(お江様)7
与太郎は紅茶ミルクティーにした。
軽く一口飲んだ。
茶葉を活かす為に甘さも牛乳も控え目にされていた。
これは与太郎の好みを熟知していたからだ。
与太郎は古田織部に笑顔を向けた。
「織部殿、苦手は御座らぬか」
織部がニコリとした。
「某は庭造りが苦手でございます」
ほほう、なるほど、なるほど。
饅頭怖い、饅頭怖い、饅頭怖い、か。
ここでそれを聞かされるとは。
織部に庭造りを所望されてしまった。
彼は役目がらお茶に関しては自由に差配できた。
しかし、庭造りにまでは自由にならない。
お茶で名を上げたが、庭造りは耳にした事がない。
己が屋敷の庭を整えるので精々だろう。
彼は大名でも小名でもない。
豊臣家の直臣で、茶頭としての役料を足してようやく万石だろう。
自由に使える金子は然程でもない、と思う。
庭造りともなると、大いに不足するだろう。
与太郎は織部に希望を持たせる事にした。
だからといって公儀に押し付けるつもりはない。
彼はあくまでも豊臣家の旗本。
こちらで手を尽くすのが本筋だろう。
大きな仕事はあった。
織田秀信に任せた英霊の社創建。
長岡藤孝に任せた豊臣大学校創立。
石田三成に任せた豊臣海軍創設。
しかしこれらはまだまだ草案の段階。
大谷吉継が与太郎を見た。
「上様、来栖殿にご相談なされては」
来栖と聞いて真っ先に思い浮かぶのは来栖田吾作。
「田吾作殿か」
「ええ、そうです。
普請奉行の一人ですので、何かとお役に立つと思います」
来栖田吾作は城の普請奉行の一人。
それは表向きで、真の役目は豊臣忍軍の取り纏め役。
それがあるので与太郎と接する機会が多い。
「分かった。
私から頼んでおこう」
織部と田吾作は同じ直臣同士、面識はあるだろうが、
庭造りに関しては与太郎が口を利くのが筋だと思った。
それを説明すると織部は大いに喜んだ。
「感謝いたします」
紅茶ミルクティーを飲んだ与太郎は州浜を口にした。
んん、州浜粉・・・。
香ばしい風味であった。
淀ママがそれを見ていた。
「秀頼殿、美味しいですか」
「はい、とても」
「これは太閤殿下も好んでいましたよ」
淀ママは北政所様に視線を転じた。
それに北政所様が応じた。
「ええ、とても好まれていました。
この大坂に城を築いたのも、それも有りますね」
かつてはこの地に石山本願寺が置かれていた。
「もしかして本願寺の門前町にお菓子屋があったのですか」
「ええ、藤吉郎殿はそれが大好きでしたね」
昔を思い出したのか、藤吉郎殿発言。
でもそれを誰も指摘しない。
「本願寺が大坂から退去すると、その店はどうなったのですか」
「藤吉郎殿が密かに保護し、堺に移転させました」
「今は」
「大坂城築城に合わせて戻って来ています」
「それではこのお菓子は」
「その店のですわよね、古田殿」
古田織部が大きく頷いた。
ひとしきりお菓子話が続いた。
それはそうだろう。
北政所様は出世する木下家羽柴家の留守を預かっていたお方。
乳母様も前田家の留守を預かっていたお方。
当主が出世する度に領地替えが普通の織田家。
そして、戦で転戦する当主に代わりに差配したのがその正妻達。
甘味で疲れを癒しても不思議ではない。
話の切りの良い所で淀ママが与太郎を見た。
「秀頼殿、お願いがあるのです」
予想していたのだが、与太郎はビクッとした。
意識して姿勢を正した。
「はい、お伺いします」
「お江のことです。
家康殿とは切り離して考えて欲しいのです」
女子会の面々がウンウンと頷いていた。
「縁座するな、と」
「ええ、その功績に免じて欲しいのです」
「功績・・・」
「お江は太閤殿下より三人に嫁ぎました。
佐治殿とは離縁、秀勝殿とは死別、三人目が今の秀忠殿です。
秀勝殿とは子を成しています。
秀忠殿とも子を成しています」
ああ、そういう訳か。
重い話になった。
与太郎は助けを求めて陪席の三人を見遣った。
甲斐姫はお菓子を食べていて、こちらを見ていない。
吉継はお茶をゆっくり飲んでいた。
全登は視線を合わせようとはしない。
三者三様、たぶん、関わり合いになるのを避けている気配。
はあ、功績か。
嫁いで子を成したのであれば、そうかも知れない。
秀勝殿との間には一女。
秀忠殿との間にも一女と生まれたばかりの二女。
秀パパが生きていれば、それは確かに功績であろう。
徳川家との絆が太くなった、と喜ぶはず。
しかし、当の秀パパは今はいない。
秀パパの遺産がこんな形で現れるとは思わなかった。
昨今とは状況が違った。
よりによって御掟破りではないか。
相続した者としては頭が痛い。
さりとて無視はできない。
身内である女子会に政の手腕を疑われるのは必至。
陪席の三人にもだ。
与太郎は織部にお茶のお代わりをした。
「苦いのを」
織部は場を読んでか、無表情で頷いた。
与太郎は誰とも視線を合わせない。
腕を組んでゆっくり考えた。
慌てても良い考えが思い浮かぶ訳じゃない。
周囲への影響も考慮する必要があった。
介添えの局が織部からお茶を受け取り、与太郎の前に置いた。
与太郎はそれを見下ろした。
お代わりの器は別の物であった。
風情があった。
ごつごつとして、しかも斜口。
織部なりの気遣いであろう。




