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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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海上空港非常線 第29話  駅員になった静寂、氷が見失った影 ― サイレント・ステーションコード

海上空港へ伸びるアクセス線は、街と空をつなぐ細い血管だった。


高架を滑るように走る列車。港湾部のビル群を抜け、海風を受けながら人工島へ向かうその路線は、ただの交通手段ではない。空港へ向かう人間の期待も、帰ってきた人間の疲れも、スーツケースの車輪音も、全部まとめて運んでいる。

車窓から見える港の景色はどこか近未来的で、それでいて神戸らしい湿った風を残している。海と街と空港を一本で結ぶ、静かな動脈だった。


その終点に近い空港駅で、黒鷹の動きが確認された。


狙いは駅構内の案内システム。

列車そのものではない。空港へ向かう乗客の流れを一時的に乱し、その混乱で駅裏の業務用導線から小型端末を持ち出す。地味だが、空港アクセス線では致命的な手口だった。


「駅で騒ぎ起こされたら、空港まで波及するな」


彩香が低く言った。


玲奈は短く返す。


「せや。止める前に、乱させるな」


今回、駅側に入るのは春日美咲だった。


奈良の静寂。

地味で、目立たず、存在感が薄い。

だが、こういう場所ではそれが武器になる。


美咲は駅員の制服に着替え、帽子をかぶった。

その瞬間、誰もが少し黙った。


似合いすぎていた。


派手ではない。

華があるわけでもない。

だが、そこに立つと最初から駅にいた人間に見える。


「……ホンモノの駅員と見分けつかへんな」


彩香が思わず呟く。


あかりが真顔で頷く。


「美咲さん、もう副業できますね」


美咲は静かに答えた。


「ありがとうございます」


褒められたのか冗談なのか、特に気にしていない顔だった。


監視側に入るのは氷室梓。


空港警察から補強された、笑わない監視官。

映像解析、行動パターン識別、駅構内の動線把握。そういう仕事では抜群に切れる。


梓はモニターを見ながら言った。


「駅構内は空港ロビーより狭い。異常行動は拾いやすいです」


彩香が少し皮肉っぽく返す。


「美咲も拾えるか?」


「当然です」


梓は即答した。


だが、その自信は数分後に崩れる。


空港駅は朝から混んでいた。


出張客、旅行客、空港勤務者。

スーツケースを引く人の列が改札へ流れ、駅員の案内に従ってホームへ上がっていく。


その中に、美咲は完全に溶け込んでいた。


「空港方面はこのまま直進です」


「エレベーターは右手奥にございます」


「足元にお気をつけください」


声は小さいが、よく通る。

表情は穏やかで、動きに無駄がない。


外国人観光客が迷って近づいてくる。


“Excuse me, airport terminal?”


美咲は一拍も置かず、英語で案内した。


“This way, please. The terminal is directly connected from the next concourse. Please follow the blue signs.”


観光客は安心した顔で礼を言う。


彩香がインカム越しに唸る。


「……英語まで普通にいけるんかい」


あかりが感心する。


「美咲さん、地味に万能ですね」


「地味に、が余計や」


彩香が返す。


梓は監視室で映像を追っていた。


不審人物はまだ見えない。

だが、乗客の流れに一瞬だけ歪みがある。


「改札右側、滞留が三秒発生」


梓が言う。


「美咲、確認できますか」


返事がない。


「美咲?」


梓はモニターを拡大する。


駅員が三人映っていた。


一人は改札横。

一人はエスカレーター前。

一人は案内板の下。


梓の眉がわずかに動く。


「……どれですか」


彩香が吹き出しかける。


「おい、氷室さんでも見失うんか」


梓は不服そうに言う。


「制服、姿勢、行動が駅員と一致しすぎています。識別困難です」


玲奈の口元が、ほんの少し緩んだ。


「それが美咲や」


結局、美咲本人が静かに答えた。


「改札横です」


梓は一瞬だけ黙った。


「……了解しました」


黒鷹の動きは、案内表示の更新タイミングに合わせて起きた。


発車案内が切り替わる数秒。

乗客の視線が一斉に上を向く。

その瞬間、作業員風の男が業務通路へ近づく。


梓が拾う。


「対象、作業員風。左手に小型ケース。歩幅が駅員ではありません」


美咲は改札横から、ほんのわずかに立ち位置を変えた。


それだけだった。


だが、乗客の流れが自然に細くなる。

対象の男は、人の波を避けるために進路を変えるしかない。


「誘導していますね」


梓が低く言う。


美咲は答える。


「通路を塞ぐと目立つので」


駅員として自然に立つ。

声を荒げない。

列を乱さない。

それだけで相手の動線を削る。


梓の映像解析がその先を読む。


「対象、ホーム側へ逃げます。次の列車到着まで二十秒」


玲奈が短く命じる。


「閉じろ」


梓が駅側の警備員へ連絡する。


「ホーム階段下、自然封鎖。乗客誘導を装ってください」


美咲が先に動く。


「ホームへお急ぎのお客様は、中央階段をご利用ください」


その案内で乗客が一斉に中央へ流れる。

男の進路だけが、静かに細くなる。


背後から迫田ツインズが入り、出口側を押さえる。

彩香が業務通路側へ詰め、あかりが最後の抜け道に入る。


対象が小型ケースを抱え直した瞬間、美咲が一歩前に出た。


「関係者証を確認します」


本物の駅員にしか見えない声だった。


男が止まる。


その一瞬で梓が言う。


「今です」


彩香が前に出る。


「終わりや」


小型ケースは押収された。


中には、駅の案内表示と改札制御を一時的に乱す小型端末が入っていた。

もし起動されれば、空港アクセス線は数分で混乱し、その影響は空港ターミナルにまで届いていた。


任務完了。


事後処理のため、駅長とアクセス線の担当者が詰所に顔を出した。


担当者は美咲を見るなり、深く頭を下げた。


「いやあ、助かりました。それにしても、駅員としての動きが素晴らしいですね」


駅長も感心していた。


「案内も自然でしたし、外国語対応までできるとは。正直、このまま駅員として活躍してほしいくらいですわ」


美咲は少しだけ照れたように目を伏せた。


「ありがとうございます。楽しかったです」


彩香が横で笑う。


「ええやん、美咲。転職先決まったな」


あかりも乗る。


「駅長推薦ですよ!」


梓が真面目に言う。


「実際、適性は高いと思います。映像上でも本職と識別困難でした」


彩香が笑う。


「氷室さんが見失ったくらいやしな」


梓は少しだけ不満そうに答える。


「見失ったのではありません。識別条件が不足していただけです」


玲奈の口元が、静かに緩んだ。


空港アクセス線の列車が、何事もなかったように発車していく。


乗客は知らない。

案内板の裏で何が止められたのか。

駅員姿の静かな女が、どれほど自然に非常線を閉じたのか。


春日美咲。

目立たない女。

だが、目立たないからこそ、駅の一部になれる。


氷室梓。

笑わない監視官。

だが、その氷の目でさえ見失うほど、美咲の静寂は深かった。


その日、空港へ続く線は守られた。

本物の駅員と見分けがつかない一人の“静寂”によって。

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