バフリーはそのことを思い出したのか、蟲兵達が整然と並んでいるのを見下ろしながら顎をカチカチと打ち鳴らしている。人間であったならば、下唇あたりに血管が幾重にも浮かんでいただろう。
(これも全て人間どものせい、人間どものせい・・・)
バフリーから暴風のようなオーラが放出されるが、それを間近で受ける蟲兵達は全く動じる様子が見られない。
「ーーフッ!!」
バフリーが、そんな怒りを兵士達にぶちまけるかのように右手を掲げ、大きく振り下ろした。
「出陣だ!」
「「「「「ギシャアァーーー!!」」」」」
蟲兵達が剣を打ち合わせ、槍で地面を突き鳴らし、翅を擦り合わせながら雄叫びをあげる。
蟲たちが、文字通り一丸となって最後の人類圏を侵略せんと動き出した。
蟲たちの狙いはただ一つ。
「男は殺せ! 女も殺せ! ついでに子供も殺してしまえ! 蹂躙だ、食い荒らせェーーーッ!!」
「「「「「ギョオォーーー!!」」」」」
城蟲の石柱のように太い足がズズン、と人類最後の城塞都市へ向けて踏み出された。
蟲達が一斉に進軍を開始したちょうどその頃、ラトベリア王国の王城、その一室で王は斥候からの報告を聞いていた。
「城内では日に日に蟲どもの気配が大きくなっております。やはり、魔蟲王は明日にも侵攻してくる模様」
「そうか、よくやった。下がれ」
そう言って人を下がらせた後、王は椅子に深く腰掛け、ため息をついた。
天井へと向けられた王の顔の目元には隈ができており、頬もこけ、疲労が色こく現れている。
「兵站物資や設置兵器などは行き渡った・・・。後は戦うのみ、か」
王はしばらく天井を見つめていた。
「わしらの国よりも強大であった国々を併呑、食い尽くした魔蟲王・・・いや、もはや魔蟲皇と呼んだ方がいいのかも知れぬな。結局、この国が残ったのは立地が良かったのだ」
独り言をボソボソと言っている王の右頬がピクピクと引き攣る。
そんな王に、部屋の外側から侍女が声をかけた。
「王様、勇者様がお見えになられました」
「おぉ、来たか。通してくれ」
ガチャリ、と扉を開ける音が響き、勇者が王のいる部屋に入ってきた。
「どうしたんですか王様?」
勇者は夜に受けた急な呼び出しに、少々困惑しているようであった。
王は勇者の方へ体の向きを変え、居住まいを正して言う。
「明日はいよいよ、かの魔蟲の長との決戦じゃ」
「はぁ」
「本当は我々この世界の者がこの問題を解決せねばならぬのじゃが、それを勇者殿に任せようとしておる・・・。勇者殿、どうか戦がお嫌ならば逃げてくだされ。何人かの人を連れて行っても見なかったことにしましょうぞ。幸い、生活に関しては魔蟲王の侵攻で滅ぼされた都市がほぼそのまま残っているらしい・・・」
王は勇者の顔を見ていられない、というふうに顔を顰め、俯いた。
勇者はこの世界の者ではなく、それを無理やりに連れてきて戦わせているという事に王の良心は耐えられなかったのだろうか。もちろん、このことは配下に相談などしていない。
しかし、勇者がいなければこの国は、国民は、ひいてはこの世界の人類全てが喰われてしまうと考えると、その重圧が王の肩にのしかかり、膝をガクガクと軋ませる。
そんな見るからに萎んでしまった王の肩にポン、と勇者が優しく手をかける。
そして勇者は王に聞こえるように、優しく言った。
「大丈夫っすよ、王様。最初はこの世界に召喚されてちょっとテンションが上がっていましたけど、俺はこの世界のこと好きになったんで喜んで守りますよ」
「ゆ、勇者殿ぉ〜〜〜!」
勇者のなんと立派なことであろうか。
かけられた言葉に感極まった王が椅子から飛び上がり、勇者に抱きつこうとする。
「のわぁー!?」
勇者の悲鳴が部屋の壁を貫通し、城を飛び越え、赤く夕日に照らされた街へと消えていった。
そんなことが起きている一方で、ラトベリア王国の城下町では着々と魔蟲侵攻のための避難が進んでいた。
「皆さーん! こっち、こっちでーす! こちらが避難所に進むポータルです!」
「すいません、そちらのゲートは診療所行きなんですよ」
「おい! 食糧庫と武器庫のポータル接続系統の最終確認をしておけ!」
民衆たちは皆、町のあちこちに設置されたポータルゲートを使用して、兵士や駆り出された冒険者達に誘導されて、守りの硬い王城付近へと避難させている。
「うわぁ〜ん、お母さんどこー? お父さーん!」
そんななか、母親とはぐれてしまった女の子が泣いていた。
即座に、冒険者達がその子供を保護するが、いかんせん子供の扱いに慣れておらず、コワモテの冒険者達の顔を見て、おびえて泣き出すしまつであった。
「すいません、“不滅の剣”さんにこの子をお願いできますか? パーティーメンバーに女性の方もいらっしゃいますので・・・」
結局モーリスが快諾して、近くで避難民の案内が一段落ついて暇そうにしていたモーリスパーティーがこの子の面倒を見ることになった。
「それでねー、隣のモーちゃんが『あれは絶対不倫をしている・・・ワタシには分かるんだ』だなんて言ってたの〜」
「ふ〜ん」
