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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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385/388

赤ランプは黒い金を数える ――四日市の突貫娘と紀州の舞姫、尼崎潜入

赤いランプが回っていた。


当たりを祝う光だった。


少なくとも、客はそう信じていた。


台から流れる電子音。玉が釘へぶつかる乾いた音。大音量の音楽と、派手な映像。店内を埋め尽くす光の洪水。


そこにいる人間は、誰も隣の声をまともに聞き取れない。


だから、秘密を隠すには都合がよかった。


尼崎市内の幹線道路沿い。


町工場、住宅、量販店が混在する一角に、中規模のパチンコ店が建っていた。


店名は、パーラー・アマセブン。


全国へ名を知られた巨大チェーンではない。


駐車場も、建物も、周辺の大型店と比べれば小さい。それでも地元では二十年以上営業を続けてきた。


仕事帰りの会社員。


近隣工場を退勤した作業員。


買い物を終えた主婦。


毎日のように同じ台へ座る高齢客。


かつては、客と従業員が互いの顔を覚えている、庶民的な店だった。


大勝ちはしなくても、夕方まで遊べる。


負けた常連客へ、古参の店員が苦笑しながら声をかける。


勝った客が菓子を一つ、景品カウンターの女性へ差し入れる。


勝っても負けても、客は最後に言った。


「ほな、また明日な」


二年前。


創業家が経営から退き、店は外部の投資会社へ売却された。


店内が改装された。


照明が明るくなった。


看板が派手になった。


電光掲示板には「地域最大級」「高稼働」「期待の新装開店」という文字が躍った。


表面だけを見れば、古びた店が生まれ変わったように見えた。


だが、常連客は気づいていた。


店は新しくなった。


その代わり、何か大切なものが死んだ。


出玉表示と、景品へ交換した際の数が合わない。


いつも同じ若い客だけが、不自然なほど勝ち続ける。


大量の玉を出した客が、景品交換所ではなく従業員通路へ消える。


閉店後、店長が裏口で黒いワゴン車の男へ封筒を渡している。


景品や設備部品の仕入れ価格も、周辺店舗と比べて異常に高かった。


匿名の内部告発が、西日本特別諜報班NSTへ届いた。


店の売上の一部が改ざんされ、黒鷹のフロント企業へ流れている。


庶民の小さな夢を集める店が、黒い金を生み出す装置へ変えられていた。


黒鷹の手口は、一つではなかった。


客が獲得した玉やメダルを計数する際、店内システム上で実数より少なく記録する。


一人から抜き取る量は僅かだった。


気のせいか。


数え間違いか。


そう思わせる程度。


だが、一日に数百人分を積み重ねれば、差額は大きくなる。


抜き取った分は、閉店後に「計数誤差」「廃棄分」「機械調整」として処理される。


特定の日には、黒鷹側が用意したサクラを店へ入れる。


店側が指定した台へ座らせ、不自然なほど大量の出玉を表示する。


周囲の客には、よく出る店だと思わせる。


サクラが換金した現金は、手数料を除いて黒鷹へ戻される。


設備費も水増しされていた。


存在しない修理。


行われていない配線工事。


交換していない部品。


黒鷹のフロント企業から架空の請求書を受け取り、店の利益を正規の経費に偽装して送金する。


景品取引も同じだった。


中身の安い景品を高額で仕入れたことにし、差額を黒鷹側へ渡す。


客が勝っても、店が勝っても、最後には黒鷹へ金が流れる。


赤いランプの下で数えられていたのは、玉ではなかった。


黒い金だった。


警察が正面から踏み込めば、店側は証拠を消す。


計数サーバーの記録を消去し、裏帳簿を焼き、黒鷹との資金経路を閉じる。


内部へ入る必要があった。


客から話を聞き、従業員の不満を拾い、店側が油断している間に証拠の所在を突き止める。


潜入要員として選ばれたのは、白浜麻衣と山本あかりだった。


二人の偽装身分は、店内で飲み物を販売するコーヒーレディ。


麻衣はパチンコフロア。


あかりはスロットフロア。


明るい色のシャツ。


腰へ巻いたエプロン。


紙コップと清涼飲料を載せた小型ワゴン。


