9.王妃様のお茶会は
でもって、今、私は馬車に揺られている。
午後のティータイムに合わせて王宮入りすることになっており、王宮へ行く馬車の中で、アメリア様にお説教をされている。
アメリア様は心配だわ……とため息をついていた。
ため息を吐くと幸せが逃げるって言われたことありませんか、アメリア様。
「いいこと? すべては王妃陛下を立てて行動なさることを考えるのよ。あなたの出自は陛下も重々承知されているのですから。作法やマナーが追いつかなくても、王妃陛下を敬う気持ちがあれば、今のあなたには十分です」
そういうと、アメリア様は「教えてないことばかりですけど、大丈夫かしら」と唸っていた。
ご心配をおかけしております……。
なんか、こうして付き合ってみるとアメリア様っていい人だった。
はじめはつんけんとしていて、嫌味な人かと思ったけど。
「それにしても、殿下は何をお考えなのでしょうか。
……ナスカのそのドレス。前回のお茶会と同じドレスですね。
ミレーネ家からもドレスが山のように届いているはずですけれど、今回はフリードリヒ殿下のたってのご希望なのでしょう?」
貴族は社交界に同じドレスで出席することはほとんどないと、アメリア様に教えていただいた。
「そうなんですよ。確かに王妃様がお好きなバラを模したドレスだとハリーは言ってたけど、もうバラの時期も過ぎてますしね」
私の言葉に、アメリア様はため息を吐いて頭を抱えた。
「ドレスもそうだけど、言葉遣いだけは、どうにもならないのね……」
扇で口元を隠すと、眉根を寄せていた。
すみません。
これでも大分マシになったんですよ。言い訳しようと思ったけど、アメリア様は言い訳がお好きではないだろうから、やめておいた。
馬車に揺られて着いた王妃陛下の宮は『花の宮』と呼ばれる、白亜の建物に季節の花が美しく整えられた庭園が広がる素敵な宮だった。
口を開けて見渡す私に、アメリア様は頭を抱えながらも微笑んだ。
「あなたのその素直なところはいいと思うのだけど、ここは王宮ですからね。少し場違いなお顔ね。口は閉じられるか、扇でお隠しになって」
アメリア様は持っていた扇を私に差し出した。
「ありがとうございます。でも、手持ちがあります」
公爵令嬢のアメリア様には敵わないけど、ミレーネ家で準備してくれた小物の中に綺麗な透かし彫りが施された扇があった。今回のこの席にふさわしいとガビオラ夫人に言われて持ってきている。
王宮の入り口には、国旗を持った衛兵が入り口の両脇に立っている。青い騎士服と深紅の国旗の色が重厚な王宮の入り口に映えて、とても美しかった。
そして侍従たちに通された王妃陛下の王宮内のサロンは、白い壁と床に金色と樫の木の飴色に輝く家具の凝った意匠と色合いが映えて、とても華やかだった。
「ようこそ、アメリア。久しぶりに会えてうれしいわ。今日はゆっくりして行ってね」
カーテシーをするアメリア様の頬に自分の頬を寄せてから、心からの笑顔でアメリア様を迎えたのは、このサロンの主の王妃陛下だった。王妃様もこのサロンの主にとてもふさわしいゴージャスな方だった。身に着けているアクセサリーも衣装も豪華だけど、何よりその佇まいになんとも言えないオーラを感じて、身が竦んだ。
「わたくしも、久方ぶりに陛下の御尊顔を拝見できてとても嬉しく思っております」
アメリア様も笑顔で呼応している。
こうしてみると、二人とも豪華だな。
当代一の女性と、王太子の婚約者。この国の一、二を争う女性に挟まれて、私には居場所がなかった。
「あなたが、ミレーネ侯爵令嬢――でいいのかしら」
王妃陛下はアメリア様からそっと私に視線を移した。私を一瞥すると、答えは待たずにすぐにテーブルに着いた。
「さあ、揃ったところでお茶にしましょう。今日はあなたの好きな銘柄を取り寄せたのよ、アメリア」
王妃様はそういうと、女官に合図をした。
さっとティーセットが運ばれてくる。
挨拶すら、させてもらえなかった。
「ところで、最近フリードリヒとは会っていて?」
王妃陛下がアメリア様に語り掛ける。その言葉に、アメリア様が一瞬言葉を詰まらせた。
