10.王妃様のお茶会は2
しばらくして女官に先導されて部屋に入ってきたのは、金髪で青色の瞳の美しい男性だった。ハリーと年があまり変わらない。柔和な笑顔を浮かべて、とても優しそうな顔立ちの少年だった。
「来たわね。アーノルド」
王妃がアーノルドと呼んだ彼は、王妃陛下を見ると礼をする。
「お呼びだと聞きました――本日は兄上の婚約者とお茶会をなさると聞いておりましたが?」
兄上――? ってことはこの方がハリーの弟なのか。
金髪に碧眼でハリーにとても似ている。
そして、何よりとても優しそうな顔をしていた。
なぜ自分が呼ばれたのかわからないというように、アーノルド殿下が部屋をくるっと見渡した。
「ええ。あなたもぜひ一緒にと思ったのよ。将来あなたの姉になる方もいらしているのですからね。一度あなたもご挨拶をと、前から考えていたのよ」
「兄上の婚約者の方――ボールネ公爵家のご令嬢ですか?」
そういうと、アメリア様をまっすぐと見る。
「ええ。こちらがアメリア・ド・ボールネ公爵令嬢。フリードリヒの婚約者よ」
王妃様はアメリア様を紹介する。アーノルドさまは礼を取り、アメリア様の手の甲に軽く触れるようなキスを落とした。
「アーノルド・フェルディナンド・レンツと申します。以後お見知りおきを」
「アメリア・ド・ボールネでございます。殿下とお知り合いになれて光栄でございます」
二人はにこやかに挨拶を交わしていた。それからアーノルド殿下は私の方を見て微笑んだ。
「ああ、あなたが、ミレーネ侯爵が最近養女に迎えられたというナスカ嬢ですね。ミレーネ侯爵が兄上の新たな婚約者候補にと定められたという」
アーノルド殿下は私を見てさわやかに言う。
うう、まさに本物の王子様。眩しい。
アメリア様が隣で、挨拶! と表情で語りかけてくる。慌てて頷く。
さらりと名乗ると、アーノルド殿下はとても眩しい笑顔を私に向けた。
「可愛らしい方ですね。兄上がぜひにと望まれる気持ちがなんとなくわかります」
と、ハリーの方を見て笑顔で言っていた。
な、なんていい子――!
「挨拶も済んだことだから、アーノルドもどうぞ、お茶をいただいていってちょうだい。そのために呼んだのよ」
王妃様の声で、女官たちがアーノルド殿下に席を促す。
アーノルド殿下も王妃様に勧められたお茶を飲む。王妃様はお菓子もあるから遠慮せずに食して頂戴ね、と笑っている。
「フリードリヒがね、私たちにぜひと持ってきてくれたお茶なの。アーノルドにも飲んでいただきたくてね。声をかけたのよ。
わたくし、これでも心配しているのよ。たった二人きりの兄弟なのに公務以外では顔を合わせない。困ったものだわ。もう少し仲良くしてもいいのではなくて?」
「このような席でお説教は止めてくださいよ、母上」
アーノルド殿下はにこやかに王妃様にそう言うと、カップを置いた。
「私も兄上とは親睦を深めたいと常日頃思っております。けれど王太子となった兄上は毎日忙しく、あまりお話しする機会もございません」
アーノルド殿下はハリーに笑顔を向けている。ハリーもそれに答えるように殿下に笑顔を向けていた。
それからアーノルド殿下はもう一度紅茶に口をつけてから、うん、と頷いた。
「これは、なかなか美味しいお茶ですね。お茶とフルーツがこのように合うとは思いもよりませんでした。ですが――この茶葉はどこのものをお使いなのでしょうか?」
アーノルド殿下がハリーの方を見た。
王妃様が満足そうに頷いた。
「アーノルド、あなた、率直にどう思って?」
王妃様に水を向けられて、アーノルド殿下は答えるのに躊躇する。だけど、一瞬間をおいてからまっすぐと王妃様を見つめて答えた。
「本日のお茶は、南の地方で取れた一級の茶葉でございますよね。このお茶はストレートで飲むのが一番旨味を感じられる。
フルーツの味が移ると確かにおいしいのですが、お茶の味自体は少し苦く感じられてしまうような……」
アーノルド殿下の言葉に、王妃様は深く頷く。
「そうね、アーノルド」
そういうと、優雅に扇いでいた扇をパチンと閉じた。
「――この飲み方では、お茶自体の風味を損なうのよ。
言うなれば、庶民のお茶――ということよ」
王妃様はそういうと、立ち上がった。
アメリア様とハリーがはっとして顔を見合わせた。
「あなたたちもようやく気がついたようね。
――ミレーネ侯爵令嬢、ああ、あなたが気がつかないのは仕方ないわ。あなたはそれがわかる出自でもなく、お茶というものを知る時間もまだまだ足りないのですから。
お立ちなさい」
王妃様に言われて、おろおろする私にアメリア様がそっと立ち上がるように促した。私が立ち上がると、王妃様は上から下まで私を見つめると、ふうっとため息を吐いた。
「先日、あなたはそのドレスを馬鹿にされて怒って手を上げたそうね」
王妃様に言われて、目を瞠る。
な、なぜ、そのことを知っているのですか?!
