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16.これからの未来の話をしよう

 今回のこの婚約破棄の騒動も、第二王子の陰謀に絡めて、それを阻止するための一計ということで正式に婚約破棄をするわけではないと声明をアーノルド殿下の処罰と共に王室から公表することになる。革新派の抵抗もあるだろうからそれを調整してからということになった。


 それまではまだ、グリードはハリーのふりをして過ごすことになるという。


 まだまだ王宮を出られないグリードのために、王妃様が私に客室を貸してくださった。いつまでもいていいのよ、と言って。積もる話もあるので、今日は私もアメリア様も王宮の客室に泊まるっていくように王妃様に勧められて、王太子宮の客室をお借りしている。


 そして夕食が終わった後、庭園を望めるテラスに私とグリードは座っていた。

 よく晴れた夜空にはたくさんの星が瞬いていて、虫の声がしていた。二人とも会話のきっかけを見つけようとしては掴めずに、何とはなしに夜空を見上げていた。


「――騙してて、ごめん」

 星を見上げながらグリードが言う。どこかでリーンと鳴く虫の声を聴いてから、うん、と小さく頷いた。

「謝ってばっかり」

 ふふっと笑って、グリードを見た。同時にグリードもこちらを見ていて、目が合って二人で微笑んだ。そっとグリードの前髪に触れる。


「ハリーの癖に妙にかっこよく育ったなと思ってたのよ」


「いつから気がついてた?」

 グリードの言葉に、そうだなあと思い返した。あの一夜を明かしたとき、二人の幼い時の話を聞いていて違和感があった。


「あの焚火の時に、グリードのそばかすが消えなかったって言ったでしょ? でもそばかすがあったのは、ハリーの方だった。だから、あれ? って思ったの」


 違和感の正体を思い起こしていけば、それに突き当たった。そしてそう考えたら、『今のグリード』の方が『小さい頃のハリー』みたいな性格だった。

「そっか」

 グリードが笑いながらお茶を飲んだ。


「ずっとグリードのこと『ハリー』って呼んでたから、なんだか、変な感じね」

 ガビオラ夫人が入れてくれたお茶はフルーツティーだった。

 ミレーネ侯爵邸に移った私にはお妃教育も必要なくなったから、ガビオラ夫人もルシアもベネデッタも王宮へ戻った。私にはもう、誰も付いていない。だからこの王太子宮でお茶を淹れてくれたガビオラ夫人に会うのは本当に久しぶりだった。


「強いはずよね」

 二の剣のパスカルには到底かなわないと思っていたのに、あの時のハリーは妙に自信があった。それもそのはずだ。一の剣のグリードなんだから。


「僕は強いっていっただろ?」

 後ろ手をついて空を見上げるグリードの笑い声が響く。衛兵の見回りの松明が遠くで揺れている。王宮の石塔が明かりに照らされて柔らかい橙色に包まれていた。


「守ってくれたものね」

 そう言うと、グリードが私を見た。

「守るって言ったろ?」

 その言葉に俯いて、テラスの床を見つめた。


「私を連れてきたのは、婚約破棄するための口実でしょ。本当は、誰でもよかったの? ハンナでもマリーでも」

 小さいころ遊んでいたのは私だけじゃなくて、ハンナもマリーもいた。たまたま私だったのかもしれない。ハンナやマリーでも同じようにしたのかもしれない。

 そう考えると、なんだか胸が苦しかった。


 私の言葉に、グリードは何か言いたそうに顔を上げてから深呼吸した。その間に風が吹いてグリードの髪を揺らした。


「ハリーだって言ってただろ。僕が、ナスカがいいって言ったんだ。婚約破棄をするのにいい相手がいないか探したとき、誰か他の人とフリなんてできなかった。だからナスカじゃないと嫌だって言ったんだ。ナスカじゃないとその計画には協力しないって。――つまり、そう言うこと!」

 勢いでグリードがそう言い切った。

 顔を真っ赤にしているグリードを見たら、なんだか苦しい胸の部分にふんわりと優しいものが混じって、もどかしいような暖かいような気持になった。


「……そっか。私ね、そんなこと考えたことすらなかったの。村にいたときは、私もそろそろ牧師見習いのロベルトと一緒にならないかって話も出ていて、何となく村で一生を終えるのかなあってぼんやり思ってた。それが当たり前で、誰が好きだとか、誰と結婚したいとか、そんなこと考えたことなかったんだよね」

 床を見つめて、村にいた時を思い出していた。父さんがお前にもそろそろ縁談がって言っていた気がする。牧師様の家なら給金もあるし、住むところも教会があるから困らないし、良い縁談だって言ってたっけ。

