(慶長の伊達家騒動)2
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伊達政宗は片倉景綱の言葉に唖然とした。
押し込め云々であった。
押し込められるとしたら自分でしかない。
生煮えの疑念を抱いて景綱を見遣った。
気付いているであろうに、彼は視線を合わせない。
政宗と彼の付き合いは長い。
切っ掛けは政宗の乳母が彼の姉であったこと。
その縁で親しくなった。
齢が十ほど離れていたので、政宗は彼を兄のように見ていた。
彼は彼で、身分に関係なく政宗を実弟のように扱ってくれた。
時には厳しい諫言もあったが、耳には心地好かった。
景綱を中心にして話が進んで行く。
何かを決めるにしても、政宗に発言は求めない。
そして、それを指摘する者も一人としていない。
重臣連中も、口煩い親族も、政宗には話一つ振らない。
かつては政宗が伊達家の家政の中心にいた。
それが今、目の前で崩れていた。
版図を半分ほどに減らした事が原因ではない。
十年ほど前の葛西大崎一揆が原因であった。
あれで家中での信を失った。
そこで思い付いたのが外の権威を借りる事であった。
虎の威を。
まず太閤殿下に阿り、その権威を笠に着て家政を動かした。
太閤殿下が没するや、徳川家康に阿った。
その権威を笠に、続けて家政を動かした。
それも御掟破りが表面化するまでであった。
しかし、まさかこうなるとは思わなかった。
政宗は胡坐をかいて、長い溜息。
今はまだ押し込められる事はない、と見て取った。
大方の指図が終わったのだろう。
一同にお茶が振舞われた。
勿論、庭先の軽輩や陪臣にも。
当然、政宗にも。
景綱はお茶を飲み終えると大広間の隅にいる男に声をかけた。
「小森吉蔵、これへ」
政宗が自由に動かせる黒脛巾組の頭の一人だ。
吉蔵は突然の指名に慌ててお茶を飲み干した。
そして膝スリスリ、広間の真ん中へ進み出た。
「御用でしょうか」
「その方の知恵を借りたい。
一揆勢の事を知りたいのだ。
何一つ包み隠さずに話してくれるか」
吉蔵は困惑の色。
そんな吉蔵に重臣の茂庭綱元が圧をかけた。
「当家は公儀の枠外とされた。
それでは困ると思わぬか。
幸い、一揆鎮圧の軍はまだ大坂にいる。
そこでその前に、来る前に何とかしたい」
「如何様に」
綱元が吉蔵ではなく政宗に聞かせるように言う。
「一揆勢から伊達家の色を消したい」
大広間の面々の視線が吉蔵が突き刺さった。
誰一人として口にはしないが、政宗が今回も一揆を扇動している、
と理解している色だ。
いつもであれば、ここで政宗の助けが入るのだが、今日は違った。
政宗は視線を合わせようともしない。
吉蔵は深く頭を下げた。
「お力になれるか、なれないか、それは分かりませんが、
なんなりとお尋ね下さい」
大広間の面々から安堵の溜息が漏れた。
伊達家の家政が政宗から重臣側へ大きく傾いた事を喜んでいた。
吉蔵は家中の変化に戸惑いながら姿勢を正した。
景綱の質問から始まった。
「一揆勢に家中の者達がおるな」
「はい」
吉蔵は組下の忍びを各地の一揆勢に潜り込ませていた。
政宗の支援で一揆が立ち上がった今、
一揆の動向を探るのが目的であった。
「こちらに戻せるか」
「ご指示とあれば」
「では戻せ」
「はい、直ちに」
「次にだ、伊達家の関わりを知っている者達がおるな」
「はい」
最小限に留める努力はした。
したが、前回の一揆の事もあり、噂までは止められない。
「文書があれば回収して燃やせ。
人であれば目に付かぬように口を塞げ」
政宗は目の前の遣り取りを聞きながら、心を落ち着かせた。
景綱はこの混乱した状況を筆頭家老として収めようとしていた。
手始めは政宗を家政から遠ざけた。
手法としては正した。
頭ではそう理解した。
が、遣り切れない。
景綱とは長い付き合い。
その遣り口が分かっていたので敢えて抵抗はしなかった。
しかし、その後で書状や文を書かされたのには困った。
宛先が膨大なのだ。
縁のあるお家や公卿衆、寺社、商家には書状。
親しい者には文。
右筆が本文を仕上げ、政宗は主文の確認と朱印。
煩雑なのは主に右筆達なのだが、政宗も疲れた。
奥羽の伊達家は畿内とは距離があった。
為に急ぎの書状は昔であれば早馬の類、
今はそれは船便に取って代わられた。
今回も使番が船便にて宛先へ向かった。
片道は単純に早さを競うのだが、返信には時を要した。
こちらからの依頼を受けるかどうかは相手側しだいなので、
強要は出来なかった。
それだけ伊達家の力が落ちた、とも言えた。
景綱が出した使番の戻りは早かった。
まずは伊達秀宗の件。
秀宗は政宗の嫡男で、今は大坂城で上様の小姓を務めていた。
伊達家が畿内に持つ家屋敷や飛び地全てを接収された影響で、
秀宗も屋敷を失った。
しかし、北政所様が手を差し伸べ、
自身の化粧領の大坂城下の屋敷を貸し与え、
亡き太閤殿下の猶子として遇してくれた。
小数だが秀宗付の者達も残っているそうだ。
次は公儀。
景綱が書状で枠外の説明を求めたところ、
ケンモホロロであったそうだ。
「枠外であるので、取り次ぎは出来申さぬ」その一点張り。
大坂詰めであった家来衆が同じ船便で戻って来た。
景綱は彼等にも事情を聞いた。
「大坂の様子はどうだ」
口にし難いのか、誰もが押し黙った。
景綱は大坂詰め歴の長い者を名指しした。
名指しされた者は観念した。
「大坂では島津と伊達の評判は芳しくありません。
城中だけでなく、街中でもです」
「それほどか」
「はい、・・・」
「言葉にし難いのか」
深く頭を下げて言う。
「犬糞と同列に語られています」
言ったまま頭を上げない。
同席していた重職の面々が呻き声を上げた。
「「「犬糞と同列か」」」
上座で聞いていた政宗は苦い顔をするが、口は開かない。




