海上空港非常線 第17話 出発進行、止められない影 ― アクセスライン・ボムコード
海上空港へ向かうアクセス線は、空港そのものではない。
だが、そこが止まれば空港は死ぬ。
列車は乗客を運ぶ。
荷物を運ぶ。
予定を運ぶ。
そして、時には見えない悪意まで運ぶ。
その朝、県警本部から極秘連絡が入った。
「空港アクセス線の駅、または列車内に爆発物らしきものが仕掛けられた可能性あり」
仮設拠点の空気が一瞬で硬くなった。
彩香が低く言う。
「運行止めますか」
玲奈は即答した。
「止めへん」
声に迷いはなかった。
「黒鷹の狙いは爆発そのものやない。騒ぎや。運行を止めた時点で、向こうの勝ちになる」
爆発物処理班は裏で動く。
NSTは、乗客に気づかせず駅構内を制圧する。
任務は単純だった。
見つける。
騒がせない。
止める。
NSTメンバーは、それぞれ鉄道員に扮した。
美咲は改札付近の駅員。
麻衣はファミリー客の案内。
迫田ツインズはホームの両端。
美音は監視カメラと運行ログ。
あおいは駅全体の人流確認。
結月は連絡通路。
あかりは保線作業員として、線路脇と機械室周辺を確認する。
彩香は駅務室側で現場指揮。
玲奈は離れた位置で、全体を見ていた。
「いつも通りや」
玲奈が言う。
「誰にも知られず、終わらせる」
美咲は駅員姿が異様に似合っていた。
地味で、目立たず、静か。
改札横に立っても違和感がない。
乗客に道を聞かれれば、淡々と答える。
「空港方面は二番線です」
「ありがとうございます」
「お気をつけて」
その声は穏やかだった。
だが目は、改札機の周辺、案内板の下、柱の影、保守点検口を拾っている。
誰も気づかない。
誰も覚えない。
それが美咲の仕事だった。
その時だった。
「あれ? 美咲ぃ~!」
嫌な声が響いた。
赤嶺美月。
明るい色のツインテールを揺らしながら、空港アクセス線から降りてきた。
どうやら空港方面から戻ってきたらしい。
「何してん? 今度はぽっぽ屋なん?」
美咲は表情を変えない。
「ご利用ありがとうございます」
「制服似合ってるやん! 出発~進行!!」
美月は楽しそうに右手を突き出す。
美咲は微動だにしない。
「通路で立ち止まらないでください」
完全に駅員だった。
遠くから監視していた彩香は、怒りで震えていた。
「あのツインテール、ホンマにエエ加減にせえよ……」
インカム越しに、あかりが聞く。
「また美月さんですか?」
「せや」
彩香は歯を食いしばる。
「あいつのツインテール、連結器に挟んで車両点検させたるわ」
保線作業員姿のあかりが、真顔で返す。
「それ、点検になるんですか?」
「知らんわボケェ!少なくとも黙るやろ!」
「でも美月さん、連結器に挟まれても喋りそうですよ」
「想像させんな!」
玲奈が無言で聞いている。
まだ笑わない。
今は任務中だった。
だが、その騒ぎがヒントになった。
美月がふざけて「出発進行!」と指差した先。
そこには、駅構内の案内放送用スピーカーがあった。
その下にある小さな保守点検口。
あかりが、ふと目を細めた。
「……あれ?」
彩香が即座に反応する。
「どうした」
「点検口のネジ、変です」
「変?」
「締め方が、他と違います。片方だけ新しい」
あかりは普段なら雑だ。
だが、こういう現場の“妙なズレ”を拾う時がある。
玲奈が短く言う。
「処理班、確認」
爆発物処理班が、客に気づかれないよう自然に近づく。
麻衣が近くの親子連れを別方向へ案内する。
「こちらからの方が空いてますよ」
迫田ツインズがホーム側の人流を静かに絞る。
美咲は改札前の流れを止めず、少しずつ遠ざける。
駅は、何も起きていない顔を保った。
処理班の報告が入る。
「点検口内に不審装置あり」
彩香の目が鋭くなる。
「爆発物か」
「爆発というより、駅機能麻痺装置です。警報、停電、案内放送、改札制御を同時に乱す構成」
美音が即座に分析する。
「起動したら、乗客がパニックになります。空港アクセスも止まります」
玲奈の声が低くなる。
「やっぱり混乱狙いやな」
装置は本物だった。
だが、見つかった。
それだけで勝負は決まった。
無力化は静かに行われた。
列車は定刻通り到着する。
乗客は降りる。
誰も知らない。
その数メートル横で、爆発物処理班が冷静に配線を切る。
NSTは人の流れを守る。
美咲は駅員として立ち続けた。
麻衣は子どもを笑顔で誘導した。
双子はホーム端で不自然な人影を押さえた。
美音は監視ログを確認し、あおいは駅全体の滞留を見た。
結月は連絡通路の出口を塞いだ。
あかりは点検口の前で、珍しく真剣な顔をしていた。
そして、処理班の声。
「無力化完了」
彩香が大きく息を吐いた。
「終わりや」
任務後。
駅務室の裏で、彩香はあかりを見た。
「あかり」
「はい……」
怒られると思ったのか、あかりは少し身構える。
だが彩香は、珍しく素直に言った。
「よう見つけた。今日はお前のお手柄や」
あかりの顔がぱっと明るくなる。
「ほんまですか!?」
「ほんまや。あれ見逃してたら面倒なことになっとった」
「ありがとうございます!やっぱり私、保線作業員向いてますかね!」
その瞬間だった。
あかりが工具箱を持ち上げ損ねた。
がしゃん。
レンチ、ドライバー、スパナが床に派手に散らばる。
駅務室裏に、金属音が響いた。
彩香は額を押さえた。
「……やっぱりあかりやったわ」
あかりは慌てて拾い始める。
「すみません!すぐ片づけます!」
玲奈の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
美月は、何も知らないまま駅を出ていった。
「美咲、駅員似合ってたでー!」
最後まで軽かった。
美咲は改札前で静かに頭を下げた。
「ご利用ありがとうございました」
それだけだった。
列車が発車する。
アナウンスが流れる。
「出発します。ご注意ください」
乗客は知らない。
この駅で、空港へ続く一本の線が守られたことを。
黒鷹が仕掛けた混乱は、起きなかった。
爆発もない。停電もない。ニュースにもならない。
それがNSTの勝利だった。
海上空港非常線。
第十七の線は、駅員姿の静寂と、保線作業員姿の突貫娘によって守られた。




