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第 一 章 第四話

女の子同士の恋の物語です。


碧と悠貴子の関係が学校中に噂となって広がってしまいます。

好奇の目に晒された二人は……


碧と悠貴子のお話、第四話です。

Ride On!


第一章


第四話


 日頃使わない脳味噌が、こむら返りを起こし筋肉痛を訴えようと、鞭でしばきながら酷使して何とか碧の期末試験は終わった。

 成果の方も、特訓の甲斐もあって、なんとか欠点は免れた。

 実際、中学二年生当時、碧の成績では下駄を履こうが梯子を掛けようが、この高校の合格ラインは、遥彼方に霞んでも見えなかった。

 それが、虚仮の一念とは良く言ったもので、悠貴子と同じ高校に通いたい一心から、脳味噌がオーバーヒートしようが、空中分解しようが、不屈の根性で勉強して、何とか指先が運良く合格ラインに引っかかった。

 それ故に、それなりの成績を維持しようとすれば、本来なら碧は、人一倍も十倍も努力しなければ成らないのに、そんな危機感は髪の毛ほども無かった。

 事実、試験が終わった今『後は楽しい夏休みまでの消化試合をこなすだけ』と、碧は思っていた。

 そんなある日、昼食を終えて悠貴子と別れて一人トイレに行っていた碧が教室に帰って来ると、何時もの雰囲気とは違う事に気づいた。

 教室に入った瞬間、皆の話し声が止んで、ひそひそ話に変わった。

「……もしかして、来たか?」

 碧の勘は当たっていた。

 智子に言われて、心構えはしていたものの、碧は、その不愉快な雰囲気に緊張した。

 クラス全員の目線が、碧を刺す様に集中している事を感じて、碧は四面楚歌な孤立感に身構え、ひそひそ話をしている女子生徒達を見ると、皆は黙って顔を逸らした。

 そんなクラスメイトの様子を見て、

「あっ!」と、碧は悠貴子を事を思い浮かべて、急に不安が押し寄せて来た。

 次の瞬間、碧は体を翻して隣の一組へと走った。

 一組の前まで来ると、

「いい加減にしろ!」と、廊下まで聞える大声がした。

「えっ、杉山君?」

 碧は、その声に聞き覚えがあった。

 碧が教室の扉の前に立つと、中学三年生の時、同じクラスだった杉山が、男子生徒達に囲まれた悠貴子を庇う様に立っていた。

「なんだよ、杉山、格好付けんじゃねぇよ」

「レズ庇って、もしかしたら、お前、ホモか!はははは!」

 男子生徒達が馬鹿笑いしている中、杉山は男子生徒達を睨み付けながら、怯えて立っている悠貴子の前に立っていた。

「俺はホモなんかじゃねぇ!天道は中学の時から知ってるんだ、天道はお前等が言っているような奴じゃない!」

 必死で悠貴子を庇っている杉山に、

「だったらどうだって言うんだ、レズはレズだろうが」と、男子生徒の一人が詰め寄った。

「そうそう、もう、レズだって事はばれてんだよ」

「まるでガキだね」

「何!」

「東郷……」

 皆が注目する中、碧が悠貴子へと近付いた。

「ごめん杉山君、ありがとう、お雪を守ってくれて」

 微笑んでいる碧に、

「いや……」と、悔しそうに杉山が俯いた。

「すまん、あまり力に成れなくて」

「そんな事ないよ、ありがとう杉山君」

 悠貴子が杉山に頭を下げると、

「なんだレズの片割れも来たか」と、男子生徒が冷やかした。

「お、あれあれ、あのデカ女、天道のレズ相手だぜ」

「あいつか、でか過ぎて男に相手されねぇてか」

 男子生徒達が口々に騒ぎ立てる中、

「お雪、大丈夫?」と、碧が心配そうに悠貴子の肩に手を置いた。

「うん……」

 悠貴子が辛そうな顔で頷くと、

