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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第25話



 処理場での爆発事故。


 その一件は、想像以上に早く広がった。


 王都は広い。


 だが、噂は狭い。


 特に、処理場や工房街のような“裏側”は、人の繋がりが濃い。


 誰が揉めた。


 誰が怪我をした。


 誰が得をした。


 誰が損をした。


 そして――誰が危険に飛び込んだ。


 その話は、一晩で広がっていた。


「……お前ら、処理場で何やった」


 翌朝、店へ入ってきた瞬間、ガルドが低く言った。


 ロイドは顔をしかめる。


「聞いてくれ。俺も止めた」


「止めた結果があれか」


「セドが止まらねぇんだよ!」


「知ってる」


 ガルドが即答した。


 ミラも横で頷く。


「止まらない」


「お前らなぁ……」


 ロイドは本気で疲れた顔をした。


 セドは奥で記録を書いている。


 昨日の処理場で回収した魔石片。


 熱量。


 割れ方。


 加工可能分類。


 全部を整理していた。


 しかも、袖が焦げたまま。


「おい」


 ガルドがセドを見る。


「まず服替えろ」


「後で」


「今」


「記録が先です」


「お前なぁ!」


 ロイドが頭を抱える。


 ミラが静かに立ち上がった。


 そして、無言でセドの後ろへ回る。


「?」


 次の瞬間。


 ミラがセドの首根っこを掴んだ。


「……ミラさん?」


「着替える」


「記録が」


「焦げ臭い」


「問題ありません」


「ある」


 即答だった。


 ロイドが吹き出す。


 ガルドも笑いを堪えている。


「ほら見ろ。全員同じこと言ってんぞ」


「ですが」


「ですがじゃない」


 ミラは淡々と言う。


「店が燃える」


「そこまででは」


「燃えたら困る」


「……」


 セドは少し黙った。


 そして、小さく息を吐く。


「……分かりました」


「よし」


 ミラは満足そうに頷き、そのままセドを奥へ押していった。


 ロイドは椅子へ座り込み、大きく息を吐く。


「……昨日、寿命縮んだ気がする」


「縮んでるだろうな」


 ガルドが鼻を鳴らす。


「魔力暴走の二次爆発に突っ込むとか、正気じゃねぇ」


「だよな!? 俺間違ってねぇよな!?」


「間違ってねぇ」


 ガルドは腕を組む。


「ただまぁ」


「?」


「あいつ、放っとけなかったんだろ」


 ロイドは少し黙った。


 昨日の光景が頭をよぎる。


 爆発。


 火花。


 熱風。


 その中を、セドは迷わず走った。


 普通は止まる。


 危険を計算する。


 助けを呼ぶ。


 だが、セドは動いた。


 躊躇なく。


「……あいつ、自分が壊れるの怖くねぇのかな」


 ロイドがぽつりと言う。


 ガルドは少しだけ目を細めた。


「怖くないんじゃねぇ」


「?」


「優先順位が違うんだろ」


 ロイドは眉をひそめる。


 ガルドは続けた。


「自分より、先に“やるべきこと”が来るタイプだ」


「……」


「だから危ねぇ」


 ロイドは小さく息を吐いた。


「ほんと、どう育ったらああなるんだか」


 その時。


 表の扉が開いた。


「おはようございます!」


 元気な声。


 ニコだった。


 後ろにはリナとトマもいる。


 三人とも、いつもより少し興奮している顔だった。


「おう、おはよう」


 ロイドが手を上げる。


 ニコは店へ入るなり、目を輝かせた。


「聞いた!」


「何をだ」


「セドが処理場で人助けしたって!」


 ロイドが頭を抱えた。


「もう広がってんのかよ……」


 トマが腕を組む。


「処理場の奴ら、めちゃくちゃ騒いでたぞ」


「“変な坊主が飛び込んだ”ってな」


 ニコが真似するように言う。


 ガルドが吹き出した。


「変な坊主」


「間違ってねぇ」


 ロイドも頷く。


「全然間違ってねぇ」


 その時、奥からセドが戻ってきた。


 着替え終わっている。


 だが、相変わらず表情は薄い。


「おはようございます」


「おはよー!」


 ニコが元気よく返す。


 そして、すぐに身を乗り出した。


「ねぇ、本当に爆発の中入ったの!?」


「入りました」


「なんで!?」


「人が倒れていましたので」


「普通入る!?」


「状況次第です」


「いや普通入らないって!」


 ロイドが全力で頷いた。


 セドは少し首を傾げる。


「……そうでしょうか」


「そうだよ!」


 リナまで声を上げた。


 セドは本気で不思議そうだった。


 トマがじっとセドを見る。


「……でも」


「?」


「助けたんだろ」


「はい」


「なら、すげぇじゃん」


 店の空気が少し静かになる。


 セドは少しだけ目を瞬いた。


「……ありがとうございます」


 珍しく、返答が少し遅かった。


 ロイドはそれを見逃さない。


 あぁ、こいつ。


 褒められ慣れてねぇな。


 そんなことを思った。


「で!」


 ニコが袋を持ち上げる。


「今日はいっぱい持ってきた!」


 机の上へ魔石片を広げる。


 昨日より量が多い。


 しかも、質も悪くない。


 ミラがすぐに確認し始める。


「……良い」


「ほんと!?」


「選び方が少し上手くなってる」


 ニコの顔が一気に明るくなる。


「やった!」


「調子に乗るな」


 ガルドが低く言う。


「昨日たまたま良かっただけかもしれねぇ」


「うわ、素直に褒めない」


「職人だからな」


「何それ」


 だが、ガルドの目は少しだけ柔らかかった。


 トマも袋を出す。


「こっちも見ろ」


 ミラが確認する。


「……これは駄目」


「なんで!?」


「熱残り」


 ミラは石を指で弾く。


