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対米協調派
太平洋戦争は海軍の始めた戦争ではあったが、主流だった対米強硬派の対極に位置する対米協調派も、少数派として存在していた。
現場はそのような、大局的な目を持ち得なかったが、山本五十六、米内光政、井上成海の海軍良識派3羽烏や、避戦派の重鎮である岡田啓介や、財部彪らが、対米協調派を引っ張っていた。
海軍の内部では、彼等の意見よりも、主流はやはり仮想敵国の筆頭である米国を倒してこそ日本海軍は太平洋の覇者になれると信じてやまなかった様である。それは歴史を見れば、火を見るよりも明らかであった。
この対米協調派の人間達が、日本の未来をギリギリの所で救う事になるのだが、無論開戦間もない連戦連勝で浮かれる連中も多い中、そんな事は考える余裕は無かった。米国と協調していこうと言うこの対米協調派の流れの中に小沢治三郎はいた。