「おっ、何だ、これからキスでもするのかぁ」と、男子生徒が囃し立てた。

「ああん、愛しているわぁ」

「レズってさ、Hする時おもちゃ使うんだろ」

「はははは!お前エロ動画見過ぎ!」

 皆が馬鹿笑いを上げていると、

「いい加減に黙れ!」と、碧が男子生徒の一人に食って掛かった。

 襟首を右手で掴んで、

「言いたい事が有るなら、私が聞いてやる……」と、碧が怒りの目を向け凄んで見せた。

「な、何だよ……」

 自分より背の高い碧に、男子生徒は一瞬怯んだが、

「放せよ!」と、叫んで碧の手を払い除けた。 

「こいつ……」

 険悪な雰囲気の中、男子生徒達が碧を取り囲んだ。

「何よ、やる気?」

 碧が皆を睨み付けると、

「馬鹿かお前は、そんな事して、退学になんてなりたくねえよ」と、一人が言った。

「何様の積りなんだよ、レズ野郎が、偉そうな口聞くんじゃねえよ」

「変態、変態、変態」

「……」

 口汚く罵る男子生徒達の中で、碧は黙って立っていた。

 噂を否定しなくてはと思ったが、どうすれば良いのか分からなかった。

 今はただ、悔しかった。

 二人は愛し合っているだけなのに、何故、こんな口汚い侮辱を受けなければならないのか。

 何も悪い事はしていないのに、罪人の様に蔑まされねばならないのか。

 悔しくて悔しくて、碧の握った拳が震えていた。

「お、何だ何だ、噂の二人か」

「おい、二人とも一組に居たぞ」

 どうやら噂がパンデミックしてしまい、他のクラスの生徒達も集まって来た。

 一人が二人に伝え、二人が四人に伝えると言った具合で、ネタに成りそうな噂が広がるには長い時間は必要無い。

 そして、伝える毎に主観が入り面白可笑しく脚色された噂は既に、事実として伝わっていた。

「ええ、あの二人、マジでレズ……マジ引くわぁ……」

「キスしている所を見た子が居るんだって」

「ありえないわぁ」

「女同士でHしてんだって」

「えっ、マジ?キモッ!」

 教室では、騒ぎに加わっていない生徒達も居たが、集まった生徒達で教室はいっぱいになり、多勢に無勢、多くの生徒達に囲まれて碧達は孤立していた。

「どうした?変態、何とか言ってみろよ」

「おい、二人でどんなHしてんだよ、聞かせてくれよ」

「俺、レズ物好きだから、マジ聞きたい!」

 周囲からの好奇の目に晒され、どうして良いのか分からない碧と悠貴子は、面白がって囃し立てたり口汚く罵る言葉に屈辱を感じながら、それに耐えて黙って立っているしかなかった。

「五月蝿いわね!静かにしなさいよ!」

 騒ぎの中、人混みを押し退けて、一人の女子生徒が騒ぎの中心部までやって来た。

「何なのよこれ、苛めなの?あんた達、先生に言うわよ!」

「武田さん……」

 碧と同じクラスの武田が、長い髪の毛を払い上げて、

「いい加減にしなさいよ!」と、男子生徒達に怒鳴った。

「はあ?いじめ?」

「苛めてなんかいねえよ、レズさん達に話を聞いてるだけだよ」

「そうそう、特にベットでの事とか」

 二組の女子の中ではリーダー格で、気の強そうな武田が、

「まったく、頭の悪い連中はこれだから嫌よ!」と、更に捲し立てた。

「何だと!」

「なによ、その目は、馬鹿に馬鹿って言ってるだけでしょ!」

 男子生徒が武田を睨み付けて、

「お前、二組だろ、関係ないだろ、出て行けよ!」と、怒鳴った。

「あほか!だったら、そこらに要る関係無い連中にも言いなさいよ!ボケナス!」

「なに!」

「大勢で三人を取り囲んで、頭の悪い貴方達は、それが苛めだって事を説明してほしいわけ?はっ、日本語が分かる程度の脳みそ持ってんなら説明してあげるけど、貴方達、理解出来る?」