コーヒーレディなら、客席の間を自由に移動できる。


同じ客の近くを何度通っても怪しまれない。


客と世間話をしても不自然ではない。


ホール係ほど機械や事務処理へ関わらないため、経営側の警戒も薄い。


潜入初日。


二人は、驚くほど自然に店へ溶け込んだ。


麻衣は小柄で、親しみやすい。


柔らかな声で注文を聞き、客が遊技している手元を邪魔しない位置へ立つ。


画面の前を横切らない。


客が集中していれば声をかけない。


負けが込んでいる者へ無理に商品を勧めない。


一度注文を受けた客の好みは忘れなかった。


「今日は温かい方にしますか」


そう声をかけると、年配の常連客は驚いた顔をした。


「覚えてくれとったんか」


「いつも砂糖なしでしたよね」


「若いのに、よう見とるな」


「仕事ですから」


麻衣は穏やかに笑った。


客はコーヒーを受け取る。


そして、麻衣が何も尋ねていないのに話し始める。


「前の店長の時は、もう少し遊ばせてくれたんやけどな」


「今は違うんですか」


「違う。数字も信用ならん。こないだなんか、表示と交換した数が合わへんかった」


麻衣は否定しない。


同意もしない。


「そう感じることがあったんですね」


その一言で、客はさらに話した。


計数機の番号。


違和感を覚えた日時。


対応した店員。


麻衣はすべて覚えた。


スロットフロアのあかりは、別の方法で客の懐へ入った。


声が明るい。


返事が早い。


遠くから呼ばれても、嫌な顔をしない。


「お姉ちゃん、コーヒー!」


「今行くやに!」


あかりの声は、大音量の店内でもよく通った。


負け続けて苛立っている客へは、無理に飲み物を売らない。


「今日はもうコーヒーええわ」


「ほな、お水だけ持ってこか?」


「金取るんか」


「お水は無料やに」


客は思わず笑った。


その笑いが、警戒を解いた。


「この店な、火曜の夕方だけ変なんや」


「何がですか?」


「いつも同じ若い連中が来て、決まった台へ座る。そんで、必ず出す」


「運がいい人たちなんですね」


あかりは、あえて軽く返した。


客は首を振る。


「運で毎週同じこと起きるかいな。店長とつながっとるで、あれは」


常連客は、あかりの顔を見る。


「あんた、新人やから知らんやろ。勝った後、あいつら正面から帰らへん。従業員通路へ入っていくんや」


「従業員じゃないのに?」


「せや。おかしいやろ」


あかりは笑顔を崩さなかった。


「教えてくれてありがとうやに」


客だけではなかった。


二人は、古参従業員たちからも信頼を得ていった。


創業家の時代から働く清掃員は、休憩室で麻衣へ愚痴をこぼした。


「昔は計数機がおかしかったら、すぐ止めてメーカー呼んどった。でも今の店長は、数字だけ合わせろ言うねん」


「数字を合わせる?」


「客の数が少なく出ても、そのままにしろいうことや。多く出た時だけ直せ言う」


麻衣は紙コップを片づけながら、さりげなく尋ねる。


「店長が自分で設定するんですか?」


「夜中にな。メーカーの人間しか触れへんところまで入っとる」


景品カウンターの年配女性は、あかりへ打ち明けた。


「月末になると、帳簿にない景品が大量に入ってくるんよ」


「新商品ですか?」


「箱だけ立派で、中身は安物。せやのに仕入れ値は高級品並みや」


「誰が受け取るんです?」


「店長と、外から来る黒い服の男」


設備担当の古参社員は、計数サーバーの記録が閉店後に書き換えられていることを認めた。


退職を考えていた若いフロア係は、サクラの見分け方を教えた。


「火曜に来る連中は、最初に飲み物を注文する」


「普通のお客さんも注文しますよね」


麻衣が言う。


「ストローの色が違う。黄色のストローを渡された客が、店長の指定台へ座る」


店内の仕組みが、一本の線へつながっていく。


不正な計数機。


サクラの入店時刻。


目印となるストロー。


景品倉庫へ運ばれる封筒。


実在しない設備会社。


黒鷹のフロント企業。


そして、店長が閉店後に入る景品倉庫奥の旧金庫室。


そこに裏帳簿がある。


監視車両では、彩香が映像を見ながら腕を組んでいた。


「非の打ち所がないな」


玲奈が、二人から届いた報告を確認する。


「客と従業員、双方から情報を得ています」


