14.一の剣、二の剣
夜が明けてから、アメリア様が目覚めるのを待って、私たちは街道へ戻ることにした。まずここがどこか知ること。それに明るくなってからの街道沿いなら一般人も通るから、パスカルも手出ししづらくなるだろうということだった。
ハリーが、グリードは王宮騎士の中でも一の剣と呼ばれていると教えてくれた。剣の呼び名は騎士団の中で最高の称号だという。一の剣は騎士団の中でも最高剣技と強さを持つもので、一の剣は普通王太子の警護を任されるらしい。
一だったら王様を護るんじゃないの? という単純な私の疑問に、ハリーは笑いながら教えてくれた。
「王に何かあっても王太子が継ぐだろう? だから王の警護は一番でなくても構わないんだ。その分人数は多いんだけどね。だけど王太子がいなくなったら、場合によっては後継者が途絶える。代えが利かないのはむしろ王太子の方だね。だから、最高の称号を持つものは王太子を護るんだ」
で、パスカルは二の剣だという。ハリーの配下になるまで、国王陛下の護衛を務めていたらしい。一の剣、二の剣とも王太子の警護につくことは珍しく、それが3年前の事件に起因しているのだと言っていた。
ただ、一の剣、二の剣、三の剣までは実質ほとんど実力に差がないらしく、ほんの小指の先程度の差でしかなく、序列がいつ入れ替わってもおかしくないようなものだと言った。
グリードとパスカルが互角?
じゃあ、ハリーには勝ち目がないじゃないか。そう思ったらぞっと背筋が寒くなった。昨日、死んでもいいかとハリーは呟いていた。あれは、ハリーは……。
ハリーはパスカルと刺し違える気なんだ……。
思わずぎゅっとハリーの腕を掴もうとした時だった。
「殿下――」
アメリア様が口を開いた。
「死なないでくださいませ」
アメリア様のその一言に、言葉を詰まらせた。
死という言葉が重苦しく私たちを包んでいく。
それを打ち破るようにハリーが笑い声をあげた。
「大丈夫だよ、アメリア嬢。僕は死なない」
泣いているアメリア様を安心させるように、ハリーが務めて明るく言った。
街道へ向かうけもの道を歩いているときのことだった。
生ぬるい風が一陣吹いた。一斉に木々が葉を揺らす音が聞こえてくる。ざわざわと騒がしくなった木々に、鳥も一斉に羽ばたいた。
ピクリと、前を歩くハリーの耳が動いた。
「ナスカ、アメリア嬢、下がって!」
ハリーが言うか早いか、私を庇おうとして動きを止めた。
キンと金属がぶつかり合うような音がした。
ハリーが抜きかけの鞘ごと、飛び掛かってきたパスカルの剣を受け止めていた。
「来たか」
そう言って、ハリーはパスカルの剣を押し戻した。
ハリーに押し戻された剣をパスカルは構えなおす。ハリーも素早く剣を抜くと鞘を投げ捨てた。
じりじりと剣を交じり合い、二人は手数の勝負をしてはその場を離れた。
対峙しあい、剣技を繰り出し、受け止めあう。まるで同じ呼吸で繰り返されるそれは、二人が互角だと感じられた。
「――お強い」
パルカルが笑った。
その瞬間、パスカルに飛び掛かろうとしたハリーと、こちらに向かってきたパスカルの動きはほぼ同時だった。
剣が――
目の前に飛び込んできた。
殺される!
剣の切っ先は私をとらえていて、そのまま貫かれると思った。その剣の動きが妙にゆっくりに見えて、背筋に冷たいものが走った。
怖い――とっさにぎゅっと目を瞑った。
「ナスカ!」
焦ったようなハリーの叫ぶような声が聞こえてきた。
頬に風が当たった。
「させるか!」
切羽詰まったハリーの声が聞こえて、思わず目を開けると、横に吹っ飛ばされたパスカルのひしゃげた顔が見えた。
――腰が、抜けた。
その場にぺたりと座り込む。着地したハリーの髪の毛がふわっと降りてくる。金色の髪が陽に透けてとてもきれいだなあとぼんやり考えていた。
どうっと地面に叩きつけられるような音がして、我に返った。
私の目の前に飛び込んできたパスカルの体が、横に飛ばされて、地面に叩きつけられて転がっていた。
「ナスカ、大丈夫か!?」
ハリーが慌てて私の顔を覗き込む。
私の顔にも首にも、手にも傷がないのを確認してハリーがほうっと安堵したように深呼吸した。
「ごめん! ごめん! ナスカ!」
ハリーがおろおろと私の顔を覗き込む。
ペタンとしゃがみこんだ私の顔を覗き込んで、自分の腕に包み込んだ。
「怖かったよね、本当にごめん」
守るっていったのに……。
ハリーが悲しそうにそう呟く。
人を殺すのに何のためらいもないハリーの鼓動がとても速かった。私を包むその手が震えていることに気がついた。
ハリーが、震えている。
ハリーの体をそっと両手で押し戻すと、ハリーの手を取った。
「情けないよな」
真っ赤になって、ハリーが笑う。
首を横に振った。
「怖かった……」
思わず、呟いていた。
「ごめん!」
「でも、ハリーが守ってくれるって信じてた」
自分でも声が震えているのが分かった。
ハリーの顔がみるみる赤くなって、泣き笑いのような表情を浮かべて私をじっと見た。それから感極まったように思い詰めた顔をして、ハリーがぎゅっと私を抱きしめる。その胸の鼓動を聞いて、自分が生きてると実感していた。
「ナスカ!」
アメリア様が駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
泣き出しそうな顔をして、アメリア様が私の顔を覗き込んだ。
ハリーがそっと私を抱いている腕を離す。
「はい」
笑って頷くと、アメリア様もほっとしたように微笑んだ。
「あなたが無事で、よかった……」
ほっとしたようにアメリア様が呟く。
それから隣にいたハリーを見上げた。
「殿下もご無事で、本当によかった……」
泣き笑いの顔で目じりを拭って、努めて明るい声でそうハリーに返した。
それからアメリア様はまっすぐとハリーの顔を見つめた。ハリーもアメリア様の真剣なまなざしに、アメリア様を見つめ返す。
「殿下にとって、ナスカは本当に大切な人――なのですね」
アメリア様はそう、呟いた。
「うん。そうだね――」
ハリーは優しく微笑むと、噛みしめるように頷いた。それを見ていたアメリア様は一つ頷く。だけど目じりには涙が浮かんでいた。
のびているパスカルの手当てをして、私たちはその場から動かなかった。それからしばらくして、ハリーを探しに来た近衛隊と合流した。
「殿下!」
茂みが揺れて、私たちを探していた近衛隊がハリーの姿を見つけて膝をついた。ハリーは彼らの姿を見ると、立ち上がって片手を上げた。
「お怪我はございませんか?」
近衛の一人がハリーに声をかける。
「大丈夫。城のグリードはどう?」
腰に手を当てて近衛隊の人々が後始末するのを見守りながら、ハリーが問いかける。風に、ハリーの髪の毛がなびいた。
「フロッグマイアー近衛第一隊長は、昨夜アーノルド殿下をフリードリヒ王太子殿下の暗殺を企てた主犯として捕縛いたしました」
「そう。ならば、もう僕にできることはない。城に帰還しよう」
さわやかな風が吹き抜ける。この風がハリーの過去を優しく包んでくれるといいなと思った。ハリーに憂いが無くなったら、彼は立派な王になるだろう。
そうしたら、この茶番も終わる。
そう思ったら無性に寂しかった。




