take9 実家に帰省する
十二月三十日——
ふぅ……
僕は実家のある高松空港に降り立っていた。
(あとはバスに乗って、待ち合わせの場所に向かうか)
事前に姉と待ち合わせ場所を決めており、バス沿線の停留所付近になった。
(うぅ、冷えるなぁ……)
温かった機内に比べて、外の寒さが身に沁みる。加えて、空港周りは山に囲まれている。
(とりあえず、バスに乗ろう)
僕は、ちょうど来ていたバスに乗った。
(待ち合わせ場所のバス停までは二十分くらいだな)
姉にSNSでメッセージを送ると
『姉:おっけー。近くに来たら、また連絡して』
と返ってきた。
(後は……親に連絡かぁ……)
気が重いが、着いたことは連絡した方がいいだろう。
『泰典:空港に着いて、今、バスに乗りました。姉ちゃんと合流して、そちらに向かいます。』
『母:りょうかーい!気をつけて帰ってくるのよ。お父さんも待ってるから。』
(…………)
更に気が重くなってしまった。父さんは苦手である。厳しく育てられたのもあって、あまり話をしたくない相手である。
(今年は何を言われるやら……)
昨年は「大学生の何たるか」のお小言を聞かされた。
(何でそういうこと言うかなあ……好きにさせてくれればいいのに……)
職業柄、そう言ってしまうのだろうと思いつつ、真っ暗な窓の外の景色に視線を向けた。
待ち合わせ場所に近いバス停が近づいてきた。
僕は姉にメッセージを打ち、降りる支度を整えた。
バスを降り、待ち合わせ場所に向かってスーツケースを転がした。
リズムよく黄色くランプを点灯させている車がいた。そこの側には見慣れた顔がいた。
「おっ、元気にしてた?」
「うん、まぁ…」
「せっかくの姉だぞ。もう少し喜べよ!」
いつも通りの茶化すようなやり取り。そんな姉から
「おかえりー」
と言われたので、僕は
「ただいまー」
と短く返した。重かった気持ちが少しだけ楽になった気がした。
実家まで車で五分なのだが、歩くにはなかなか遠い。空港周辺より民家は多くなっているのだが、それでも田んぼや畑のほうが多い。自分が今住んでいる場所とは大違いだ。住み慣れていた場所を離れて、新しい場所での生活は、最初は大変だった。田んぼや畑じゃなく、建物だらけの街。朝は満員電車に揺られ、夜は街灯や家から漏れる光で明るい。住み始めて一週間で、実家とその周りの環境のありがたみに気づかされた。実家に戻りたくなる気持ちもあったが、それを上回るメリットがあった。それはこれから会う人物と離れられることだった。
「着いたよ」
「ありがとう」
一年ぶりに帰る実家である。昨年のお小言の件があって、帰りたくないと思っていたのだったのだ
が。お世話になっている姉の婚約者とのご挨拶がある以上、帰るわけにはいかない。
「まぁ、あんたが去年言われたこと考えると、面倒くさくて帰る気無くすとは思うよ。だって、うちのお父さんだからねぇ……」
「そうだねぇ……」
「でも、今回は私のために帰ってきてくれてたんでしょ?ありがとうね。」
「いやいや、そんな……」
純粋に姉を祝いたい気持ちがあるのだが、父親と会うことが避けられないために気が重い。
「挨拶は元日の午後だから、それ終わったら、さっさと帰っちゃいな。」
姉はそんな僕の気持ちを分かった上で、救いの言葉をかけてくれた。そうだ、三日間、頑張ればいいんだ。自分にそう言い聞かした。
「「ただいまー」」
僕は姉と一緒に実家の玄関を開けた。トタトタと足音をたてて、母がやってきた。
「おかえりー、急で大変だったでしょ。部屋は掃除してあるから、まず先に荷物を置いてらっしゃい。」
「うん、ありがとう。置いてくるわー」
僕と姉は、かつて自分の部屋だったところに行って、荷物を置いてきた。
「そしたら、すぐに晩御飯にしましょう!先にテーブルで待っててね。」
母は久々の息子の帰省に、とても気分がいいようだ。
(僕が実家を出るって言ったら、母が一番悲しんでたからなぁ……)
と言いつつも、母は自分の言うことややることを前向きに考えてくれる人なのである。最後には、
『あなたの決めたことだから、私がとやかく言うのは違うしね!』
と言って、背中を押してくれたのだ。なので、母と話す分には何も問題はない。
リビングで待っていると、母が作ってくれた料理が運ばれてきた。
(唐揚げに刺身に肉じゃがに……これは俺の大好物のフルコースじゃん)
僕のテンションはかなり高くなった。
「それじゃあ、お父さんを呼んでくるわ。先、食べてていいわよ。」
と母は父を呼びにいった。
「お言葉に甘えて、食べますか!」
姉の言葉に続いて、僕は食べることにした。
しばらくして、リビングのドアが開き
「帰ってきたか、亜実、泰典。」
僕にとってはあまり聞きたくない声だった。
「久しぶりに帰ってきたんだから、もうちょっとくらい愛想よくできないの?」
「……」
姉のからかいに無言で応える父。
(すごいピリピリしてるなぁ……)
姉は芯を持っているので、父の威圧的な態度には全く動じない。そして、こんな風にからかうような言い方をする。
(僕には真似できないや……)
こういうところでも、姉のすごさを実感する。自分の気の弱さはいつまで経っても直らない。
「詳しい話はまた明日にしましょう。今はみんなでご飯食べて、疲れを取りましょう!」
母の言葉に、目の動きだけで応える父。「はーい」と返す姉。僕は黙って頷いた。久しぶりに食べる母の料理はとても美味しかった。
ご飯を食べ終え、それぞれ自室に戻った。僕はお風呂にも入り、リビングでぐでっとしていた。
「泰典、アイスいる?ハーゲンなやつ。」
と母が声をかけてきた。
「いるー」
と答えた。冬とはいえ、やはり風呂上がりのハーゲンはうまいのだ。
リビングで母とアイスを食べていると、唐突に母が
「聞いたわよ、気になる人ができたとか。」
と聞いてきた。
「ぶふーっ」
あまりにも唐突でストレートな質問に僕は吹き出してしまった。
(さては、姉ちゃん、しゃべったな……)
「お母さん、嬉しくって。で、その子は可愛いの?」
とてもノリノリである。
(なぜ、こういう話は姉も母も好きなのだろう、血筋か?)
と思ってしまった。
「うん、まぁ…そうだと思う」
「ふふふ、よかったわねぇ。やっぱり、都会は人と出会いやすいのね」
息子の恋愛話を聞けて、母はご機嫌なようだ。
「で、どこまでいったの?デート?」
「デートまでは行けてないよ。さすがにね」
「あら?何かあったの?」
「いや、うん、何かあったんだとは思うけど、自分でもよく分からない」
「ふーん……そっかぁ。誠実であれば、きっとその気持ちは伝わるだろうから、頑張りなさい」
と母は僕を気遣うように、励ましてくれた。
アイスを食べ終わると、僕は歯を磨いて、ベッドに向かった。どうやら、かなり疲れていたようで、布団に入るなり、僕は意識を手放した。