「麻衣は相手にしゃべらせる。あかりは相手の気分を明るくして、つい本音を言わせる。ええ組み合わせや」


「裏帳簿の所在も、ほぼ特定できました」


彩香は満足そうに頷いた。


「今回は、きれいに終われそうですね」


玲奈は答えなかった。


現場では、そういう言葉を口にした直後ほど、余計なことが起きる。


店の自動扉が開いた。


スーツ姿の中年男性が入ってくる。


赤嶺真人。


赤嶺美月の父だった。


監視映像へ顔が映った瞬間、彩香は両手で頭を抱えた。


「なんで美月のオトンが、ここに来るねん……」


玲奈が確認する。


「取引先訪問の合間に、時間が空いたようです」


「どうやったら、偶然で毎回うちの任務現場へ来られるんですか!」


真人は悪事と無関係だった。


次の商談まで一時間。


道路沿いで見つけた店へ、暇つぶしに入っただけである。


だが、NSTにとって、悪意のない偶然ほど扱いにくいものはなかった。


真人はスロットフロアへ入り、空いている台へ座った。


数分後、近くを通ったあかりへ大きく手を挙げる。


「お姉ちゃん、コーヒー一つ!」


「はい、今持ってくるやに!」


あかりは返事をした後で、客の顔に気づいた。


歩みは止めない。


笑顔も変えない。


真人へコーヒーを差し出す。


「お待たせしました」


「お姉ちゃん、元気ええなあ。ここ長いん?」


「まだ入ったばかりです」


「そうなん? ベテランみたいやで」


「ありがとうございます」


真人はコーヒーを一口飲んだ。


あかりの顔を見つめる。


首を少し傾げた。


「なあ、お姉ちゃん」


「はい?」


「どっかで見たことない?」


あかりの笑顔が、一瞬だけ固まる。


耳元の無線から、彩香の声が飛ぶ。


『そのオッサン、アホツインテールのオトンや。相手せんでええ。無視せえ』


無視できる状況ではなかった。


「似た方がいるんじゃないですか?」


「いやあ、こんな元気な子、そう何人もおらんで」


真人は記憶を探る。


「テレビかな。イベントかな」


『探らんでええ!』


「うちの娘も戦隊ヒロインやってんねん」


「そうなんですか」


「赤嶺美月いうんやけど、知ってる?」


あかりは初対面の名前を聞いた顔を作る。


「名前だけは聞いたことあるやに」


『いつも一緒におるやろ!』


真人は、あかりの言葉へ反応した。


「その“やに”いうの、どっかで聞いたことあるなあ」


「三重の言葉ですから、聞いたことある人も多いと思います」


「三重のどこ?」


「四日市です」


「四日市か。ほな伊勢弁?」


「細かく言うと、ちょっと違うやに」


「何が違うん?」


無線の向こうで彩香が呻く。


『潜入中に方言講座始めんといて……』


真人は止まらない。


「三重いうたら赤福やろ?」


「赤福は伊勢やに。四日市は、とんてきが有名です」


「とんてき! お姉ちゃん、食べそうやな!」


あかりの眉が動く。


「どういう意味ですか?」


「元気そうやから!」


「元気な人が全員とんてき食べるわけじゃないやに」


「せやけど、好きやろ?」


「好きです」


監視車両の彩香が机へ額をつけた。


「何の会話やねん……」


あかりが真人から離れられないことに気づき、麻衣がパチンコ側から移動してくる。


ワゴンを押し、業務上の指示を装った。


「あかりさん、倉庫の補充をお願いします」


「はい」


あかりが真人から離れる。


危機は去るはずだった。


真人の視線が、今度は麻衣へ向いた。


「あれ?」


麻衣は足を止めない。


「何かご注文ですか」


真人は麻衣の顔をじっと見る。


「お姉ちゃんも、どっかで見たような気ぃするな」


「こちらのお店へ来たのは初めてです」


「店やなくて、テレビかイベントや」


真人は指を顎へ当てる。


「小柄で、ポニーテールで……戦隊ヒロインっぽい顔しとるなあ」


『何で変な時だけ勘が鋭いねん!』


麻衣は笑顔を保つ。


「コーヒーをもう一杯お持ちしましょうか」


「ほな、もらおかな」


「今のコーヒーが、まだ半分以上残っています」


「冷める前に次を頼んどこう思て」


「まず今の分を飲んでください」


監視車両で、玲奈の口元が僅かに緩んだ。


彩香が顔を上げる。


「玲奈さん、今笑いました?」


「笑っていません」


麻衣は、あかりを連れてその場から離れる。


真人は二人の背中を見ながら、まだ考えていた。


