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戦艦プリンス・オブ・ウェールズと重巡洋艦レパルス
昭和16年12月10日、仏領インドシナを基地とする南遣艦隊司令長官の任にあった小沢治三郎率いる日本海軍は、チャーチルが自信を持って派遣した英国海軍東洋艦隊のシンボル的戦艦プリンス・オブ・ウェールズと、重巡洋艦レパルスを撃沈した。
これがかの、マレー沖海戦のハイライトである。プリンス・オブ・ウェールズも、レパルスも当時の最新鋭艦であり、英国海軍が負けるとは誰も思っていない番狂わせであった。現にその報告を聞いたチャーチルは後にこう述べている。
「第二次世界大戦中で、最もショッキングな事件だった。」
米国に次ぐ規模の海軍力を保有していると見られた当時の英国海軍を持ってしても、日本海軍の快進撃を食い止める事は出来ず、日本の太平洋戦争開始時の勢いは正に、飛ぶ鳥を落とす勢いであった。
そして、このマレー沖海戦に参加した日本海軍の部隊は、真珠湾攻撃に参加した部隊に比べれば、一回りも二回りも劣る、二軍、三軍の勢力であった事は、世界の度肝を抜いたのであった。