 立ち塞がる男子生徒に一歩も引かず、武田が捲し立てると、

「この女、調子に乗りやがって」と、一人が凄んで武田に迫った。

「なになに、殴るの?どうぞどうぞ殴りなさいよ、ほれほれ、此処、殴りなさいよ」

 武田が挑発して男子生徒に頬を差し出した。

「そしたら一気に退学、アンド、家庭裁判所よう」

「うっ」

 武田の言葉に怯んだ男子生徒に、

「私は、学校内で揉消される様な事はしないわよ」と言って、携帯を取り出した。

「殴ったら、即、警察呼ぶから」

 そして、後からやって来た二組の女子達数人が、携帯電話のカメラを構えた。

「……」

 臨戦態勢の武田達に、男子生徒達が全員黙ってしまった。

「ほれ、殴るんならお腹じゃなくて顔を殴りなさいね、裁判の時、顔に傷が有った方が有利みたいだから」

 残酷な笑みを浮かべながら頬を差し出し一歩前に武田が出ると、立ち塞がっていた男子生徒全員が一歩後摺った。

 男子生徒達の反応を見て、武田は碧へと向きを変え、

「ほら、変態、あんたもいい加減にしなさいよ」と、碧を睨んで言った。

「えっ、私?」

 急に言われて碧が戸惑っていると、

「なに馬鹿な連中の挑発に乗ってるの、この変態が」と、碧へと詰め寄った。

 罵る様な武田の言葉に、碧は不思議と悪意が篭っていない様に思えた。

「武田さん、ちょっと、その、変態は酷いんじゃない?」

 困った様に苦笑いを浮かべる碧に、

「レズなんての、私達から見れば変態よ、それとも否定するの?」と、碧に問い掛けた。

 生徒達が見ている中、碧は少し考えてから、

「否定はしない」と、堂々と武田を見て答えた。

「おお……」

 周りから響動か起きる中、

「天道さんとは恋人として付き合っています」と、碧がはっきりと言い切った。

 周りの生徒達が口々に何かを話している中、碧は黙って立っていた。

「それって、本気で言ってるの?」

「ええ、本気よ」

 碧は、不思議と否定する気には成れなかった。

 大変な事を言ってしまったと言う事より、この場で嘘を吐いて誤魔化してしまう事が、自分を卑屈に貶める事になると思った。

 その場凌ぎの嘘を吐いて、この場を上手く遣り過ごせば良いものの、碧は、囲まれた敵に対して許しを請う様な事はしたくなかった。

 それは自分を傷付け無い為の幼稚な虚勢だったのかも知れないが、碧に圧し掛かっている悔しさに抵抗するための手段だった。

 そして何より、自分自身、何も悪い事をしているとは思っていない碧は、悠貴子の前でそれを否定する事が出来なかった。

「天道さん、本当なの?」

 武田に尋ねられて、

「ええ、本当よ」と、悠貴子も武田を真っ直ぐ見て答えた。

 悠貴子も碧の目の前で、その事を否定したくなかった。

 碧は悠貴子の答えを聞いて、自分を押し潰そうとしていたプレッシャーが、少し和らいだ気がした。

 悠貴子も同じ気持ちで居てくれる、その思いは碧にとって力強い応援だった。

 二人は追い詰められて、少し自暴自棄に成っていたのかも知れないが、自分達の事を馬鹿にする連中に、自分達が真剣である事を見せたかった。

 そして、真剣に愛し合っている事を馬鹿にする連中と戦いたかった。

「まったく、馬鹿正直なんだから……」

「えっ?」

 呟く様に言った武田の言葉がよく聞えずに聞き返す碧に、

「とにかく、貴方達が勝手に変態行為に走ろうと、私達には関係ないの、だから騒ぎを起こさないでくれる?」と、武田が迷惑そうに言った。

「ええっと、この騒ぎって、私達のせいなの?」

 苦笑いを浮かべながら尋ねる碧に、

「何言ってるの!そもそも、貴方達がレズだって事が原因でしょ!」と、きっぱりと言い切った。

「ははは、そうかもね」

 余りにも武田の直球的な意見に、碧は笑うしかなかった。

「はいはい、もうお昼休みも終わるわよ、変態共々、馬鹿共も解散!」

「馬鹿って誰に言ってんだよ!」

