(お江様)6
与太郎は奥の女子会に視線を転じた。
北政所様、淀ママ、叔母様、乳母様、この四人は自由きままだ。
上座の与太郎の後ろに控えてみたり、
豊臣家の重臣の列に混じってみたり、と。
本日は家老の席の隣に控えていた。
たぶん、目的は明石全登であろう。
横から眺めて喜んでいる風に見えた。
確かに明石全登は他の家老達に比べて若々しい。
見ようによっては役者に見えなくもない。
さて、どうするか。
本来であればお茶席で話をすれば事足りるのだが、
今回はそうは行かない。
他の者達への周知の意味もあり、ここで口にした。
「北政所様、お願いがあります」
事前に通知していないのだが、北政所様は端然とした色。
余裕で視線を転じて来た。
「どういたしました」
「お願いの議は島津の亀寿殿の事です」
北政所様は秀パパで慣れているのか、直ぐに察したようだ。
「ああ、もしかして、養女にするのですか」
「話が早くて助かります。
討伐軍の立花殿には確認していませんが、
島津の仕置きを終えると亀寿殿は身分を失います。
そこで北政所様なのです。
亀寿殿を養女として庇護して欲しいのです」
北政所様は淀ママを振り返った。
「ねえ、申したとおりでしょう」
淀ママが苦笑いした。
「ほんに、そうでしたね。
私の養女にしても宜しいのに」
「貴女の齢で養女を貰うのはちょっと早いわよ」
叔母様と乳母様もニコニコと顔を見合わせた。
どうやら、彼女達は事前に予期していたようだ。
北政所様が与太郎を見詰めた。
「承りました。
私の方から亀寿殿に文を出して、その意志を確かめましょう。
それからですね、もう一人、居りますよね」
これだから女子会ネットワークは油断は出来ない。
伊集院家に嫁いだ島津義弘の娘の事であろう。
忘れてはいない。
忍びから報告は受けていた。
「島津義弘の娘の御下殿ですね。
伊集院家で大事にされている、そう聞いていますが」
「それは承知しています。
それでも私共は御下殿も養女にすべきだと、そう思います」
はて、その訳は。
「御下殿が害されるおそれは有りませんが」
「それだけではないのですよ」
北政所様だけでなく、淀ママを含めた三名も残念そうな色。
与太郎は首を傾げた。
御下を取り巻く環境を思い出した。
彼女は婚家先で受け入れられていた。
それなのに何が・・・。
あっ、そうか。
化粧料・・・。
化粧田、化粧水、持参金等々。
実家が輿入れ時に用意する物がそれであった。
おそらく、御下は実家から持参金や化粧料を約束されていたはず。
持参金は消え物であるが、化粧料は違う。
婚家先で困らぬように、実家から生涯に渡って受け取る物。
島津義弘の為人からすると、二千石から三千石であろう。
亀寿は正室としての奥向き予算、化粧料、
その二つを受け取っていたはず。
それが今回の討伐で丸ごと消滅した。
島津家の後始末を終えたら完全に収入が途絶え、困窮する。
与太郎はそれを見越して北政所様に願った訳だが・・・。
中途半端であったようだ。
北政所様の言わんとするところは、御下の化粧料。
伊集院家より正室として奥向き予算は受け取っているだろうが、
実家の滅亡により化粧料が消滅した。
自由に使えるその化粧料が無くなるのは痛いだろう。
ことに今は実家の滅亡により寄る辺なき身。
蜘蛛が垂らす糸があれば、喜んで縋るに違いない。
与太郎は立場上、言い訳や諂いはご法度。
上様としての権威は損なえないが、そこはお子様。
子供を前面に押し出した。
「北政所様、私は子供ゆえ、深いところまで見通せないのです。
戦に巻き込まれた女子供のことなら余計にそうです。
そこで北政所様や方々に万事お任せして宜しいですか」
満点であったらしい。
「喜んで承ります」
北政所様だけでなく、女子会の面々も破顔した。
養女を二人押し付けたので、
思わず北政所様の懐具合を心配した。
庶民はいざ知らず、大身の武家の娘にとって化粧料は必須。
養女とするからにはその化粧料を肩代わりするのも養家の役割。
どれだけの銭金が・・・。
しかし、それは杞憂であった。
北政所様の身分を思い出して、密かに苦笑いした。
北政所様は秀パパの正室であったお方。
その秀パパより莫大な資産を分け与えられていた。
特に土地と利権。
金銭換算すれば与太郎に次ぐ大々々富豪ではなかろうか。
それも家康の私財を凌ぐほどの。
そして翌日も奥の女子会とのお茶席であった。
こちらは一ㇳ月ほど前に設定されていたもの。
所謂、お江様の取説の場であった。
お江様と親しい奥の女子会であるだけに仇や疎かには出来ない。
場所はお茶席には相応しくない馬場であった。
そこでは甲斐姫の野百合組の面々が馬を走らせていた。
人馬が騒がしいので盗み聞きの心配はない。
馬場の外周は近習の上番組が警備していた。
内側は小姓の上番組とその野百合組。
陰には忍びの上番組。
完全に部外者を遮断していた。
与太郎の供としてお茶席に陪席するのは三人。
甲斐姫に大谷吉継、そして初めての明石全登。
全登は与太郎の付け家老に指名されて早々であった。
筆頭家老の片桐且元が全登に押し付けたように見えた。
つまり与太郎を押し付けた、と。
たぶん、それは与太郎の勘違いだろう。
全登の内心は知らぬが、見遣ると緊張していた。
馬場の真ん中に陣幕が三張り。
その一つから顔馴染みの局が出て来た。
「上様、こちらへどうぞ」
別の一つに案内された。
そこでは野点の傘が咲き、毛氈の赤が映えていた。
面々も揃っていた。
北政所様、淀ママ、叔母様、乳母様。
据えられた釜からは湯気が立っていた。
亭主の古田織部が軽く頭を下げた。
「ランカーよりお取り寄せした茶葉です」
本日は紅茶と紅茶ミルクティー。
お茶菓子は、すはま。
すあま、ではなく、すはま。
州浜、素甘。




