ファントムデッキ
「なに? キミたち……誰?」
コンビニから飛び出して、どこへ向かうでもなく小鳥は走っていた。
世羅に忘れられてはいなかった安堵。求められた恥ずかしさが胸に押し寄せ、耐えきれなかった。
もしかすると、仮に、ひょっとしたら――そんな展開があるかもしれないと、妄想していなかったと言えばうそになる。
だが、世羅に一歩踏み込まれた途端に、百歩さがってしまった。心の準備なんて、できていやしなかった。
「あ、あの……そ、そこどいてくれないかな……」
小鳥は行く手を遮る数人の男達に向かって言った。
視線は足元に落ち、発した言葉も同じく地面に吸い込まれていく。
「あっ? なんて?」
先頭に立つ男が聞き耳をたてるジェスチャーを見せた。大げさなそぶりから、苛立っているのは明らかだ。
「だ、だから……ボクは……家に帰りたくて……どいて……」
小鳥の声はさらにか細くなった。
「……ちっ! まじで俺らのことわかってないのか?」
「……?」
金髪にピアスに、とがった眉。すべてをなめ腐った表情。どこをどう見ても量産型の不良にしかみえない――誰だこいつは。
「だれ? しらない……」
「制服っ! 同じ制服だろうが!」
「それが……? ボクには友達なんていないし……じゃあ、急いでるから……」
壁際に追い込む形で囲まれてはいたが、男達と壁との隙間をすり抜けるように動いた。
「ボスッ!」
男は声を荒げた。小鳥の襟首をつかみ、壁に押し付けた。
「ひゃっ……!」
「マジで俺のことしらねーのか⁉ あれだけこき使った癖にっ⁉ 憶えてすらいないだとっ⁉」
「……⁉」
覚えてはいない。記憶の片隅にもない。「こき使った癖に」とはどういう意味だろうかと、小鳥の脳裏に疑問がよぎる。
第八学園の男子生徒については、ほとんど全員をぶちのめしてはきた。自ら歯向かってきたのは一割。残り九割の腰抜けは目障りだったし、馬鹿だったから黙らせただけ。
殴ったことを引き合いに出さず、パシらされたことを言っているのであれば、元メンバーなのだろうか?
というかパシらせたなんて人聞きが悪い。クランマスターが配下に命じただけ。当然の権利だし、従うことは義務だ――小鳥のこの考えは外界では非常識とされるだろう。だが、変異島においてはそうではない。
「それにっ! クソったれがっ! こんなチビ女に……っ! 俺はっ! 俺らはっ! マジでふざけんなっ‼」
男は顔を真っ赤に染め、こめかみに青筋を浮かべながら、小鳥の襟首をさらに強く締め上げた。
「……は、はなしてよ……!」
「ボス……いや、テメェがいなくなって俺らがどんな目に遭ってるのか知ってんのか?」
「どんな……? しらないよ、ボクにはもう関係ないし……」
小鳥は男の鋭い眼光を受け止められず、思わず顔をそむけた。
「関係ないだって……? ふざけんなっ! オマエがいなくなったからって、他校の奴らがウチを狙ってきてんだぞ⁉ 無事な奴らはほとんどいねぇ! 俺らもすぐにやられる!」
「だからなんなの? ボクにはかんけい……」
ドゴンという音とともに頭のすぐ横、ブロック塀に穴が開いた。
男は小鳥の記憶にも残らない一般メンバー。雑魚中の雑魚だ。だが、変異体でもある。素手でコンクリートを砕くことなど造作もない。
「責任取れって言ってんだよ! オマエだけ他クランにいっちまうだと⁉ そんなふざけた話があるかよ! なんでオマエだけなんだよ!」
「……し、しらないよっ! 世羅くんがそう決めたんだから……」
「はっ? せら? なに? だれが決めたって⁉」
「世羅くん……ふぁ、ファントムだよ……!」
「知るかっ! だったらそいつにも責任取らせろ! 俺らを助けろってなっ‼」
「そ、そんなこと言われても……!」
おどおどして、目すら合わさない癖に、言うことには従わない。
「うぜぇ!」
男は拳を大きく振り上げた。次の狙いは壁ではなく、ムカつく陰キャ女の顔面だ。
「なんだっ⁉ 腕がっ⁉ だれだっ‼」
拳が振り下ろされることはなかった。
「せ、せらくん⁉」
コンビニの制服に袖を通した世羅がそこにいた。男の腕をわしづかみにして、立っている。
「ふぁ、ファントムかっ⁉ おまえ! なんでココにぃ⁉」
男は悲鳴にも似た声で吠えた。つかまれた腕を振りほどこうと身をよじったが、ビクともしなかった。
「は、はなせっ! こらぁっ‼」
「こうか?」
「ぐぁ……!」
世羅が腕を捻ると、男は体勢を崩して尻餅をついた。
「お客様。ご購入頂いた商品をお忘れですよ」
「……あっ……! は、はい……! すみませんっ! わざわざ、持ってきてくれたの……?」
「もう何度目ですか? 気をつけてくださいね?」
「はい! ごめんなさいっ!」
「いててっ! おぃ! 離せよっ! ふざけんな!」
世羅は男に逆関節を極めたまま、小鳥に声をかけた。
空いている方の手にはレジ袋をぶら下げたままで、中身はゴッドブルとラムネ菓子だ。