「フ、フーン」
ジェーンとオルベスがこの少女の話し相手となり、モーリスとナカルトはこの子の親探しを担当していた。
しばらくジェーンとオルベスが少女と話していると、ふと、こんなことを少女が聞いてきた。
「ねぇねぇ、ジェーンお姉ちゃん」
「なに〜?」
「虫さんたち、どうして攻めてくるの? 私たち、どうなっちゃうの?」
ジェーンは咄嗟に答えられなかった。そもそもジェーンはあまり話すのが得意ではなく、まして攻めてくる蟲に対して勝てるかなど分からない、とても答えにくい質問だったのだ。
椅子に座った少女がジェーンを見上げる。その瞳にはジェーンの感情に乏しい顔が、内面ではかなり焦っている表情が、映し出されていた。
そこへ、キラキラと光るペンダントを首にかけたオルベスが映る。
そのペンダントは、胸元でチャリチャリと揺れていた。
オルベスは少女の頭にパサリと手を置き、笑みを浮かべながらワシャワシャと撫でる。
「大丈夫、私たちがあんな怖い虫さんぜーんぶ倒してやるよ! お母さんだって台所で出る黒いGを何匹も叩いてきただろう? それと同じさ」
「うん! よく悲鳴あげながらでも叩いてる!」
「そう、それと同じようなもんだ。そうだ、なんなら私らのために四神様に祈ってくれないか? 害虫駆除の時に身体中虫まみれになりませんようにってさ」
「うん、分かった! お母さんにも言っておく!」
「いい子だ」
「えへへ〜。でもだいぶ気持ち悪いお願いだね〜」
「そりゃあ、虫にたかられるのはいい気分じゃないからな。頼むぞ?」
「分かってる〜」
そしてそのままオルベスやジェーンは少女に冒険の話をせびられ、その話は少女の両親が見つかるまで続くのであった。
「「うちの子を見ててくださり、本当にありがとうございました!!」」
少女の両親がペコペコとモーリスに頭を下げている。聞きところによるとどうやら人混みの流れに押し流され、離れ離れになってしまったらしい。
「いえいえそんな」
「ママぁ〜、ジェーンお姉ちゃんが面白かった」
「コラ!」
少女の発言にドッと笑う周りの冒険者達。
ジェーンの感情の読み取りにくい顔が、少しピクリと動いて見えた。
「ありがと〜オルベスおばちゃ〜ん!」
親子三人は衛兵に連れられて、無事に避難所へと向かった。
「私まだ20代前半なのだが・・・」
「子供からしたら大人は全員おばちゃんじゃないのー」
「そう、なのか。それでもお前はお姉ちゃん呼びだったよな」
「私の方が若いからじゃないの」
「う、それもそうか」
モーリスパーティーはこの後、夜になるまで新たに押し寄せてきた避難する人々の整理をこなし
、そして拠点へと帰宅した。
その拠点の中のオルベスの部屋、そこに備え付けられたベッドの上で明かりもつけずに、オルベスはペンダントを胸に握りしめて座っていた。
「ーー怖い」
普段のオルベスの言動を知る冒険者達ならば目を向くような発言が、オルベスの口をついて出てきた。
「勇者でも倒しきれずに復活した魔蟲王が、怖い。私の国を、家族を、親友を飲み込んだ魔蟲王が怖い・・・」
バフン、とオルベスがベッドに倒れ込む音がする。
そして、オルベスはチャリ、とペンダントを持った右手を天井に掲げ、睨み付けてこう言った。
「なぁ神様・・・誰でもいい。頼むよ、私らを生かしてくれ」
光の無い部屋の中、そのペンダントが月明かりを反射したのだろうか。
「キレイに光って良いなぁ、お前は」
キラキラと煌めいていた。
そんなペンダントの中では、フラギルが他の三人と話をしている。
『それにしても此奴の話術は見事であった。あの少女の悲しみを消し去り、笑顔に戻すとはな。正直、塩味が強すぎて我は危うく変形してしまうところであった』
『それって勝手に解除されるものなのかの?』
『無意識のうちに発動するのだ』
『なるほどのぉ、そっちか』
『ともかく、今はこの者の装備品というわけであるし、我はできる限りの力は出そうと思う』
『・・・主がそうおっしゃられるならば、それで良いのですが』
『気にすることはないんじゃねーの、ティナ』
『そうでしょうか・・・?』
話している間に夜が深まり、オルベスの寝息が聞こえてきた。それと一緒にギリギリと金属が擦れる音がする。
『てか、寝てるはずなのにこいつの握力おかしくないか?』
『普通の装飾品じゃったらワシら粉々になっておるじゃろうなぁ』
先ほどのオルベスの発言は、フラギルに言葉こそ通じてはいなかったが、その思いは確かに届いていた。
『それだけの悩みなどがあるのだろう。不味いことには変わりない、その原因は排除せねばな』
『さすが我が神です!!』
『とりあえずは我の形状維持だな』
『頑張るのじゃ〜』
いそいそとフラギルは修復に専念し始め、自然とこの会話はお開きとなった。
この作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。
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