表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/108

(お江様)1

 早朝、大坂城から二十数騎が飛び出した。

異常が発生したという訳ではない。

ただの、というか、異例の朝の乗馬調練であった。

問題は誰が、にあった。

上様、豊臣朝臣与太郎秀頼様。

そう、与太郎がついに馬を手に入れた。

これまでは年齢の問題から馬に恵まれなかった。

それが解消した。

蔵入地から純粋な木曽馬が献上された。

それも性質が大人しく、かつ木曽馬の中でも一際小さいのが。

馬体は小さくても、馬力に問題はなかった。

瞬発力より持久性に優れていた。

名前は雌馬であったので、巴御前から拝借して、

与太郎はそれを巴と名付けた。


 昨日のうちに関係各所には通知されていた。

上様が早朝、騎乗にて遠乗りされる、と。

門衛達は大過なく役目を果たした。

門の内外を哨戒し、上様御一行の遠出を見送った。


 供回りの中核は甲斐姫とその配下の野百合組。

それは若手の女武者で構成されていた。

勿論、それだけではなかった。

上番の近習組が前後を囲めていた。

しかし、もう片翼の小姓組には出番がなかった。

年齢から、乗馬技術が未熟、と指摘されたからだ。


 甲斐姫が馬を寄せて来た。

「上様、巴の調子はどうですか」

 巴かい。

「まだ慣れていないようだけど、悪くはないよ」

「鞍の塩梅は」

 鞍かい。

「尻に優しいな。

職人を褒めてくれ」

 それで甲斐姫は頷き、側を離れた。

あっ、乗っている私への気遣いがない。


 甲斐姫には約束させられた。

非常時には野百合組の誰かが与太郎を回収する、と。

つまり、巴から他の馬への乗り移り。

それは誰かとの二人乗りで真っ先に脱出する、を意味した。

致し方ないこと。

与太郎としては、自分は誰よりも命が貴い、とは思わないが、

足手纏いなのは確か。

迎撃の邪魔に為らぬようにするが最善手と理解し、

快く受け入れた。


 与太郎は巴の手綱を掴みながら、周りを見回した。

自分は完全に馬群に隠れていた。

一際小さな巴と六才児の組み合わせなのだから、

外から見える訳がない。

これなら鉄砲の狙撃はない。

例え弓の曲射名人であろうとも不可能だろう。

密かに満足の笑みを浮かべた。


 与太郎は馬群に隠れながらも、街の様子を確認した。

朝早くから人が行き交っていた。

荷車や荷担ぎも多い。

「「「どいたどいた」」」

「「「ぶつかんじゃねえぞ」」」

「「「なにしやがんだ、てめえ」」

 所々で喧嘩沙汰。

おお、荷を放り出して組み合った。

やってやれ。

どちらが悪いかは知らんけど。

 彼等は日の出ととも早飯、明るいうちに働き、

日暮れ前に夕餉を摂って、惰眠を貪る日常であるそうだ。

まあ、そんななか、娯楽の一つは喧嘩かも知らん、しらんけど。

それはそれはご苦労様。

怪我してもしっかり働いて、納税に貢献するのを忘れないでね。


 馬群は与太郎に合わせているので、速さはない。

周りの大人達にとってはお遊び感覚なのかも知れない。

が、誰もそれを口にしない。

与太郎への忖度とか、優しさというより、

きちんと育て上げるのに力点を置いていた。

 豊臣家は徳川家に比べると新興の為、

古参の家臣団がない、という向きが存在する。

それは大きな間違いだ。

淀ママの存在を軽視し過ぎだ。

淀ママの存在抜きにしては豊臣家臣団は語れない。

淀ママのお陰で、織田家臣団、滅びたとは言え浅井家臣団、

その二つが良い意味で混在していた。

実力主義であった織田家、畿内文化に染められた浅井家。

彼等は秀パパの血うんぬんではなく、

織田浅井二つにより造り上げられたハイブリッドな上様、

与太郎に大いなる期待を寄せていた。


 街の様子が確認できた。

町割りもだが、それよりも大事なのは町人達の暮らし。

喧嘩するほどに活気に溢れていた。

うむうむ、余は満足じゃ。

秀パパの構想通りに街は栄えていた。

秀パパ、空の上から見ていますか。

あっ・・・。

あれだけ人を殺したんだ。

地獄の釜・・・から見上げているのかも知らん。

そこは熱いですか、秀パパ。

生憎、私はそこまでは付き合えません。

ごめんね。


 与太郎は近習の上番頭を手招きした。

「町人達に娯楽は」

「娯楽でございますか」

「そうだ、例えば芝居とか相撲とか」

「ああ、それでしたらございます。

河原芝居や博打を楽しんでおります」

 河原芝居は分かるが、よりにもよって博打もかい。

まあ良いか。

ある意味、銭金が回る。


 時折、真新しい臨時の辻番所を見かけた。

あれは大坂を訪れる要人の為だ。

その人の名前は、お江様。

もしくはお江の方様。

淀ママの末の妹だ。

徳川秀忠殿の正室にして、与太郎の許嫁である千姫の母。

仇や疎かに出来ないお方が来る。

 オマケとして辰千代殿が付いて来る。

徳川家康の六男、辰千代。

お江様と辰千代殿を護衛するのは酒井家次。

家康の家臣団筆頭であった亡き酒井忠次の嫡男。

彼が五十騎を率いているそうだが、それで済む訳がない。

徒士や足軽小者が当然いる。

お江様の女衆も。

それらを合わせると三百に近い数になるそうだ。


 お江様と辰千代殿の本隊は数を絞ったそうだが、

沿道の公儀大名衆は万を超える警護の兵を馳走した。

怨敵徳川だが、お江様は別枠。

喜んで街道を整備し直して大歓待するそうだ。

そのお江様がもうじき大坂入りする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
秀吉…関白になるまでは良かったんだけどね。それ以降がどうも無駄に人死に増やした感はあるよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