(始まりは突然に)4
与太郎は言葉を続けた。
「徳川殿の釈明は聞き終えた。
もう良いだろう。
この一件その方に任せる。
前田利家、最後の大仕事だ。
残りの三大老三中老五奉行と相諮り、速やか処理せよ」
「ははー、確と承りました」
「念を押すが、速やかにな。
長引くと横槍が入るぞ」
江戸から淀ママに入る。
それを利家も理解したらしい。
「拙速は巧遅に勝る、ですかな」
孫子だ。
「そうだ、この場で、皆が聞いているこの場で決めよ。
・・・。
結城秀康殿、居られるか」
与太郎は彼が大広間に居るのは承知していた。
【第三の目上級】サーチによると、色は青。
「はい、ここに」
偉丈夫が膝すりすり、前に進み出た。
徳川家康の次男であるが、出自の関係から庶子扱い。
その為に、秀パパの元に養子兼人質として差し出された。
羽柴姓を与えられて羽柴秀康。
結城家に乞われて養子に入り、今は結城秀康。
「徳川殿を城代から解任し、
その方を新たな伏見城の城代に任ずる。
準備を整え次第、向かえ」
現在、彼の実父、家康が城代として伏見城を預かり、
豊臣家の政務を取り仕切っていた。
その伏見城に、御掟破りに加担した伊達家、蜂須賀家、福島家、
小笠原家、松平家、水野家、保科家が兵を入れて、
家康寄りを鮮明にした。
触発されたのか、他にも幾つかの大名が加わる始末。
実に複層した状況にあった。
そこで与太郎は解決策として結城秀康を投入した。
本人の意向を問うと躊躇する懸念があり、強く命じた。
・・・、家康殿の次男に誰が逆らう。
おったら見たいもんや。
結城秀康は顔色一つ変えない。
「手前の兵は少のうございます」
拒否ではない。
大坂屋敷の家臣が少ない、と。
それは伏見城の状況を把握している証。
感心感心。
与太郎は別の名を声高に呼んだ。
「宗保、居るか」
大阪城詰め衆の一つ、七手組。
その筆頭が郡宗保。
状況を面白がっている色。
こちらも膝すりすりと前に出た。
「はい、ここに」
「お主は七手組全てを率いて秀康殿の与力をせよ。
私の旗印と馬標を預ける。
秀康殿、その方には私の軍配を預ける。
これで間に合うか」
秀康が視線を絡めた。
「充分です。
で、某はどこまで」
暗に、伏見に入っている他家の兵の処遇を尋ねられた。
「大切なのは徳川殿が扱っている政務の書類を確保すること。
後は全て委ねる。
自分の城と思い、存分になされよ」
暗に徳川殿を政務から外すと示唆した。
与太郎は右筆達に命じた。
「急ぎ朱印状を仕上げよ。
徳川殿宛ては解任、結城殿宛ては任命だ」
四大老三中老五奉行がどのような結論に至るのかは知らない。
しかし、与太郎が先んじて伏見城の城代から解任し、
政務の書類の確保を命じた。
この意味が分からぬ者はいないだろう。
大広間に悲鳴に近い声が広がった。
「「「上様、どうかお聞き下さい」」」
伏見に兵を入れた大名衆が身を乗り出した。
その多くは秀パパの子飼いだ。
彼等が家康寄りを鮮明にした理由は理解していた。
根本は、秀パパの文禄慶長の朝鮮出兵にあった
それを契機に加藤清正等の武功派と石田三成等の文治派が対立、
遂には豊臣家滅亡へと至った。
要すると、秀パパのつけを秀頼が支払った、のかな。
与太郎は胸の奥底で笑った。
ふっ、今はそれどころではない。
大魚が釣り針に喰い付いたのだ。
与太郎はその大魚、家康に視線をくれた。
【第三の目上級】サーチによると、色に変化が。
黄色が薄れて赤の点滅。
家康は肚を据えつつあるようだ。
せやろ、せやろ。
「徳川殿、後回しになってしまったな。
その方、伏見城の城代から解任する。
理由は分かるだろう。
それから、徳川殿、大老衆の談合の邪魔になる。
決まるまで控えの部屋でお待ちなされよ」
返事は聞かずに片桐に視線を転じた。
「私も部屋に戻る。
決まったら呼びに来てくれ」
与太郎は視線を淀ママに向けた。
すると淀ママ、唖然とした顔で与太郎を見ていた。
どうやらその状態で固まっていたらしい。
再起動させるか。
「お母様、私共は席を外しましょう」
与太郎淀ママ一行が大広間から去った途端、議論が始まった。
盗み聞きしたいが、立場上、それは出来ない。
後ろ髪を引かれながら、廊下を進んだ。
淀ママが立ち止まって与太郎に問うた。
「秀頼、お待ちなさい。
今日は一体どうしたのですか」
「何がですか」
「今の事です。
大人相手に、どうしてあの様に出しゃばったのですか」
「出しゃばっちゃいけませんでしたか。
・・・。
もしかしてお忘れですか。
子供でも元服はすんでます。
これでも歴とした豊臣家の当主です」
「批判している訳ではないのです。
ただ、何時もと違っていたので、驚いたのです」