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『価値なしと呼ばれた第二王子は、王都の裏側で灯りを灯す』  作者: 伊佐波瑞樹


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第1話

それは、本当に偶然だった。


ほんの少し時間がずれていなければ。

ほんの少し風が強くなければ。


――きっと、僕は知らないままだった。


 


「名を与えなさい」


 


声が、頭の奥に直接響いた。


 


暗闇。


 


目を開けているのか閉じているのかも分からない。


 


けれど、確かに“そこにいる”。


 


何かが。


 


「選ばれなかった者よ」


 


静かで、感情のない声。


 


責めるでもなく、慰めるでもなく。


 


ただ、事実だけを告げるように。


 


「あなたは、選ばれる側にはいない」


 


胸の奥が、わずかに痛んだ。


 


なぜかは分からない。


 


けれど、その言葉は妙に――しっくりきた。


 


「……誰、だ」


 


問いかける。


 


返事はない。


 


代わりに。


 


視界の奥で、何かが“形”を取る。


 


人のような輪郭。


 


だが、はっきりとは見えない。


 


影が、揺れているだけ。


 


「それでも、あなたは選べる」


 


その存在は、ゆっくりと手を伸ばしてきた。


 


触れられる。


 


そう思った瞬間。


 


ぞわり、と全身に違和感が走る。


 


冷たくも熱くもない。


 


ただ、“侵入される”感覚。


 


「契約」


 


その言葉が、自然と浮かんだ。


 


理解したわけじゃない。


 


けれど、知っていた。


 


「……名前は」


 


口が、勝手に動く。


 


「――ノクス」


 


名を与えた瞬間。


 


何かが、確かに応えた。


 


だが。


 


光も、衝撃も、魔力の奔流もない。


 


ただ、静かに。


 


確かに。


 


“繋がった”だけだった。


 


「……」


 


目を開ける。


 


見慣れた天井。


 


自室のベッド。


 


夢――だったのか。


 


そう思った瞬間。


 


違和感が残る。


 


あの“感覚”だけが、やけに鮮明だった。


 


「……ノクス」


 


小さく呟く。


 


返事はない。


 


当たり前だ。


 


夢なのだから。


 


 


「ルイス様、起きていらっしゃいますか」


 


扉の向こうから声がした。


 


「……起きてるよ」


 


そう返すと、すぐに扉が開く。


 


セドリック・エル・ブルーム。


 


僕の従者であり、幼馴染であり――側にいる人間。


 


「本日はお茶会の日でございます。ご準備を」


 


変わらない声。


 


変わらない距離。


 


「分かってる」


 


ベッドから降りる。


 


体は普通だ。


 


違和感もない。


 


さっきの出来事が、まるで嘘みたいに。


 


「……何かございましたか?」


 


セドがこちらを見る。


 


少しだけ、目が鋭い。


 


気づいているのかもしれない。


 


僕の中の、わずかな揺れに。


 


「いや、なんでもない」


 


笑って誤魔化す。


 


するとセドは一瞬だけ間を置いてから、軽く頭を下げた。


 


「左様でございますか」


 


それ以上は何も聞いてこない。


 


それが、ありがたかった。


 


「馬車の準備は整っております。出発は十分後に」


 


「うん」


 


頷きながら、窓の外を見る。


 


空は晴れている。


 


穏やかな日だ。


 


何も起こらないはずの、いつも通りの一日。


 


――のはずなのに。


 


胸の奥に、わずかな引っかかりが残っている。


 


説明できない違和感。


 


消えない感触。


 


「……」


 


窓辺の燭台に目を向ける。


 


火が、静かに揺れている。


 


いつも通りに。


 


……本当に?


 


ほんの一瞬だけ。


 


炎が、“揺れるのを忘れた”気がした。


 


風は吹いている。


 


カーテンは揺れている。


 


なのに、炎だけが――


 


「……」


 


瞬きをする。


 


次の瞬間には、何も変わっていなかった。


 


「……気のせい、か」


 


小さく呟く。


 


そうだ。


 


きっと夢の影響だろう。


 


そう思うことにした。


 


考えても分からないものに意味はない。


 


「ルイス様」


 


「ん?」


 


「お時間でございます」


 


「ああ、今行く」


 


部屋を出る。


 


セドが一歩後ろを歩く。


 


いつも通りの距離。


 


いつも通りの関係。


 


何も変わっていない。


 


――そう思っていた。


 


この日。


 


僕は知ることになる。


 


自分が“選ばれていない側”だということを。


 


そして。


 


その事実が、すべてを変えることを。

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