「絶対どっかで見たことあるねんけどなあ……」


その大きな声を、近くにいたフロア主任が聞いていた。


戦隊ヒロインに似ている。


二人並んでいるところを見たことがある。


主任は店長へ報告する。


店長は事務室で、麻衣とあかりの行動記録を遡った。


仕事ぶりは完璧だった。


注文ミスはない。


客からの苦情もない。


売上も高い。


完璧すぎた。


同時に、二人は計数機の表示を頻繁に確認している。


特定の客の動きを追っている。


古参従業員と長く話している。


景品倉庫の周辺を何度も通っている。


店長は派遣元の記録も調べた。


連絡先の一部が不自然だった。


二人の正体までは分からない。


だが、普通のコーヒーレディではない。


十分だった。


店長から、コーヒー豆の在庫確認を理由にバックヤードへ来るよう指示が届く。


麻衣は通知を見た。


「気づかれた」


あかりの表情から、客へ向けていた明るさが消える。


「出る?」


「まだ裏帳簿を取ってない」


「ほな、行くしかないやに」


二人は逃げなかった。


あえて店の奥へ進む。


景品倉庫。


重い扉が閉まる。


そこには、新経営者、店長、フロア主任、黒鷹の実働員が待っていた。


六人。


二人の背後にも二人。


旧金庫室へ続く通路は塞がれている。


経営者が口を開く。


「コーヒーを売るだけの女が、ずいぶん店の数字へ興味を持っていたな」


麻衣は答えない。


あかりも笑わない。


「誰に雇われた」


「答える必要はありません」


麻衣の声は静かだった。


店長が金属棒を手にする。


「ここから出られると思うな」


あかりが、一歩前へ出た。


「その台詞、そっくり返すやに」


最初に動いた男は、あかりを小柄な若い女だと思っていた。


腕をつかめば終わる。


そう考えた。


あかりは逃げなかった。


むしろ、相手の懐へ突っ込んだ。


肩を胸へ当てる。


腰を落とす。


足を踏み込み、身体ごと押し上げる。


男の両足が床から離れた。


背中から叩きつけられる。


鈍い音が倉庫へ響く。


四日市の突貫娘。


かつてのあかりは、敵の人数を見れば迷った。


誰かの指示を待った。


守られることを、どこかで期待した。


今は違った。


一人目が床へ落ちる前に、二人目へ踏み込んでいる。


警棒を持つ腕へ低い蹴りを入れる。


手首が下がる。


肘を打つ。


警棒が落ちる。


あかりは男の胸元をつかみ、そのまま商品棚へ押し込んだ。


「人数おったら勝てる思うたら、大間違いやに!」


あかりの戦い方は直線だった。


敵の中心へ入る。


陣形が整う前に崩す。


反撃の時間を与えない。


一方、麻衣は曲線を描いた。


男が拳を振るう。


麻衣は半歩だけ横へ動く。


拳が肩先をかすめ、後ろにいた別の男へ当たる。


麻衣は攻撃した男の腕を取り、その勢いを止めないまま身体を回転させる。


男が床へ流されるように倒れる。


紀州の舞姫。


軽い足取り。


小さな身体。


だが、相手が視線で追った時には、すでに位置が変わっている。


コーヒーワゴンを押す。


車輪が男の足を止める。


金属トレーでナイフを持つ手を逸らす。


一歩。


半歩。


反転。


男の背後へ入り、手首と肘を極める。


「遅いよ」


男の膝が床へ落ちる。


あかりが正面から敵を割る。


麻衣が、開いた隙間へ滑り込む。


麻衣が敵の攻撃をかわす先には、あかりが待っている。


あかりに押し戻された男の退路には、麻衣が立っている。


直線と曲線。


突破力と技。


突貫娘と舞姫。


かつては危うさの残った二人の連携に、もう迷いはなかった。


店長は、旧金庫室から黒い記憶媒体を取り出した。


裏口へ逃げようとする。


麻衣が進路を塞ぐ。


店長は金属棒を振り下ろした。


麻衣は身体を横へ流す。


棒が棚を打つ。


景品箱が崩れ落ちる。


その音に紛れ、麻衣が踏み込む。


手首を取る。


身体を入れ替える。


店長の腕が背中へ回り、そのまま床へ押さえ込まれた。


黒い記憶媒体が転がる。


麻衣が拾う。


「これを探してた」


経営者は旧金庫室へ逃げ込み、重い扉を閉めようとする。


あかりが正面へ立った。


「どけ!」


「嫌やに」


経営者が身体ごとぶつかる。