 再び馬鹿と言われて男子生徒達は武田を睨んだが、

「なに?」と、口では勝てそうに無い睨む武田に何も言えなかった。

「終わりだってよ」

「えっ、終わりなの?」

 教室の外で見ていた生徒達は、

「あの二人、認めちゃったよ」

「いい度胸してるわねぇ」

「ああ、キモ!」と、口々に話している生徒達を見送った。

 その中で、武田は廊下を走って来た智子を見付けて皆には分からない様にVサインを送ると、智子はそれに気付いて立ち止まって手を合わせて頭を下げた。

 人が引いた教室で、

「お雪、ごめん、勝手に言っちゃって……」と、悠貴子に頭を下げた。

「ううん、私、嬉しかった、碧が正直に言ってくれて、嬉しかった」

「お雪……」

 勝手に告白した事で、悠貴子に罪悪感を感じて居た碧は、やはり悠貴子も同じ気持ちだったと知ると、安堵の気持ちと共に胸が熱くなったのを感じた。

 幸せそうな微笑を浮かべている悠貴子を見詰めて、

「うん、私も嬉しかったよ」と、碧が安心した様に微笑を浮かべた。

「でも、これからが、大変だけどね」

「そうね……」

 弱々しく答える悠貴子を見て、

「ごめん、杉山君、迷惑だろうけど、お雪の事、お願い」と、碧が杉山に頭を下げた。

「うん、力に成れるかどうか分からないけど……」

 自信無さそうに頷く杉山に、再び頭を下げて碧は教室を出た。

「碧、どうしたのよ、これ?」

 騒ぎに遅れてやって来た智子と千鶴が教室から出て来た碧に尋ねた。

「へへへ、ごめん、心配掛けて」

 ぺろっと舌を出して謝る碧に、

「大丈夫だったの?」と、千鶴が尋ねた。

「うん、余り大丈夫じゃないみたい」

 暗い顔で俯いた碧が、

「言っちゃった、お雪との事……」と、小さな声で報告した。

「えっ!」

「成り行きって言うか、勢いって言うか……そんな感じで、言っちゃった」

「そんな……」

「なんかさ、それに……負けたくなかったのよ……」

「碧……」

 心配そうに見ている二人の横から、

「まぁ、それが、吉と出るか凶と出るかね」と、武田が口を挟んだ。

「その場凌ぎで誤魔化しても、後で取り繕うには相当な精神力が必要となるけどね」

「武田さん……」

「笹山さん、こんな感じで良いかな?」

 武田が智子に尋ねると、

「あんな騒ぎを治めるだなんて、流石に武田さんね、ありがとう」と、智子が手を合わせて礼を言った。

「智子、武田さん知ってるの?」

 二人の関係が分からない碧が、智子に尋ねると、

「うん、私達、クラスの代議員やってるから、それで、生徒会で知り合って」と、武田を見ながら答えた。

「まぁ、私達、似た様な性格だから、最初は衝突しちゃったけど、うん、笹山さん、なかなか良い奴だって分かってさ、それで、今は友達よ」

「うん、それで、あの事、武田さん碧と同じクラスだったから協力してってお願いしてたの」

「そうだったの」

 微笑んでいる二人を、碧も微笑みながら見ていた。

「もう、お昼休み終わるよ、笹山さん、教室に帰った方が良いわよ」

「うん、そうする、武田さん、今日はありがとう」

「どんな結果になるか、分からないけどね」

 武田に一礼をして、智子と千鶴は自分達の教室へと向かった。

 智子達を見送って、碧と武田が教室へと向っている時、

「笹山さんに話を聞いた時、正直、驚いたわ」と、歩きながら武田が碧に話しかけた。

「マジで、身近にレズがいるなんて事」

「うん……」

「まぁ、それより、堂々とそれを皆の前で認めちゃうなんて、もっと驚いたわ」

「ははは……」

「せっかく、否定するチャンスを作ってあげたのに、ほんと、馬鹿正直に呆れるわ」

「ごめん……」

 教室に入って武田が立ち止まって、

「変に誤魔化したり嘘を言ったりすると、お互いが傷付くだけ、だから、カミングアウトする事は、二人の関係に置いては良い事かも知れないけど、これからが辛いわよ」と、碧を真剣な目で見ながら言った。