 まだまだ先の話だなんて、のんびり構えていたけど。


「このごたごたが終わったら、村に帰ろうかなあ」

 空を見上げて、呟いた。


「え!?」

 グリードがまたも私の顔をすごい勢いで見た。ちょ、ちょ、ちょっと待って! とか、言っている。

「ロ、ロベルトとは将来を誓い合った仲とかそういうーー!?? え?! だから、ずっと村に帰りたいって言ってたとか? そう言うこと!?」

 すごい剣幕のグリードに、笑ってしまった。


「違う、違う。いきなりいなくなったから、私はちゃんと元気だよって両親に言いに行こうと思って。ワイヤック家の両親も子爵様も養子にしたからには責任は取るから、気兼ねしないでいいって言ってくれているし。

 少し落ち着いたら、私はどうしたいかちゃんと考えようと思っているの」

 笑いながらグリードに伝えると、グリードは「そうか」と言って少しほっとした顔をしていた。


「いきなりお貴族様も私には無理な話だし」

「ナスカは、綺麗になったよ。ご令嬢だって言ってちゃんと通用するよ。ボールネ公だって言ってたじゃないか」

 グリードのお世辞に、首を横に振る。


「ボールネ公は、私がハリボテだってちゃんとわかってる。そのうえで、お芝居ができるぐらいにはなっているって言っていたのよ。

 中身はコーンウォルズのナスカのままだから、いつかぼろが出ちゃう。無理よ」

 

「あのさ、僕はそのままのナスカが好きだ。貴族らしくなくても、朗らかで素直で、はっきりと物を言うそのナスカの姿が好きなんだ。

 僕にとってあの村でのナスカは、本当に眩しかったんだよ。あの夜に話したこと、あれは本当に僕の素直な気持ちだ」

 グリードが勢いこんで私の肩を掴んで、自分の方に向かせる。真面目な顔をして真面目に言うから、なんだか気恥ずかしくなってしまう。


「――あのさあ、僕、人のラブシーンを見る趣味はないんだけどさあ」

 突然聞こえてきたハリーの声に、私とグリードは盛大にびっくりして慌ててお互い離れて、声のする方を見た。


「あ、悪趣味!」

 ハリーに向かって指さして叫んだ。はしたないって怒られるかもしれないけど。


「だから! そんな趣味はないって言ってんだろ!? 見てないとこでやれよ!」

「勝手に入ってきたくせに」

「ここ、テラスだろ!? 誰でも入れんだよ!」

 ハリーが食って掛かってきて、めんどくさいことこの上ない。


「今までの殊勝な『グリード』はどこに行ったのよ?」

「うるさいな、ナスカは」

 そこまで言って、ハリーが笑いだした。


「あー、おっかしい。変わってないな。ナスカは」

 ハリーがふざける。

 それからコホン、とハリーが咳払いをする。それから神妙な顔をしてみせた。


「ナスカ、悪かったな。こんなことに巻き込んじゃって。でも、グリードの思いを叶えさせてやりたいって思ったのも本当なんだ。まあなんだ。グリードに免じて許してくれよ」

「絶対いや」

「なんでだよ!?」

 そんなやり取りも織り込み済みで、三人で笑いあった。

 なんだか、昔に戻ったみたいで楽しかった。ここはあの光溢れるような野原じゃないけど。三人でいれば、同じくらい明るくて暖かい。


「だからさ、ここにいろよ。ま、決めるのはナスカだけどさ」

 ぽつりと呟いたハリーに、ほんっとうに素直じゃないなと苦笑する。

「いてほしいって素直に言いなよ」

「アメリアが! アメリアがナスカとはずっと友達でいたいっていうからさあ」

「あっそ」

 ハリーが王太子様だなんてやっぱり信じられないけど。でもやっぱり、大事な友達だ。それに私もアメリア様のことが大好きだ。


「そうだ。グリード。来月アーノルドの件の公表が終わったら、少し休暇をやるって。お前の鬼親父が。

 だから、一緒に行ってくれば」

 そっから聞いてたのか!? 早く声をかけてくれればいいのに。

 

 それだけ言うと、ハリーは「父上に報告に行く時間だ」とテラスから出ていった。私とグリードはテラスを後にするハリーの後姿を見送って、お互いに顔を見て笑いあった。

 だって、ハリーはきっとこれを伝えたくてここに来たんだ。素直に言えばいいのに。


 ちなみにグリードのお父さんは唯一この計画を知っていたらしい。剣の使い方や体のしなやかさとか、そう言った部分ですぐにばれたらしい。あいつら脳筋だから絶対バレないと思ってたのに……ってハリーが苦笑していた。バレたときにお父さんに一言「三年で片をつけろ」と言われたらしい。


