11:54 因縁
ナミダとルルゥの二人は村に向かっていた。
『血』の話題を振ってからというもの、カエナは意気消沈を通り越して今にも自殺するんじゃないかというレベルで落ち込んでいた。いや、実際はどこまでではないのかもしれないけど、いつもの姿を知っているからこそ。
「ってか、これからどこ行くんだぁ? この世界にコンビニはねぇーぞ」
お前は現代日本の何を知ってるんだよ。
というツッコミはさておき村の入口へ続く橋を渡っていると、ずいぶんと老朽化しているのか、ぎぃぎぃと軋む音が聞こえる。夢の中ではどうだっただろうか――あの凄惨な夢を見てから、ことある毎に現実と見比べて違いを探してしまう。
「夢の内容だと、この村の中に道具屋があって、そこの店主が魔女みたいな風貌なんだよ」
「夢って、あー……さっき言ってたあれか。どんな夢見たんだよ、エッチな夢以外見たことあんのか? 発情期のオオカミ」
いや、それは――と言葉が詰まった。
ルルゥは頭上から興味津々で質問する。短い腕でナミダのおでこをぽんぽん叩きながら。
「ま、言いたくないなら言わなくてもいいけどよ~。でも、もしその結末が気に入らないのなら絶対に同じ行動はしちゃダメだぜ。億万長者になって高身長で胸のでかいバニーガールに囲まれながら生活する夢だったら絶対その通りにするべきだろうがよ」
「そんな夢も股間も膨らんじゃうようなことが現実世界で起きたなら、僕だって喜んでそれに従うよ。……大丈夫だよ、同じにはならない。だってこうしてルルゥに出会ってるんだからさ」
急に恥ずかしくなるようなことを言うから、ルルゥは顔を赤らめながら丸くなった。
「そ、そうかそうか。まああんまり落ち込むこたぁねえよ。所詮は夢だ、そうだろう。占いをアテにするのは構わねぇけどさ、目覚ましじゃんけんくらいにしておけよ。そういうのは気分で変わるもんだぜ」
うん、とナミダは素直に頷く。
橋をちょうど渡り切ったタイミングで、門前には一人の男が壁に背を預けて立っている。キャラクターシートの裏面の地図を確認し、うんうんと悩んでいるが、次の目的地について悩んでいるのだろうか。
「……ん? あの人――たしか夢の中で、」
見たことがある。確か、夢の中で道具屋を出る前に遭遇した。
金髪マッシュに、背が高く、そして弓矢を持った――
「弓矢……?」
ナミダの足が止まる。そして、嫌な予感に拳の中が汗で滲んでゆく。
男はナミダたちに気づいた。怪訝そうな顔を浮かべて近づいてくる。
(隠れろ! ルルゥ!)
(むぐぅ!?)
頭上でぐうたらしていたルルゥを、ズボンにシャツインし数年前のアキバオタクスタイルの要領でアーマープレートと服のわずかな隙間にしまい込む。種族は大賢者だけど見た目は小型犬で、別名はモフモフニクキュウマンジュウだから何も問題ないだろう。
「やぁ。どうかしましたか? ワタシの顔に何かついてますか」
「い、いえいえ、何でもないですよ。……お兄さんも勇者候補ですか?」
そう訊くと、男はニッと口角を上げて「はい、そう訊くあなたも?」と笑顔で答えてくれた。最近の若い男性は肌に気を配って清潔感があるが、この男は権化ともいえるほどに爽やかである。
「そうなんですよ。これからどうしようかなって色々考えているところです」
「ははは、そうですよねぇ。ワタシも同じくです」
いい人そうという第一印象ではあるが――背の弓矢が気になって仕方がないから、ナミダは乾いた笑いしか出なかった。
矢に射抜かれて瀕死だったルルゥをナミダが救ったのだ。もしこの男がハンターと同じ矢を使用していたなら、ルルゥを殺した犯人はこの男がかなり近い。
「これですか。いいでしょうー、村とは反対側の方にキャンプしていた集団がいて、先ほどまで彼らと過ごしたんです。手伝いをいろいろとしまして。これと数枚の銅貨をお土産に寄越してくれたんです」
やはりそうか……その手伝いの内容次第では、ルルゥを殺した犯人がこの男ということになる。
「て、手伝いって、ど、ど、どんなこ、ことを――?」
かーっ! こんな時に怪しく口をもごもごさせながら喋ってしまった。
ナミダの心臓はバクバクと鼓膜を揺らすほどに強く鳴っている。この優しそうな男性がルルゥを手に掛けたと考えると――
「んーと、一匹の白い獣を仕留めてほしいって言われましたので。お試しでこの弓矢を使って、なんと一発で当たったんですよ。凄くないですか?」
男は、得意そうに木製の弓矢を取り出して、川に向けて引いてみる。右手で掴む羽根には、蛇が刻印されていた。
ビンゴだ。この男が、ルルゥを――小さな獣の命を奪おうとした。
ルルゥはいつ自分が【仮死】状態になったのかを覚えていない。背後から近づかれたり、目視できない場所から攻撃されたのかもしれない。矢が刺さった後は、ゆっくりとした足取りで、あの川まで歩いて――そして誰からも見守られることなく気絶した。
その一部始終をナミダは見たわけではない。
けど、ルルゥが苦しんだのは十分に分かる。
怒りで握りこぶしを震わせるが、
「名前……」
「はい?」
「名前、聞いてもいいですか、お兄さんの」
矢を矢筒の中に、そして弓を背負って、
「ああ、ワタシの名前は――」
「…………うそ、ジン? ――なんでここに」
代弁したのは、ちょうど橋を渡り切った瞬間のカエナだった。