 すると、石の内部が微かに赤く光った。


 トマが一歩引く。


「うわっ」


「危険」


「見分け方ある?」


「ある」


 ミラは石を光へかざした。


「赤い線」


「……ほんとだ」


「あと、触ると少し熱い」


「分かりづれぇ……」


「慣れ」


 ガルドが言う。


「結局それかよ」


 ニコが不満そうに言う。


 ロイドが笑った。


「まぁでも、前より目は良くなってるぞ」


「ほんと?」


「ほんとだ」


 ロイドは魔石片を見ながら頷く。


「最初は何でもかんでも拾ってきてただろ」


「だって分かんなかったし」


「今は選んでる」


 ニコは少し照れくさそうに笑った。


 その時だった。


 表の扉が、乱暴に開く。


 店の空気が変わる。


「……ここか」


 低い声。


 入ってきたのは、見知らぬ男だった。


 黒い外套。


 長身。


 細い目。


 笑っているようで、笑っていない顔。


 セドの視線がわずかに鋭くなる。


 処理場で聞いた特徴。


 黒い外套。


 目だけ笑っていない。


「……」


 男は店内をゆっくり見回した。


 ロイド。


 ミラ。


 ガルド。


 子供たち。


 そして、最後にセドへ視線が止まる。


「なるほど」


 男は小さく笑った。


「お前か」


 ロイドが前へ出る。


「何の用だ」


「買い物だよ」


 男は穏やかに言う。


「灯り石を見に来ただけだ」


「……」


 ロイドは警戒を解かない。


 セドも同じだった。


 この男。


 空気がおかしい。


 組合とも違う。


 裏の人間とも少し違う。


 妙に静かだ。


「売り物ならあります」


 セドが言う。


「ですが、店内で子供を威圧するなら帰ってください」


 ニコたちが少し緊張する。


 男は目を細めた。


「威圧?」


「空気です」


「……面白いな」


 男は笑った。


「見えるのか?」


「見えます」


「へぇ」


 男はカウンターへ近づく。


 ロイドが自然に子供たちの前へ立つ。


 ミラも静かに位置を変えた。


 ガルドは無言で工具を握っている。


 男はそれを見て、少しだけ笑みを深くした。


「良い店だ」


「褒めても何も出ねぇぞ」


 ロイドが低く言う。


「別に期待してない」


 男は灯り石を一つ手に取った。


 淡く光る。


 安定した光。


「綺麗だ」


「ありがとうございます」


「これ、全部廃棄魔石から?」


 セドの目がわずかに細くなる。


「何故そう思いますか」


「処理場で噂になってる」


 男は平然と言った。


「“捨て石に値段つける店”ってな」


 ロイドの顔が険しくなる。


 広がるのが早い。


 想像以上に。


「安心しろ」


 男は灯り石を置いた。


「俺は組合じゃない」


「でしょうね」


「じゃあ何だと思う?」


「現時点では判断保留です」


「慎重だな」


「必要ですので」


 男は吹き出した。


「本当に好きだな、その言葉」


 セドは黙っていた。


 男は少しだけ視線を細める。


「……お前」


 一拍。


「王城側か?」


 その瞬間。


 空気が凍った。


 ロイドの心臓が嫌な音を立てる。


 ガルドの目が鋭くなる。


 ミラは無言。


 子供たちは意味が分からず、不安そうに周囲を見ている。


 セドは――動かなかった。


「違います」


 即答。


 声は静か。


 だが、一切揺れていない。


 男は数秒、セドを見ていた。


 それから、ふっと笑う。


「そうか」


 その笑い方が、逆に怖い。


 ロイドは本能的に理解した。


 こいつ、信じてねぇ。


 でも、それ以上踏み込まない。


 今は。


「まぁいい」


 男は灯り石を二つ取った。


「これ貰う」


「銀貨二枚です」


「安いな」


「大量販売前提ですので」


「……面白い」


 男は金を置く。


 そして、扉へ向かった。


 出る直前。


 振り返る。


「気をつけろよ」


「何をでしょう」


「組合だけじゃない」


 男の目が細くなる。


「価値を作るってのは、思ったより人に嫌われる」


 その言葉を残し、男は去った。


 扉が閉まる。


 沈黙。


 数秒後。


「……誰だあれ」


 ロイドが低く言う。


 セドは扉を見ていた。


「分かりません」


「でも、やばいだろ」


「はい」


 ガルドが舌打ちする。


「嫌な匂いだ」


 ミラも短く言う。


「静かすぎる」


 ニコが不安そうに聞いた。


「悪い人?」


 セドは少しだけ考えた。


「……分かりません」


「分かんないの?」


「ですが」


 セドは静かに言う。


「近づきすぎない方がいい相手です」


 ニコたちは素直に頷いた。


 ロイドは深く息を吐き、椅子へ座る。


「組合だけでも頭痛ぇのに、何なんだよもう……」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「目立ち始めたってことだ」


「嬉しくねぇ」


「でも止めるか?」


 ロイドは少し黙った。


 店を見る。


 灯り石。


 魔石片。


 子供たち。


 ミラ。


 ガルド。


 セド。


 ここまで積み上げてきたもの。


 そして、まだ小さいけれど確かに広がり始めた流れ。


「……止めねぇよ」


 ロイドは言った。


「今さら止まれるか」


 セドは小さく目を伏せる。


 その答えに、少しだけ安堵したように。


 だが同時に、理解していた。


 止まらないということは、さらに目立つということだ。


 組合。


 処理場。


 そして、黒い外套の男。


 王都の裏側で、何かが動き始めている。


 小さな灯りは、もう隠れきれなくなり始めていた。

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