(襲撃)3
上番の近習組頭と小姓組頭が揃って来た。
顔色も揃って悪い。
二名は甲斐姫に遠慮してか、後ろに控えた。
その甲斐姫が二名に説明を促した。
まずは小姓組頭。
「椎名将成のこと、全く持って面目ありません。
某一人の腹で収めて下さい」
切腹すると言い切った。
負けずと近習組頭も言う。
「某も面目ありません。
不逞の輩の襲撃に気付かなかったのは某の怠慢でした。
この腹で収めて下され」
おいおい、あかんやろ。
己の責の有無より先に現状を説明しろよ。
身内と、捕らえた者共の死傷者数を。
何人死んで、何人が生きているのか。
そして尋問に耐えられるのは何人か。
組頭なんだから優先順位を間違えるな。
思いは同じようで、甲斐姫が怒鳴った。
「この馬鹿者が、揃いも揃って腹を切るだと、虚仮を抜かすな。
耳の穴をかっぽじってようく聞け。
これはお主らの腹二つで収まる話ではない。
お主らならその辺りは分かるだろう」
流石は甲斐姫、良い事を言った。
甲斐姫、ついでとばかりに与太郎が懸念していることを語り始めた。
分かり易いようにちょっと膨らませてだ。
これには組頭二人と一緒になって与太郎も頷いてしまった。
そんな与太郎に甲斐姫が同意を求めた。
「上様、これで宜しいですよね」
異存なんて、とてもとても。
あっ、甲斐姫に頷いて、組頭二名に補足することにした。
「二人は甲斐姫の与力をせよ。
甲斐姫が出入りすると怪しまれる箇所へは、
その方共の組下の者を差し向けよ。
与力のこと、表沙汰にできないが、片桐且元だけには通して置く」
甲斐姫は最初に野百合組に指示した。
「仕度したら騎乗訓練を続けなさい。
何事も無かったように装うのよ。
ついでに辺りの警戒も頼むわよ。
上様の代わりは木村殿にお願いしましょう」
それを横で聞いていたキムの顔に落胆の色。
まあ、キムにはもう少し頑張って貰おう。
頑張れ。
次に近習組の組下の者六名それぞれに文を手渡した。
「何事もなかった顔で面会を求め、本人にのみ手渡しなさい。
その際、誰に何を聞かれても答えないこと。
まあ、聞かれないでしょうが、その方たちは急ぎ戻りなさい」
与太郎は甲斐姫の着眼に感心した。
宛先は片桐且元、大谷吉継、渡辺糺、来栖田吾作、松浦久義、
来栖治久の六名。
筆頭家老、知恵袋、槍師範、豊臣忍軍の元締め、近習組筆頭、
小姓組筆頭。
表沙汰に出来ないので、実務者六名に絞ったようだ。
慧眼だよ、甲斐姫。
木陰へ移動し、与太郎は床几に腰を下ろした。
身辺警護は小姓組のうちより、直臣の子弟四名とした。
近習は元服を済ませた直臣ばかりだが、小姓には事情があった。
半分ほどを大名の子弟が占めていた。
これには大名側の事情が大きかった。
上様への御奉公が名目だが、実は後継争いを危惧してのこと。
嫡男次男以外の子弟を大坂へ送って、領地から遠ざけた。
豊臣家か公儀で拾ってくれれば儲けもの、そういう意味合いがあった。
豊臣家や公儀としても、大名の内訌は避けたいところ。
ついでに子弟を受け入れれば各大名家との太い絆になる。
双方の利害が一致して、現在の形になった。
甲斐姫が離れたところに大名の子弟五名を集め、談合していた。
直臣は箝口令で口封じ出来るが、大名の子弟ともなると難しい。
そこは甲斐姫、悪い笑みを浮かべて言い切った。
「私にお任せください」
だから任せることにした。
与太郎にとって、今この場で最も頼りになるのは彼女ひとり。
頼らざるを得なかった。
遠くで悲鳴が聞こえた。
キムだ。
騎乗訓練と言うより、野百合組の面々に弄ばれてるように見えた。
与太郎は目を瞑ることにした。
今はそれどころではないのだ。
そこへ大角与左衛門が近付いて来た。
「上様、謝罪に参りました」
はあ、なんなの。
思い当たる節がないので困惑した。
それは警護の四名も同様だったようで、首を捻りつ、
与太郎を振り返った。
勿論、頷いて、大角を手招きした。
面前で大角与左衛門が行き成り土下座した。
「申し訳ございません」
与太郎は疑問が増すばかり。
「話が見えない、一体どうしたというのだ」
大角が懐から物を取り出した。
与太郎の、騎乗用のお飾り脇差だ。
大角が無腰だったのでそれを持たせたのだ。
「誠に申し訳ございません。
鞘を割ってしまいました」
確かに割れていた。
しかし、それは椎名将成の一撃を受け止め際に、
打撃で割れてしまったもの。
大角の落ち度ではない。
与太郎は改めて大角与左衛門を観察した。
厨方務めだが、身体つきはどう見ても武人。
性格もそれに近いように思えた。
ただ、厨方頭としての力量もあり、今の役から外せない。
「大角殿、公には出来ぬが、お主が今日の一番の殊勲者だ。
お主が刺客の一撃を受け止めたのだ。
それに比べれば脇差の一本や二本、どうという事もない」
大角は安堵したのか、肩から力が抜けた様子。
与太郎は続けた。
「今も申したように公には出来ない。
そこは察して欲しい」
「承知いたしました。
けっして口外はいたしません」
「褒美の代わりに何か欲しい物はないか」
「それではこの脇差を所望いたします」
「はあ」
聞き間違いか。
「この脇差を所望いたしたく」
で、あった。
子供用の脇差を欲してどうする。
が、好きにさせることにした。
「分かった、構わぬ。
鞘はこちらで新しいのを用意しよう。
それでもう一つ、二つ目か、何か別の望みはないか」
「それでは新しい鞘ではなく、この割れた鞘を下さい」
はあ、大角の考えていることが分からない。
「それは構わん。
大角殿、無欲もよいがそれでは困る。
何か望みを申せ」