あかりは受け止めた。


靴底が床を滑る。


一歩後退。


それでも倒れない。


歯を食いしばり、さらに強く踏み込む。


「四日市ではな――」


あかりの肩が、男の胸へ食い込む。


「こういうんを、突貫いうんやに!」


経営者の身体が扉ごと押し戻され、壁へ激突した。


男は床へ崩れた。


残った実働員たちが一斉に動く。


だが、もう遅かった。


あかりが中央を破る。


麻衣が一人ずつ無力化する。


数分後。


景品倉庫には、黒鷹の男たちが倒れていた。


麻衣とあかりは旧金庫室へ入る。


改ざん前後の売上記録。


計数サーバーの操作履歴。


サクラ役の氏名と報酬一覧。


架空の設備請求書。


景品仕入れの二重帳簿。


黒鷹のフロント企業へ送金した記録。


月ごとの上納額。


必要な証拠が、すべて残されていた。


県警特殊部隊が裏口を破って突入する。


重装備の隊員たちが倉庫へ踏み込んだ。


そして、足を止めた。


床へ転がる黒鷹の実働員。


押さえ込まれた店長と経営者。


その中央に、エプロン姿の麻衣とあかりが立っている。


特殊部隊の指揮官が周囲を見回した。


「応援要請を受けて来たはずだが……」


麻衣は黒い記憶媒体を差し出す。


「少し早く終わりました」


あかりは旧金庫室を指さす。


「証拠も全部あるやに」


後の捜査で、パーラー・アマセブンの悪事はすべて明らかになった。


計数記録の改ざん。


サクラによる出玉演出。


架空設備費。


景品取引を利用した資金洗浄。


黒鷹への上納金。


経営者、店長、フロア主任、黒鷹の実働員は逮捕された。


関連するフロント企業の口座も凍結。


黒鷹へ流れていた資金の一部が、完全に断ち切られた。


店は営業停止処分を受け、その後、廃業が決まった。


かつて地元客が、


「また明日な」


と言って帰った店。


その明かりは、二度とつかなかった。


店を壊したのは、麻衣とあかりではない。


客の信頼を金へ換えた経営者たちだった。


県警は、二人の働きを高く評価した。


長期間の潜入。


一般客と古参従業員からの情報収集。


主要証拠の確保。


特殊部隊到着前の実働員制圧。


客や従業員へ被害を出さず、黒鷹の資金経路を断った。


県警幹部から、正式な謝意がNSTへ伝えられた。


ヒロ室西日本分室。


麻衣とあかりは、玲奈の前へ報告書を提出した。


玲奈は、黒い記憶媒体と裏帳簿へ目を通す。


普段なら、任務が成功しても表情をほとんど変えない。


この日は違った。


「想定を上回る成果です」


麻衣とあかりが顔を上げる。


「客と古参従業員から得た証言。サクラの名簿。資金洗浄の記録。主要人物の確保。すべてそろっています」


玲奈は二人を見た。


「よくやりました」


あかりの表情が明るくなる。


「玲奈さんに褒めてもらったやに!」


麻衣も、小さく笑った。


「ありがとうございます」


彩香は腕を組みながら頷く。


「潜入、接客、情報収集、戦闘。全部文句なしや。県警の特殊部隊より先に片づけたんは、やりすぎなくらいやけどな」


あかりが胸を張る。


「四日市の突貫娘やからな」


麻衣も静かに続ける。


「紀州の舞姫もいます」


「二人とも、ほんま強うなった」


彩香の声には、素直な誇りがあった。


数秒後。


その表情が曇る。


「ただし、一個だけ納得できへん」


麻衣が先に答える。


「真人さんですね」


「ほかに誰がおるねん!」


彩香は机を叩いた。


「何で美月のオトンは、VIPラウンジの次に尼崎のパチンコ店へ現れるんですか! NSTの作戦予定表でも持っとるんですか!」


玲奈が冷静に言う。


「取引先訪問の合間に、偶然立ち寄っただけです」


「その偶然が毎回、作戦の急所へ刺さるんです!」


あかりが真人をかばう。


「でも、コーヒー三杯買ってくれたやに」


「売上へ貢献したら潜入を危険にしてもええんか!」


麻衣が付け加える。


「四杯目も注文しようとしていました」


「何杯飲むねん!」


「あかりのコーヒーが、おいしかったみたいです」


「今は接客評価の話ちゃうねん!」


あかりが笑う。


「真人さん、悪い人じゃないやに」


「悪気なく邪魔するから厄介や言うてるんです!」


麻衣は落ち着いて言う。


「最後までは思い出されませんでした」


