(お江様)2
与太郎一行は近習に導かれるまま近くの河原に入った。
そこには陣幕が張られていた。
見知りの馬廻り衆が警戒に当たっていた。
昨年まで近習であった顔もちらほら。
馬廻り衆の上番頭が出迎えてくれた。
「上様、お待ちしておりました」
「待ち草臥れてはおらぬか」
「いいえ、我等は上様とこうして轡を並べる日を、
一日千秋の思いでお待ちしておりました。
その初日に上番とは、我等は果報者でございます」
豊臣の旗本、馬廻り衆。
戦場においては本陣にて侍るのが役目の彼等。
何れも、騎乗に加えて刀槍弓の腕自慢ばかり。
そんな彼等ではあったが、与太郎の年齢もあり、
轡を並べる日はこれまでなかった。
その初日に当たったのが嬉しいのだろう。
顔が綻びていた。
こうして河原にて彼等と気軽に言葉を交わしていると、
非日常感がして、とても新鮮であった。
脇から声がかけられた。
「上様、こちらへ」
甲斐姫だ。
すでに下馬していた彼女から両手が差し伸べられた。
与太郎に断るという選択肢はない。
喜んで甲斐姫の介助で下馬した。
騎乗のフワフワ感が消え、足下がしっかりした。
愛馬の巴の手綱は甲斐姫配下が受け取った。
与太郎も見習いたいくらいの巧い誘導で水辺へ引いて行く。
心なしか巴も喜んでいるように見えた。
馬廻りと近習の二人の上番頭の案内で、
白煙を上げている陣幕にはいった。
真ん中で湯が沸かされていた。
馬廻りの三人が煮炊きしていた。
与太郎は勧められた床几に腰を降ろした。
隣には甲斐姫が腰を降ろした。
野百合組の二名が護衛として背後に控えた。
良い香りが鼻を擽った。
与太郎の手元に抹茶ミルクティーが運ばれて来た。
甲斐姫の分と合わせて二つ。
まず甲斐姫が毒見役としてその一つを飲む。
軽く頷いた。
「美味しいですね。
茶頭でもないのに、なかなかのものですよ」
それで与太郎も手を伸ばした。
今回の乗馬調練には、とある目的があった。
炙り出し、であった。
前回の襲撃を機に、与太郎の周辺は身綺麗になった。
公表されてはいないが、病死や行方不明が出た。
それで終わりと思っていたのだが、そうではなかった。
島津討伐や一揆討伐の裏で怪しい蠢きが始まった。
それを掴んだのは与太郎付きの忍びの衆。
二つの討伐は豊臣家や公儀にとっては久々の大仕事。
大勢が動員され、大量の物資が動いた。
大名衆が動員した将兵は大名自身の家臣と、
領民からの賦役の足軽雑兵で構成されていた。
物資に関しては豊臣家や公儀からの支援はあったが、
そこまでは表の話。
将兵に関しては少々違っていた。
公式には豊臣家や公儀からの派遣はなかった。
実際、豊臣家や公儀は将兵を派遣していなかった。
ところがそれは別にして、困っていた大名衆が少なからずいた。
戦熟れした文武官が不足していたのだ。
そこで非公式に豊臣家が支援する事になった。
旗本を中心にして現職の文武官を与力同心として出向させた。
為に豊臣家に携わる文武官の席に穴が空いた。
空いた穴はそのままには出来ない。
内政外政に支障をきたすからだ。
急遽、空席を埋める事になった。
穴埋めで、誰がしかが幾人も推された。
その誰がしかが、問題になったのだ。
執務室でそれが俎上に乗せられた。
「少々、難ありの人物が数人混じっております。
その者達の背後を調べるとなると、我等では手に余ります。亅
忍びの上番頭がそう言った。
彼等の役目は与太郎の護衛。
よって豊臣家の末端にまでは目が届かない。
そもそも、忍びの人員もこのところ不足気味にあった。
と言うのも、忍びも討伐部隊へ動員されていたからだ。
どこもここも人手不足、さてどうしたものか。
困っていると、口を開いたのはその上番頭。
「太閤殿下は困った際には真田家の忍びを用いられました」
聞いていた大谷吉継が目を見開いた。
「そうか、そうであったのか。
太閤殿下はよく真田昌幸殿を呼び寄せられて、
何くれと話をしておられた。
真田家が生粋の子飼いではなく、元は甲斐武田方だったので、
それが不思議でならなかった。
今日それを聞いて、これまでの事が腑に落ち申した」
何やら一人でしきりに頷き始めた。
真田昌幸は、今は大坂の町の町割り衆に組み込まれていた。
場所柄、与太郎が呼び出せば直ぐにでも飛んで来るだろう。
ところがそれを察したのか、吉継が言う。
「上様、この件には関わらないで頂きたいのです」
それは突然の事であった。
「どうして」
「この手の事は我等にお任せください。
某が上様の代人として真田殿を呼び出します。
そしてきちんと話を通します。
勝手な申し出とは思いますが、我等にお任せください」
吉継が両手をついて頭を下げると、残りの者達がそれに倣った。
またか。
皆は私を汚い仕事から遠ざけようとする。
このままその流れに乗せられていいのか。
さりとて皆の色を見るに、ここで拒否は出来ない。
大ように頷いた。
「今は子供だから皆の良き言には従う。
宜しく頼み入る」
あれからの吉継の経緯報告は一度だけ。
「真田殿は快く頷かれました」
短すぎないか。
まあ、良いだろう。
その真田殿だが、忙し過ぎるのか、城中でもなかなか出くわさない。
それとも私を回避しているのか。
まさかねー。
そんな事はない、と信じたい。
ねえ、表裏比興の君。
まあ、それも良いか。
意趣返しではないが、与太郎は一つ、思い付いた。
抹茶ミルクティーを飲み干してから甲斐姫に提案した。
「この乗馬調練は良いな。
馬の疲れもあると思うから、二日に一度はしたい。
どうだろう。甲斐姫」
必殺上目遣い。
これに甲斐姫は苦笑い。
同席してお茶してる上番頭の二人を振り返った。
二人は即答した。
「「賛同いたします」」
甲斐姫は少し考えた。
そして質問で返して来た。
「お尋ねします。
もしかしてお江様のお出迎えですか」
すっ、鋭い。
与太郎が返事に詰まると、甲斐姫が重ねた。
「なるほど、そう言う事ですか」




