海上空港非常線 第35話 氷の監視、空の追跡 ― ドローン・リターンコード
海上空港の夜空に、また小さな影が戻ってきた。
ドローン。
前にも一度、黒鷹は同じ手を使った。滑走路外周をなぞり、保安網の反応を測り、空港の穴を探る。あの時は、若林あおいが空から追い込み、氷室梓が地上のログで操縦者の影を拾った。
だが、今回のドローンは前よりも低かった。
そして、嫌なほど静かだった。
「旅客機の地上移動に合わせています」
梓が監視室で言った。
「誘導路上の監視が一瞬だけ機体側へ寄る。そのタイミングを使って、外周の反応を測っている」
彩香が画面を睨む。
「前より賢くなっとるな」
「黒鷹も学習してます」
梓の声は冷たい。
その横で、あおいはヘリの搭乗準備を終えていた。
「飛び方がきれいすぎます。風を読んでる」
玲奈は短く言った。
「上はあおい。下は梓。二人で挟め」
夜の空港は、光の線でできている。
滑走路灯。誘導路灯。貨物地区の作業灯。
海は黒く、風だけが強い。
あおいのヘリが上がる。
ローター音が海上に低く響く。
「対象、見えました。低空、外周ぎりぎり」
あおいの声は落ち着いていた。
「撃ち落とすな」
玲奈。
「分かっています。落とすなら、安全帯へ」
一方、梓は監視室で映像を切り替える。
空港外周カメラ。
業務道路。
駐車場。
連絡橋手前。
通信ログ。
「操縦者は固定位置ではありません。移動体です」
「車か」
彩香が言う。
「可能性が高いです。ただ、候補は三台」
梓は三つの映像を並べた。
白いワゴン車。
黒い軽バン。
整備業者風の小型車。
「このうち一台です」
その時、あおいが言った。
「白いワゴンではありません」
梓の目が細くなる。
「映像記録上は、白いワゴンが最も合理的です」
「でも風と合いません」
静かな反論。
「その位置から操作していたなら、今の旋回角にはならない。機体があんな揺れ方をするはずがない」
梓は黙る。
互いに冷静だった。
だが譲らない。
彩香が小さく呟く。
「冷静な二人がぶつかると、逆に怖いな……」
玲奈は動じない。
「両方使え。空だけでも、地上だけでも足らん」
ドローンは貨物地区上空へ寄る。
旅客機が誘導路を移動する。その灯りに合わせて、ドローンは一瞬だけ外周へ沈む。
「今、補正かけました」
あおいが言う。
「操縦者、風に負けたくないみたいです」
梓が通信ログを見る。
「通信反応、増大。海側業務道路方面」
あおいはヘリを少し傾ける。
「ローター風で押します。次の補正で出ます」
ヘリは追うのではない。
風を作る。
あおいはドローンの進路を、ほんの少しだけ南へずらした。
ドローンは抗う。
機体が揺れる。
操縦者が補正する。
その一瞬、通信が太くなる。
梓が即座に拾った。
「発信源確定。白いワゴンではない。海側業務道路、黒い軽バン」
あおいが淡々と返す。
「空から見ても合います」
二人の線が、初めて重なった。
玲奈の声が落ちる。
「閉じろ」
動き出す。
美咲が業務道路脇へ入る。
迫田ツインズが左右の退路を塞ぐ。
結月が外周出口を切る。
彩香が現場へ向かう。
麻衣と里緒は、空港内の一般客の流れを乱さないよう誘導する。
あかりは飛び出しそうになる。
「私、行けます!」
彩香が鋭く止める。
「今日は空と氷の仕事や。お前は最後だけ待て」
「最後はありますか?」
「たぶんな」
あかりは不満そうだが、今回は待った。
黒い軽バンが動き出す。
梓が即座に指示する。
「前方封鎖。ただし一般車両には通常誘導に見せてください」
空港警察側が静かに動く。
騒ぎは起きない。
あおいは上空でドローンを安全帯へ押し込む。
「機体、誘導路から外します」
風が変わる。
ドローンが流される。
だが落ちない。
安全帯へ。
「着地させます」
数秒後、ドローンは海側の安全圏に不時着した。
同時に、黒い軽バンの扉が開く。
操縦者が端末を破棄しようとする。
梓の声が鋭くなる。
「端末破棄動作。三秒以内です」
彩香が踏み込む。
「終わりや」
美咲が背後に立つ。
双子が左右を閉じる。
結月が車両後方を塞ぐ。
最後に、あかりが飛び込む。
「今や!」
彩香の合図。
「はい!」
あかりが男の手首を押さえる。
端末は落ちる前に確保された。
任務完了。
回収されたドローンには、前回より高度な通信中継モジュールが積まれていた。
旅客機の地上移動に合わせ、空港の保安反応速度を測るための装置。
もしデータを持ち帰られていれば、次はもっと深く侵入されていた。
仮設詰所に戻ると、空気は静かだった。
梓が端末を閉じる。
「地上ログだけでは、特定に時間がかかりました」
あおいもヘルメットを置き、静かに言う。
「空からだけでは、操縦者までは読めませんでした」
二人は互いを見る。
派手な笑顔はない。
友情の握手もない。
だが、プロ同士の敬意はそこにあった。
梓が言う。
「風の読みは、記録に残りにくい情報です。参考になりました」
あおいが頷く。
「ログがなければ、追い切れませんでした」
彩香が少し笑う。
「なんや、ええコンビやん」
梓は即答する。
「任務上、合理的な連携でした」
あおいも同じように返す。
「必要だっただけです」
あかりが感心する。
「二人ともカッコいいのに、全然照れないですね」
玲奈の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「上と下が揃えば、空港は強い」
海上空港の夜空には、また風が戻った。
滑走路灯は海へ伸び、旅客機は何事もなかったように進む。
誰も知らない。
その上空で、小さな黒い影が止められたことを。
若林あおい。
空から読む女。
氷室梓。
地上で閉じる女。
空の流れと、氷の記録。
その二本が重なった時、黒鷹のドローンはもう逃げられなかった。




