11.スベンザの心臓
解体シーンです。苦手な方は念のためご注意を。
ドミティラが戻ってきて、私とルピタを抱えて対岸の岸に行ってくれた。
「人を抱えても、ドミティラ軽くなれます!」
「私が持てる重さなら、軽くできる。二人は重いけどね」
「私、対岸まで自分で行けるよ!」
「急ぐから、いいの」
ルピタは不満そうだけど、とっても面白い。
水だけでなく、草の上もひょいひょい乗っちゃうので変な気分。
やっぱり魔法だ。
ホウオウボクの岸では、三人がかりでスベンザを枝につるしている。マノリトがスベンザの首にちいさく傷を入れて、血を竹筒に出していた。
近づくと、とても大きい。脚から肩までルピタと同じくらいの高さ。手を伸ばしてみる。もう息をしていない。黒い毛に触ると固い。毛の下から、熱が伝わってきた。
泥や血以外に独特の匂いがする。草とも獣とも感じる匂い。
「スベンザ、死んじゃいました」
「今は気を失っているんだ」
「エーヴェは狩りは初めて? よく見ておくんだよ」
カジョはスベンザの身体のあちこちを確認し、ドミティラは簑の下から何種類か刃物が収まった布を取り出す。
カンデは乾いた地面に石を並べて、かまどを作っている。
「ルピタ、水をくんできて」
「はい!」
大きなナベを渡されて、ルピタは水辺に走って行く。
スベンザの様子が気になって、マノリトの所に行く。一本目の竹筒はいっぱいになったようで、竹筒を入れ替えた。
「エ、エーヴェ、こ、これ、蓋閉めて」
血管にさし込まれた細い竹管から、止めどなく血が流れ出ている。黒い液体の流れを見ていると、背筋がぞくぞくした。
「血、何に使うの?」
「か、固めて食べる。え、栄養あるよ」
血は結局、竹筒五本分にもなった。
血を抜き終わると、スベンザを洗う。
「ケガや病気はなさそうだ」
「こっちに移動させるよ!」
乾いた草の上にスベンザを運んで、仰向かせてお尻の方から胸にかけて刃を入れた。
はらわたが、うわっと出てくる。
グレーに近い緑色の腸がまず目に入った。
内臓なんて、ぜんぶピンク色かと思ってたけど、カラフルで意外。脂肪の黄色が、ぱっと目立つ。
「腐りやすくなるから、まずはわたを取っちゃうんだよ」
すごい手さばきで刃物を滑らせるドミティラが言う。
「わたは食べないですか?」
「食べるよ。部位によって食べ方が違うけど」
「内臓は痛みやすいから、食べるには急がないとね」
食道から胃や腸はひとまとめに引っ張り出され、カンデが洗いに行く。
いろんな内臓を丁寧に外に出してるけど、どれがどれだかさっぱり分からない。
「これ処理しちゃうから、後は頼んだ」
お腹ががらんどうになったスベンザを、今度はカジョが毛皮を剥いでいく。
「うわー、速い!」
ドミティラも素早いと思ったけど、カジョは手が四本あるみたい。あっという間に一枚の毛皮を作ってしまった。
そのまま、肩と股関節から手脚を切り取り、運びやすいようにまとめていく。
ハエがぶんぶん飛んで、うるさい。
「まだ温かいんだよ。触ってごらん」
おそるおそる触った肉は、柔らかくて思ったよりずっと熱い。
ちょっと涙が出そうになった。
生きて走っていたことが嘘のように、バラバラになって運びやすいようまとめられたスベンザを眺める。
洗われたり、ざっとゆでられた内臓が、笹の葉を敷いたカゴに収められて重なっている。
「匂いが出ると、コヨーテが来るから」
横取りしに来るのかな?
今はすごく良い匂い。心臓が火にあぶられ、ナベでは肝臓と摘んできた香りの良い草が煮られている。
「とっくにお昼は過ぎたから、お腹空いただろ?」
「うん、空いたー!」
ルピタは元気だ。
私はさっきからドキドキしている。
緊張かな? 手の指の先までどきんどきんと脈打つ。
目の前でさばいた大きな動物を食べることに、ちょっと怖じ気づいている。
「はい、エーヴェちゃん。心臓だよ!」
「はい!」
切り分けられて、竹の串に刺さった心臓を受け取った。
うおー、どぎまぎする。
「食べるときにね、来てくれてありがとうってお礼するんだよ」
みんなに心臓が行き渡ると、ルピタがにっこり笑って教えてくれた。
それぞれ、祈るように目を閉じてから、心臓を口に運ぶ。私も心臓を前にして、心の中で「ありがとう」とお礼を言う。
噛みつくと、心臓の肉は柔らかいけれど、弾力がある。塩で味付けしてあるから、とても食べやすい。
今までずっと、スベンザの身体に血を行き渡らせてきたんだな。
うう、なんだかすごいな。私の心臓も今、身体に血を行き渡らせていて、いつか誰かが食べるんだろうか。
どんな風に食べられたら、嬉しいかなと考えてみたけど、あんまり想像できなかった。
そのとき、私はすでに死んでるから、嬉しいも何もない。でも、食べてもらったほうがちょっとはいいかもしれない。
「うー、おいしいー!」
やっぱり、お肉美味しいなあ!
心臓は六人で食べるとあっという間になくなった。
肝臓のスープは血なまぐさいかと思ったけど、香りがちょうど良くて滋味豊かな味だ。
なんだか、元気がむくむくわいてくる。
「おいしかった! 狩りは大変なことです」
身体の中心が、ぽうっとあったかい。
「スベンザの熱が、エーヴェに来たよ!」
マノリトがにこにこして、頭をなでてくれた。
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