彩香は麻衣を指さす。


「『小柄でポニーテールで戦隊ヒロインっぽい』まで特定されとる!」


続いてあかりを指す。


「そっちは『四日市出身で、元気で、やに言う子』まで絞られとる!」


「“やにやに”とは言ってないやに」


「今言うた!」


玲奈が、珍しくはっきり笑った。


彩香はすぐに振り返る。


「玲奈さん、今日めっちゃ機嫌ええですね」


「成果を正当に評価しているだけです」


麻衣が言う。


「笑っています」


あかりも頷く。


「今日は分かりやすい笑顔やに」


「二人とも、報告書へ戻ってください」


「玲奈さん、照れとるやに」


彩香が尋ねる。


「誰に似て、そんなに言うようになったんですか」


あかりは即答した。


「彩香さんやに」


「ウチかい!」


明るい笑い声が、分室へ広がった。


その夜。


赤嶺家の夕食。


真人は白いご飯を口へ運びながら、春菜と美月へ話していた。


「今日なあ、尼崎のパチンコ屋で、戦隊ヒロインみたいなコーヒーのお姉ちゃん二人おってん」


美月の箸が止まる。


「どんな子?」


真人は記憶をたどる。


「一人は小柄で、ポニーテールの中学生みたいな可愛い子やったわ。静かやけど、しっかりしとってな。俺がコーヒー二杯目頼んだら、今の飲んでからにしてください言われた」


春菜が真人を見る。


「それは、その子が正しいわ」


「もう一人は?」


美月が尋ねる。


「声が大きくて、元気な子や。『今持ってくるやに』とか『無理せん方がええやに』とか言うてたから、多分……伊勢弁やろ?」


春菜が首を傾ける。


「四日市の言葉と伊勢の言葉は、少し違うんちゃう?」


「本人にも聞いたんやけど、途中から、とんてきの話になってもうてな」


美月は、ほとんど確信した。


「それ、多分、麻衣とあかりやで」


真人の箸が止まる。


「麻衣ちゃんと、あかりちゃん?」


「小柄でポニーテールが麻衣。元気で“やに”言うんが、あかり」


真人の目が大きくなる。


「それや!」


春菜が静かに尋ねる。


「何で二人がパチンコ屋でコーヒー売ってたん?」


真人は少し考えた。


「アルバイトちゃうか?」


「戦隊ヒロイン、そんな急にアルバイトする?」


美月も考え込む。


だが、NSTの任務が絡んでいることまでは知らない。


真人は満足そうに頷いた。


「やっぱり戦隊ヒロインやったんか。俺の勘も捨てたもんちゃうな」


春菜が冷静に言う。


「目の前で名乗られへんかった時点で、何か事情あったんちゃう?」


真人の動きが止まる。


美月も止まる。


三人が顔を見合わせた。


同じ頃。


西日本分室。


帰り支度をしていた彩香が、大きなくしゃみをした。


あかりが振り返る。


「風邪ですか?」


彩香は、ゆっくり顔を上げた。


嫌な予感がしていた。


「……今、美月のオトンが全部思い出した気ぃする」


麻衣が答える。


「任務は、もう終わっています」


「そういう問題ちゃうねん!」


玲奈は上機嫌なまま、最後の報告書を閉じた。


「今回の記録は、今後の潜入要員の教育資料として使用します」


彩香が尋ねる。


「どの部分ですか」


「麻衣とあかりの接客、情報収集、緊急時の戦闘対応です」


「真人さんのウザ絡みへの対処は?」


玲奈は少しだけ考えた。


「特殊事例として、付録へ収録します」


彩香は頭を抱えた。


「付録で済む分量ちゃいますよ!」


麻衣とあかりが顔を見合わせた。


そして、同時に笑った。


尼崎の夜。


パーラー・アマセブンの看板から、光が消えていた。


赤いランプも、派手な電光掲示板も、二度と点灯することはない。


ドル箱の底に沈んでいた黒い金は、引き上げられた。


明るい笑顔で店へ入り、客と従業員の信頼を得た二人によって。


正体が露見すれば、敵の中心へ踏み込み、自分たちの手で道を切り開いた二人によって。


紀州の舞姫、白浜麻衣。


四日市の突貫娘、山本あかり。


かつて守られることの多かった二人は、もう違った。


黒鷹の資金源を一つ断ち切り、県警から正式に評価されるほどの実力を身につけていた。


ただ一つ。


赤嶺真人が次にどの任務現場へ偶然現れるのか。


それだけは、玲奈にも予測できなかった。

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