「うん、分かってる」 

 この先、どんな事が待っているのか想像も付かない碧は、不安を隠しきれない顔で頷いた。

「レズだ何て、私には変態としか思えないけど、まぁ別に、二人の関係が、私に実害が有る訳じゃないでしょ?」

「ええ、無いと思うわ」

「だったら、好きにしたら良いわ」

 歯に絹を着せぬ武田の言葉に、碧は苦笑いを浮かべた。

 そして、授業開始のチャイムが鳴って、

「また、休み時間に話しましょ」と言って、武田は自分の席へと戻って行った。

 碧は武田を見送って、自分達の味方になってくれた事を感謝した。 

ーーー◇ーーー

 五時間目の授業が終わると、碧の所へ杉山が悠貴子を連れてやって来た。

 智子と千鶴は、碧達の事は気に成っては居たが、クラスの女子達から質問攻めにあって身動きが取れなかった。

「杉山君?」

 杉山が碧の前に立って、

「さっきの今だから、天道は避難させた方が良いなって思って」と、暗い顔で言った。

 二組の男子は碧達の事を、ニヤニヤと笑いを浮かべて何やら話しているが、直接碧達を攻撃する者はいなかった。

 女子達もグループ毎に集まって、何やらひそひそと話している。

 そんな周りの状況は十分感じているが、碧は周囲を態と無視した。

「ごめん、気を使わせて……」

 申し訳なさそうに謝る碧に、

「いや、俺の方こそ、なんか自信が無くて、ごめん」と、杉山が謝った。

「そんな、謝らないでよ、ほんと杉山君には感謝してるの」

 悠貴子が杉山に頭を下げて言うと、

「うん……」と、杉山は力無く言った。

 一組へと帰って行った杉山を見送っていると、

「男子も、あの子みたいだと問題無いんだけどね」と、武田と五人の女子生徒が碧達の所へとやって来た。

「武田さん」

「恰好良いじゃない、杉山君っての、なかなか出来ないわよ、あんな事」

「うん、中学三年の時の友達なの」

「だけど、現実、半分くらいの男子は、ガキみたなお祭り騒ぎが好きだからね」

 武田の話を聞いて、

「目の前で面白がって騒ぐのは迷惑だし気分悪いけど、そんなに実害は無いわ、問題なのは、エスカレートして、暴力を振るう事」と、武田と一緒に来た女子生徒が言った。

「それって、既に犯罪でしょ」

 顔を強張らせる碧に、

「男子ってガキぽいとこあるから、つい、かっと成ってなんてね、まぁ、さっきみたいに対処法もあるけどね」と、武田が苦笑いを浮かべた。

「女子だって安心出来ないわよ……」

 武田の隣から、女子生徒が脅す様に言うと、

「そうね、陰湿に来るから」と、別な女子も眉を顰めた。

「例えば?」

 碧の質問に、

「一番明確なのが、ハブられる事かしら」と、武田が答えた。

「無視する、あからさまに嫌がる、ねえねえあれが変態よ、何あれキモ!こっちに来ないで!変態と同じ部屋の空気なんて吸いたくない!何てね」

「それを、本人の見える所で、こそこそ、ひそひそ……」

「多くの女子が、面と向って言わない分、結構こたえるわよ」

 武田達の話を聞いて、

「ううむ……確かに精神的に来るわね……」と、碧が眉を顰めた。

 そんな碧を見て、

「そんなの序の口よ、とにかく女の子は『ねえねえ、知ってるぅ?』感覚で、喋りたいの、最悪ネットに流したりするわよ」と、クラスメイトの一人が深刻そうに言った。

「そうね、今頃は友達に写メ送りまくってるわね」

「……それは、嫌だな……」

 腕を組んで苦い顔をする碧に、

「やってる本人達は軽い乗りでやってるんだけどね」と、武田が諦めた様に言った。

「何にせよ、自分達より立場の弱い存在だって分かったら、自分達のストレス発散の対象にしちゃうから」

「怖いわね、確かに……」

「まぁ、隙を見せない事ね、私としては、貴方達が変態であろうと、実害が無い限りハブる積りは無いけど、変態と馴れ合う積りも無いわけ」

「もう、変態って二回も言った」

 碧が笑いながら冗談ぽく怒ると、

「そう、それ」と、武田がニコッと微笑んだ。

「もう認めちゃったんだから、何を言われても受け流しなさい、さっきみたいに一々逆上したんじゃ、火に油を注ぐだけよ」

「あっ……」

「さっきは天道さんが標的になっていたから、我慢出来なかったかも知れないけど、あんな事、面白がってやってる連中に餌をやってる様なものよ、自重しなさい」

「うん……」

「噂されて嫌なのは、その噂に誤解や嘘があるからでしょ、肯定してしまった以上、開き直った方が楽よ」

「うん……」

「天道さん、逃げる事や無視する事も時には正しい手段だけど、出来るだけ、何でも無いかの様に対応した方が良いと思うの、結構、精神力が要るけどね」

「ええ、ありがとう」

 微笑んで礼を言った悠貴子に、

「でさ、やっぱり天道さんが“受け”なわけ?」と、武田が好奇心に目を光らせて尋ねた。

「なによそれ……」

 顔を赤くしている悠貴子を見て、碧が苦笑いを浮かべながら武田に聞くと、

「やっぱさ、レズって、どっちかが受けで、どっちかが攻めなんでしょ、タチとかネコとかって」と、武田が碧に迫って尋ねた。

「いや、その、攻めとか受けとか、あの、私達、そんな関係じゃないし……」

 碧は答えに困って武田から顔を逸らした。

「まだやってないの?」

「なっ!」   

 武田の言葉に顔を真っ赤にして、

「なっ、何の事よ!」と、碧は立ち上がって怒鳴った。

「セックス」

「ぶっ!」

「武田さん、女同士でセックスは変じゃない?」

 クラスメイトに言われて、

「じゃ、H」と、武田が聞き直した。

 平然として尋ねる武田に、

「やってません!私達は、高校生らしい、付き合いを、しています」と、怒りを抑える様に握り拳を握って碧が答えた。

「高校生らしいって、今時の子は、やってる子はやってるよ」

「私達は、し、て、ま、せん」

「じゃ、どのあたりまで?」

「……プライベートな事なので、ご遠慮いただきませんか……」

 碧が必死に堪えているのを見て、

「まぁね、こんな感じでね、レズって聞いたらどうしても性行為的なイメージがワンセットに成って来るのよ」と、武田が微笑んだ。

「その辺、嫌な思いもするだろうけど、まずは貴方達も誤解を生まない様に自重する事ね、精神的に開き直っても、行動は慎重にした方が良いわよ」

「うん……」

 武田は改めて碧を見ると、

「あのね東郷さん、正直に言って私としての本音は「変態なんて半径十m以内に近付かないで!』って所もあるんだけどね、それが如何に馬鹿でガキっぽい事かって事も知ってるわけ、あっ、実害の有る変質者は絶対にお断りだけど」

「武田さん、それって……私が貴方を襲うとでも……」

「絶対にしないでよ……」

「絶対にしません……」

 怯える様に身を縮めている武田に、碧は眉間にしわを寄せて断言した。

「まっ、それが無いんならね、さっきも言ったけど、馴れ合う積りは無いって、だけど、盲目的に毛嫌いしたりもしない、まずは、貴方達の『本気』って言うのを、じっくり観察させてもらうわ」

