安息の時間
フェリーにおける騒動が終息を迎えるころには目的地に到着した。
騒動のせいもあってか通常2,3日で到着する予定だったはずが1週間近くかかる航行になってしまった。
入学式や初日の講義は結局はフェリーで行われ俺はだいたい軍事学校がどういうところなのか理解しつつあった。
ここは一般的に知られる防衛大学の様な学校とは違う。本格的な軍事訓練校とも違う。
そう、特殊的な秘密化学兵器を用いた特殊な訓練運用システムを使ったり、次世代を想定した科学に対応するための肉体強化を伴ったトレーニング。
むろん、一般的な座学もある。しかも、かなりハードな内容の教科が多く特に物理や数学に至ってはちんぷんかんぷんだった。
苦労の絶えなかったフェリーから現在は学校が設けている学生寮の2LDKの洋間風自室の寝室のベットにてくつろいでいた。
この部屋というのも二人一組なので同居人がいる。
その同居人はフェリーで一緒だったルームメイトだった。男女が一緒でいいのかという疑問があるがそこは軍の学校か。男女の区別はない。
かく言う、ルームメイトの神楽坂月はこちらを意識することなくくつろいでいるし今でさえ平然とリビングのソファーでテレビを見ている状態だった。
「まったく、どうしてこうなっちまったんだろうな」
いろいろと複雑な心境が心を沈みこませた。
フェリーの騒動で無事爆弾を見つけ、教官が撤去作業をしている光景を近くで見ていたあの時の恐怖は今でさえも忘れることができずに震えあがった。
学校から与えられた漆黒の軍服の袖を見つめた。
この制服の色は特異生徒の証。
手元にある書類を見つつ溜息を出す。
「1、特異生徒は学外での能力放出を禁ずる、2、学外での能力放出において特例として認められるのは緊急時にのみ、3、学内訓練において能力を放出する際は相手に致命傷を与えぬこと、4――」
ずらずらと書かれている特異生徒の規則。
この軍事学校には最先端科学の対応策以外にも秘匿生物兵器の運用がされていてその被験者を育成するというあらたな方針を行っていた。しかも、その被験者を通称『特異生徒』、『特例生徒』などと呼称している。後者が基本的な呼称の様であるが俺にしてみると前者の方が言いやすいように感じられる。
「能力かぁ。そういえば、言ってたっけ。この能力は生体情報から適生がある者しかなれないって」
特例生徒の規則にもやはり、そういう風に書かれており特例生徒と通常生徒の戦闘行為を禁止することも書かれていた。だが、それは能力仕様での戦闘行為であり訓練を名目とし能力を使用しないのであれば可能らしくあった。
「ったく、そもそも喧嘩なんてからっきしだったのにここに来てさんざん鍛えられた揚句に戦わされたよな」
特に相手は決まっている。それはルームメイトだ。そのルームメイトも何を隠そう、この学校で教官を務める神楽坂星姫大佐の妹、神楽坂月なのだ。何よりも彼女は軍事訓練校には幼少時から所属していた経験から特例で軍曹扱いとなっていた。しかも、軍曹なために特異生徒の指揮官をやってるのだ。その指揮官を相手にここ数日訓練をしてれば身体は悲鳴を上げる。
「明日も訓練かぁ、やりたくねェなぁ」
などと愚痴ってると早速明日の日程スケジュール報告が来た。
「朝の5時半に学内の格技場に集合だぁ? はぁ。前だったら寝る時間だ」
そんなことをぼやいてると寝室の扉が開き彼女が入室してくる。
隣にあるベットに入り眠るつもりらしい。
「照明を消すけどいいかしら?」
「あ、ああ。かまわない」
「なら、けすわよ」
頭のところにある電気スタンドに手を伸ばし消灯させる彼女を見つめた。
こんなにも顔立ちの良い美女と同じ部屋で暮らし始めたというのに全然うれしくないのはなんでだろうか。
それは辛い日常生活でしかないからなんだろう。
「眠れないの?」
「っ……起きてたのか?」
「あなたが起きてるからこっちも気になって眠れないのよ」
「気にしないでいいだろう」
「気になるんだからしょうがないでしょ」
なぜか怒られる俺。
なんで怒られなくてはいけないのだろうか。
「早く寝ないと明日の訓練にさしつかえるわよ」
「わぁーってるよ。だけど……どうにもフェリーのことや今後の不安があるんだ」
「…………そう、安心しなさい。何かあってもお姉ちゃんがここにいる限り安全よ。それにあなたの証言で例のフェリーの犯人の3人組はしっかりと監獄にいるしね」
「…………」
そう、フェリーでの一軒を引き起こした3人組、あのチャラ男とが体の大きな男二人組が犯人でありすぐに捕縛に成功した。彼らは爆弾を仕掛けたことを認めたが目的や動機は未だに不明である。
現在は監獄に収監中でなにをしようとしてもでられない鉄壁の監獄だというが不安で仕方ない。
「星姫教官をずいぶんと評価してるんだな」
「そりゃぁね。私が小さい頃から見てきたお姉ちゃんは本当に畏怖堂々としていて最強で周りから恐れられるほどの存在だったんだもん。だから、私も憧れて軍隊に志願した」
「憧れねぇ……でも、怖くないのか? いざって時は命の取り合いだろこの学校の連中は全員フェリーのときだってそうだったのに……」
「怖くないのかって聞かれれば多少は怖いけど怖がってたら負けだと思うから」
「その考えはよくわからないな俺には」
「いずれわかる様になるはずよ。さぁ、寝ましょう。明日に備えて」
彼女がそのまま静かに沈黙した。
次第に寝息が聞こえ始め寝静まったのだろうと理解する。
「俺も寝るか」
そう胸にきめて不安が募るこの先を闇に葬り去る様にして眠りについた。