小鳥は頬を赤らめながら、レジ袋を受け取った。宝物でも扱うように両腕で抱きかかえると、ガサガサとビニールがこすれる音がした。
「ふむ……それでお前達はなんだ? こんな場所でなにをしているんだ?」
世羅は周りにいるすべての男達を見定めるように視線を巡らせた。
「こっちのセリフだろがっ! 放せっていってるだろがっ! 殺すぞっ!」
「ほらっ!」
世羅はゴミでも投げ捨てるかのように、男を仲間達に向かって放り投げた。
男は「うわうわ」と悲鳴を上げ、つんのめって転がりそうになっていたが、すんでのところで仲間に抱き留められた。
「くそっ……! どけっ‼」
助けられたのに感謝などない。ギャングは舐められたらお終いだ。
世羅に虚仮にされた分のお返しとばかりに、顔面が捩じ切れるほどの“ガン”を飛ばした。
「それで……? なにやっていたのか聞いたつもりだが?」
世羅は男の睨みを、鼻で笑い飛ばした。
「世羅くん! ごめんねっ……! こいつらは……!」
小鳥が男の視線を遮るように、間に割って入ろうとした。しかし、世羅はその動きを制し、自らが前に出た。
「構わん。下がっていろ。小鳥」
「世羅くん……?」
「ファントムぅ……! へっ! 都合がいいぜ! あとでオマエにも挨拶しようと思ってたからよぉ……!」
「挨拶……? なぜそんなものが必要なんだ? 私にはお前達のような知り合いはいない筈だが?」
「スカしてんじゃねーぞおらぁ! テメーがよぉ! ボスを……そのチビ女だけ引き抜きやがったからよぉ! 俺らヒドい目にあってんだわ⁉」
「ほう?」
世羅はにやりと笑った。
「お前達も仲間に入りたかったのか?」
「なんだてめぇ? まじで舐めてんのか? 責任とれって言ってんだよっ‼」
「ふむ……責任? 責任か……なるほどな……」
男の言葉を受けて、世羅は考える素振りを見せる。すぐに、小鳥へ視線を落としてつぶやいた。
「とるさ……責任は……」
「えっ……? 世羅くん?」
その視線は優しく、娘を見守る父親のようでもあった。
小鳥もしばし見とれる。見つめあう二人だけの時間が、ほんの一瞬流れた。
「だが、お前達は――」
世羅が男達に顔を向ける。彼らを値踏みするような視線、いや、とっくの昔に値札はつけ終わっていた。
「――必要ない。お前達のクランもな……せっかく見逃してやったんだ。自力で盛り上げていけばいいじゃないか?」
「ふざけんな! ボスとスコアだけ奪いやがって‼」
決闘に勝てば、相手のすべてを奪う“権利”を得る。義務ではない。不必要なものは切り捨てる自由がある。
世羅はボスを、岩肌小鳥だけを奪い“独占”した。厳密にはクランが所有していたスコアも奪っていたが、その他のメンバーは切り捨てた。
小鳥が抜けた穴を、アイアンメイデンのクランマスターを、だれが継いだか世羅は把握していない。ソフィアが念のためにと調査して、彼に報告はしていたのだが、どうでもよいことだからと完全に聞き流していた。
恐怖の象徴であった岩と鉄の巨人が抜けたことで、敵対する他クランに狙われているという話を聞いたあとでも、嘲笑することもなければ、同情もない。本当にどうでもよいことだからだ。
だが、小鳥が狙われるというのなら話が違ってくる。
アイアンメイデンが敵視されている原因のほとんどは、彼女が好き勝手ふるまってきたせいだ。
入学してすぐに「ウザい」とか「ムカつく」からといった理由で男達をボコボコにしていたら、第八学園そのものを支配してしまっていた訳だが、それだけに収まらず、周辺の不良校とも揉めに揉めて、その度にぶちのめしてきた。
だから、いまこの状況も自業自得と言えるし、男達の言う「責任」という台詞にも一定の理屈はある。
それでも世羅は、小鳥と男達の間に立つ。女も――女が抱える“事情”も――そのすべてを“独占”する。
それが、男の甲斐性。それが、世羅悠希のやり方だ。
「おめーら! やるぞ! ファントム狩りだっ!」
「おおぅ!」
「ぶっ殺すっ!」
男が声を荒げると、仲間達も呼応した。どこに隠し持っていたのか、ナイフやらメリケンサックやら、木刀やらを取り出して、二人を取り囲むように動いた。
「き、キミらさぁ! 生意気なんだよっ⁉ だれに向かってそんな口きいてっ……‼」
小鳥が男達を咎める。威勢はいいが、声は妙に上ずっていた。
「うるせぇ! 陰キャ女が調子にのるんじゃねぇっ! テメーも一緒にやってやるからよぉっ‼」
「はぁ……⁉ ちょ、ちょ、調子に乗ってるのはどっちっ……⁉」
「おい! 喧嘩うるならせめてこっちみろや!」
男達は三メートルの巨人が、恐ろしいボスの中身が、女だとは思っていなかった。
この事実は“不良”を自称する彼らのプライドを傷つけた。チンケなプライドだが、なにも持たず、なにも積み上げない彼らにとって、それは守るべきものだ。
ボサボサの髪、小学生のガキみたいな体、教室の隅でラノベでも読んでいそうな根暗女――こんな奴に――こんな奴に?