「それは緊張するわね」

 苦笑いを浮かべる碧に、

「まぁ、頑張りなさい」と、微笑んで武田は自分の席へと帰って行った。

 そんな武田を見送って、碧と悠貴子は顔を見合わせて、くすっと笑った。

ーーー◇ーーー

 その日の放課後。

 智子と千鶴が心配して碧達の所へとやって来たが、

「ごめん、心配掛けて、でも、大丈夫だから」と、笑って智子達を安心させた。

 それを聞いも、二人の不安は消えなかったが、それ以上何も言えない二人は、そのまま帰る事にした。

 そして、碧と悠貴子は、部活へと一緒に向かった。

 噂は、完全に広まっていて、二人を見かけた生徒達が、何やらこそこそと話ている。

 二人が近付くと、汚い物を見付けた様に態と大げさに避けたり、逆にじろじろと好奇の目で見る者も居た。

「大丈夫よ、お雪、堂々と歩いて」

「うん」

 好奇の目が光る中、二人は真っ直ぐ前を向いて歩いていた。

 新校舎二階にある図書室へと昇る階段の前まで来て、

「じゃ、此処で」と、悠貴子が碧に小さく手を振った。

「一人で大丈夫?」

 心配そうな碧を見て、

「大丈夫よ、心配しないで」と、悠貴子が微笑んだ。

 そんな悠貴子を見ても不安が消えない碧が、

「部活終わったら、何時もの場所じゃなくて図書室で待って、私、迎えに行くから」と、悠貴子に言った。

「もう、碧ったら、心配し過ぎよ」

 呆れる様に笑う悠貴子に、

「お願い、そうして……」と、碧が真剣な顔で言った。

 そんな碧の気持ちが嬉しくて、

「うん、分かったわ」と、悠貴子は微笑みながら頷いた。

「それと、文芸部の方、大丈夫かな?」

 更に心配そうに尋ねる碧に、

「大丈夫よ」と、何の根拠も無いが、碧を安心させる為に、悠貴子は微笑みながら軽く答えた。

「それより、碧の方は大丈夫なの?」

「えっ?私?」

「そうよ、何を言われても怒っちゃ駄目よ」

 優しく諭す様に悠貴子が言うと、

「うん、分かってる」と、碧は素直に頷いた。

「じゃ……」

「うん」

 手を振ってから階段を昇って行く悠貴子を、碧は心配そうに見ていた。

 悠貴子は図書室の前で、手を扉に添えたまま立って、開ける事を躊躇っていた。

 目を瞑りながら深呼吸を二回してから悠貴子は前を向いて、一気に扉を開けた。

 図書室に入ると、左に書棚が並んでいて、右側にはテーブルが並んでいた。

 そして、そのテーブルの所に何人かの女子生徒達が集まって話をしていたが、悠貴子に気付くと、一斉に悠貴子を見た。

「ごきげんよう……」

 悠貴子が一礼をして身構えていると、

「天道君、ちょっと……」と、一人の小柄な女子生徒が悠貴子を手招きして呼んだ。

 悠貴子は再び深呼吸をして、

「はい」と、答えて、周りの生徒達が悠貴子を見ている中、悠貴子はゆっくりと呼んだ生徒の前まで進んだ。

「何でしょうか部長」

 メタルフレームの眼鏡を掛けて髪をお下げにしている部長は、悠貴子を暫く見てから、

「君は、噂を存じておるかね?」と、探る様な目付きで尋ねた。

 悠貴子は少し間を置いて、

「はい」と、静かに答えた。

 頷いた悠貴子を見て、

「で、で、あの噂、本当なの?どうなの?ねえ、ねえ、本当に女子の恋人がいるの?」と、豹変した部長が好奇心に目を輝かせて悠貴子に迫った。

「あ、あの……」

 部長の迫力に押されて悠貴子がたじろぐ。

 周りの部員は、目を爛々と輝かせて悠貴子の答えを待っていた。

「……」

 悠貴子は部員達を一回り眺めてから、

「あの……本当です」と、恥ずかしそうに答えた。

「きゃあー」

 何が嬉しいのか分からないが、騒いではいけない図書室に黄色い歓声が響いた。

「えっ?」

 何が起きているのか分からない悠貴子が、呆然と立っていると、

「よいわぁよいわぁ、禁断の恋に揺れる乙女心……それは、静かに熱く燃えて、儚く消えていく……」と、部長が一人がトリップして盛り上がっていた。

「部長、消えたら駄目でしょ」

「あっ、そか……」

 部員の一人に指摘されて、部長は魂は返って来た。

「ねぇ、ねぇ、それで、それで、相手の子って、あの背の高い子でしょ」

 再び部長に尋ねられて、

「ええ、東郷碧と言います、同じ中学出身の子です」と、悠貴子は正直に答えた。

「やっぱりぃ!そうだと思ってたのよねぇ」

「うんうん、二人が並んでいると、そんな雰囲気が漂ってましたよねぇ」

「絵になるわよねぇ、うう、脳内にストーリーが爆裂するぅ!」

 はしゃいでいる部員達を、困った様な笑顔を浮かべながら見ている悠貴子に、

「悠貴子ちゃん、ごめんね、なにも茶化す気は無いのよ」と、少し大人びた生徒が微笑みながら言った。

「九条先輩、あの、いえ、気にしていませんから」

 整った顔立ちに長い黒髪の九条を見て、悠貴子は少し頬を染めた。

「でも、良いの認めちゃって、相手の、えっと、東郷さんは良いの?」

 心配そうに尋ねる九条に、

「はい、今日のお昼に、私達、皆の前で付き合っている事を認めましたから」と、微笑みながら答えた。

「えっ!そうなの」

「はい」

 驚いた顔で悠貴子を見ていた九条は、

「ふふふ、良い笑顔ね」と、悠貴子の笑顔を見て自分も微笑んだ。

「はぁい、じゃ天道君、此処に座って座って!」

 再び部長が手招きして悠貴子を呼んだ。

「部長、何を為さる御積りですか?」

 九条が怖い顔で部長を睨んで言うと、

「もう、九条ちゃぁんたらぁ、そんな顔しないでよぅ、ちょっと話を聞くだけだからぁ……」と、甘える様に言った。

「少しは自重して下さい、悠貴子ちゃんが可哀そうですよ」

「だってぇ……」

 九条に窘められて部長は不機嫌そうに唇を尖らせた。

「あの、九条先輩、私構いませんから」

「良いの?本当に?」

「はい、あまり上手くお話出来ないかも知れませんけど」

 少し頬を染めて微笑んでいる悠貴子を、九条は心配そうに見ていた。

「ほらほら、本人が良いって言ってるよう、九条ちゃん」

「部長」

 鬼の首を取ったかの様に勝ち誇り、能天気にはしゃいでいる部長を、九条は睨み付けた。

「もう、そりゃね、潜在的に百合っ子って結構いるかも知れないけど、カミングアウトした子って貴重だよ、しかも恋愛成立してるんだよ、これはもう、その長い風雪に耐えた辛くも美しいラブストーリーを語ってもらわないとぉ」

