非常事態と奇妙な視線 前編
検査など言われてやってきた一室。
そこはフェリーの地下甲板にあった。
奇妙に薄暗く、エンジンの駆動音がうるさく耳に響いてくる。
部屋の前には一人の軍服姿の妙齢な女性が一人待っていた。
年齢は20代だろうか。でも、何処となく醸し出す雰囲気はそれよりも上の様な風格。
優しい瞳にスラッとした鼻梁と小ぶりな唇。泣きぼくろが特徴的で美貌を引き立たせる。何よりもスタイルもテレビなどで拝見するモデルよりも断然よくて外にでればひときわ目立ってしまうほどの美女だろう。
そんな美女に我を忘れてつい茫然としてしまう。
「やっと来ましたねぇ。早くこちらに入室をお願いしますねぇ。特例生徒の神咲辰也二等兵」
「特例生徒?」
聞きなれない単語に首をかしげるも彼女が近づいてそそくさと背を押し部屋の中に押し込んだ。
すぐに部屋の扉は閉じられ、ある意味では閉じ込められたような状態になった。
部屋は真っ暗で混乱してるとすぐに明かりが射しこんだ。
光のスポットは中央を照らし出していた。中央には異様な光景があった。電子モニターのついた機材と手術台。そして、一脚の椅子に座る白衣の60代くらいの男性の姿。淀んだ瞳と不健康な体つきをしてる。
手がアルコール中毒者のように震えており手招きをしてる。その姿はまるで死神だった。
「ほら、はよ座らんか。狩野君の勧めで君を入学許可をしてやったんだ。この検査でもし適生者でなければただじゃ済まないぞ」
「は? え?」
まったく、意味のわからない言葉を愚痴りながら注射器を片手に持って無理やり腕をひっつかみ強引に注射器をブッ射す。
何も指示もなく刺されたことに思わず悲鳴を上げた。
注射器は引き抜かれ、血は素早く抜かれてしまう。その血液をとったあとに次は俺の目や口内の確認を行ったり体に聴診器を当て心音チェックを行った。他にも電子パルスマッサージ器具の様なもので体をチェックしたりなどを行う。それがなんの検査なのかさっぱり分からずに混乱と不安を抱えた。
数分後、検査が終わったのか戻れなど言われて部屋を出る。
すると、また例の美女が待ち構えていた。
「検査は終わったのねぇ。じゃあ、あの子のことはよろしくねぇ」
「ん? あの子って‥‥」
そのあと問いただそうとした時にフェリー内に大きな爆発が起こった。
突然の事態に目の前の美女の顔がこわばって優しげな瞳は仰天するほどに鋭く険しいものへと変わる。
彼女は胸ポケットから携帯を取り出し部下らしきものと連絡を取り合い事態確認をしていた。
「神咲二等兵も早く上甲板に集合しろ! さぁ、動け!」
「っ!」
口調まで切り替わった彼女におびえながら慌てて上甲板に向かい階段を駆け上がった。
*******
最上甲板にたどりつくと多くの軍服を着た生徒が集まっていた。だが、二色の色分けがされていた。
日本陸軍の特徴的な緑色の軍服とどことも関係ない特徴的な漆黒の軍服。
その異様な光景に自分だけが私服なのが場違いな印象であった。
後ろからついてきていた妙齢の美女が報告してくれる。
「あなたの軍服は現在、仕立て中なので今はその私服で列に並びなさい」
「はぁ」
「返事はサー!」
「サー、イエッサー」
敬礼して会釈を行い、左端の最前にルームメイトの神楽坂月を見つけ、漆黒の軍服の一番左端の列の最後尾に並ぶ。
場違いな空気になじめずにはいり列に並んだ。
そして、先ほどの美女が前のほうに歩み出る。
「皆、すぐに集合したことをほめよう。新米にしたら立派だ!」
皆が微動だにせず目の前の美女の言葉を聞き耳を立てしっかりと聞いていた。
「この船は諸君ら新米どもを鍛え上げるための施設へ送る送迎船で重要な船であることは皆も知ってるだろう! だからこそ、吾らは安全を配慮した航行を行っていたが先刻非常事態が起こり諸君らに集まってもらった」
誰もがざわつきもせずにいた。それに非常に関心をした。だが、俺は落ち着けなかった。根っからの軍人ってわけでもない。この周りの連中のようにこころまで軍人色に染まり切っていない。
非常事態とは何なのかと聞きたい。
「今から諸君ら全員に身体チェックを我々教官が行う。そして、事情聴取をこの場で行わせてもらう」
つまり、犯人の捜索というのが遠まわしに告げられてるようなことだった。
「不審な物をもっていたり数分前にルームメイトと行動を共にしていなかったものは尋問室に行ってもらうことになる。以上で不明な点があれば挙手をせよ!」
それに対して俺が手を上げようとしたところ神楽坂月が手を挙げた。
「ん? 神楽坂月特例軍曹か、よし発言せよ」
「はっ、数分前にルームメイトが異例の検査を行っていたためにルームメイトと遺書ではないという理由に対してはあやしいという扱いを受けるのでしょうか?」
「それは私たちの方で承知しているのでそのような扱いはしない。他には何かあるか?」
「いえ、返答していただきありがとうございます」
「うむ、ではほかに意見のある者は?」
俺はおずおずと手を下げ疑問が消えてほっとした。
だが、ちらほらとひそひそ話が聞こえた。
「なぁ、あれが例の?」
「ああ、姉の贔屓で特例的に入隊した妹」
「しかも、特例扱いで一個大隊のしかも特殊部隊の軍曹入隊」
などと不穏な厭味ったらしい会話。
なんだと思うとちらっとこちらに視線を投げてくる。
その視線に気づき見ると誰しもが遠ざけるように視線をそらした。
「例の奴か」
「ルームメイトってあれだろ」
「特例同士の組み合わせか。今回の非常事態もこいつらのせいじゃないか?」
自分が悪く言われてるがさっせるほどにいやな空気だった。
次第に目の前で全体に声をかけていた美女は消え、隅っこに監視するように待機していた大人たち、つまりは上官になる教官が生徒の身体チェックを開始した。
俺も教官に体を触られ、数分前どこにいたか聞かれた。
「地下甲板で検査を受けてました」
と率直に答えると渋る表情で教官は「そうか」と言って次の生徒に回った。
まわりの反応はどこか俺に対してよそよそしいというかいやなものだった。
エントランスの三人組はそんなことはなかったのだがなんだろうか。
「いったいなんなんだ?」
そんなことを思いながら身体チェックが終わるまで俺はただ空を見上げながらぼっと待つことにした。