「あら、貴族社会のことでわたくしの知らないことはほとんどなくてよ」
私の考えていることなんてお見通しといった風で、楽しそうに王妃様は笑う。
「あなたはそのドレスが、どのような意味を持って作られているのか知っているのかしら?」
王妃様の問いかけに、首を横に振った。
「そうよね。あなたはただ、馬鹿にされたことを怒ったのよね。自分の矜持を示すことは間違ったことではないけど、やり方を間違えてはいけないわね」
それからハリーの方を見る。
「フリードリヒ。わたくしからの問題が解けたかしら?」
楽しそうに王妃様が笑う。ハリーは唇を噛んで俯くと、意を決したように顔を上げた。
「母上は、認めない――ということですね」
「あら? わたくしはそのようなことは言わないわ」
心外ね。そう言いたげに王妃陛下は鷹揚に微笑んで見せる。
「この上流階級で飲まれているお茶と、ワイヤック地方の庶民の間で飲まれているフルーツを漬けるお茶の飲み方は合わないようね。と申しているだけよ。
そしてその貴重なホルネ織ですけど、そのレースが一体どれだけの価値があるか、アメリア、あなたにはわかるわよね」
「――はい」
「そう。ならもう、お分かりよね?」
王妃様はアメリア様の言葉に上機嫌になる。
「よくて、アメリア? そのホルネ織のドレスを馬鹿にされた時、一番に怒らなければならないのはあなたなのよ。
あなたは貴族。貴族というのは領民から徴収する税で成り立っているわね。ホルネ織はボールネ公領で発祥したレースで、その織り方に特徴があって他では真似ができないと言われているものよね。
それだけ貴重なレースは領民が汗水たらして働いて作った名産品でしょう。それを馬鹿にされて何も思わないというのは、領地を守る貴族としていかがなものなのかしら?
――あなた方は、どちらもまだまだ課題が多そうね」
王妃様は困ったように微笑むと、ハリーに向いた。
「あなたが王位を継ぐまであと二年。アーノルドもしっかり育ってきて頼もしい限りですけど、あなたは王太子。どんなことがあろうともその地位は変わることはありませんからね。
三年前のあの事件――あのようなことが再びない限り……」
一瞬王妃様は言い淀んでから、ハリーにしっかりとくぎを刺して、口元を扇で覆った。
「そしてアーノルド。あなたも第二王子という地位に甘んじていないで、きちんと学ぶことは学びなさい。二人とも、よくてね?」
そう言って、座っている私たちをぐるっと見ると、王妃陛下は満足したように微笑んだ。そして、後ろに控えている女官に合図をした。
「名残惜しいけれど、私はもう時間だわ。あなた方はもう少し楽しんで帰って構わないわ。フリードリヒは、お二人に庭園でも案内して差し上げたら? 今日だけ特別に許しますよ。温室を覗いていくのもね」
王妃様は早口でそれだけ告げると、早々に部屋を後にした。
アーノルド殿下も王妃様がいなくなったら、ここにいる意味がないと言わんばかりにそわそわして、退出した。
残された私たちは、言葉が出なかった。
椅子にどさっと深く腰掛けたハリーは額に手を当てて何かを考えているようだった。それから少しして、ため息とともに私たちの方を見る。
「ああ、二人とも庭を案内させるよ。ダッドリーとパスカルに。僕は少しグリードと仕事を片付けてくる。帰りは二人と一緒にボールネ公爵家に行くから、帰るときに声をかけてほしい」
そういうと、悲しそうに私の顔を見る。
「ナスカ、ごめん。嫌な思いをさせてしまって……」
その言葉に、無言で首を横に振ることしかできなかった。
ハリーのせいではない。
私たちは誰も、王妃様の意図を読めなかったのだから。
アメリア様とナスカの名前について。
ボールネ公爵は元々ボールネ地方を治めている旧王家出身です。なので家名と治めている領地の名前が同じ。
なのでアメリア・ド・ボールネとなります。
ナスカのワイヤック家は元々ワイヤック州を興した貴族でワイヤック性を名乗っており、今の王家からミレーネ領を拝領したので、姓と爵位名が違います。
なので、ナスカ・ド・ワイヤック・ミレーネとなるのです。
また、フリードリヒとアーノルドが同じ王子なのに姓の後が「ゴーベル」と「レンツ」と違うのは、フリードリヒが王位を継承するので王国名のゴーベルを名乗るのに対し、一王子であるアーノルドはハリーが王太子になった時にレンツ領を得たのでレンツ公爵を名乗っています。
本来ドイツ人名であるフリードリヒの愛称は「フリッツ」ですが、ナスカとフリードリヒの間での愛称ということでナスカは「ハリー」と呼んでいます。まあ、二人だけの名前という意味合いですが、グリードもハリーと呼んでいました。しまった。
またフルーツティーも合わせるお茶によって風味は変わりますが、庶民のお茶なんてことはないです。この話だけの設定ということでフィクションなのであしからず、です。
そのような設定なので、そういうものだと思っていただければと思います。