「一人で盛り上がらないで下さい」

「だってぇ、私達、恋愛なんて経験した事無いのよ!聞きたい、聞きたい、聞きたいぃ!」

「子供ですか……」

 駄々を捏ねる部長を見て、九条は呆れた。

「聞きたいよね、聞きたいよね、ねっ、聞きたいよねぇ」

 部員一人一人に指差しながら聞いて、

「ほらね、皆、聞きたいって」と、満面の笑みを浮かべた。

「……」

 頭を抱えている九条に、

「あの、本当に私、構いませんから」と、悠貴子が微笑んだ。

「悠貴子ちゃん……」

 悠貴子の顔を見て、九条も力が抜けた様に微笑んだ。

「ふっ、じゃぁ、無理しない程度にね」

「はい」

 そう言って悠貴子は部長が指定した席に座った。

ーーー◇ーーー

 碧は音楽室の前に立って、

「よしっ!」と、気合を入れてから扉を開いた。

「おはようございます」

 そして、大きな声で挨拶をして、碧は音楽室へと入って行った。

「あっ!碧ちゃん!」

 一年生の二人が碧に走りよって、

「ねぇ、あの騒ぎの後、どうなったの?」と、心配そうに尋ねた。 

「あの時、居たの?」

 二人が頷くのを見て、

「ごめんね、心配掛けて、大丈夫よ、何も無いわ」と、碧が微笑んだ。

「碧ちゃんが教室から出てきた時、声を掛けようとしたんだけど……」

「うん、碧ちゃん、なんか怖そうな人と話してて……」

 順子と千佳の話を聞いて『あぁ、智子と武田さんの事ね……』と、納得した。 

「でも、びっくりしたわぁ」

「うん、皆の前で言っちゃうなんて」

「だって、しょうがないよ、あの時は、ああしないと収まりが付かなかったもの」

 あの騒ぎの内容を知っていて、普段と変わらずに接して来る二人を、碧は嬉しく思った。

 微笑んでいる碧に、

「で、やっぱり碧ちゃんがタチなわけ?」と、千佳が好奇心いっぱいの顔で尋ねた。

「ぐっ、お前もか……」

 眉間にしわを寄せている碧の後ろから、

「迷惑な話ね……」と、一人の女子生徒が声を掛けた。

「葉山先輩……」

 ボブカットで切りそろえた髪を揺らして、二年生の葉山が碧に近付いて来た。

「貴方ね、勝手な事して本人達は満足かもしれないけど、それが周りにどれだけ迷惑を掛けているか知っているの?」

「えっ?」

 迷惑そうな顔で立っている葉山を見て、碧は何の事か分からずに戸惑っていた。

「貴方達が、同性愛とかレズとかするのは勝手かも知れないけど、私達まで巻き込まないでって言いたいの」

「どう言う事でしょうか……」

「はぁ……」

 煩わしそうに溜息を付いて、葉山は碧を睨んだ。

「お昼休みに騒ぎがあったんでしょ、その後ね、二年生の所までその話が伝わって来て、男子達が言うのよ『お前もレズか?』って」

「そんな……」

「冗談じゃないわ!同じ部活だってだけで、何で私まで変態扱いされないといけないのよ!」

 怒りをぶつける葉山に、

「おい、それって、何も東郷のせいじゃないだろ……」と、鈴木が遠慮がちに言った。

「鈴木君は黙ってて、良子だって同じ事言われたのよ!」

「……」

 同じ二年の本田を指差して怒鳴る葉山に睨み付けられて、鈴木は黙ってしまった。

「貴方達だってそうよ、何馴れ馴れしくしてるのよ、そんな事してたら、同じ変態だって思われるわよ」

 一年生の二人を睨み付ける葉山に、

「すみませんでした、ご迷惑をお掛けしました」と、悔しそうに深く頭を下げた。

 自分の知らない所で、広がって行く噂。

 それは誤解を呼んで更に誤解を生む。

 自分達が蔑まれる事は構わない。

 覚悟している事だから。

 しかし、関係ない身近な人を巻き込んだ事を、碧は申し訳なく思い、そして、悔しかった。

「あのね、謝った所でどうするのよ、貴方のせいで軽音部は変態の集まりだって言われたら、どうする積りよ!」

「……」

 葉山の言葉に、碧は返す言葉が見付からなかった。

「理穂、其処まで言わなくても……」

「どうしてよ、良子だって、あんな事言われて悔しかったんでしょ!」

「それは、そうだけど……」

 知らず知らずの間に他人を巻き込んでしまう。

 今まで、自分達が耐えていれば、自分達がしっかりしていればと、考えていた。

 しかし今、それが浅はかであった事を碧は知った。

「葉山の言い分も分かるけど、寧ろ、同じ部員として、東郷達を応援してやらないといけないんじゃないか?」

「よくそんな事言えたものね」

 鈴木を睨み付ける葉山に、

「どう言う事だよ……」と、鈴木が尋ね返した。

「じゃ、貴方もホモだって言われたらどうするのよ、どんな気持ちなのよ!」

「いや、それは……」

「応援だなんて、何甘い事言ってるのよ、同性愛だなんて、私達にとっては理解出来ない変態でしょ、理解出来ないものを、どう応援しろって言うのよ!」

「……」

 再び鈴木は黙ってしまった。

「それに、面白がってやってる変態ごっこなんて、なんで応援しなきゃいけないのよ、レズだなんて、ふざけんじゃないわよ!」

「わ、私達、そんな面白がってだなんていません!」

 黙っていた碧が、突然、葉山に詰め寄った。

「はっ、レズだ何て訳が分からない事、私の目から見たら、ふざけているとしか思えないわ」

「ふざけてなんかいません!私、本当に悠貴子の事を愛しています!」

 碧は、葉山の目を見てはっきりと言い切った。

「愛しているって、それが何か分かっているの?」

「じゃ、先輩は、誰かを愛して、誰かに愛された事があるんですか?」

「それは……」

 葉山が口ごもって碧から目線を逸らした。

「私だって良く分かっていないのかも知れません、だけど、だけど、悠貴子を愛しています」

「……」

「色々な愛があると思うんです、両親や兄弟に思う愛や、友人達への愛、そして恋人への愛、愛って一言で言っても、それぞれ愛する対象で境界線が引かれているんですよね」  

「それが何よ」

「分かっているんです、女同士で愛し合っているなんて変ですよね、私だってそんな事、分かっています、分かってるんです!」

 中学で出会い、三年間同じクラスだった悠貴子。

 最初は嫌な奴、鬱陶しい奴と思っていた。

 だけど、無視しても、何時も優しい笑顔を浮かべて関わって来る悠貴子は、何時の間にか碧の心の中に染込んで来ていた。

「でも、しょうがないんです、彼女への思いが、どんどん膨らんで来て、自分ではどうしようも無く膨らんで来て、駄目だって分かっていても、勝手に境界線破って……」

 碧は目に涙を浮かべながら、歯を食いしばった。

 何時からか悠貴子は、何時も碧の隣に居る存在となり、染込んで来た悠貴子は、碧の心を染めて行った。

 そして、悠貴子の事だけを想っている自分に碧は気付いた。

「愛だなんて良く分かっていないんだ、悠貴子への想いも、友情を勘違いしてるんだって自分に言い聞かせた事もありました、だけど、悩んでも悩んでも、苦しんでも苦しんでも……どうしても消す事なんて出来なかった……」

