(襲撃)4
与太郎は大角与左衛門をジッと見た。
無欲では困るのだ。
功には褒美で報い、罪には罰を下す、でないと示しが付かない。
その大角、得心したのか、望みを口にした。
「某、南蛮の料理を覚えたく」
おお、そうか。
しかし、大角を厨方頭から外すのは難しい。
であれば、役目の傍ら学ばせるとしよう。
「相分かった、堺の代官に南蛮料理人を手配させよう。
厨方にて雇い、学ぶが良かろう」
文を届けさせた六名が戻って来た。
ただ一人以外は直ぐに来るそうだ。
片桐且元だけはそうも行かなかった。
与太郎の代理の仕事があり、早急には来れないそうだ。
一番手は槍師範、渡辺糺であった。
状況を理解しているのか、供回りは従者二人のみ。
両膝を着いて与太郎を繁々と見回した。
「上様、お怪我はございませんか」
「大事ない、衣服が汚れた程度だ」
「某、上様警護の任にありながら、誠に申し訳ございません」
「気にするな、その方の任は戦場においてだ。
今は責任うんぬんより、襲って来た者共の詮議が先だ」
大谷吉継、来栖田吾作、松浦久義、来栖治久の四人も来た。
彼等も供回りは従者二人にとどめた。
何れもが与太郎の怪我を心配した。
顔色から、心底からの言葉と分かった。
与太郎は彼等に床几を勧めた。
そこへ甲斐姫が合流した。
与太郎の隣の床几に当然のように腰を下ろした。
「上様、話がつきました」
話が見えぬ渡辺達に甲斐姫がかいつまんで説明した。
大名の子弟等の処遇が決まったと言い、ついでとばかり、
一から始めた。
そう、襲撃当初からの一連の流れを、小姓の助けも借りて、
要領良く説明した。
甲斐姫は説明を終えると大谷吉継に座を譲った。
大谷吉継が甲斐姫に頷いて、皆を見回した。
「こちらの怪我人は」
近習組筆頭、松浦久義が答えた。
「小姓組と合わせて六人。
何れも軽傷です」
「それは重畳。
捕らえた者共は」
「重傷一名、軽傷三名、残りの二名は自害いたしました」
「椎名将成は」
「一番の軽傷です。
取り調べは今からでも可能です。
ただ、自害の恐れがあるので猿轡を嚙ませております。
この猿轡、他の三名も同様です」
「自害されると困るが、さりとて猿轡を外さねば取り調べはできん。
困ったな、誰か何か良い手はないか」
豊臣忍軍の元締め、来栖田吾作が言う。
「取り調べは当方に任せて貰おう。
こちらは慣れた連中を大勢抱えているからな」
「ほう、確かに。
それでどうやる」
「猿轡が外せないなら、隙間から酒を流し込む」
「酒毒にするのか」
「自害の恐れがある手合いはそれしかない」
吉継は納得した。
「よかろう、手早く頼む。
ついでに傷の手当てもな」
来栖田吾作は従者一名に耳打ちし、外へ走らせた。
「椎名将成一人は分かっているが、
他は全く見覚えがない奴輩ばかり。
貴公等はどうだ、」
渡辺、来栖、松浦、来栖の四人だけでなく、
周りに控えていた者達も首を横にした。
吉継は小姓組筆頭、来栖治久を見た。
「椎名将成はどういう者だ」
「弓組頭の一人、椎名宗直の嫡男です。
弓は当然ですが、小太刀も得意としております。
人柄は穏やかで、喧嘩沙汰の類は聞いたことがありません」
「ほう、品行方正か。
住まいは弓組の組屋敷か」
「いいえ、城下に小さな屋敷を構えております」
「ということは、領地を賜っているのか」
「はい、そのよしです」
吉継は松浦久義に視線を転じた。
「椎名将成一人の判断ではなかろう。
椎名家を調べてくれるか」
「承りました」
松浦久義も従者一名に耳打ちし、外へ走らせた。
吉継は全員を見回した。
「意見を聞かせてくれ。
・・・。
襲撃した連中は一体どこの者なのか。
今日は外からの者達が多いから、それに紛れたと思われるが、
誰がその手助けをしたのか。
さらに、奥のここまで来るには、内部の協力者が必要だ。
その協力者は誰か。
そしてその目的が上様の暗殺であることは明白。
椎名将成等六名が仕組んだ張本人とは、とても思えない。
必ずや彼等の背後に暗殺を目論んだ者がいる。
それは一体誰なのか」
それぞれが意見を述べた。
さりとて、それらはあくまでも憶測。
あまりにも材料が少なく、深いところへは手が届きそうになかった。
与太郎は一石を投じた。
「徳をする者は誰だ」
甲斐姫が応じた。
「そちらから考えた方が早そうですね」
来栖田吾作が与太郎を見た。
「島津や伊達では有りません。
仕置きは本日決まったばかりです。
となると徳川しか残りません、が断定は出来ません」
吉継が来栖田吾作に尋ねた。
「徳川屋敷の忍びは数を減らしたと聞いている」
「そうだ、かつての半分もいない。
こちらの関東への浸透を警戒して、多くが関東へ回された。
今は屋敷の警備で手一杯だと見ていい」
渡辺糺が声を上げた。
「島津や伊達ではない。
徳川も手が少ないとなると、では誰だ」
甲斐姫が覚束ない顔で言う。
「失礼を承知でお尋ねします。
上様が亡くなったとして、誰が後を継がれるのですか」




