17:16 勝手に振っておいて
結局今日は、その後何もなく一日を過ごしてしまった。
オレンジ色に染まるネクストの景色も綺麗なもんだな、と深いため息と一緒に愚痴をこぼす。
ルルゥの言っていた『ハンター』なる存在と邂逅することもなく。すずらん畑の木の根元で、カエナがずっと口を閉じたままでいた。
それに寄り添うようにナミダも傍にいた。
隙を見て過去に何があったのか、ジンという人物と何かあったのかと尋ねたかったが、陰キャレベル126くらいあるナミダにはなかなか難しい話だ。
「……あのさ、」
17時になって、唐突にカエナは口を開く。
「タナトスくんのこと、やっぱすごくいい人だとは思う」
「ん? ほめてる? 貶してる?」
「ほめてるよ、当たり前じゃん。ずっと傍にいてくれてありがとう。心地いいね、キミの隣は。なんだか給食袋みたいだね、お母さんが作ってくれたやつ」
やはり貶されている気がして、ナミダは目を細めて言動を怪しむ。足を組み替えると、
「……急だね、これから別れるわけでもないのに、どうしたの」
世界が焼けている。すずらんたちは、めいいっぱい夜に輝くために今この瞬間も光を吸収したいと根を伸ばす。
「ごめんね。行かなきゃ」
立ち上がり、日の沈む山脈に向かって大きく腕を上げて伸びをする。
少女はナミダに背を向けて歩み始める。それに釣られてナミダも立ち上がったが、「来ないで」と釘を刺した。
「ど、どうしたんだよ。今までは――あれだけ一緒にいようって言ってくれたのに」
「あのさ」
カエナは蝶々を追ってジャンプするルルゥを捕まえて、優しく頭を撫でながら言った。
「アタシたち、会ってまだ一日だよ。アタシよりもっと優れた仲間がいる――聡明で、謙虚で。少し病弱だけど。でも面倒見がよくって、面倒見たくなって。そんなかわいい人に出会えるよ。タナトスくんはそれに見合うくらいの特権は持ってると思うよ」
「待ってよ。……カエナさん、それってさっき言ってたマヒルさんのこと? カエナさんの兄弟? それに、ジンさんとの関係って、」
これ以上の詮索は迷惑になると思って、いや、なんでもないと視線をルルゥに落とす。
「じゃね、タナトスくん、ルルゥ。アタシはアタシの戦いをしに行くよ。寝る時は絶対におなか冷やさないでおいてね、絶対だよ」
「僕は!」
ナミダは一歩前に踏み出す。真実が知りたい。きっと、僕がカエナのことを助けられるから。だから、きみのことをもっと知りたいんだ。
都合のいい言葉を思いつく人間ほど、それが脳に巡るだけで言うタイミングを逃してしまうものだ。
「僕、の。名前は――ナミダ。タナトスじゃ、ないから」
「ん。教えてくれてありがとうー、ナミダくん。またね」
カエナの手元から、ぴょんとルルゥが飛び降りる。
振り返って耳をぴくぴくさせるが、何も言わずに彼は見送っていた。すずらんの花びらを大きく揺らす風が、二人の間を分断し、そして乖離させるのだ。
またね、か。またねかよ。
ルルゥは「いいのか?」と尋ねるが――いいわけないよ。
でも、今は頷くしかない。それ以外の選択肢があるなら、ぜひとも用意していただきたいものだ。
そして何事もないまま22:59分。ナミダとルルゥの二人は時計塔の広場へと自動転送された。