 碧は、その想いを愛だと信じていた。

「私達の事、変態だって言う事は構いません、そんな事、覚悟しています、でも、でも、ごっこだなんて言わないで下さい!私達、面白がってなんて居ません!」

 何時の間にか、碧の目から涙がぼろぼろと零れていた。

「苦しんでいます、女同士で愛し合った事を、苦しく思っているんです、でも、でも、後悔なんてしていません、だって、だって、私、本当に、悠貴子の事、愛しているんですから……」

 碧は両手で顔を覆って、その場にしゃがみ込んでしまった。

「碧ちゃん……」

 心配そうに一年生達が、碧を見ている。

 他の部員達も、黙って碧を見ていた。

 暫く泣いていた碧が、手で涙を拭って立ち上がった。

 そして、葉山と他の部員達に向かって、

「ご迷惑お掛けしました」と、深く頭を下げた。

「東郷……」

「これ以上、皆さんにご迷惑を掛ける訳には行きません」

「おい、どう言う事だ?」

 戸惑いながら尋ねる鈴木に、

「短い間でしたけど、楽しかったです、お世話になりました」と、碧は再び深く頭を下げた。

「おい、東郷!」

「碧ちゃん!」

 止めようとする部員達に構わず、碧は鞄を持ってギターケースを担ぐと、教室を走って出て行った。

 碧は階段を駆け下りて、一階にあるトイレに入った。

 ドアを閉めると悔しい思いが一気に込み上げて来て、碧はまた泣いてしまった。

 壁に額を付けて、声を殺して泣いている碧の足元に、ぽたぽたと止まる事無く涙が落ちて来た。

ーーー◇ーーー

「碧、遅いわね……」

 腕時計を見てから、悠貴子が心配そうに図書室のドアの方を見た。

「もう、下校時刻のチャイム鳴って、完全下校まで十分も無いのに……」

 悠貴子が碧の事を心配しながら、図書室の鍵を持ってドアの方へと近付いて行った。

「探しに行った方が良いかしら?」

 悠貴子が碧にメールをしようと携帯電話を鞄から取り出した時、図書室の扉が開いて、其処に碧が立っていた。

「あ、碧」

「ごめん、遅くなって」

「……どうしたの、その目」

 赤くなっている碧の目を見て悠貴子が尋ねると、

「え?あ、いや、なんでもないわ……」と、碧は作り笑顔を浮かべた。

「なんでもないって……」

 心配そうに見ている悠貴子を見て、

「うん、なんでもない……」と、碧は呟く様に言って悠貴子を見詰めた。

 悠貴子の顔を見ている内に、作り笑顔を浮かべていた碧の顔が崩れだした。

「碧……」

 体を小刻みに震わせ、歯を食い縛って必死で泣くのを堪えていた碧の目から、涙が零れ出した。

「どうしたの……」

 悠貴子が、心配そうに碧に手を伸ばした時、

「うっ、わあぁーーん」と、碧が大きな泣き声を上げて悠貴子に抱き付いた。

「碧……」

 二人は抱き合ったまま、崩れる様に床に膝を付いた。

 そして悠貴子は、自分にしがみ付いて子供の様に泣いている碧の頭を優しく撫でてやった。

 気の強い負けず嫌いの碧が、形振り構わず大声で泣いている。

 何があったのか分からないが、そんな碧の心を感じて、悠貴子の目にも涙が浮かんだ。

「うっ、うっ、ご、ごめん……」

 しゃくりながら体を離す碧に、

「何が有ったの?」と、悠貴子が優しく尋ねた。

「うん……なんでもない……」

 悠貴子の顔を見ずに答える碧に、

「じゃ、帰りましょうか」と、悠貴子が微笑んだ。

 悠貴子がハンカチを取り出して、俯いている碧の顔を覗き込む様にして涙を拭いてやった。

「さっ」

「うん……」

 悠貴子に促されて、碧も立ち上がると、二人は図書室を出て、悠貴子が鍵を閉めて、二人で職員室まで鍵を返しに行った。

 そして、帰る生徒の姿も無くなった道を、二人は並んで歩いていた。

 帰り道、碧は黙ったままだった。

 悠貴子も何も聞かなかった。

 何故なら、何かに傷付いて悲しんでいる碧に、その理由を聞く事は、更に碧を悲しませる事に成るのではと、悠貴子は思い聞けなかった。

 そして、『なんでもない』と言った碧が、それ以上は話さない事を悠貴子は知っていた。

 駅に着いて電車に乗ってからも、碧は無表情のまま黙っていた。

 碧達の降りる駅に着いて、二人は電車を降りて駅を出た。

「それじゃ、碧、又明日ね」

 悠貴子が微笑みながら別れの挨拶をしても、碧の心は此処に在らずなのか、ただ黙って立って居るだけだった。

「碧……」

 心配そうに悠貴子が碧の肩に手を置くと、

「ごめん、うん、又明日ね……」と、碧は無理に笑顔を作った。

「……うん」

 帰って行く碧の後姿を、悠貴子は心配そうに見送っていた。

「なにがあったのかしら、碧……やっぱり聞けば良かったかしら」

 悠貴子は不安な思いと共に、碧の姿が見えなくなるまで駅の前に立っていた。


最後まで読んで下さってありがとうございました。m(__)m

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