(島津騒動)9
島津豊久から予想外の報告があった。
伏見城勤番を命ぜられた、という。
つい最近まで徳川家康殿が城代に任じられていた城だ。
罷免されて城代は結城秀康殿に差し替えられた。
その結城殿に与力せよ、との命令。
公儀からの命令には逆らえない。
ここで逆らえば佐土原島津家だけの問題では終わらない。
誰もが島津本家と伊集院家との諍いに関連付ける。
九州の大名であれば即座に気付く。
佐土原島津家は伊集院家の北に位置しているので、
南の島津本家と示し合わせれば挟撃が可能になる。
誰かが公儀に注進に及ぶだろう。
さすれば公儀も無視できない。
多少の混乱はあるだろうが、何らかの対策が講じられる。
それとは別に、佐土原島津家に勤番を命じた理由が気にかかる。
単に偶然か、それとも何らかの意図があっての事か。
意図・・・。
義久は隘路に迷い込みそうなった自分を恥じた。
考えを改めた。
何があろうが、島津の武威で押し切るだけ。
太閤殿下は逝去された。
徳川殿は身動きが取れない。
二人が欠けた公儀など恐るるに足らず。
伊集院家を早急に討ち滅ぼし、こちらの言い分を押し通す。
それもこれも、全ては時間との勝負。
義久は使番二名に尋ねた。
「徳川家はどうなっておる」
「徳川様は今も臥せておられるようです。
面会謝絶が続いています」
「公儀が徳川家に軍を催す様子は」
「全くありません。
巷の噂では、淀の方様が止めておられるとか」
徳川秀忠殿に嫁いだ実妹を大切に思っているのだろう。
しかし、それを振り切って決断できぬとは、呆れてものが言えない。
公儀の大人衆も、豊臣の大人衆も腑抜けたものよ。
そこが島津にとっては付け目なのだが・・・。
忘れていた。
「上様はどうなされておる」
御掟破りの一件以来、奇妙な言動が目立つ。
特にお茶席。
大名衆を、大小問わず招いていると聞いた。
招かれぬのは御掟破りに関与した者達だけ。
「このところ、槍道場に通われる回数が増えた、
そう聞いております」
「ほう、槍と、噂の初陣の為かな」
初陣の相手は徳川家康殿、そう発言したそうな。
義久は使番二名を下がらせ、重臣四名に目をくれた。
鎌倉の頃より島津家に奉公して来た古参衆に連なる者達だ。
この四名は殊の外、無理難題を好むので重用していた。
彼等に佐土原島津家との挟撃が不可能になった事を伝えた。
聞いて残念がるかと思いきや、即座に一人が公然と言う。
「都城八万石如きでは手柄に応じて分け与えるのは難しいでしょう。
佐土原島津家に割譲する余地はないかと存じます」
四名が好き勝手に物申す。
義久は四名それぞれに役目を命じた。
まずは佐多宗次。
「宗次、お主は伊集院家との領境へ向かえ。
領境を封鎖している部隊を取り纏め、その指揮を執れ。
伊集院家が押し出して来たら、押し留めろ。
伊集院家はこちらの手の内が分っている。
反撃は無用だ。
まず儂に報じろ。
その後は儂が来るのを辛抱して待て」
「承りましたが、果たして伊集院家が押し出して参りますか」
「十日ほどで押し出して来る。
十日ほどでだ。
それを理由に、公儀に知らせると同時に都城を攻める。
分かったな、十日ほどだ」
押し出して来なくても構わない。
銃弾の一発でも島津軍に撃ち込まれれば、それで良し。
そう、誰が撃ったのかは問題ではない。
どこに撃ち込まれたかだ。
戦に汚いも綺麗もない。
勝つ、それが全て。
「十日ほどですな」
宗次が深く頷いた。
次は敷根忠元、
「忠元、お主は十日ほど後を目安に本隊召集の用意をせよ。
武器弾薬は前倒しで早めに頼む」
「公儀の耳目が入っていると思いますが」
確かに島津領にも豊臣家の蔵入地があった。
小数ではあるが豊臣家の官吏が詰めていた。
その中に忍びが混じっていても不思議ではない。
「お題目は徳川家討伐だ、公儀にお味方する」
「大殿には適いませんな」
忠元は余裕の表情。
三人目は加世田兼盛。
「兼盛、お主は小荷駄と備えだ」
「承りましたが、某にも前で戦う機会も下さい」
憮然とした顔の兼盛に催促された。
まだ若いから知らないのだろう。
「伊集院家の得手の一つは糧食集積地の焼き討ちだ」
兼盛は途端に表情を崩した。
にやつく。
「承知いたしました」
最期は市来正富。
「正富、お主には儂の留守を預ける」
歴戦の老将は不満顔。
「某は筆より槍が好みなのですが」
そう言われると納得するしかないが、
任せられるのは正富しかいない。
「儂が留守すればどうなると思う」
老将は争いに限ってだが、嗅覚が働く。
「もしかして、鼠共が動きますかな」
伊集院家に誼の家々が出兵に不満を持ち、非協力的なのだ。
それとは別に、島津一族の中にも不満を持つ者達がいた。
枝分かれした由縁の、末端が殊の外煩かった。
「誘い出してくれると助かる。
ここで島津家の大掃除だ、やってくれるな」
「喜んで」