殴られ蹴られて、投げられて、言うことを聞かせられてきた。許せるはずがない、ぶっ殺してやる、それが男達の総意だった。
「小鳥は私の“独占”だ。この女に用があるなら、まず私を通せ……」
「せ、世羅くん……!」
「うぜぇっ! どうでもいいんだよそんなブスッ‼ おまえも‼ そいつも‼ ぶっ殺してやるっ‼ おいっ! 囲めっ‼」
「おうっ‼」
先頭に立つ男の指示に従って仲間達が展開を始める。二人を絶対に逃さないという意思が見て取れる。
「やれっ!」
「うぉおっ!」
男達は包囲を終えると同時に間合いを詰めた。
「まてっ‼」
世羅の一喝がその動きを止めた。
「ああん⁉ いまさらビビってんのかよ‼ ファントムゥっっ‼」
「ああ、それだ……その呼び名だ」
世羅はパチンと指を鳴らす。
「あっ?」
「なんだっ? なんの話だ?」
「いや、俺が知るかよ」
機先を制された男達は、顔を見合わせた。
「“ファントム”……悪くないじゃあないかっ……! 気に入ったぞ! MONOLITHっ! 応えろっ!」
世羅はやけに大げさに左腕を掲げた。同時に彼の呼びかけにR.I.N.Gが反応する。
周辺の空間に直接UIが展開されると、抑揚のない、冷たい女性の声が辺りに響いた。
《世羅悠希……用件をどうぞ》
「決めたぞMONOLITH」
《……なにを決めたのですか? 具体的な回答を求めます》
「我々のクラン名だ」
《正式な回答がないまま保留されていた件ですね。速やかな回答を求めます》
「おい! これから喧嘩しようとしてんだぞっ! オマエなにやってんの⁉」
男は手にした武器を握りしめ怒鳴った。喧嘩相手がのんきに“電話”を始めたのだから無理はないだろう。
「とにかくやれ! やっちまえっ!」
世羅はいまにも襲い掛かろうとする男達を「まて」の素振りだけで押しとどめた。
「私の名は“ファントム”……! そしてこいつと……」
隣に立つ小鳥の肩に腕を添える。
「世羅くん?」
振り向いた小鳥に、世羅は怪しげな微笑みを向ける。見た目は美しい少女なのに、やはり男だ。悪戯な表情がそれを物語っていた。
「こいっ! オマエたちっ!」
世羅は天に向かって声を張る。
「⁉」
突如、吹き付けた風に小鳥の髪が舞う。世羅の背中越しの空間に、三つの電撃が迸った。
幾何学的なエフェクトとともに、現れたのは三人の女達だった。
「主どの⁉ どうしました⁉ 急用ですか⁇」
白い道着に藍染の袴。手には木刀を持ち、額に汗がにじむ月乃。剣の修行中だったことは明らかだ。
「ちょっ! マスター! あーし地下ライブの最中だったんだけどぉ!」
ヤミ子はピンクを基調にしたステージ衣装をまとっていた。普段の着崩した制服や、ストリート系のファッションとは真反対である。
手にしたマイクも、音質に悪影響を与えそうな、フリフリのデコレーションで飾られていた。
「世羅くん! 呼び出す前に連絡しなさいって言ってあるでしょ‼」
ソフィアは慌てた様子で、下着を履きなおした。する直前だったのか、直後だったのか、あえて言うまでもないが、最中でなかったことは確かだ。
「こいつらも……私の“独占……私の“手札だ……っ!」
現れた、というか“召喚”のだが、彼女らに礼を述べることはない。顔を向けることすらしない。
当然だ。自身に従い、共にいるべき女達だからだ。その絆は変異島の“システム”が保証する。
三人娘は一言二言、世羅に不満を述べたあと、命じられる間もなく世羅の横に立ち、男達と対峙する。この程度の小競り合いは、いつものことで、慣れたものだ。
「世羅くん! ボクも一緒に……!」
小鳥も世羅の横に、いや、三歩下がった位置に並び立つ。
他の女達と違って、出しゃばり過ぎない。「そーいう気遣いが、男の子には効いてくるんだよ」とばかりに、すでに別の戦いを初めていた。
「MONOLITHっ! 聞けっ!」
世羅は高らかに宣言する。
「“ファントムデッキ”っ! それが我々の名だっ!」
これにてSeason1が完結です。
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