「――先日、我が家にお越しいただきました」
「そう。近頃何やらおかしな動きをしているようね。これでも親として、心配しているのよ。昔からわがままな子だと思っていたけれど、また何やら始めたでしょう? 困った子だわ」
ため息交じりに王妃様が言うと、アメリア様が苦笑している。
「アーノルドもいるのに、あの子に悪い影響を与えないかも心配だわ。フリードリヒの話がまとまらなければ、アーノルドの婚約者も見つけられないでしょう。せっかくアメリアと纏まったと胸をなでおろしていたところなのに、ねえ」
困ったわ、と王妃様が呟く。
「殿下には殿下のお考えがあることと、信じておりますから」
アメリア様の言葉に、王妃様が微笑む。
「健気なこと。フリードリヒったら、本当に何を考えている事やら」
王妃様はさらに困ったものね、というと私の方をちらりと見る。
「――お集まりですね」
扉が開かれて、入ってきたのはハリーだった。突然入ってきたハリーに、王妃陛下が眉間にしわを寄せる。
「あら、来たのね」
そっけなく王妃様が言うと、ハリーが苦笑する。
「せっかくのレディ方のお茶会なので、差し入れを――と思いましてね」
ハリーが合図をすると、侍女たちが新しいティーカップとフルーツが盛られたお皿を持って部屋に入ってきた。
「母上にぜひ飲んでいただきたいお茶がありまして」
「おや、珍しいことね。フリードリヒがそんなことを言うなんて」
意外そうな顔をしている。
王妃様は侍女が給仕するお茶をじっと見つめている。ポットにフルーツを入れ、そこにお茶を注ぎ、蒸らしてからカップにお茶を注いでいった。
あれは前回のティーパーティーで出したフルーツティーだ。そう言えば、グリードがハリーに飲ませたいって言っていたっけ。
「ハリー、それ――」
思わず声を上げたときに、ハリーがそっと目で制してきた。
「おや?」
「こちらではあまりこういった飲み方はしませんよね。私も初めて見たときに驚きまして。ぜひ母上に飲んでいただきたいと思ったんですよ」
「そう」
王妃様はハリーの勧めに沿って、カップに口をつけた。
一口飲んでから、そっとカップを置いた。
「なかなか、珍しいですよね? ナスカ嬢の故郷ワイヤック地方のコーンウォルズではよく飲まれている飲み方だそうですよ」
上機嫌でハリーが王妃様に問いかけると、王妃様はゆっくりと首を横に振った。
「フリードリヒ、あなたはこれを飲んだの?」
「え? ええ」
「それで、どう思いましたか?」
王妃陛下の問いかけに、ハリーはわからないといったように真顔になる。味が、美味しくなかったのかと、ハリーも口をつけた。
「私には、美味しいと感じられますが?」
「――そう」
王妃様はハリーの答えに、あからさまにがっかりとした顔をして見せた。
「フリードリヒが来たなら、ちょうどいいわ」
王妃様はそういうと、後ろに控えていた女官の一人を呼ぶと耳打ちした。
女官はその言葉にいったん部屋から出る。
王妃様はそれから、そのお茶に口をつけなかった。
「――ナスカ、とやら言いましたね。どうぞ、遠慮せずにお茶を飲んで頂戴ね。このお茶はあなたのような方にこそ、口に合うものだと思うわ。
ああ、アメリア。あなたも飲んでみたことがあって? 今後の参考に頂くといいわ。なかなか珍しいものだから。あなたの口に合えばいいのだけど」
王妃様はカップに向かって掌で指し示した。
アメリア様はゆっくりとお茶を飲む。
口につけてから、首をかしげる。
「陛下、わたくし、このようなお茶を初めていただきました。とても不思議な味なのですね。とても美味しいと思うのですが……。
美味しいと思うということは、陛下の御心には沿わないということでございますね……」
アメリア様は言い淀む。
「可愛いアメリア。あなたにもこれが好ましく思うということね」
陛下はそういうとため息交じりに苦笑した。
お茶は何の変哲もないフルーツティーだった。なぜこれがお気に召さないのか、私には何の見当もつかない。王妃様のおっしゃる通り、私の口にはとても合っていた、けど。