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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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272/416

海上空港非常線 第7話 荷物受取所の静かな狩人

空港の到着ロビーは、旅の終わりの顔であふれている。

疲れた顔、安堵した顔、土産話を始める顔。笑い声があり、再会があり、荷物がベルトコンベアの上を黙って流れてくる。だが、その裏側――手荷物受取所の奥にあるバックヤードは、まるで別の国みたいに無機質だった。人の感情は消え、あるのは番号、搬送、仕分け、確認、再搬送。荷物はここで一度“物”に戻される。


だから、黒鷹はそこを使っていた。


旅客に紛れ込ませた荷物ではない。

正規の手荷物と、正規に見せかけた“追加の一個”。

誰かのスーツケースに見せかけ、受取所で一瞬だけすり替え、バックヤードの死角から持ち出す。単純だが、到着ラッシュの空港では致命的に見つけにくい。


「貨物より旅客の方が雑になる時間やな」


彩香が吐き捨てる。


「人が多いほど、見落とす」


玲奈は短く返した。


今回、その見落としを許さない役は――春日美咲。


奈良の静寂。

派手な動きはない。

だが、こういう“何も起きていないように見える現場”では、この女が一番怖い。


「スタッフで入ります」


美咲はそう言った。


「動きません。見ます」


玲奈は頷いた。


「それでええ」


夕方。

到着便が重なる時間帯。

手荷物受取所のベルトコンベアは、ほとんど休まず回り続けていた。


美咲は、空港スタッフに扮してその場にいた。

無地の制服。

控えめな名札。

髪も動きも、空港の“普通の人”そのもの。


誰も見ない。

見ても記憶に残らない。


それが、この女の武器だった。


(……二本目が遅い)


美咲の目は、ベルトの流れを追っていた。

スーツケースの間隔。

荷札の向き。

人の手が伸びるタイミング。


普通なら気づかない。

だが、静かなものを長く見ていると、不自然だけが浮く。


「南側ベルト、七番目」


小さく報告が落ちる。


「取るなよ」


彩香の声。


「見てるだけです」


美咲は答えた。


その言葉通りだった。

動かない。

追わない。

ただ見る。


だが、それだけで十分だった。


バックヤード側でも小さなズレが起きる。

本来なら整備担当が動く時間に、別のスタッフがいる。

姿勢が違う。

歩幅が違う。

“現場に慣れていない者の動き”が、そこだけ混ざる。


(……おる)


線が繋がる。


受取所の表と、バックヤードの裏。

二本の線が、一つのすり替えに向かっている。


その時だった。


「あっ、美咲やん!」


場違いに明るい声。


振り向かなくても分かる。


赤嶺美月。

しかも今日は完全に私用。大学の友人たちとの沖縄旅行帰りらしい。明るい色のツインテール、小柄な体、日焼けした肌にテンション高めの笑顔。空港の静けさを一人で壊せる女だった。


「何してるん?」


そのまま距離を詰める。


「彩香らと一緒にまた秘密の任務やろ?」


核心に近いことを、悪意なく口にする。


美咲は表情を変えない。


「仕事です」


それだけ。


「いや、そら見たら分かるけど」


美月は笑う。


「でも普通の仕事ちゃうやろ?」


美咲は否定しない。

肯定もしない。


ただ、次の荷物を見る。


「……さあ」


それだけだった。


「うわ、そういうとこやで美咲」


美月は少し不満そうだが、友人たちが荷物の方を気にし始めたので、そちらへ意識が散る。


「なあ、ウチのスーツケースまだ?」


結果として、その乱入は任務には大きく響かなかった。

いや、響かせなかったのが美咲だった。


「大丈夫か」


彩香の声が入る。


「影響なしです」


美咲は淡々と答える。


本当に、影響はなかった。

この女は、自分の周囲の“騒音”を最初から計算に入れている。

誰かが喋ろうが、笑おうが、邪魔しようが、見るべきものだけを見続ける。


その静寂が、周囲の雑音を逆に消していく。


ベルトコンベアの七番目。

目印の少ない黒いスーツケース。

一見、どこにでもある形。


だが荷札だけが妙に新しい。


その荷物に、バックヤード側の偽スタッフが近づく。

受取客より先に触ろうとする。


「今です」


美咲が言う。


その声は小さい。

だが、必要十分だった。


双子が左右から入る。

美音がバックヤード側の導線を切り、結月が持ち出しルートを塞ぐ。

あかりは一歩遅れて飛び込んでくる。


「よっしゃ!」


声だけは大きい。


だが、その前に“場”を作ったのは美咲だった。


偽スタッフが荷物を持ち上げかけた瞬間、すでに逃げ道は消えている。

気づいた時には、終わっていた。


「確保」


短い声。


バックヤードの奥へ引き込まれる。

旅客側には、ほとんど何も伝わらない。


到着ロビーは、ただ少しだけベルトの流れが遅れたように見えただけだった。


押収した黒いスーツケースの中には、旅行客の荷物に偽装した分解部品が入っていた。

小型だが精密。

空港設備の一部に入り込ませれば厄介なことになる代物だった。


「旅客側まで食うてきたか」


彩香が低く言う。


「本気ですね」


美音が続けた。


玲奈は、美咲を見た。


「よう見てたな」


短い言葉。


だが重かった。


美咲は、ほんの少しだけ目を伏せる。


「動かん方が見えるので」


その答え方もまた、この女らしかった。


少し離れた場所で、美月はようやく自分のスーツケースを受け取っていた。


「なあ、やっぱりなんかやってたやろ?」


帰り際にもう一度だけ美咲へ言う。


美咲は、振り向かずに答える。


「空港は忙しいので」


それが、答えにも、答え逃れにも聞こえる。


「……相変わらずやなあ」


美月は苦笑して、友人たちの方へ戻っていった。


夜の海上空港。

到着便はまた滑走路へ降りてきて、ロビーには疲れた旅人たちが流れ込んでくる。


何も変わらない。

誰も気づかない。


だが、その裏で。

静かな狩人が一つの線を断っていた。


春日美咲。

渋い。

地味。

目立たない。


だが、強い。


こういう女が最後に全部を持っていく。

海上空港の夜は、そのことをよく知っていた。

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