「とりあえず守れてよかった。守れなかったら恐ろしいしごきが待ってる」

 ハリーがそう言って身震いしていた。グリードのお父さんっていったい何者なんだろうという盛大な疑問が浮かんだ。


 グリードと一緒にコーンウォルズに行ったら、何しよう。

 魚釣りをしたり、久々に木に登ろうか。

 父さんも母さんも妹たちも、綺麗なドレスを着た私を見たらびっくりするだろうな。


※※※  ※※※  ※※※



 アーノルド殿下の処罰がすべて済んで国民に公表するのに、革新派の抵抗なんかもあって、色々ごたごたして結局2カ月以上かかった。


 第二王子のアーノルド殿下は王位継承権を永久にはく奪され、離宮に幽閉されることになった。

 アーノルド殿下は一度王太子の命を狙って、王太子に毒を盛ったこと。失敗したために再度王太子を失脚させる計画を立て、それを知った王太子がその計画を未然に防ぐために画策し、影武者を立てていたことを王室が発表し、アーノルド殿下の処罰が公表された。


 その上でアメリア公爵令嬢も、アーノルド殿下の計画を防ぐための一計だと分かっていて引き受けたのが、婚約破棄にまつわる騒動だったことも貴族会議の議題に上がった。

 あくまでも芝居であり、本当に婚約破棄をするわけではないこと、アメリア嬢ははじめから影武者だと知っていたこと。ついでに私のことも平民だけど、王太子と影武者の二人とは知己の間柄で、計画を知っていて手を貸したため、平民から取り立てられ侯爵家に迎えられたことが貴族会議で正式に認められた。


 私たちはこれで一つの区切りをつけることになる。


 それからのハリーとアメリア様はよい王と王妃になるために、グリードは王の剣となるため、また腹心の侍従として、武官としても文官としても腕も知力もさらに磨かなくてはならないために、忙しい毎日を送っている。


 そして私はというと――今、コーンウォルズ村に向かっている。ミレーネ侯爵夫妻から、領内を知るといいと言われ、ミレーネ候領のワイヤック州の田舎の別荘に滞在することになった。ここはコーンウォルズからも近くて、故郷に帰れるようにしてくれたのだと思うと二人の気持ちが嬉しかった。


 私は侯爵令嬢として第二の人生を歩むことにした。妙な縁で親子になったけれどミレーネ侯爵夫妻の娘としてお二人の世話をするのもまた楽しい日々だった。

 それに私が貴族になれば産んでくれた両親も少しだけ楽をさせることもできるだろう。

 コーンウォルズで過ごした日々の思い出は変わらない。私にとってやっぱり思い出が詰まった大事なふるさとだ。それを隠すつもりもない。たとえまた誰かに笑われたとしても。


「ナスカ、コーンウォルズに着いたら何しようか」

 私の横には外套を着たグリードが目を細めている。グリードのお父様がくれた休暇を使って、コーンウォルズに行くという私に着いてきた。


「そうね。魚を釣るのもいいわね。久しぶりに木登りでもしようかしら。パイを作るのもいいかもしれない。今美味しい果物は何かしら」


 私は昔を思い出して笑う。もうそんなことをする年ではなくなっているけど。あの頃のグリードはいつもハリーの後ろについてきているというイメージしかない。小さくて可愛かった天使様。今じゃ、立派な青年となって剣を振るって私を守るようになってくれた。


 コーンウォルズの村に着いたら、家に帰ったら、父さんと母さんはなんて言うだろう。

 父さんはすっかり見違えた私を見て目を丸くするだろう。

 母さんも驚いて目を瞠ってから、その両目に涙を湛えて「おかえりなさい」って言うんだろうな。

 妹たちは私の着ているドレスにきゃあきゃあ言うかもしれない。お土産のホルネ織のレースの素晴らしさに、きらきらした目で私を見上げるだろう。

「ただいま――」

 一言そう告げて、家族でまたお茶を飲もう。私の好きなボイヤックにフルーツを浮かべて。きっとみんなで美味しいね、って笑うんだ。


 グリードは両親に会ったら少し、緊張するかもしれない。

 そんな場面を想像して可笑しくなってしまう。


「ナスカ、寝てるの?」

 寄りかかったグリードの肩越しに優しい声が聞こえる。グリードのぬくもりを感じて、馬車に揺られてうとうとと眠くなる。

 きっと目が覚めたらとびきりの黄金の畑が広がっているんだろうな。


 グリードと一緒にコーンウォルズに帰る。

 これからゆっくりと、懐かしいこの土地で思い出話を語ろう。

 そして、ゆっくりとこの先の未来を育んでいこう。ずっと変わらない想いで私を見ていてくれたグリード。

 私もまた、ゆっくりとグリードのことを知っていきたい。もっともっとたくさんの『グリード』のことを。


 これから先、いつかグリードと同じ道を歩いていきたい。

 そのために――。

 この金色のコーンウォルズで、これからの未来の話をしよう。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもよく出来ているお話でした。 結構短そうなのにちゃんと終わるのかしら…と思いつつ読みながら、キャラクターは誰も彼も楽しいしおもしろく、本当に嫌な人はいないところもよかったです。 嫌味言…
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